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第3話 罪と罰⑦
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咄嗟のことだったが、俺は頭に怪物の姿を思い浮かべてその姿にしてくれと願った。身体が大きくなっていくのが分かった。気付くと少年と男を見下ろしていたから。
俺は雄叫びを上げて男に突進し、両手で男の身体を掴んで引き剥がした。が、力の加減ができずに男をそのまま崖の下に突き落としてしまった。
――殺してしまった。
罪の意識に苛まれそうになり、逃げるように少年の方に意識を向けた。が、少年はもう、息をしていなかった。事切れていた。少年は絶望を宿した瞳で空を見詰めたまま。一瞬遅かったのだ。
しかし、少年は死してなお美しかった。美しいその容姿を――自分のものにできたら。もし少女のように食べたら、少年の姿になれるかもしれない。この醜い怪物でいるより、絶対にいい。
少女の皮の向こう側で、本当の俺の身体が崩れていっているのが分かった。
――人の肉を食らわなければ死ぬ。彼は死んだんだ。死んでいるんだ。
そう自分に言い聞かせて少年の身体を掴んで持ち上げると、少女にしたように少年の頭を裂けるほど口を大きく開けて一気に頬張った。味は相変わらず酷かったが、死んだばかりの肉は柔らかく温かかった。
少年の姿を思い浮かべ強く願うと、見る見るうちに身体が縮んでいった。少年の皮を被っているんだ。身体の痛みは引いている。ほとんどが腐っていた身体も元通りになっているのが分かる。驚異的な回復力だった。
どこからか少年の名を呼ぶ声がして、そちらを振り向くと白髪交じりの中年の男性が立っていた。
「なんてことだ……」
裸の俺を見て、そして辺りに見える血痕に男は震えながらも、「少年」を抱き締め「大丈夫」と呟いた。これが、この人が、少年の父親だ。俺に向けられたわけじゃない庇護者の言葉に、心を蝕みそうになっていた罪悪感が薄まっていく。
父親は崖の下に転がっている男の死体を見付けたが、そのまま知らない振りをして少年を連れて家に戻った。初めて見る少年と父親の住む山小屋だ。
その日からしばらく俺は少年の振りをして父親と過ごした。父親は少年が男に襲われて崖から突き落としてしまったと思っているようだった。本当は彼の息子はもうこの世に居ないのに。
父親は口数の多い人ではなかったが、少年に優しかったし、毎日熱心に働いて山は整えられていた。しかし木材が飢饉のせいかあまり売れないと嘆いていた。戦争でもあれば違うんだが、とも。
そうして、二週間ほど経った頃だった。
「山小屋に客が泊まりに来る」
父親はまるで死刑の宣告でもするように深刻な顔で俺に言った。
「小屋の掃除をしておいた方がいい?」
少年も月に何回かあると言っていた。木材が売れないのだから、少額でも宿代の収入がある方がいいだろうに、後ろめたさのようなものがあるように見えた。
「そうだな。客は街で頼まれた時小綺麗な格好をしていたから、その方がいいだろう」
何かが変だと思った。父親の様子もそうだし、小綺麗な格好をした街に住んでいる人間が、なぜこんな寂れた山小屋に泊まる必要がある?
俺は雄叫びを上げて男に突進し、両手で男の身体を掴んで引き剥がした。が、力の加減ができずに男をそのまま崖の下に突き落としてしまった。
――殺してしまった。
罪の意識に苛まれそうになり、逃げるように少年の方に意識を向けた。が、少年はもう、息をしていなかった。事切れていた。少年は絶望を宿した瞳で空を見詰めたまま。一瞬遅かったのだ。
しかし、少年は死してなお美しかった。美しいその容姿を――自分のものにできたら。もし少女のように食べたら、少年の姿になれるかもしれない。この醜い怪物でいるより、絶対にいい。
少女の皮の向こう側で、本当の俺の身体が崩れていっているのが分かった。
――人の肉を食らわなければ死ぬ。彼は死んだんだ。死んでいるんだ。
そう自分に言い聞かせて少年の身体を掴んで持ち上げると、少女にしたように少年の頭を裂けるほど口を大きく開けて一気に頬張った。味は相変わらず酷かったが、死んだばかりの肉は柔らかく温かかった。
少年の姿を思い浮かべ強く願うと、見る見るうちに身体が縮んでいった。少年の皮を被っているんだ。身体の痛みは引いている。ほとんどが腐っていた身体も元通りになっているのが分かる。驚異的な回復力だった。
どこからか少年の名を呼ぶ声がして、そちらを振り向くと白髪交じりの中年の男性が立っていた。
「なんてことだ……」
裸の俺を見て、そして辺りに見える血痕に男は震えながらも、「少年」を抱き締め「大丈夫」と呟いた。これが、この人が、少年の父親だ。俺に向けられたわけじゃない庇護者の言葉に、心を蝕みそうになっていた罪悪感が薄まっていく。
父親は崖の下に転がっている男の死体を見付けたが、そのまま知らない振りをして少年を連れて家に戻った。初めて見る少年と父親の住む山小屋だ。
その日からしばらく俺は少年の振りをして父親と過ごした。父親は少年が男に襲われて崖から突き落としてしまったと思っているようだった。本当は彼の息子はもうこの世に居ないのに。
父親は口数の多い人ではなかったが、少年に優しかったし、毎日熱心に働いて山は整えられていた。しかし木材が飢饉のせいかあまり売れないと嘆いていた。戦争でもあれば違うんだが、とも。
そうして、二週間ほど経った頃だった。
「山小屋に客が泊まりに来る」
父親はまるで死刑の宣告でもするように深刻な顔で俺に言った。
「小屋の掃除をしておいた方がいい?」
少年も月に何回かあると言っていた。木材が売れないのだから、少額でも宿代の収入がある方がいいだろうに、後ろめたさのようなものがあるように見えた。
「そうだな。客は街で頼まれた時小綺麗な格好をしていたから、その方がいいだろう」
何かが変だと思った。父親の様子もそうだし、小綺麗な格好をした街に住んでいる人間が、なぜこんな寂れた山小屋に泊まる必要がある?
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