聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

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19 シスイ

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 それから二年の月日がたち、レヴィンは五年生、十六歳になった。身長が伸びてほどよく筋肉がつき騎士らしいしっかりとした身体つきになった。実力も上位のほうだ。
 平民出身ではあるがリーンハルトのパーティで重用されている。ますますユークリッドに似てきており、人外じみた匂いたつような美貌は、リーンハルトの横に立っても見劣りしないどころか並んだ美形に目が眩みそうである。レヴィンとリーンハルトは親戚だけあって、このごろは良く似てきた。

 あるときルークが「お二人が並ぶと良く似ておりますね。ご兄弟のようです」と言った折に、

「それはそうだろう。公爵子息の君も私の遠い親戚に当たるが、レヴィンはもっと近い親戚だ。又従兄弟かの?」

 と、リーンハルトが爆弾発言を投げつけてきたことがあった。実際、学園にいるひとつ下の弟や、ふたつ下の妹よりもよく似ている。
 レヴィンが混乱して、え、えとしか言えないでいるのに、リーンハルトはそれには無頓着な様子で説明をした。

「君は曽祖父のエングリット王の落し胤だ。だからアングレア家を守護してきたシスイ殿がそばにおるであろう」

 まだ良くわかっていないレヴィンにリーンハルトは後日聖獣について書かれた文献を貸し出した。


 レヴィンは自室で文献を読み、自分の出自よりもシスイがいなくなるということにかなりショックを受けた。レヴィンはシスイの首に腕を回して額を埋めた。

「シスイ……僕が一人前になったら……帰ってしまう? 僕を置いて?」

 シスイもおそらくそうではないかと考えていた。黙って目をつぶって俯く。

「帰ったらもう会えないのかな……今までの人たち、みたいに……僕の家族はシスイだけなのに……」

 シスイの耳元に小さな声でささやくと、シスイはたまらなくなったようにレヴィンから身体を離した。そしてあたり一面の光――――。


「え、ケイさん?」

 レヴィンは目を瞬いた。光がおさまると、さっきまでシスイがいたところにケイがいてこちらを見つめている。

「黙っててごめん」

 慧吾が謝ってもレヴィンは黙っている。もう何も言ってくれないのかと諦めはじめたとき、レヴィンの宝石のような紫の瞳から涙が静かに頬を伝った。

「ほんとに見守っててくれたんだね……」

 慧吾は詰めていた息を吐きだした。それからいったん自分の目を片手で覆って上を仰いでから答えた。

「そう……。ずっと黙ってるつもりだったんだ。聖獣っていうのも人になれるのも。殿下に後を頼んでね。でも……黙ったまま消えたらやっぱり後悔するかもしれない」

 こちらを向きなおった慧吾もまた同じ色の瞳を潤ませていた。今度の別れはユークリッドとの別れと変わらないくらいつらいと思う。いっしょに過ごした期間はもっと長いのだ。

「いつまでいれるかわからないけど、いれる時間を楽しもうよ。ね?」

 
 今まで話せなかったぶん、二人は夜遅くまで話をした。リーンハルトにした説明に加え、自分が異世界人であることも話した。

「ええ! シスイ……ケイさんはほんとは人間なの!? しかも僕とおんなじ学生」
「今までどおりシスイでいいよ。シスイでいる間は時間が進まないんだけどね。帰ったら勉強忘れてる気が……課題があるんだよなあ」
「ええ……シスイが学校の課題……それなのに僕と過ごしてくれてありがとう。そうだね、悲しむより、いっしょに過ごせた時間を喜ぶことにする」


 翌日の登校時、レヴィンは廊下でルークを連れたリーンハルトとすれ違った。レヴィンが頭を下げると、泣きはらした目元を覗きこまれた。

「よく話したか。シスイ殿は過保護すぎる。知らぬほうがもっとつらいこともあるのだぞ」

 シスイは若干心にくすぶるものがあり、じとりとリーンハルトを見てから頭をぺこりと下げた。

 レヴィンに何も知らせなかったのは端的に言うと過保護のせいでもあるが、シスイの心の保護のためでもある。ユークリッドのことがあってから、心を持っていかれた上に逝かれてしまうのが耐えられなかったのだ。
 しかしこのやり方は、今までもあまりうまくいっているとは言えなかった。


 教室に入るとネージュ、ネージュのパーティメンバーのセリアがシスイを撫でにやってきた。そしてレヴィンの目が赤いのに気づいて騒ぎたてる。

「どうしたの!? 目が赤いじゃん。治療してもらいに行く?」

 その声を聞いたクラスメイトたちも集まってきた。

「ほんとだ! 何かあった?」

 と、ざわざわしている。レヴィンはふるふると首を振った。

「心配してくれてありがとう。ちょっと本を読んで泣いちゃって」

 と、まんざら嘘でもないことを言う。ネージュはなーんだと言いながら、レヴィンの頭をくしゃくしゃと撫でた。シスイと同じ扱いである。クラスメイトたちもよかったーと口々に言いながら、ついでにシスイをもふって席に戻っていく。

 レヴィンはまた目尻にじんわり涙が溜まるのを感じた。シスイと、それから最初に声をかけてくれたネージュ、リーンハルトのおかげでクラスメイトたちも良くしてくれる。孤独にひとり教室の隅で本を読んでやり過ごしていたときとは違うのだ。レヴィンは胸が温かくなった。

「えっ、どうした。なんでまた泣いてるの?」

 ネージュの慌てた声に、レヴィンは笑顔を作って答えた。

「ううん、思いだし泣き」
「そ、そっか……」

 はかなげに見えるレヴィンの笑顔に、ネージュとセリアは挙動不審になって席に戻る。

「あれはやばい」
「やばいね」

 ネージュとセリアはヒソヒソとささやきあっていた。シスイにはしっかり聞こえていて、ウンウンと頷いていた。


 さて、卒業を来年に控え、レヴィンたち五年生は進路をそろそろ考えなければならなくなった。ネージュたちは騎士団の入団試験を受けたり、冒険者になったり、家業を継いだりするそうだ。
 レヴィンは平民の身分だが、リーンハルトに気に入られていることもあり、騎士団に入ってまずは騎士爵を得るのだろうと思われている。リーンハルトの強い勧めもあって、レヴィンもその方向で将来を考えるようになっていた。

 リーンハルトは卒業と同時に正式に立太子する見通しとなり、その数年後には王として即位することになる。それから婚約者と婚姻し、子供を持つ。
 リーンハルトには婚約者候補が数名おり、選定している途中だ。今のところ、ルークの妹のスーヴィア公爵令嬢が最有力候補である。スーヴィアはほかの女性のように口うるさくなく、それでいてどっしりと頼りになるところがリーンハルトも気にいっている。彼女は兄のルークとともに良くリーンハルトを支えてくれるだろう。
 たとえ後嗣ができなくても、リーンハルトには弟も叔父もいる。王家は安泰なのである。

 もしもレヴィンに王位継承権が発生したとしても、十位くらいにしかならない。シスイが守護していることを加味しても、五位より上には上がらないだろう。だからレヴィンが何らかの地位を手に入れても王位争いには参加できない。逆に言うと、出世しても本人の安全が保証されていると言ってもいいだろう。





「シスイはどうして僕が騎士に向いてるってわかったの?」

 夜、ベッドに腰かけてレヴィンが聞いたので、答えるために慧吾は人型になった。

「俺の最初の主人はユークリッドだった……」
「初代様だね」
「そう、ユークリッドは優秀な騎士だったんだ。でも魔法は得意じゃなかった。君と同じタイプだったよ」
「僕と同じ……」

 慧吾は首を傾けてじっとレヴィンを見つめた。だがレヴィンは、慧吾の眼差しが自分を素通りしているように感じていた。

「ユークリッド……は」

 そこで慧吾は夢から覚めたように目を瞬いた。

「……君はユークリッドに似てるんだ。顔も姿も匂いも……」
「僕が初代様に……」
「だからすぐに君がユークリッドの子孫だってわかった。もっとも、君くらい似てる人は今までいなかったけどね。その、紫の瞳も。俺がユークリッドに加護をあげてからユークリッドの瞳は紫に変わった。だけど、子孫には引継がれなかったんだよ。……そして君の瞳の色は生まれつきのもの……」

 レヴィンは慧吾が何を言いたいのかわからず、じっと慧吾の言葉を待った。しかし慧吾がその続きを語ることはなかった。

「さ、明日も早い。そろそろ寝よう」
「え……、うん。わかった。おやすみ」

 唐突に話が打ちきられたことに戸惑ったレヴィンだったが、諦めてその夜はベッドに潜りこんだのだった。けれどいろいろなことが頭をくるぐると回って、なかなか寝つけない夜を過ごすことになったのだった。
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