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陽川花火編
第三話 再会⑦
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俺は照明を元に戻して、ベッドに腰を下ろす。水音が聞こえて、ふと壁の方に目を遣る。そしてそこで、ようやく芳慈さんが慌てていた理由が分かった。
「……あー、マジか」
ベッドから正面に見える壁の一部が、磨りガラスになっていてシルエットが映っていたのだ。色を変えて遊んだりしたから、不用意に芳慈さんの注意を引き付けてしまった可能性が高い。
本来、俺は裸のシルエットを見られたくらい、それ以上のことをいくらでもしているから平気なタイプの人間なのだが、しかし芳慈さんが照れているのを見たせいで羞恥心がこちらにまで伝染してきてしまった。
この後どういう風に話をすればいいやらとタオルで頭を拭いながら考える。結果を言うと、ラブホテルの設備についての話はしないでおいた。変な空気が流れて気まずいだけだから。
芳慈さんはソファに座って、俺は布団を足に掛けるような状態で話をした。芳慈さんが俺の脚が見えるのが気になるというので。芳慈さんって結構スケベなのでは、と今更ながらに思う。
「俺があの店に居るって、何で分かったんですか? それとも当てずっぽうで?」
「当てずっぽうです。最初は脩君が前に住んでいたアパートに行ってみたのですが空振りで、他に思い当たる場所もなかったものですから」
あの後連絡先も変えたし、卒業を機にアパートも引っ越した。俺と芳慈さんを繋いだのは、始まりと同じ場所だったということだ。俺が未練がましくあの店に行き続けたことは、結果として今のこの時間を生んだ。
「君に会えて、話せて良かったです。もし会えなかったら、私はただ君に焦がれたまま、老いて屍になるのを待つだけの人生だったでしょうから」
「大袈裟ですよ」と笑うと、「私は大真面目です」と真顔で言われてしまう。少しくらい茶化さないとこっちの心臓がもたないのだが。
「しかし、脩君に気持ちを伝えることも、君の気持ちを聞くこともできました。少なくとも君に愛されていると思いながら、年を取ることはできそうです」
「……愛だなんて」
「違うんですか?」
わざとなのか天然なのか、雨に打たれた捨て犬のように悲しげな表情をする。こういうところが狡い。分かっているくせにわざと訊いてるだろ、と言いたい。でも、きっと想いをちゃんと言葉にしなかったから、俺は、俺と芳慈さんは、今こうなっているのだと思うから。
「愛、してますよ。とても」
照れながらも、目を逸らさなかった。芳慈さんは目を大きく開いて何度か瞬きをした後、ふうと息を吐いて微笑んだ。
「私が今この歳で良かったと、初めて思いました。私があと二十、いえ十歳若かったら、脩君の想いを無視して抱きしめていたでしょうから」
一瞬もしそうなっていたら、と想像してしまい、どきりとする。
「なんか、あの……すみません」
「いえ、構いません。私が言うのも何ですが、脩君は真面目ですから」
自分のことを真面目だと思ったことは一度もないけれど、俺が何も気にせずに芳慈さんの胸に飛び込んでいくような下衆ではなかったことは褒めてやりたいと思う。
「私はいつまでも待ちますよ。君の贖罪が終わるまで」
そんな日が来るだろうか。俺が俺を許して、前を向いて――芳慈さんと手を携えて、歩いて行ける日が、来ると良い。
そうして朝まで俺は教師生活の話、芳慈さんはアメリカでの生活や研究の話をした。互いに風岡一温の話、元妻の話はしなかった。それらの話は、俺と芳慈さんが共有するべき話ではないから。
ホテルを出て、朝焼けの空を見上げる。夕陽は目に染みるのに、朝陽に目が眩んだことはないのは何故だろう。
夕陽を見ると、芳慈さんに遮光眼鏡を勧められたことを思い出してしまうから、好きではなかったけれど、夕陽を見てしまう自分がいた。思い出すことを辞めたくなかったのかもしれない。
これからは朝陽を見て、今日この日のことを思い出すのだろうか。微笑みを浮かべて手を挙げて去っていく愛しい人のことを、想いながら。
どうすれば、俺の罪は償えるのか、まだ分からない。彼に許しを請うのは、違うと思えた。風岡が俺を許すかどうかではなく、俺が俺を許すかどうかなのだから。
