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18 王子を撃ちぬく
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実技の課題で、南の森にフォレストラビットを狩りに行くことになった。学園からほど近い南の森は、初心者でも安心な魔獣しか住んでおらず、たびたび学園から課題が出されている。それにほとんどの生徒はパーティを組んでから行くため、危険はほとんどないと言って良い。
「レヴィン、俺たちとパーティを組まない?」
ネージュがもともと自分たちが組んでいたパーティにレヴィンを誘ってくれた。
「え、いいの?」
初めて誘ってもらったレヴィンは喜んだ。魔術科のころの何もできないレヴィンはお荷物でしかなく、パーティにいれてもらえなかったのだ。
入れてもらう方向で話がまとまりかけたとき、突然横から邪魔が入った。
「やあ、レヴィン、ネージュ。ちょっといいかな」
「っ! 殿下!」
レヴィンとネージュは慌ててかしこまった。リーンハルトは美しい笑顔を浮かべ、後ろのルークは無表情だ。
「ネージュのところはもう五人いるだろう。私のところは私とルークだけだ。レヴィンと使い魔が入ってくれるとありがたいんだが」
「いえ、そ、そんなおそれ多い……」
なんとかして断ろうとして、ルークにも助けを求めるように視線を動かした。しかしルークは諦めろ、俺はもう諦めたという顔で顎を一度くいっとしゃくってみせた。
「ねえ、シスイ様。いっしょに行ってくださるよね?」
リーンハルトは、目立たないようひっそり座っていたシスイの目の前に移動し、にっこりと笑いかけた。
(こわっ!)
ハ、ハイとシスイは首を縦に振った。レヴィンは至近距離で見たリーンハルトの美しさにボーッとなっている。その隙に話がまとまったようだ。
「じゃあそういうことで。明日の朝九時に通用門に集合な」
ルークがそう告げて、二人は去っていった。我にかえったレヴィンは頭を抱え、ネージュは同情の眼差しでレヴィンの肩をぽんぽんと叩いた。
(レヴィン……自分も美人なのに)
前にレヴィンは「殿下は初代様に似ていらっしゃるのかな」などとつぶやいていた。だがユークリッドにそっくりなのはむしろレヴィンのほうだ。特に最近、剣の鍛錬をしているレヴィンの姿は本当にユークリッドによく似て美しい。若いころのユークリッドを想像して涙が浮かぶこともある。
(ユークリッド。会いたいなあ)
しんみりしていると、レヴィンがくるりと振りむき、優しく耳の後ろをかいてくれた。目をつぶって、ユークリッドの匂いに包まれていると、不思議と気持ちが安らいでくるのだった。
リーンハルトとの約束の日、レヴィンは少し早めに通用門のところに来た。
「緊張するなあ。失礼のないようにしないと……」
シスイに話しかけていると、リーンハルトとルークの二人がやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶と装備の確認を済ませ、通用門を出ると馬車が待機していた。それに騎乗している騎士が二名。警備上仕方がないのかもしれない。森に着いてからは少し離れてついてきてくれるらしい。
リーンハルトとルークが馬車に乗ってから、緊張で固くなりながらレヴィンも馬車に乗った。シスイは大きすぎるので御者の隣に座った。街を出てからはそれも降りて並走して走った。久々で気分が良い。
南の森の入り口で馬車は止まった。馬車はここで待機するようだ。南の森へ初めて来たシスイは楽しみにしていた。
「シスイ様は手を出さないでくださいね」
それなのにルークに釘を刺されてしまい、ガーンとなっている。レヴィンにごめんねと鼻を撫でられ、ご機嫌が少し治った。
三人が歩いている後ろをシスイが歩き、その後ろを護衛が歩いている。思ったより三人とも強くてさくさくとフォレストラビットを倒していった。
そのためすぐに課題分は終わってしまった。レヴィンは今までひとりで苦労してきたのもあってリーンハルトに深く感謝した。
「殿下、本日はありがとうございました。おかげ様で課題をこなすことができました」
「ふむ、レヴィンはなかなかのもんだな。今度、砦の演習に参加してみないか」
リーンハルトが誘ってきた。
「ぐるる!」
シスイは反対だ。砦といったら北の森の演習のことだろう。いくらなんでも早すぎると思う。
「おや、保護者の許可がおりないようですよ、リーンハルト様」
「それは残念」
リーンハルトとルークが何やら悪い顔で笑っている。
(まったく……)
「わんわんわん!」
(で、何の用だ)
シスイはルークに案内されてリーンハルトの部屋に来ていた。昼間のこともあり、少し不機嫌だ。
「シスイ様とは少しお話しておいたほうがいいと思いまして。今後のレヴィンのためにも」
「わふ!」
(俺がずっとついておけるとも限らないし、リーンハルトの腹の中を知っておきたいしな)
そしてシスイはルークのほうを向き、わんわんと吠えた。
「お前に出ていけと言っているようだぞ」
「しかし……」
「我が一族を守護されてきた聖獣様だ。めったなことはあるまい」
「は……」
ルークは苦い顔をしながらも、出ていってくれた。
『人化』
その場でシスイが光に包まれ、リーンハルトは目を眇めた。
「そなた、いえあなたは……」
光がおさまって現れたのは黒いローブを深く被った若い男性だった。
「この姿ではお初にお目にかかります。私はシスイです」
「なんと……人に変化できるのですか」
「はい。お話するのにこのほうが。できたら鍵をかけていただきたいのですが」
リーンハルトは大股で歩いて鍵をガチャリとかけ、戻ってきた。
「シスイ様。我が一族に長きに渡り、恩寵をいただき……」
慧吾は頭を下げて口上を遮った。
「殿下、私はそのようにしていただくような者ではございません。ご容赦を」
「いえ、私のことはどうかあなたの臣とお思いください」
「では対等ということにしましょう。……この姿のときはケイと呼んでもらえないかな」
「ケイ様……ですか」
見た目も年上であるし、この程度の敬語なら仕方がないかもしれないと慧吾は諦めた。
「様はいらないんだけど……」
「ではケイ殿とお呼びさせていただきます」
慧吾は思いだしたようにフードを外した。黒髪、紫の瞳、思っていたような息を呑むような美しさはないが、優しく癒やされるような顔が、取りさられたフードの下から現れた。
それを目の当たりにしたリーンハルトは畏敬の念に打たれ、感動していた。
「ごめんね、平凡な顔でしょ? 俺外をうろうろしてるから、そのときは話しかけないでもらえると助かるな」
「い、いいえ! なんとありがたい。……え、うろうろとは!?」
「うん、街に宿をとってたまに冒険者ギルドで稼いだり、食堂に行ったり。俺がシスイって知ってる人は歴代でも数人しかいなかったんだよねえ。ユークリッドが自由にさせてくれててさ」
「なんと!? 冒険者ギルド……」
リーンハルトは話の展開についていけていなかったが、慧吾は飄々と答えている。
「うん、だってお金いるでしょ? 寝るところもいるしね」
「なんと……」
呆然とつぶやいているリーンハルトに慧吾は本題に戻して話を続けた。
「君のところに現れなくてすまなかったね。レヴィンもたぶんユークリッドの子孫だと思うんだけど……」
「そのことに関しては、残念ではありますが、私に思うところはございません。レヴィンはおそらくエングリット王の血筋でしょう」
「エングリット……」
慧吾は遠い目になった。エングリットは女癖が悪く、困った王子だった。ジルをあんな目に合わせたのもエングリットだ。
「実は……俺も選んでいるわけじゃないんだよね。推測だけど、君たちのほうに危険を察知したときに俺を呼ぶ力があるんじゃないかと思ってる。召喚獣と変わらなくて……守護する人間も時期も俺には制御できないんだ」
リーンハルトは衝撃の事実に目を瞠った。
「初代のことは、深く敬愛していた。でもはっきりと加護を与えたことになったのは初代とレヴィンだけなんだよ。四代目のミシェルにも留学に帯同してかなり心を砕いたんだけどね。加護を与えると瞳が紫に変わる。紫になったのは二人だけなんだ。ところがレヴィンは生まれつきらしくてね」
「ふむ……」
リーンハルトは顎に手を当て、考えこんでいる。慧吾はリーンハルトに追いうちをかけた。
「あとね、君たちは誤解してるけど、俺、長生きはしてないからね」
「は……?」
「時間を飛ばして来てるだけだから。俺はまだ若い」
これは大事なことだ、うん。と慧吾は満足した。リーンハルトはびっくりしたように慧吾をじっと見ている。そして不躾に見つめていたことに気がついて視線をそらした。
「あとのことはおいおい話すとして……お願いがあるんだ」
「なんなりと」
「俺は自分で帰る時期を選べないから、そうなったときにレヴィンのことを頼みたい。彼の後ろ盾になってくれないかな」
「かしこまりました」
「それともうひとつ……。これはエングリットの責任にもなるからね。当時いた聖女のことなんだ」
聖女の騒動はリーンハルトも知っている。偽物の聖女に傾倒したエングリットが本物の聖女を追いだした事件だった。聖女は行方をくらましたが、当事者はすでに全員この世にはいないと思われる。
「北の森の魔女。あれは聖女だ。俺が眷属に頼んで保護してもらっている」
「なんと……」
さっきからそればかり言っているリーンハルトである。しかし呆けた顔をしていてもやはり美しい。
「眷属って銀毛っていう狐なんだけどね。ずっと若いから魔女なんて言われてるけど銀毛の能力だし、聖女でいい子なんで、あの子のことも頼んでおきたいんだ」
「……確かに承りました」
慧吾は身体の力を抜いた。
「ああ、これでほっとした。いやこれからも力の及ぶ限り、レヴィンと、君も守っていくけれどね」
「私も……ですか」
「うんうん、君だってユークリッドの子孫だもの。頼ってほしい」
リーンハルトは絵画に描かれた伝説の聖獣と話せただけでなく、頼ってもらえた上に優しい言葉までかけてもらえて感動のあまり動けなくなってしまった。
「殿下?」
「リーンハルトと」
「え」
「初代様のようにリーンハルトと呼びすてでお願いします」
慧吾はリーンハルトの急激な変化にとまどった。昼間の態度と大違いだ。
王子といってもまだ子供、レヴィンとシスイのことを割りきってはいても、実は自分でももやもやしたものを抱えていてあの態度だったのだ。要するに若干スネていたのであった。
「う、うん。じゃあリーンハルトと呼ばせてもらうね。リーンハルト、話せて良かったよ。そろそろ行くね」
と、シスイに姿を変え、ルークと入れかわりで部屋を出ていった。
その後『シスイ殿』と後を追いまわすようになったリーンハルトのおかげで、クラスメイトたちまでがシスイ殿呼びになり、すっかりあだ名のようになって広まっていった。
今では騎士科の校舎に一歩入ると、行くところ行くところで犬好きに順繰りにもふられて、ふらふら歩いている光景も珍しくない。いつかの再現のようだ。しかも今度は止める者がいないのであった……。
「レヴィン、俺たちとパーティを組まない?」
ネージュがもともと自分たちが組んでいたパーティにレヴィンを誘ってくれた。
「え、いいの?」
初めて誘ってもらったレヴィンは喜んだ。魔術科のころの何もできないレヴィンはお荷物でしかなく、パーティにいれてもらえなかったのだ。
入れてもらう方向で話がまとまりかけたとき、突然横から邪魔が入った。
「やあ、レヴィン、ネージュ。ちょっといいかな」
「っ! 殿下!」
レヴィンとネージュは慌ててかしこまった。リーンハルトは美しい笑顔を浮かべ、後ろのルークは無表情だ。
「ネージュのところはもう五人いるだろう。私のところは私とルークだけだ。レヴィンと使い魔が入ってくれるとありがたいんだが」
「いえ、そ、そんなおそれ多い……」
なんとかして断ろうとして、ルークにも助けを求めるように視線を動かした。しかしルークは諦めろ、俺はもう諦めたという顔で顎を一度くいっとしゃくってみせた。
「ねえ、シスイ様。いっしょに行ってくださるよね?」
リーンハルトは、目立たないようひっそり座っていたシスイの目の前に移動し、にっこりと笑いかけた。
(こわっ!)
ハ、ハイとシスイは首を縦に振った。レヴィンは至近距離で見たリーンハルトの美しさにボーッとなっている。その隙に話がまとまったようだ。
「じゃあそういうことで。明日の朝九時に通用門に集合な」
ルークがそう告げて、二人は去っていった。我にかえったレヴィンは頭を抱え、ネージュは同情の眼差しでレヴィンの肩をぽんぽんと叩いた。
(レヴィン……自分も美人なのに)
前にレヴィンは「殿下は初代様に似ていらっしゃるのかな」などとつぶやいていた。だがユークリッドにそっくりなのはむしろレヴィンのほうだ。特に最近、剣の鍛錬をしているレヴィンの姿は本当にユークリッドによく似て美しい。若いころのユークリッドを想像して涙が浮かぶこともある。
(ユークリッド。会いたいなあ)
しんみりしていると、レヴィンがくるりと振りむき、優しく耳の後ろをかいてくれた。目をつぶって、ユークリッドの匂いに包まれていると、不思議と気持ちが安らいでくるのだった。
リーンハルトとの約束の日、レヴィンは少し早めに通用門のところに来た。
「緊張するなあ。失礼のないようにしないと……」
シスイに話しかけていると、リーンハルトとルークの二人がやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶と装備の確認を済ませ、通用門を出ると馬車が待機していた。それに騎乗している騎士が二名。警備上仕方がないのかもしれない。森に着いてからは少し離れてついてきてくれるらしい。
リーンハルトとルークが馬車に乗ってから、緊張で固くなりながらレヴィンも馬車に乗った。シスイは大きすぎるので御者の隣に座った。街を出てからはそれも降りて並走して走った。久々で気分が良い。
南の森の入り口で馬車は止まった。馬車はここで待機するようだ。南の森へ初めて来たシスイは楽しみにしていた。
「シスイ様は手を出さないでくださいね」
それなのにルークに釘を刺されてしまい、ガーンとなっている。レヴィンにごめんねと鼻を撫でられ、ご機嫌が少し治った。
三人が歩いている後ろをシスイが歩き、その後ろを護衛が歩いている。思ったより三人とも強くてさくさくとフォレストラビットを倒していった。
そのためすぐに課題分は終わってしまった。レヴィンは今までひとりで苦労してきたのもあってリーンハルトに深く感謝した。
「殿下、本日はありがとうございました。おかげ様で課題をこなすことができました」
「ふむ、レヴィンはなかなかのもんだな。今度、砦の演習に参加してみないか」
リーンハルトが誘ってきた。
「ぐるる!」
シスイは反対だ。砦といったら北の森の演習のことだろう。いくらなんでも早すぎると思う。
「おや、保護者の許可がおりないようですよ、リーンハルト様」
「それは残念」
リーンハルトとルークが何やら悪い顔で笑っている。
(まったく……)
「わんわんわん!」
(で、何の用だ)
シスイはルークに案内されてリーンハルトの部屋に来ていた。昼間のこともあり、少し不機嫌だ。
「シスイ様とは少しお話しておいたほうがいいと思いまして。今後のレヴィンのためにも」
「わふ!」
(俺がずっとついておけるとも限らないし、リーンハルトの腹の中を知っておきたいしな)
そしてシスイはルークのほうを向き、わんわんと吠えた。
「お前に出ていけと言っているようだぞ」
「しかし……」
「我が一族を守護されてきた聖獣様だ。めったなことはあるまい」
「は……」
ルークは苦い顔をしながらも、出ていってくれた。
『人化』
その場でシスイが光に包まれ、リーンハルトは目を眇めた。
「そなた、いえあなたは……」
光がおさまって現れたのは黒いローブを深く被った若い男性だった。
「この姿ではお初にお目にかかります。私はシスイです」
「なんと……人に変化できるのですか」
「はい。お話するのにこのほうが。できたら鍵をかけていただきたいのですが」
リーンハルトは大股で歩いて鍵をガチャリとかけ、戻ってきた。
「シスイ様。我が一族に長きに渡り、恩寵をいただき……」
慧吾は頭を下げて口上を遮った。
「殿下、私はそのようにしていただくような者ではございません。ご容赦を」
「いえ、私のことはどうかあなたの臣とお思いください」
「では対等ということにしましょう。……この姿のときはケイと呼んでもらえないかな」
「ケイ様……ですか」
見た目も年上であるし、この程度の敬語なら仕方がないかもしれないと慧吾は諦めた。
「様はいらないんだけど……」
「ではケイ殿とお呼びさせていただきます」
慧吾は思いだしたようにフードを外した。黒髪、紫の瞳、思っていたような息を呑むような美しさはないが、優しく癒やされるような顔が、取りさられたフードの下から現れた。
