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風岡一温編
第四話 関係の終わり②
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「もういいだろ。恋人同士でもあるまいし……くだらねえ」
――くだらない。それは正しく、僕と先生の関係のことを言い表していた。
と、先生は足元に転がっていた僕の服を拾い集めて、茫然としている僕に、投げつけるようにして放った。
「早く着替えろ」
先生は服に着替えながら、動かない僕を睨み付ける。その苛立った先生の様子に我に返ってベッドから降り、急いで服を着た。
僕が着替え終わったのを見て先生は精算を済ませると、そのまま真っ直ぐにドアに向かう。怒らせてしまったことを後悔しながら、その背を追い掛けた。
「お前、エレベーター乗るな」
「え……?」
先生は舌打ちをして、すぐに来たエレベーターに先生は独りで乗り込む。
「終わりってこと。分かれよ」
頭が真っ白になっている僕を置いて、エレベーターのドアが閉まる。
――終わり。そう、言われた。
いつか来るかもしれないと思っていた。先生の気持ち一つで、この関係は簡単に壊れてしまうと分かっていた。
でも、好きだから、どうしようもなく好きだから。いつか観月先生の気持ちを変えられる日が来ると、盲目的に信じた。
視界が歪み、涙がぽろぽろと零れ落ちる。僕は先生にとって、過去の想い人よりも遠い存在だったのだ。
「えっと……大丈夫?」
僕の顔を覗き込む人と複数の人の気配に気付いて顔を上げる。エレベーターの前に立ち塞がっていた僕を困ったような、気遣うような表情で三人の男性が囲んでいた。
「相方に置いてかれちゃった?」
髪の長い小柄の男性が言う。僕は黙って俯いた。
「何それ、最悪じゃん! 俺なら絶対許さねえわ!」
僕と同じくらいの身長で体格のいい、茶色の短髪の男性がちょっと怒ったように言うと、細身の男性が「そうだ」と短髪の男性の肩を叩く。
「ケン、今フリーだろ。慰めてやれば? 俺達家帰るしさ」
「いいじゃんいいじゃん! この子可愛い顔してるし、正直タイプでしょ?」
今何が起こっているのか、彼らの話が僕には少しも分からなかった。でも、僕は三人と一緒に上がってきたエレベーターに乗って、ホテルを出た。
「じゃねー!」
細身の男性が小柄の男性の肩を抱いて、二人は仲睦まじい様子で去っていくのをぼんやりと見送る。残されたケンと呼ばれていた男性は、頭の後ろを掻いて僕の方をちらりと見る。
「あんなこと言われても困るよな」
「……よく、言っている意味が分からなくて……」
ケン、と呼ばれていた男性は噴き出すように笑って、
「別に取って食うつもりないし、なんか深刻そうだからさ。この後暇だったら話ぐらい聞くけど?」
このまま帰っても、母親は出張中で家には誰も居ない。もう一週間、まともに親の顔を見ていない。急いで帰る理由も無かった。
「……終電まで、だったら」
「うん、全然良いよ。俺も明日仕事だし」
僕は良く分からないままだったが、ケンさんに付いてホテルからさほど遠くない場所にあった落ち着いた雰囲気のバーに入った。酒は飲めないと言うと、ジンジャーエールを頼んでくれて、ケンさんはピザみたいな名前のカクテルを頼んだ。
「御兄さん結構若いよね。もしかして初めての彼氏だったの?」
「……恋人では、無かったです。僕が一方的に、好きで……」
思い出して胸が苦しくなる。また泣きそうになると、ケンさんは「聞いて悪かった! ごめん!」と僕の背中を撫でてくれた。初対面の人間に親切にしてくれる人もいるのだな、と思う。
その後は「楽しい話をしよう」と言って、謙さん――漢字を教えてもらった――の今までの酷かった恋人の話やあの二人の特殊性癖――恋人が寝取られるのに興奮するのだそうだ――について聞いたりした。
謙さんは駅で別れる時に「もし何かあったら連絡して」と僕に連絡先を渡した。何か思惑があるなら、僕だけが連絡を取れるように決定権を委ねたりはしないだろう。御蔭で少しの間悲しみを忘れられた。
家に帰ると、珍しく家に電気が点いていた。
「一温、随分帰りが遅かったわね。どういうこと?」
僕が靴を脱いでいると、母がネグリジェ姿のまま僕の前に仁王立ちして咎めるような視線を向けていた。
「……人身事故で電車が止まってて」
「あら、そうだったの。災難だったわね」
咄嗟の嘘にしては上手く誤魔化せたと思う。母さんももう興味を失ったようだった。
「母さんこそ、出張じゃなかったの?」
「それが銀座店でトラブルがあって、明日対応しなきゃいけなくなったのよ」
「母さんも災難だったね」と言うと「そうね」と疲れた顔で笑って一階の寝室に歩いていく。
「母さん、朝早いからもう寝るけど、あなたはちゃんとシャワー浴びて寝るのよ」
「うん、分かった。おやすみ」
母さんが寝室に入るのを見届けて、思わず溜息が零れた。先生との関係について知られてしまったら、と今までそのことだけを危惧していたからだ。
僕は母の言いつけを守ってシャワーを浴びて服を着替えてベッドに横になった。
――もう、先生との関係は終わったのだ。
そのことを思い出して、また胸が苦しくなった。「終わり」を告げられても、まだ先生のことが好きな気持ちが消えない。どうすればいいのか分からなかった。
だから、僕は身体を起こすと、謙さんから貰った連絡先にメッセージを送っていた。今日の御礼とまた話を聞いて欲しいことを書いて。
