パティシエはまだ甘い恋を知らない

藤間留彦

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1話 年下の男

 ――私は、お前に裏切られた。
 黒い長いくせっ毛に、黒色の瞳。暖炉の篝火に照らされて、黒の目の虹彩の奥に炎が揺らめいている。
 堀の深い顔には陰影ができ、その顔は怒りというよりは、絶望と悲しみの淵に立たされた者の顔だった。
 ――お前が神を裏切ったからだ。出ていけ、顔も見たくない。
 俺は神を裏切ったのか。貴方を裏切ったのか。どうして、どうして。じゃあ、俺の裏切られたこの気持ちは何処にやればいいのだろう。
 ――嗚呼、神よ。私をお許し下さい。息子をお許しください。
 父の声が、木霊する。「嗚呼、神よ」という声が、いつまでもいつまでも鼓膜の内側で反響しているように思えた。

 目が覚めた。顔を触ると涙が一筋流れていた。その事実に嫌気がさして舌打ちする。体を起き上がらせると、鈍い痛みが貫いた。
 朝起きるといつも体が重い。毎日毎日、誰かと夜を共にしているからだ。手加減無しで、自分の好き勝手動きやがるから、立派な腰痛持ちだ。
 その相手はいつも先に起きて仕事に出掛けてしまっているから、今は一人というわけだ。そんなのはもう身体だけの関係なんだから当たり前で、付き合う前から割り切っている。その度に捨てられた猫のような気分になってりゃ世話ない。
 いつからこういう付き合いを始めたのかは知らない。初恋のトラウマか、レイプ未遂事件か、まあそういう色々が俺をそうさせているのかも。
 いや、本当は……いつも本気になるのは俺だけで、相手はヤったら即捨てるようなクソばかりで、いつも惨めな気持ちになるのが嫌だからだ。
 そうやって本気にならないように感情をコントロールして軽い付き合いを繰り返すうちに、恋愛とやらのやり方を忘れてしまった。
 シャワーを浴び、歯を磨き、髭を剃り、その辺にある服を着る。干してあったエプロンを適当に畳んで鞄に詰め込み、家を出る。
 今日も真面目で育ちのいいキュイジニエに囲まれ、紳士淑女の最後の愉しみのためにデザートを作るのが俺の仕事――パティシエ。つまらない仕事だ。
 つまらない理由の一つに美味しいと評価を受けるのが、自分が若い頃見習いキュイジニエからレシピを盗んだ苺のタルトばかりだということ。たまに違うデザートを出せば、「お前はあのタルトだけ作っていればいい」なんて言われる。嗚呼つまらない。俺は俺の菓子を作りたいのに。
 今日は昼からの出勤。無論遅刻したからだが。店に着くと長ったらしい叱責地獄。これだから育ちの悪い奴は……とぶつくさ言われる。じゃあお前、東アジアからの移民で工場労働者の父と売れないフラメンコダンサーの母の間に生まれて紳士に育ってみろってんだ。
 ……そんなこと言うと無駄に拗れるし、俺のプライドが傷つくから言わないけど。ああ、毎日こんなんじゃ心底嫌になる。
「そんな態度じゃいつまで経っても半人前だ! 成長のない奴はうちの店には要らない!」
 料理長はそう吐き捨てて厨房を出ていった。他の奴らも呆れ顔でその後について出ていく。
 散々なことを言われてこのまま黙っているのも癪に障る。俺は辞めさせられる前に一発かましてやろうと思った。最後の、小さな抵抗だ。
 誰も居なくなったことを良い事に勝手に材料を使って新作を作る。林檎のタルトだ。
 冷蔵庫から林檎を二個取り出し、綺麗に皮を剥く。林檎を半分に切り、芯が残らないように中心に包丁をあてがいぐるりとひと回しし、芯を取り除く。それをいちょう切りにして温めたフライパンでバターを溶かし、林檎を炒める。砂糖と水を加えて、その間に作り置きしておいたタルトの土台を取り出し、出来上がった林檎のフィリングをタルトの底に入れる。後はデコレーションだ。林檎一個を丸ごと使い、皮を剥いてスライスしたものをフィリングの上に二層になるように敷いていく。そのあとはオーブンで一時間ほど焼くのだが、どうやって他のキュイジニエにばれないようにするかだ。