ただこれからは、手の中にある確かな愛を糧に生きていこうと、そう思えた。
「……あー、マジか」
ベッドから正面に見える壁の一部が、磨りガラスになっていてシルエットが映っていたのだ。色を変えて遊んだりしたから、不用意に芳慈さんの注意を引き付けてしまった可能性が高い。
本来、俺は裸のシルエットを見られたくらい、それ以上のことをいくらでもしているから平気なタイプの人間なのだが、しかし芳慈さんが照れているのを見たせいで羞恥心がこちらにまで伝染してきてしまった。
この後どういう風に話をすればいいやらとタオルで頭を拭いながら考える。結果を言うと、ラブホテルの設備についての話はしないでおいた。変な空気が流れて気まずいだけだから。
芳慈さんはソファに座って、俺は布団を足に掛けるような状態で話をした。芳慈さんが俺の脚が見えるのが気になるというので。芳慈さんって結構スケベなのでは、と今更ながらに思う。
「俺があの店に居るって、何で分かったんですか? それとも当てずっぽうで?」
「当てずっぽうです。最初は脩君が前に住んでいたアパートに行ってみたのですが空振りで、他に思い当たる場所もなかったものですから」
あの後連絡先も変えたし、卒業を機にアパートも引っ越した。俺と芳慈さんを繋いだのは、始まりと同じ場所だったということだ。俺が未練がましくあの店に行き続けたことは、結果として今のこの時間を生んだ。
「君に会えて、話せて良かったです。もし会えなかったら、私はただ君に焦がれたまま、老いて屍になるのを待つだけの人生だったでしょうから」
「大袈裟ですよ」と笑うと、「私は大真面目です」と真顔で言われてしまう。少しくらい茶化さないとこっちの心臓がもたないのだが。
「しかし、脩君に気持ちを伝えることも、君の気持ちを聞くこともできました。少なくとも君に愛されていると思いながら、年を取ることはできそうです」
「……愛だなんて」
「違うんですか?」
わざとなのか天然なのか、雨に打たれた捨て犬のように悲しげな表情をする。こういうところが狡い。分かっているくせにわざと訊いてるだろ、と言いたい。でも、きっと想いをちゃんと言葉にしなかったから、俺は、俺と芳慈さんは、今こうなっているのだと思うから。
「愛、してますよ。とても」
照れながらも、目を逸らさなかった。芳慈さんは目を大きく開いて何度か瞬きをした後、ふうと息を吐いて微笑んだ。
「私が今この歳で良かったと、初めて思いました。私があと二十、いえ十歳若かったら、脩君の想いを無視して抱きしめていたでしょうから」
一瞬もしそうなっていたら、と想像してしまい、どきりとする。
「なんか、あの……すみません」
「いえ、構いません。私が言うのも何ですが、脩君は真面目ですから」
自分のことを真面目だと思ったことは一度もないけれど、俺が何も気にせずに芳慈さんの胸に飛び込んでいくような下衆ではなかったことは褒めてやりたいと思う。
「私はいつまでも待ちますよ。君の贖罪が終わるまで」
そんな日が来るだろうか。俺が俺を許して、前を向いて――芳慈さんと手を携えて、歩いて行ける日が、来ると良い。
そうして朝まで俺は教師生活の話、芳慈さんはアメリカでの生活や研究の話をした。互いに風岡一温の話、元妻の話はしなかった。それらの話は、俺と芳慈さんが共有するべき話ではないから。
ホテルを出て、朝焼けの空を見上げる。夕陽は目に染みるのに、朝陽に目が眩んだことはないのは何故だろう。
夕陽を見ると、芳慈さんに遮光眼鏡を勧められたことを思い出してしまうから、好きではなかったけれど、夕陽を見てしまう自分がいた。思い出すことを辞めたくなかったのかもしれない。
これからは朝陽を見て、今日この日のことを思い出すのだろうか。微笑みを浮かべて手を挙げて去っていく愛しい人のことを、想いながら。
どうすれば、俺の罪は償えるのか、まだ分からない。彼に許しを請うのは、違うと思えた。風岡が俺を許すかどうかではなく、俺が俺を許すかどうかなのだから。
ただこれからは、手の中にある確かな愛を糧に生きていこうと、そう思えた。
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