34 / 43
第4話 愛を知らぬ男③
しおりを挟む
彼は犯行に至るまでの経緯を冷然と語った。俺に聞かせるために語っただけで、そのこと自体には最早興味はないように見える。
「どうして彼女だった? 他にも候補がいたんだろう? 俺が……汚れを嫌うからか?」
マティアスは唇を湿らせる程度に軽く紅茶のカップに口をつけると、思い出すように視線を天井に向けた。
「僕は、いつものように城の使用人『カール』として昼間でも薄暗いその通りに向かった。そしていつも通り杖をついたアンナが通りに立っていた。僕は彼女に代金を握らせてすぐ裏にある彼女とカミラの家に向かった。彼女は目の見える僕より先に家に着くと、ドアを開けて二階の彼女の部屋に案内した。僕がカミラについて訊くと、昨日帰ってきたが薬漬けで意識を失って、一階の奥の部屋で眠っていると言った。アンナが仕事をしようとしたのでやめさせて、僕は君の母親に恋をしていると嘘を吐いた。彼女と隣の国に駆け落ちしたいのだと。アンナは母親の幸せのために自分は置いていって構わない、と言った。どうして? 彼女はなんて答えたと思う? 『愛しているから』」
天を見上げ淡々と話していたマティアスは、溜息と共に俺を見据えた。その眼には静かな怒りの感情が揺らめいているように見えた。
「僕は、カミラを殺すと決めた」
アンナの口から『愛』という言葉を聞いて、マティアスの冷淡なほどの感情が揺れたのが分かる。何もかもを持っているマティアスにとって、『愛』は劣等感を引き出す唯一のものなのだろう。
「娘が必要としているのに……?」
「だからだよ。アンナは母親に無償の愛を注いでいるが、カミラは娘を金づるとしか思っていない。隣国に逃げるのにアンナを置いてきた時点で明らかだ。カミラが生きている限り、アンナは身を粉にして働き、遅かれ早かれ性病に罹って死ぬことになる。彼女の善性と愛を食い物にする、それはカミラの罰せられない大いなる罪だ。ここで殺すのが適当だと判断した。君も彼女の罪を知った今、君の『食』になるのも仕方がないと思うだろう?」
母親が娘を売っているというだけで、俺は赦せないと思った。何も知らずに肉を食らった後ではあるが、もしその罪を目の前にしていたら殺して食らっていたかもしれない。
しかし、今はそれ以上にマティアスが『愛』に拘る理由が気になっていた。俺が彼女を選ぶだろうと思ったから殺して俺に食わせたと言われれば、気になることも無かった。
このひと月。マティアスと生活を共にして気付いたのは、彼の感情の希薄さだ。笑みを浮かべることはあっても、そこに「心」はない。笑い顔を作っているだけだ。怒りや悲しみに至っては、彼の中には存在しないみたいだった。
マティアスは俺によく世話を焼いた。『愛している』と愛を囁いた。しかしそこに俺が実感する『愛』はなかった。まるで誰かの『愛』の真似事をしているようだった。どうしてそう思うのか、そしてどうしてそれが気になるのか、分からなかった。
初めてこの城に来た時のことが、ふっと思い浮かんだ。
――君は愛が何たるものか、知っているのか? 愛されたことがあるって?
そう俺に問いを投げかけた。その言葉はマティアスが愛を知らず、愛されたことがないことの裏返しに他ならない。
「どうして彼女だった? 他にも候補がいたんだろう? 俺が……汚れを嫌うからか?」
マティアスは唇を湿らせる程度に軽く紅茶のカップに口をつけると、思い出すように視線を天井に向けた。
「僕は、いつものように城の使用人『カール』として昼間でも薄暗いその通りに向かった。そしていつも通り杖をついたアンナが通りに立っていた。僕は彼女に代金を握らせてすぐ裏にある彼女とカミラの家に向かった。彼女は目の見える僕より先に家に着くと、ドアを開けて二階の彼女の部屋に案内した。僕がカミラについて訊くと、昨日帰ってきたが薬漬けで意識を失って、一階の奥の部屋で眠っていると言った。アンナが仕事をしようとしたのでやめさせて、僕は君の母親に恋をしていると嘘を吐いた。彼女と隣の国に駆け落ちしたいのだと。アンナは母親の幸せのために自分は置いていって構わない、と言った。どうして? 彼女はなんて答えたと思う? 『愛しているから』」
天を見上げ淡々と話していたマティアスは、溜息と共に俺を見据えた。その眼には静かな怒りの感情が揺らめいているように見えた。
「僕は、カミラを殺すと決めた」
アンナの口から『愛』という言葉を聞いて、マティアスの冷淡なほどの感情が揺れたのが分かる。何もかもを持っているマティアスにとって、『愛』は劣等感を引き出す唯一のものなのだろう。
「娘が必要としているのに……?」
「だからだよ。アンナは母親に無償の愛を注いでいるが、カミラは娘を金づるとしか思っていない。隣国に逃げるのにアンナを置いてきた時点で明らかだ。カミラが生きている限り、アンナは身を粉にして働き、遅かれ早かれ性病に罹って死ぬことになる。彼女の善性と愛を食い物にする、それはカミラの罰せられない大いなる罪だ。ここで殺すのが適当だと判断した。君も彼女の罪を知った今、君の『食』になるのも仕方がないと思うだろう?」
母親が娘を売っているというだけで、俺は赦せないと思った。何も知らずに肉を食らった後ではあるが、もしその罪を目の前にしていたら殺して食らっていたかもしれない。
しかし、今はそれ以上にマティアスが『愛』に拘る理由が気になっていた。俺が彼女を選ぶだろうと思ったから殺して俺に食わせたと言われれば、気になることも無かった。
このひと月。マティアスと生活を共にして気付いたのは、彼の感情の希薄さだ。笑みを浮かべることはあっても、そこに「心」はない。笑い顔を作っているだけだ。怒りや悲しみに至っては、彼の中には存在しないみたいだった。
マティアスは俺によく世話を焼いた。『愛している』と愛を囁いた。しかしそこに俺が実感する『愛』はなかった。まるで誰かの『愛』の真似事をしているようだった。どうしてそう思うのか、そしてどうしてそれが気になるのか、分からなかった。
初めてこの城に来た時のことが、ふっと思い浮かんだ。
――君は愛が何たるものか、知っているのか? 愛されたことがあるって?
そう俺に問いを投げかけた。その言葉はマティアスが愛を知らず、愛されたことがないことの裏返しに他ならない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる