聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

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14 離れたくないけど

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「どうやらユークリッドさまは手に入らないみたいなんですもの。だったらあなたを手みやげにするわ」
「手みやげとはどういうことだ」

 ルイーズは振りかえって目を丸くした。近衛隊長のシズラーだ。いつの間に来ていたのか。

「ちっ!」

 ルイーズの護衛が素早くシズラーに切りかかった。それを難なく避け、シズラーは笛を吹く。するとドアが開いて騎士たちが雪崩れこんできた。ルイーズと護衛はたちまち騎士に囲まれてしまった。

 もういいかなとシスイはぱちりと目を開き、立ちあがった。

「シスイ様! ご無事で……」

 シズラーは心底ほっとして表情を和らげた。
 二人は捕縛され、貴賓用の牢に連れて行かれた。シスイもいっしょに向かう。


「手みやげとはどういうことですか」

 シズラーが再び問うと、ルイーズは美しい形の唇を尖らせた。

「教えるわけないでしょ?」
「いずれわかることだ」

「ルイーズ様に無体なことをするな!」

 護衛はいきり立ったがどうにもならない。

「お前が吐くならルイーズには何もしない」

 シズラーの言葉に護衛は少し逡巡し、諦めたのかその場にがっくりと座りこんだ。

「ルイーズ様には俺が入れ知恵をしたんだ。聖獣を連れてハラール閣下に献上したかった」
「なぜだ」

 シズラーは護衛に厳しく問いただした。

「ハラール閣下はドランス帝国に寝返りたかったのだ。そのために間にあるアングレア伯爵領を手に入れようとしたが……。それより聖獣をドランス帝国に献上したほうが早い」
「なんということを」

 ドランス帝国は隣国のイーダン王国の北に位置する強大な国だ。幸いにして北の森が侵攻を阻害している。
 ユークリッドの実家があるアングレア伯爵領はドランス帝国に割合に近く、一部は元はハラール侯爵領であった。父親の代に先代イーダン王の逆鱗に触れ、取りあげられてアングレア家に併合されたのだ。

 ハラール侯爵はルイーズを初めユークリッドの長兄に嫁がせようとした。しかし歳が離れすぎていて相手にされなかったので、エスラかユークリッドを狙っていた。

 結局、ルイーズがユークリッドに好意を示したためユークリッドが標的になった。そうなれば上の兄二人と家族は消すつもりだったのだろう。
 しかしユークリッドが王になり、いったんは諦めた。その後聖獣の噂を聞いて、エスラを騙してやってきたのだ。
 聖獣をドランス帝国に献上し、憎いイーダンを裏切ってから、ドランス帝国に協力を仰いで領地を取りもどすつもりだったのだ。


 そっぽを向いているルイーズと座りこんでいる護衛をシズラーは激しい怒りをもって睨めつけた。
 ルイーズはそれでも知らん顔をしていたが、急にパッと輝くような笑顔を入り口に向けた。

「ユークリッド様!」

 ユークリッドはそれを無視し、シズラーと近衛に頷いてみせた。それからシスイのそばに歩みより、撫でながら点検を始める。

「シスイ、大事ないか?」

 シスイはくぅんと鳴いた。

――大丈夫だよ! しびれ薬を盛られただけ。俺には効かない。
「なにっ!!」

 美人が怒ると怖いのだ。シスイまで背中がひんやりしてきた。怖すぎてシスイはそっと距離を取った。

「ユークリッド様! わたくし今回は家に帰りますわ。ユークリッド様のこと諦めませんから」
「何を言っている。お前はしばらく勾留される。ハラール侯爵との取引によっては返されることもあるだろう。お前とは二度と会うことはあるまい」
「なんですって!?」

 ルイーズはやにわに顔色を変えた。

「わたくしにそんな口をきいていいと思って?」

 ユークリッドはそんなルイーズを一瞥し、シスイを連れて部屋を出た。





 執務室に戻るとユークリッドはソファにどっかりと座ってため息をついた。シスイをそばに引き寄せ、耳の後ろを掻いてやる。シスイは目を細めておとなしくしていた。

「すまなかったな」
――ううん。……でも……。

 シスイは言いよどんだ。

――これが俺の召喚理由だったら……もうすぐ帰らなきゃならないのかも……。

 ユークリッドはビクリと身を震わせ、シスイに抱きついた。

「そんな……いやだ。シスイ……」

 もしかしたら会いに来れるのは終わりかもしれない。シスイにはそんな予感がしていた。

――もし……会えなくなっても、ずっと忘れないよ。ずっとこのタグをつけてるから。俺はユークリッドのだから。

 ユークリッドは何も言わず、顔をシスイの毛に埋めて、紫の瞳からはらはらと涙を零した。





 それからシスイはできるだけユークリッドと過ごした。シスランやマリーザにも毎日会いに行き、シスランと遊んでやった。小さすぎて忘れてしまうだろうが。そう思うと少し寂しい。


 ハラール侯爵のことはイーダン王に書簡を送り、判断を任せることにした。ルイーズも同時にイーダンに送る。
 腹は立つが、あくまでもイーダンの内政に関わることだ。ハラール侯爵はそれ相当の処分を受けるだろう。最低でも身分剥奪と領地没収は免れないため、寝返ることは難しくなる。ユークリッドの実家ももう脅かされることはあるまい。





 数日後、ユークリッドが忙しいときにシスイは街に降りることにした。

「いやだ。何かあったらどうする」

 子供のような駄々をこねるユークリッドをシスイは困ったような目をして見た。思いきって頬をぺろりと舐めてみる。

――ごめん、でも一度行って来ないと後悔するから

 ユークリッドが頬に手を当ててぼんやりしているうちにシスイは外に出た。





「こんにちは、スヴェンさんはいらっしゃいますか」

 ギルドで受付のエルに聞くと、珍しくギルド長室に案内してくれた。

「スヴェンさん、こんにちは」
「おう、どうした。久しぶりだな」

 スヴェンは書類を置いて手を上げた。

「あのですね、たぶんですが……用事が済んだので、俺そろそろ消えると思うんですよね」

 スヴェンはいっとき間を置いてから「そうか」と言った。

「はい。ユークリッドを置いていくかと思うと……。ユークリッドのこと、よろしくお願いします」

 慧吾は頭を深く下げた。

「……わかった。できるだけのことはする」
「ありがとうございます。それで、たぶんですが今日でここに来るのも最後かなと思うんです。なのでお別れに来ました」
「そうか、残念だな」

 スヴェンは冒険者ギルドのギルド長だ。多くの別れを経験している。いつものように努めて冷静に返事をした。

「それではスヴェンさん、お世話になりました」
「もう帰るのか」

 慧吾は首を横に振った。

「東の森へ一度行くつもりです。知り合いに挨拶したくて。……あっ、ロウさんはこの辺にいないですよね?」
「ロウは遠出している。……知り合いが東の森に?」

 慧吾の奇妙な話をスヴェンは不審がった。

「そうですか、いっしょに会いに行きたかったんですが残念です。ではよろしくお伝えください。えっと知り合いは銀毛です。会えるかどうかわかりませんけど行ってみます」
「はぁ!? 銀毛!?」

 目を見開いてスヴェンは思わず大声をあげた。

「いや、俺も獣っちゃ獣ですし。仲間と思ったんじゃないですかね? 人間を襲わないよう、会えたら言いきかせてきますので、できたら討伐しないでください」
「お、おう……」

 スヴェンが動揺しているうちに慧吾は下に降りていった。
 習慣で依頼ボードを見ていると、赤毛のDランクのアリィがカウンターからやってきた。

「ケイ! なんで来なかったのよ! 私は今日はもう帰ってきたのよ! でももう一回行ってもいいのよっ」

 相変わらずのアリィに慧吾はクスリと笑った。アリィは虚を突かれた顔をした。

「ケイが私に笑顔を見せたの初めてね……」
「そうだった? 俺さ、ここを引き払うからもう来れないんだ。またどこかで会えたらよろしくな」

 アリィはエッと言ったきり、黙ってしまった。唇を噛んで泣かないように我慢しているようだ。
 慧吾はアリィの頭をポンとして、「じゃあ元気でな」とその場をあとにした。

「なによー!!」

 アリィの叫ぶ声が聞こえる。なんだかんだ言ってかわいいなと慧吾は思った。しかしあまり親しくなっても別れがつらくなるだけだ。





 東の森の奥に着いてすぐ、幸いにも銀毛は現れた。また慧吾のそばに来てごろりんと転がる。大きい足に当たると危ないので避けながら腹を撫でてやる。

「俺なー、もうすぐここじゃない世界の家に帰るんだ。たぶんね……」

 銀毛はキャーンキャーンと鳴いた。そしてまた慧吾の手をがぶりと噛んだ。今度は抗議らしいとわかった。

「いてっ。せっかく知りあったのにごめんね。あと、ひとつお願いがあるんだ。……人をできるだけ襲わないでほしい。もちろん君が危なくなったときは別だよ。身は守らないと」

 銀毛は不満そうに鼻を鳴らしたが、仕方ない、そうしてやるよ、やれやれみたいな顔でひと声吠えた。

「ありがとう。良かった。安心したよ」

 慧吾はひとしきり話しかけながら銀毛を撫でたあとで気がついた。もう夕方だ。早く王宮に戻らないと。慧吾はよいしょと立ちあがった。


 そして自分の身体に異変を感じた。目の前がだんだんぼやけてくる。慧吾はその刹那、ユークリッドのことを思った。


――ユークリッド!!!! 元気で!! ユークリッド、離れたくないよ…………

――シスイ!! シスイ!! 行くな!!
私を置いて行くな!!!! シスイ…………


 そしてユークリッドの声がだんだん遠ざかっていく…………。


 ――――気がつくと慧吾は自分の部屋で涙を流しながら立っていた。






 その後、ユークリッドとは二度と会うことは叶わなかった。

 帰還して数日後には気配まで消えてしまった。冷たく、何の反応もしなくなってしまったネームタグを握りしめ、慧吾は慟哭したのだった。
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