美しい怪物

藤間留彦

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第3話 罪と罰⑥

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 少年の濡れた羽のような黒い髪も、潤んだ大きな黒い瞳も、透き通った白い肌も、ふっくらとした赤い唇も、作り物のように美しかった。これほど美しい人を見たことはなく、俺はその美しさに強い羨望を抱いた。人だった時も、俺は美しくなかったのだろう。

「君は――そうだね、名前。名前だけ教えて」

 この時、俺は自分の名前を答えたと思う。けれど、何という名前だったか覚えていない。その時聞いた少年の名前も忘れてしまった。

「あ、そうだ。父さんに見付かったら多分追い出されてしまうから、家に入れることはできないんだけど、近くに別の小屋があるから、そこを使って」

 少年は俺が動けないことを知ると背負って森の中の道を歩いた。道から外れた少し寂しい場所に小さな、けれどしっかりとした造りの木の家があった。小屋に入るとベッドが一つと小さな道具を入れる棚だけがあった。

「水は沢の水を引いてあるから」

 少年は窓を開け、指差す先に土が削られて窪みに水の流れができていた。汚れてはいなそうなので飲むこともできるだろう。

「月に何回かはお客さんが泊まりに来るから、その時は部屋を空けてもらわなきゃいけない。それ以外は好きに使っていいよ」

 「父さんにはバレないように注意してね」と少年の言葉に頷いた。けれど、俺が少年の父親に姿を見られることも、お客さんのために部屋を空ける日が来ることもなかった。五日後、少年は命を落とすことになったからだ。

 小屋に来て五日、身体の痛みが限界を迎えようとしていた。肉を食らうために墓地まで行かなければならないが、その体力は最早ない。だがこのまま寝ていても死を待つだけだ。少年が持って来てくれるパンは美味しかったが、身体は修復することはない。

 それでもまだ、人を殺して食うという発想はなかったから、墓地を探そうと思った。

 どこか適当な村に少年に連れて行ってもらって、そこの墓地の死体を食べよう。そう思ってその日の朝少年を待っていたが来なかった。もしかして父親にバレたのではないか。殺されてしまう。俺は最後の力を振り絞り、這いずって小屋を出た。

 その時山道の方から少年の叫び声が聞こえた。大人の男の声もする。何かが起こっている。何が? 父親と言い合いをしている? それにしては少年の声は恐怖に慄いているような、助けを求めるような声だった気がする。嫌な予感がして、俺は声のした方にずるずると身体を引き摺っていく。

 近付くと肌がぶつかり合うような音と荒い呼吸音が聞こえてきた。

「苦しいか!? 舐めた口利くからだクソガキがッ!!」

 少年はズボンを脱がされた状態で毛深く醜い身体の大きな男に覆い被さられていた。男は少年の首を絞めながら、少年の臀部に自分の腰を打ちつけていた。何をしているのか、俺には分からなかったが、少年が苦しそうに男の首を絞める手を掻き毟り抵抗し、涙を流しているのが見えた。助けなければ。助けなければ殺されてしまう。

 と、少年は俺に気付いて視線を向けた。声にならない声で、「助けて」と口が動いた。
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