 仕方ないので、木苺のタルトを同時に作ることにした。真面目に働いているように見えれば、問題ないだろう。
 彼らが戻ってきて厨房を占拠する。こちらを一瞥してから、自分たちの調理担当に戻り再び騒がしくなった。忙しいからなのか、俺が一台のオーブンを別のタルト作りに使っているとは誰も気づいていない。
 焼き上がりいい匂いが漂う頃、ちょうどいいタイミングでギャルソンが厨房に入って来た。
 他のキュイジニエに見えないようオーブンを背にしてタルトを取り出し、丁度二人分の大きさに切る。一つは自分、一つは独り身の可哀相な紳士に。
「お前、これを一人で来てる紳士に出せ」
「えっ、それはオーナーやシェフ、他のキュイジニエの許可を……」
 狼狽するギャルソンに無理矢理手渡す。「困ります」と料理長たちにきょろきょろと視線を向ける。
「いいから出せよ。責任は俺が取る」
 嘘だけど。責任なんて取る前に、この林檎のタルトを最後に辞めちまうんだから。
「何が起こっても責任取ってくださいね」と言い残し、彼はいそいそと厨房から出ていく。
 俺はギャルソンが去った後、一人で残った林檎のタルトを食べた。自分の中ではなかなか上出来だと思う。このタルトはちゃんと客の元に届いただろうか。そうして、喜んでもらえただろうか。
辞めることは決定事項だ。それでも俺はパティシエだから、お客に食べて美味しいと思って貰うこと、ひと時の幸福を感じてもらうことが嬉しいし、それが俺がこの仕事を続ける理由でもある。
「クロードさん、お客様が」
 唐突に困り顔でさっきのギャルソンが戻ってくる。やっぱりコースの内容と違うもの出したから怒っているんだ。もしその客がお得意さんだったらやばい。もう逃げようと思うが、そこで異変に気付いたのか、料理長が俺とギャルソンのやり取りを見ているのが分かった。服や鞄なんかは控室のロッカーに入れているから、逃げるに逃げられない。
 ……仕方ない。何事もないように装って客のところに行ってから、隙を見て店を出よう。
 俺は顎でギャルソンに案内しろ、と指図し、厨房を後にした。そして、彼の後ろについて客のいるテーブルまで行く。
「お前、ちゃんと出す客選んだんだろうな?」
「選びましたよ。だから正解じゃないですか」
 最悪。こいつ俺のこと嫌って、すぐに辞めさせられるように文句言いそうな客を選んだに違いない。まあ、日頃の行いが悪いせいだから仕方がないか。
 ギャルソンの指し示した席には一人の紳士がいた。しかし紳士と言うには幼い――顔は整っているが頬や鼻にそばかすがあるから童顔にみえる――、二十前後の男。表情が明るいので、怒っているわけじゃないらしい。じゃあ何だっていうんだ。
「これは、貴方が?」
「……だったら?」
 つい先週辺りに同じようなやり取りをした記憶がある。随分前に関係を持ってた男の今の恋人。名前は……聞くのを忘れた。
「甘さが控え目で、とても美味しかったです。コースと違うものが出たから驚きましたけど」
 俺は盾にしようと思っていたギャルソンを下がらせた。文句を言われなかったから、代わりに謝らせる必要も無くなったし。
「あんたにだけ試しに出してみたんだ。本当に美味かった?」
「ええ、とても。今日の僕はついていますね」
 男はにこりと微笑みかけた。まるで子供みたいに無邪気で、甘い表情。こんな顔をして笑う奴に会ったのは初めてだ。そして、こんなに喜ばれたのも。
「是非お店に出してください。文句を言われそうだったら、『ロトレックのお墨付き』と」
 ロトレックと言えば、うちの店の常連で、四十過ぎの物腰柔らかい紳士のはずだ。何度か見たことがあるから間違いない。
「嘘つくな。ロトレックはもっと年取ってるぞ」
「それは多分父です。ここには良く来るそうで、先週も来たとか。ソランさんが貴方と揉めたと言っていました」
