美しい怪物

藤間留彦

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第4話 愛を知らぬ男④

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「あんたは、アンナに――いや、カミラに嫉妬したのか」
「……なんのこと?」

 明らかに空気が変わるのが分かる。あの夜も、俺が愛されたことがあると言ったら、マティアスは苛立っていた。普段感情がほとんど伝わってこない分、分かりやすかった。

「マティアスは愛されたことがないのか? それで愛に拘ってるのか?」

 一瞬眉間に皺が寄って不機嫌さが表情に現れたが、すぐに真顔に戻って俺をじっと見詰める。

「どうしてそんなことを聞いてくるんだ? 君にとって僕はただの『食糧提供者』だろう?」
「あんたは俺の過去を聞いたじゃないか。俺にもあんたのことを知る権利はあるだろ」

 不思議そうに目を丸くすると、ふっと笑みを浮かべて俺を見る。

「少しは僕の愛が伝わって興味が湧いたってことかな。贈り物をした甲斐があったよ」

 彼の表情がいつもの心の無い笑みでも、ほくそ笑むような顔でもなかったので、居たたまれなくなって紅茶を飲み干してしまった。

「誰にも話すつもりは無かったんだけど……君ならいいかな。誰にも口外しないだろうし、もしかしたら同情心から、僕を愛してくれるかもしれないし」

 マティアスは唐突に立ち上がると、談話室のドアを開けて出て行ってしまった。慌てて後を追い掛けると、階段を上り廊下を歩いて、一番端にあるマティアスの部屋の扉を開ける。
 部屋の窓際にある長椅子に座ると、俺に隣に座るように手で指し示した。

「手をね、握っていて欲しいんだ」

 躊躇っていると、マティアスのどこか悲しげな音を含んだ声に導かれるように、椅子に腰を下ろした。マティアスが俺の手を取りそっと包むように握る。そして深呼吸をして、いつものように冷静に――そう装って、抑揚のない声で話し始めた。


 僕は侯爵の父と王の縁者である母との間に生まれた。いわゆる政略結婚で、愛とは程遠い関係だった。

 母と結婚する前から、父にはただ一人愛を誓った人が居て、その女性は大商人の息子と結婚していた。その不倫関係は僕が生まれる前も後も変わらず続いていた。母はそのことに結婚してすぐに気付いて、腹いせからか寂しさからか、若い執事の一人と密通を重ねた。ちなみにその執事は、今この城の執事長になっている。

 そんな中、僕が母の腹に宿った。父は母の不義理を知っていたし、母と寝たのは数えられるほど少なかったので、母の妊娠を知ると悪阻で寝込んでいた母の部屋に押しかけてこう言った。

「誰の子だ! どうせ私の子じゃないだろう!」

 母は執事との間に間違いが無いように避妊をしていたので、父の子だという確信があったので反論したようだが。そう、当時のことを母の身の回りの世話をしていた使用人から聞いた。

 母はその時父への憎しみの感情と共に、僕への憎しみの感情を抱いた。一度薬を使って僕を下ろそうとしたらしいが、嘔吐してしまって上手くいかなかった。

 誰からも望まれず、僕は生まれた。本来なら待望の嫡子のはずだが、父は自分に似ていないことを理由に、自分の子ではないと言い続けたそうだ。母も子供を産んで義務は果たしたと思ったのか、今まで以上に享楽に耽るようになった。
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