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最終話 ヨシュカ⑥
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僕はアンナに、正直に彼女の母親を殺したことを伝えた。恨まれると思っていたが、アンナは薄々母がこの世に居ないことを感じ取っていたそうだ。また、望まぬ行為を強いられる日々から解放され安堵している自分に、自分の母への愛は愛ではなかったのだと気付いたと語った。
今はただ、純粋に神への信仰を貫く道を生きたいと言う。
そうして、叙爵式を迎え侯爵となって二ヶ月が過ぎ、空虚な日常を淡々と熟していた頃だった。夢を見た。
――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。
ほとんど夢を見ないので夢だとすぐに分かった。しかし、その夢の内容をいつもははっきり覚えているのだが、その言葉を言ったのがどんな人間だったのか、全く思い出せなかったのは初めてのことだった。
その数日後アンナから教会を出て行かなければならなくなった、その原因について直接話したいと手紙が送られてきた。僕は何か胸騒ぎを感じて、教会へ急いだ。
教会に着くと、教会の外でアンナが杖をついて立っていた。顔色が悪く、微かに震えている。
「アンナ、一体どうしたのですか? 顔が真っ青ですよ」
「ああ、マティアス様……私、私……!」
震える彼女を支えて――その時の彼女の歩き方に違和感を覚えたが――、とにかく話を聞こうと馬車に乗せた。そして、話を聞かれぬよう人払いをする。
「何があったのですか? 教会を出るなどと……」
「……私……お腹に赤ちゃんがいるみたいなんです」
予想外の告白に驚くが、教会内の誰かと恋仲になったということだろうか。いや、それならその男に相談すればよいことだ。僕に話すということは、そうではない問題があるということなのだろう。
「でも、私……教会に来て一度もそういうことはしていないんです。神父様にも、神の御前で嘘偽りがないことを証明するために正直にお話ししました。けれど……私が売春婦だったことやマティアス様に懇意にして頂いていることで、男女の関係があるのではと疑われ……」
ぽろぽろと涙を溢すアンナに、ハンカチを手渡す。善人で信仰心の厚い彼女が神の前で嘘を吐くとは思えないから、売春をしていた頃に懐妊していた可能性もある。しかし、その頃の子であればもう少し腹が張っていそうなものだ。だからといって、誰とも肉体関係がないまま、子を宿すなどということがあるのだろうか?
――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。
脳裏に不意にあの夢で語られた言葉が思い浮かんだ。「愛」――それはまさか。
「ヨシュカ……」
引き寄せられるようにアンナの腹部に手を添えた。教会の地下には、彼の灰も眠っている。神が再び彼をこの世にもたらすとしたら、アンナを選ぶ可能性は充分にある。
「君は神の愛を宿したかもしれない」
僕はアンナに僕の見た夢の話をした。アンナは信心深く素直な性格であったので、僕の言葉を馬鹿馬鹿しい妄想だと否定することなく、そのまま受け入れた。彼女自身、全く身に覚えのない懐妊だったこともあるだろう。
その日、僕はアンナを城に連れて帰った。アンナには申し訳ないが、神の子だとは誰も信じないだろう。そのため、子供は僕との子だということにし、アンナは僕の妾ということになった。
そして、七ヶ月が経った頃。扉の向こうで、元気な産声が聞こえ、僕は部屋に駆け込んだ。荒い息を吐きながら額に汗を浮かべたアンナは、その小さな命を愛おしそうに腕に抱いていた。
髪も肌も、すべてが純白で、唇がほのかに薄紅色に染まっていた。僕はその赤ん坊の容姿に驚きながらも、その腕に抱き上げた。
その時、赤ん坊は瞼を持ち上げ僕を見上げた。その瞳を見て、僕は思わず涙を流した。
「……ヨシュカ」
僕の胸に空いた大きな穴に、温かな掌が添えられるような、感覚だった。
それは正しく、愛であり、愛によってもたらされた、初めての幸福であった。
今はただ、純粋に神への信仰を貫く道を生きたいと言う。
そうして、叙爵式を迎え侯爵となって二ヶ月が過ぎ、空虚な日常を淡々と熟していた頃だった。夢を見た。
――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。
ほとんど夢を見ないので夢だとすぐに分かった。しかし、その夢の内容をいつもははっきり覚えているのだが、その言葉を言ったのがどんな人間だったのか、全く思い出せなかったのは初めてのことだった。
その数日後アンナから教会を出て行かなければならなくなった、その原因について直接話したいと手紙が送られてきた。僕は何か胸騒ぎを感じて、教会へ急いだ。
教会に着くと、教会の外でアンナが杖をついて立っていた。顔色が悪く、微かに震えている。
「アンナ、一体どうしたのですか? 顔が真っ青ですよ」
「ああ、マティアス様……私、私……!」
震える彼女を支えて――その時の彼女の歩き方に違和感を覚えたが――、とにかく話を聞こうと馬車に乗せた。そして、話を聞かれぬよう人払いをする。
「何があったのですか? 教会を出るなどと……」
「……私……お腹に赤ちゃんがいるみたいなんです」
予想外の告白に驚くが、教会内の誰かと恋仲になったということだろうか。いや、それならその男に相談すればよいことだ。僕に話すということは、そうではない問題があるということなのだろう。
「でも、私……教会に来て一度もそういうことはしていないんです。神父様にも、神の御前で嘘偽りがないことを証明するために正直にお話ししました。けれど……私が売春婦だったことやマティアス様に懇意にして頂いていることで、男女の関係があるのではと疑われ……」
ぽろぽろと涙を溢すアンナに、ハンカチを手渡す。善人で信仰心の厚い彼女が神の前で嘘を吐くとは思えないから、売春をしていた頃に懐妊していた可能性もある。しかし、その頃の子であればもう少し腹が張っていそうなものだ。だからといって、誰とも肉体関係がないまま、子を宿すなどということがあるのだろうか?
――愛を知り、愛を与え、愛を得た者よ。私の愛を、その手に抱け。
脳裏に不意にあの夢で語られた言葉が思い浮かんだ。「愛」――それはまさか。
「ヨシュカ……」
引き寄せられるようにアンナの腹部に手を添えた。教会の地下には、彼の灰も眠っている。神が再び彼をこの世にもたらすとしたら、アンナを選ぶ可能性は充分にある。
「君は神の愛を宿したかもしれない」
僕はアンナに僕の見た夢の話をした。アンナは信心深く素直な性格であったので、僕の言葉を馬鹿馬鹿しい妄想だと否定することなく、そのまま受け入れた。彼女自身、全く身に覚えのない懐妊だったこともあるだろう。
その日、僕はアンナを城に連れて帰った。アンナには申し訳ないが、神の子だとは誰も信じないだろう。そのため、子供は僕との子だということにし、アンナは僕の妾ということになった。
そして、七ヶ月が経った頃。扉の向こうで、元気な産声が聞こえ、僕は部屋に駆け込んだ。荒い息を吐きながら額に汗を浮かべたアンナは、その小さな命を愛おしそうに腕に抱いていた。
髪も肌も、すべてが純白で、唇がほのかに薄紅色に染まっていた。僕はその赤ん坊の容姿に驚きながらも、その腕に抱き上げた。
その時、赤ん坊は瞼を持ち上げ僕を見上げた。その瞳を見て、僕は思わず涙を流した。
「……ヨシュカ」
僕の胸に空いた大きな穴に、温かな掌が添えられるような、感覚だった。
それは正しく、愛であり、愛によってもたらされた、初めての幸福であった。
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