 その言葉で思い出した。先週ロトレックと一緒に来てた連れの男が、俺の苺のタルトに文句を言ってきたのだ。自分の恋人の作る味と同じだと言うから、レシピを盗んだこと、昔体の関係を持っていたことを話すと憤慨していたっけ。そうか、あの男はソランと言うのか。
 そこで合点がいく。俺をわざわざ呼びつけたのは俺のタルトが美味かったからじゃない。知り合いと揉めたという男を、つまり俺を見に来たのだ。
 そう思うと、褒められて喜んだ自分が馬鹿みたいに思えた。
「でも、こんなに綺麗な人だとは聞かなかった」
 突然の思いも寄らない言葉に驚く。こいつ、軽く口説いてやがる。だが、そんな世辞に乗せられるほど俺は初じゃない。
 しかしそう言うこいつは初だ。言い馴れている風でも、遊び人風でもない。まず、そんな台詞を吐いて靡くと思ってる辺り、もしかしたら童貞かもな。そういう意味では、ちょっと興味が湧く。
 ――少し遊んで捨ててやろう。馬鹿な台詞を二度と言えないようにしてやる。
 そんな悪意が渦巻いた。
「俺のタルトが気に入ったんなら、今晩俺の家にこいよ。作ってやる」
「本当ですか?」
 目をキラキラさせて満面の笑み。まるで玩具を買ってやると親に言われて喜んでるガキみたいだ。騙されているとも知らずに。ガキは簡単に釣れて、楽でいい。
「車出して待ってな。今から出る」
 辞める気満々の俺は、料理長たちの目を盗みそのまま控室に戻って着替え、店の前に出た。そこには黒のジャガーに乗ったあの男が待っていた。さすが金持ちの坊ちゃんだ。
 男は俺と目が合うと丁寧に助手席のドアを開けてくれる。ガキと言えども紳士は紳士。基本が出来ている。
「お名前伺ってませんでしたね。僕はシャルル・ド・アーサー=ロトレックと申します」
「俺はクロード。……クロード・アヴドゥレだ」
 俺はこの名前が嫌いだ。苗字を言われるだけで嫌な気分になるくらいには。いかにも移民という感じの名字だから。俺はフランス人なのに、フランス人の血なんて混ざってやしない。名前だけでも、差別を助長する。
「クロード……モネと同じだ。ロランとも。画家と同じ名前だなんて素敵です」
 名前を褒められたのは初めてだったが、何でも褒めればいいってもんじゃない。画家なんか、特に好きじゃないし。
「お前はド・ゴールとモンテスキューか? 頭使う奴らだ。いけ好かない」
 シャルルは車を走らせる。のろのろと安全運転だ。性格なのだろう。
 ふと、苗字を思い出す。ロトレックと言えば、俺でも聞いたことのある有名人だが。
「でも名字は画家だな」
「ええ、遠い親戚なんです」
 親戚に有名人がいる奴なんて初めて会った。それが世界的に有名な画家となれば、尚更出会う機会はない。
「血のせいか、僕も絵を描きます。抽象画ですが」
 抽象画って……ピカソとか? あの意味の分からない絵に億単位の価値があるなら、俺だってあれくらい描けそうだ。何が価値があるのかなんて、偉い奴が勝手に決めた基準を満たしているものに過ぎない。
 貧乏人が永遠に貧乏であるように、俺が永遠に二流キュイジニエであるように。
「金持ちは絵なんか描いて気楽でいいな」
「そうでしょうか? でも働いていないという点では楽な生き方かもしれません」
 働かず親の脛をかじって好きなことして生きるなんて選択肢がある時点で、俺とシャルルの間には大きな溝がある。手に職を付けて早く一人前にならなければと、十六で修業を始めた俺にとって、想像も出来ない贅沢な人生のように思えた。
「俺も金持ちの家に生まれたかったぜ」
 俺が深くシートに体を沈め溜息をつくと、シャルルは笑った。でもその横顔は、何故か悲しそうだった。俺はそれに気づかないふりをして、俺の家の前を通る路地へ指示した。
 アパートに着く。車を路上に停めさせ、歩き出すと、シャルルは何の疑いもなく後ろを付いてくる。俺が誘拐犯や強盗だったらどうするつもりだ。まあ、軽く悪党なのは確かだけど。
