美しい怪物

藤間留彦

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最終話 ヨシュカ⑤

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「君と生きてみたかったなんて、思うんだっ……!」

 どうすれば彼と生きられた? 僕が初めから共に生きる道を模索していれば違った?

 ――いや、あの時僕は生きたいと思っていなかった。誰にも愛されず、孤独に死んでいく運命の僕は、ただ最良の死を求めていただけだった。だから、今この瞬間まで、僕は僕の本当の望みに気付かなかった。

 ――一分、一秒でも長く、彼の側で生きていたい。

「マティアスは、本当に俺を愛してるんだな」
「……愛?」

 身が引き裂かれるような激しい痛み――これが、誰かを愛するがゆえに感じる痛みなのか。

「ああ、君のそれは愛だよ。俺にも分かる」

 遠くから近付いてくる声がする。来た道の向こうから明かりが追ってきている。

「時間が無い! 早く僕を――」

 僕が言い終わる前に唐突に、シェーンは僕を足元に降ろした。何をするつもりなのかと、茫然とシェーンを見上げる。

「俺もあんたを――マティアスを、愛しているから」

 シェーンはもう涙を流してはいなかった。ただ少し悲し気な瞳を僕に向けて、愛おしそうに僕の頬を撫でた。

「……ああ、思い出した。俺が何者であるかを……ようやく」

 シェーンは静かに瞼を閉じ、そして見開いてこう言った。

「俺の名前は『ヨシュカ』――『神がもたらす子』」

 その温かな掌の温もりを、僕をただ一人愛してくれた人の名を、僕は生涯忘れないだろう。

「旦那様を離せ! 醜い怪物め!」

 その声が聞こえた瞬間、僕は突き飛ばされ木に強く身体を打ちつけた。側に駆け付ける兵を押し退けて、僕は愛する人の方へ走り寄ろうとした。が、脳震盪を起こしていて上手く歩けず、前のめりに倒れてしまった。

「火を放て!」

 松明で矢の先に火を点け、次々に彼の身体目掛けて放たれる。彼のもがき苦しむ声が、断末魔の叫びが、鼓膜を揺らした。身体中の血が冷え凍えしまったかのように、僕はその地獄の光景をただ震えて見ていることしかできなかった。


 その炎は太陽が昇るまで燃え続けた。燃え残った塵は、浄化のために教会に送られ、聖水で清められてから教会の地下に納められることになった。

 僕はしばらく心神喪失状態として休養することになり、叙爵式もひと月先に延期になった。僕の罪については、怪物に追い詰められ心神耗弱状態であったとして罪を問われることはなかった。

 あの日から、僕は取り憑かれたように神に祈りを捧げるようになった。ただただ、僕が愛する人を死に追いやったという懺悔であったが、それが僕の空虚を埋めることは無論なかった。

 教会にも月に何度か訪れた。クラウスや周囲の人間は怪物を恐れてのことから始まったものだと思っているらしい。しかし、今はアンナが人の目を引く容姿であったこともあって、アンナとの逢引きのためではないか、と噂している。手紙のやり取りを知っているのはクラウスだけであるはずだが、噂の発生源はどこからなのか不明だ。
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