美しい怪物

藤間留彦

文字の大きさ
43 / 43

最終話 ヨシュカ⑥

しおりを挟む
 僕はアンナに、正直に彼女の母親を殺したことを伝えた。恨まれると思っていたが、アンナは薄々母がこの世に居ないことを感じ取っていたそうだ。また、望まぬ行為を強いられる日々から解放され安堵している自分に、自分の母への愛は愛ではなかったのだと気付いたと語った。
 今はただ、純粋に神への信仰を貫く道を生きたいと言う。


 そうして、叙爵式を迎え侯爵となって二ヶ月が過ぎ、空虚な日常を淡々と熟していた頃だった。夢を見た。

――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。

 ほとんど夢を見ないので夢だとすぐに分かった。しかし、その夢の内容をいつもははっきり覚えているのだが、その言葉を言ったのがどんな人間だったのか、全く思い出せなかったのは初めてのことだった。

 その数日後アンナから教会を出て行かなければならなくなった、その原因について直接話したいと手紙が送られてきた。僕は何か胸騒ぎを感じて、教会へ急いだ。

 教会に着くと、教会の外でアンナが杖をついて立っていた。顔色が悪く、微かに震えている。

「アンナ、一体どうしたのですか? 顔が真っ青ですよ」
「ああ、マティアス様……私、私……!」

 震える彼女を支えて――その時の彼女の歩き方に違和感を覚えたが――、とにかく話を聞こうと馬車に乗せた。そして、話を聞かれぬよう人払いをする。

「何があったのですか? 教会を出るなどと……」
「……私……お腹に赤ちゃんがいるみたいなんです」

 予想外の告白に驚くが、教会内の誰かと恋仲になったということだろうか。いや、それならその男に相談すればよいことだ。僕に話すということは、そうではない問題があるということなのだろう。

「でも、私……教会に来て一度もそういうことはしていないんです。神父様にも、神の御前で嘘偽りがないことを証明するために正直にお話ししました。けれど……私が売春婦だったことやマティアス様に懇意にして頂いていることで、男女の関係があるのではと疑われ……」

 ぽろぽろと涙を溢すアンナに、ハンカチを手渡す。善人で信仰心の厚い彼女が神の前で嘘を吐くとは思えないから、売春をしていた頃に懐妊していた可能性もある。しかし、その頃の子であればもう少し腹が張っていそうなものだ。だからといって、誰とも肉体関係がないまま、子を宿すなどということがあるのだろうか?

――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。

 脳裏に不意にあの夢で語られた言葉が思い浮かんだ。「愛」――それはまさか。

「ヨシュカ……」

 引き寄せられるようにアンナの腹部に手を添えた。教会の地下には、彼の灰も眠っている。神が再び彼をこの世にもたらすとしたら、アンナを選ぶ可能性は充分にある。

「君は神の愛を宿したかもしれない」

 僕はアンナに僕の見た夢の話をした。アンナは信心深く素直な性格であったので、僕の言葉を馬鹿馬鹿しい妄想だと否定することなく、そのまま受け入れた。彼女自身、全く身に覚えのない懐妊だったこともあるだろう。

 その日、僕はアンナを城に連れて帰った。アンナには申し訳ないが、神の子だとは誰も信じないだろう。そのため、子供は僕との子だということにし、アンナは僕の妾ということになった。


 そして、七ヶ月が経った頃。扉の向こうで、元気な産声が聞こえ、僕は部屋に駆け込んだ。荒い息を吐きながら額に汗を浮かべたアンナは、その小さな命を愛おしそうに腕に抱いていた。

 髪も肌も、すべてが純白で、唇がほのかに薄紅色に染まっていた。僕はその赤ん坊の容姿に驚きながらも、その腕に抱き上げた。
 その時、赤ん坊は瞼を持ち上げ僕を見上げた。その瞳を見て、僕は思わず涙を流した。

「……ヨシュカ」

 僕の胸に空いた大きな穴に、温かな掌が添えられるような、感覚だった。

 それは正しく、愛であり、愛によってもたらされた、初めての幸福であった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

処理中です...