それを目の当たりにしたリーンハルトは畏敬の念に打たれ、感動していた。
「ごめんね、平凡な顔でしょ? 俺外をうろうろしてるから、そのときは話しかけないでもらえると助かるな」
「い、いいえ! なんとありがたい。……え、うろうろとは!?」
「うん、街に宿をとってたまに冒険者ギルドで稼いだり、食堂に行ったり。俺がシスイって知ってる人は歴代でも数人しかいなかったんだよねえ。ユークリッドが自由にさせてくれててさ」
「なんと!? 冒険者ギルド……」
リーンハルトは話の展開についていけていなかったが、慧吾は飄々と答えている。
「うん、だってお金いるでしょ? 寝るところもいるしね」
「なんと……」
呆然とつぶやいているリーンハルトに慧吾は本題に戻して話を続けた。
「君のところに現れなくてすまなかったね。レヴィンもたぶんユークリッドの子孫だと思うんだけど……」
「そのことに関しては、残念ではありますが、私に思うところはございません。レヴィンはおそらくエングリット王の血筋でしょう」
「エングリット……」
慧吾は遠い目になった。エングリットは女癖が悪く、困った王子だった。ジルをあんな目に合わせたのもエングリットだ。
「実は……俺も選んでいるわけじゃないんだよね。推測だけど、君たちのほうに危険を察知したときに俺を呼ぶ力があるんじゃないかと思ってる。召喚獣と変わらなくて……守護する人間も時期も俺には制御できないんだ」
リーンハルトは衝撃の事実に目を瞠った。
「初代のことは、深く敬愛していた。でもはっきりと加護を与えたことになったのは初代とレヴィンだけなんだよ。四代目のミシェルにも留学に帯同してかなり心を砕いたんだけどね。加護を与えると瞳が紫に変わる。紫になったのは二人だけなんだ。ところがレヴィンは生まれつきらしくてね」
「ふむ……」
リーンハルトは顎に手を当て、考えこんでいる。慧吾はリーンハルトに追いうちをかけた。
「あとね、君たちは誤解してるけど、俺、長生きはしてないからね」
「は……?」
「時間を飛ばして来てるだけだから。俺はまだ若い」
これは大事なことだ、うん。と慧吾は満足した。リーンハルトはびっくりしたように慧吾をじっと見ている。そして不躾に見つめていたことに気がついて視線をそらした。
「あとのことはおいおい話すとして……お願いがあるんだ」
「なんなりと」
「俺は自分で帰る時期を選べないから、そうなったときにレヴィンのことを頼みたい。彼の後ろ盾になってくれないかな」
「かしこまりました」
「それともうひとつ……。これはエングリットの責任にもなるからね。当時いた聖女のことなんだ」
聖女の騒動はリーンハルトも知っている。偽物の聖女に傾倒したエングリットが本物の聖女を追いだした事件だった。聖女は行方をくらましたが、当事者はすでに全員この世にはいないと思われる。
「北の森の魔女。あれは聖女だ。俺が眷属に頼んで保護してもらっている」
「なんと……」
さっきからそればかり言っているリーンハルトである。しかし呆けた顔をしていてもやはり美しい。
「眷属って銀毛っていう狐なんだけどね。ずっと若いから魔女なんて言われてるけど銀毛の能力だし、聖女でいい子なんで、あの子のことも頼んでおきたいんだ」
「……確かに承りました」
慧吾は身体の力を抜いた。
「ああ、これでほっとした。いやこれからも力の及ぶ限り、レヴィンと、君も守っていくけれどね」
「私も……ですか」
「うんうん、君だってユークリッドの子孫だもの。頼ってほしい」
リーンハルトは絵画に描かれた伝説の聖獣と話せただけでなく、頼ってもらえた上に優しい言葉までかけてもらえて感動のあまり動けなくなってしまった。
「殿下?」
「リーンハルトと」
「え」
「初代様のようにリーンハルトと呼びすてでお願いします」
慧吾はリーンハルトの急激な変化にとまどった。昼間の態度と大違いだ。
王子といってもまだ子供、レヴィンとシスイのことを割りきってはいても、実は自分でももやもやしたものを抱えていてあの態度だったのだ。要するに若干スネていたのであった。
「う、うん。じゃあリーンハルトと呼ばせてもらうね。リーンハルト、話せて良かったよ。そろそろ行くね」
と、シスイに姿を変え、ルークと入れかわりで部屋を出ていった。
その後『シスイ殿』と後を追いまわすようになったリーンハルトのおかげで、クラスメイトたちまでがシスイ殿呼びになり、すっかりあだ名のようになって広まっていった。
今では騎士科の校舎に一歩入ると、行くところ行くところで犬好きに順繰りにもふられて、ふらふら歩いている光景も珍しくない。いつかの再現のようだ。しかも今度は止める者がいないのであった……。
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