 戦後まもなく建てられた古い建物で、歩くたびに廊下の床板はギシギシうるさい音を立てる。その上少し、かび臭い。
「ここ」
 二階の角部屋。表札に名前はなく、ポストに手紙は来ない。鍵を開けて、ドアを開く。部屋の中はキッチンとシャワー室、トイレ、ベッドとクローゼットと小さなテレビが一台。それ以外は何もない、味気のない部屋だ。
「入れよ」
「お邪魔します」
 丁寧にお辞儀をし、靴を叩いて入る。泥だらけのブーツで絨毯を汚すような野郎としか付き合いがないから――俺もまた同じような人種だ――、それと比べると異常なくらい礼儀正しい奴に見えた。
 ……さて。その穢れを知らない純白の紳士の仮面を引き剥がして汚してやろう。澄ましていたってお前だってただの男だ。本能剥き出しにして悦ぶ阿呆面を拝んでやる。処女を無理矢理犯す時の快感を得ることは一生無いが、それと同じくらいの感覚を得るだろう。
 俺は間抜け面で目の前に立っていたシャルルを突き飛ばした。仰向けになった彼を無理矢理押し倒し、腹上に跨った。
「……何のつもりですか」
 真顔でそんな台詞を吐くとは、やっぱりこいつは童貞だ。でなきゃ、ただの馬鹿だ。
「この状況見てわかんねえのか?」
 目を丸くして俺を見上げる。澄んだ緑の瞳だった。翡翠(ジャッド)のような綺麗な色だ。
 するとシャルルは何か思い付いたように笑って、そっと手を伸ばし、真っ直ぐに俺の額に当てて髪を掻き上げた。
「クロードさんの目は、黒なんですね」
 その瞬間弾かれるように俺はシャルルから離れた。自分の一番弱い部分を見られた。心臓をナイフで刺されたような鋭い痛みが走る。
「綺麗」
 その甘ったるい笑顔と言葉に、心臓が跳ね上がった。痛みは一瞬で消え去った。
 自分の体の中で一番嫌いな黒い眼。フランス人でありながらフランス人の血が一滴も流れていないことの証明。目に見える劣等感の形。
 それを、『綺麗』なんて言葉で表現する奴を、俺は知らない。
「でもどうして前髪を伸ばしているのですか。隠しては勿体ないです」
「……お前には関係ないだろ。この髪型が好きなんだ」
「そうなんですか。切った方が似合いそうなのに」
 動揺している。可笑しな気分だ。この鼓動の速さは、動揺や驚愕からのものだろうか。それとも――。
 考えた自分が嫌になった。もう充分だ。馬鹿なガキの戯言に付き合うのは、馬鹿な人間の勘違いに過ぎない。コンプレックスである目を肯定した人間が居たぐらいで、どうしてこいつに、こんなガキに心を掻き乱されなければいけないんだ。
 俺はシャルルのズボンに手を伸ばした。瞬間、手を掴まれる。顔を見上げると、彼は酷く悲しい目をしていた。
「駄目です」
「うるせえな! お前だって俺とやりたかったんじゃねえのか? のこのこ付いて来てよ!」
 無理矢理手を振りほどいた。シャルルの目は真っ直ぐに俺を見据えている。
「僕は貴方のタルトが食べたかっただけです」
 嘘つくな。男なんて食欲より性欲の方を優先するような生き物だ。俺だってそうだ。お前のはただの詭弁だ。
 困惑する彼を無視しズボンを下ろして腿の間に顔を沈める。シャルルの手が制止しようとしてか、俺の後頭部に伸ばされる。しかしその手は無理矢理引き剥がそうとはしなかった。
「……クロードさん、駄目です」
 まだ理性のある、悲しげな声だった。しかし、俺は止める気などなかった。汚してやる、心に治らない傷を作ってやる。その感情の根源はもしかしたら、俺が一生治らない傷を負わされていることが関係しているのかもしれない。
 俺はシャルルの雄に根元から頂に舌をゆっくりと這わせた。それだけで、経験の少ない彼のそれは完全に勃ち上がった。流石に若いだけある。敏感だ。
 しばらく口に含んで上下に動かしたり舌で愛撫していると、尖端から溢れ出す粘っこい液体が口内に纏わり付いた。シャルルは声を殺して必死に我慢しているようだが、身体は正直に反応している。
 眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めながら苦しそうに呻くその表情と姿に嗜虐心が煽られ、もっと酷いことをしてやろうと悪魔が囁き出した。
 俺は服を脱ぎ捨て、彼の上にのしかかった。自分の指を嘗め唾液を絡ませると、そのままそれを自分の尻の割れ目に入れ、指を動かして拡げていく。
「クロードさん……」
 シャルルの眼は揺らいでいた。だが、その視線は真っ直ぐに俺を捉え、離さなかった。まるで俺の内側、心の奥底を見られているような気がした。
 耐えられなかった。これ以上こいつに見られたくない。俺は彼の猛りを孔にあてがい、腰をゆっくりと下ろして自分の中に招き入れる。根本まで入ると、全身を快感が突き抜けていった。
「っ……」
 シャルルは小さく体を震わせ、口の端から淫靡な声を漏らした。
「気持ち良いんだろ? 素直になれよ」
「……駄目です、こんな……」
「まだそんなこと言ってんのか」
 体はこんなにも俺の体を欲しているっていうのに。そんな口二度と叩けないようにしてやる。
 怒りをぶつけるように激しく腰を揺らすと、シャルルは小さく喘ぎ始めた。快楽の渦に巻き込まれ溺れそうになりながら必死に足をばたつかせもがいているようで、その様は本能と理性が戦っているようだった。
 これだと本当に童貞を犯してる気分になってくる。彼のそばかすが実年齢より幼く見せているせいで、まるで十代半ばの少年とやっているかのようだ。余計に気分を昂らせる。
「あは、お前の、中ででかくなったぜ」
 若い分早くいきそうなもんだが、意外と耐える。体の方はもう限界のはずなのに。
 俺はとどめに執拗に激しく腰を揺らした。自分の口からも声が漏れ出す。無意識のうちに、自分の気持ちいい場所を擦ってしまっているらしい。
「あっ……シャルル、も、出せ」
 シャルルは口元を押さえて、いやいやをする子供のように大きく首を横に振る。なんだこいつ、可愛いじゃねえか。背筋がぞくぞくする。
 しかしあまり長いことやってると、俺の方が耐えられそうにない。自分の内奥にまで銜え込み、根元から先端まで搾り取るように動かす。びくびくと彼の屹立が律動するのがわかった。
「ん、あぁ……!」
 瞬間体の中に彼の精が放たれた。シャルルは何度も身体をびく、と震わせてから、細く長い息を吐いた。
 俺は自分の中に纏わりつく熱い液体を感じながら、ゆっくり腰を浮かして、彼自身を引き抜いた。
 衝動的にキスをしたくなった。彼の緑の目が潤んでいて、酷く後悔しているようだったから。その表情が、愛おしいと思わせた。
 ……駄目だ。飲まれるな。また俺の片想いになる。本気になったら――捨てられる。一人心の中で戒めの呪文を唱えた。
「……どうしてこんなことをするんですか」
 彼の瞳は悲しみに揺らぎ、俺の黒い瞳を見据えていた。
「どうして、自分を傷付けるようなことをするんですか。貴方は……本当はそんな人じゃないでしょう?」
 見透かされた、気がした。俺が臆病者だということ、それ故に自分を強く見せようとしていることを。その為にシャルルを傷つけようとしたことさえも。
 彼の手が俺の頬に触れた。
「泣かないで」
 優しい声で、柔らかで温かい微笑みを向けて、そう彼は言った。その時いつの間にか自分の頬に涙が一筋零れ落ちていることに気付く。
「……出てけ」
「嫌です」
「うるせえよ! 出てけって言ってんだろ!」
 俺はドアを開け放ち、シャルルを外に押し出した。素早くドアを閉めて鍵をかける。途端身体から力が抜ける。
 耐え切れなくなって俺はそのまま玄関でうずくまって泣いた。今まで自分がしてきたことがいかに虚しいことだったかを知る。人に傷付けられないように構えた盾は、内側の自分を刃で傷付けていた。
 クソガキ。心の中で呟く。それでも、俺の涙をすくったあいつの手は、温かった。
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