すぐに謙さんからメッセージは返ってきて、何往復かやり取りしているうちに、僕は眠くなってベッドに横になって目を閉じた。
――くだらない。それは正しく、僕と先生の関係のことを言い表していた。
と、先生は足元に転がっていた僕の服を拾い集めて、茫然としている僕に、投げつけるようにして放った。
「早く着替えろ」
先生は服に着替えながら、動かない僕を睨み付ける。その苛立った先生の様子に我に返ってベッドから降り、急いで服を着た。
僕が着替え終わったのを見て先生は精算を済ませると、そのまま真っ直ぐにドアに向かう。怒らせてしまったことを後悔しながら、その背を追い掛けた。
「お前、エレベーター乗るな」
「え……?」
先生は舌打ちをして、すぐに来たエレベーターに先生は独りで乗り込む。
「終わりってこと。分かれよ」
頭が真っ白になっている僕を置いて、エレベーターのドアが閉まる。
――終わり。そう、言われた。
いつか来るかもしれないと思っていた。先生の気持ち一つで、この関係は簡単に壊れてしまうと分かっていた。
でも、好きだから、どうしようもなく好きだから。いつか観月先生の気持ちを変えられる日が来ると、盲目的に信じた。
視界が歪み、涙がぽろぽろと零れ落ちる。僕は先生にとって、過去の想い人よりも遠い存在だったのだ。
「えっと……大丈夫?」
僕の顔を覗き込む人と複数の人の気配に気付いて顔を上げる。エレベーターの前に立ち塞がっていた僕を困ったような、気遣うような表情で三人の男性が囲んでいた。
「相方に置いてかれちゃった?」
髪の長い小柄の男性が言う。僕は黙って俯いた。
「何それ、最悪じゃん! 俺なら絶対許さねえわ!」
僕と同じくらいの身長で体格のいい、茶色の短髪の男性がちょっと怒ったように言うと、細身の男性が「そうだ」と短髪の男性の肩を叩く。
「ケン、今フリーだろ。慰めてやれば? 俺達家帰るしさ」
「いいじゃんいいじゃん! この子可愛い顔してるし、正直タイプでしょ?」
今何が起こっているのか、彼らの話が僕には少しも分からなかった。でも、僕は三人と一緒に上がってきたエレベーターに乗って、ホテルを出た。
「じゃねー!」
細身の男性が小柄の男性の肩を抱いて、二人は仲睦まじい様子で去っていくのをぼんやりと見送る。残されたケンと呼ばれていた男性は、頭の後ろを掻いて僕の方をちらりと見る。
「あんなこと言われても困るよな」
「……よく、言っている意味が分からなくて……」
ケン、と呼ばれていた男性は噴き出すように笑って、
「別に取って食うつもりないし、なんか深刻そうだからさ。この後暇だったら話ぐらい聞くけど?」
このまま帰っても、母親は出張中で家には誰も居ない。もう一週間、まともに親の顔を見ていない。急いで帰る理由も無かった。
「……終電まで、だったら」
「うん、全然良いよ。俺も明日仕事だし」
僕は良く分からないままだったが、ケンさんに付いてホテルからさほど遠くない場所にあった落ち着いた雰囲気のバーに入った。酒は飲めないと言うと、ジンジャーエールを頼んでくれて、ケンさんはピザみたいな名前のカクテルを頼んだ。
「御兄さん結構若いよね。もしかして初めての彼氏だったの?」
「……恋人では、無かったです。僕が一方的に、好きで……」
思い出して胸が苦しくなる。また泣きそうになると、ケンさんは「聞いて悪かった! ごめん!」と僕の背中を撫でてくれた。初対面の人間に親切にしてくれる人もいるのだな、と思う。
その後は「楽しい話をしよう」と言って、謙さん――漢字を教えてもらった――の今までの酷かった恋人の話やあの二人の特殊性癖――恋人が寝取られるのに興奮するのだそうだ――について聞いたりした。
謙さんは駅で別れる時に「もし何かあったら連絡して」と僕に連絡先を渡した。何か思惑があるなら、僕だけが連絡を取れるように決定権を委ねたりはしないだろう。御蔭で少しの間悲しみを忘れられた。
家に帰ると、珍しく家に電気が点いていた。
「一温、随分帰りが遅かったわね。どういうこと?」
僕が靴を脱いでいると、母がネグリジェ姿のまま僕の前に仁王立ちして咎めるような視線を向けていた。
「……人身事故で電車が止まってて」
「あら、そうだったの。災難だったわね」
咄嗟の嘘にしては上手く誤魔化せたと思う。母さんももう興味を失ったようだった。
「母さんこそ、出張じゃなかったの?」
「それが銀座店でトラブルがあって、明日対応しなきゃいけなくなったのよ」
「母さんも災難だったね」と言うと「そうね」と疲れた顔で笑って一階の寝室に歩いていく。
「母さん、朝早いからもう寝るけど、あなたはちゃんとシャワー浴びて寝るのよ」
「うん、分かった。おやすみ」
母さんが寝室に入るのを見届けて、思わず溜息が零れた。先生との関係について知られてしまったら、と今までそのことだけを危惧していたからだ。
僕は母の言いつけを守ってシャワーを浴びて服を着替えてベッドに横になった。
――もう、先生との関係は終わったのだ。
そのことを思い出して、また胸が苦しくなった。「終わり」を告げられても、まだ先生のことが好きな気持ちが消えない。どうすればいいのか分からなかった。
だから、僕は身体を起こすと、謙さんから貰った連絡先にメッセージを送っていた。今日の御礼とまた話を聞いて欲しいことを書いて。
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