聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

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20 もふもふ仲間といっしょ

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 最終学年になり、レヴィンとネージュは騎士団の入団試験を受けた。二人とも受かり、卒業したらそれぞれ騎士団に配属されることになった。クラスメイトも何人か受かったそうだ。魔術科時代の元の同室者も魔術師団に入団できたそうだ。


 秋になるとリーンハルトが昔言っていた砦の合同演習に参加することになった。学園からは今回は騎士科、魔術科、それぞれ十二名ずつが参加する。騎士科、魔術科三名ずつ六名が一班となり、それに先輩騎士が三名、魔術師が一名加わり計十名で行動することになる。
 もちろんレヴィンはリーンハルトやルークと同じ班だ。魔術科側は元のクラスメイトだった。


 当日、騎士団に集合して全員で移動する。馬術は全員が習得しているが、一日中乗ったのは初めてのことで、砦に到着したときには全員足腰が立たなくなっていた。馬に乗るには腿やふくらはぎの力もいるし、長時間だとお尻も痛い。久しぶりに初心者だったころの痛みを感じたレヴィンたちだった。
 そんな生徒たちに配慮してか、次の日はオリエンテーションだった。地図を開いての行程の確認や、配置の確認、実技の程度の確認、それが終わると班内での交流を目的とした食事会があった。

 レヴィンは同じ班になった魔術科の生徒とも知り合いだったが、話したことがなく、思いきって話しかけてみた。三人とも使い魔を持っていたのだ。

「あ、あの、君たちの使い魔とシスイを遊ばせてもいいかな」

 魔術科の三人はレヴィンをちらりと見てシスイに視線を移した。

「犬じゃん、これ。ほんとに使い魔なの?」
「う、うん……。魔法も使えるよ」
「ふうん」

 三人が知っていた落ちこぼれのレヴィン、その使い魔はどうみてももふもふの白い犬だ。半信半疑ながら自分たちの使い魔に声をかけた。

「ほら、遊んでやれよ」

 鷹っぽいのとトカゲっぽいのと黒い悪魔っぽいやつの三匹がシスイの前に出された。

(かわいい! なにこれ!)

 シスイは大喜びで三匹の匂いをくんくん嗅いだ。最初はビクビクしていた三匹だったけれども、すぐにシスイに懐いて甘えている。

「えっ、何で! ドーラ!」
「すっかり仲良しのようだね。シスイは生き物に好かれるみたいなんだよ」

 レヴィンはゆったりと微笑んでいる。シスイがかわいければなんでもいいのだ。
 そしてそれを後ろから見ているリーンハルトも同様。シスイと三匹の使い魔が遊ぶ様子、さらにはそれを見て微笑んでいるレヴィンに悶えていた。

「殿下……。」

 ルークが呆れて声をかけた。これ以上は品位が、と後ろでぶつぶつ聞こえてくる。
 ついでに周りで見ていたほかの元クラスメイトたちも、このかわいらしい光景にやられてしまっていた。


 そんなこんなで本番当日の朝、先輩騎士に連れられ、鬱蒼とした森に足を踏みいれた。昨日のようなほのぼのとした雰囲気はかけらもない。みなピリッと緊張している。
 シスイだけは食事目当てでジルに会うため、しょっちゅう訪れている北の森を家に帰ったような気安さで歩いている。

 レヴィンの班は、リーンハルトがいることもあり、砦に常駐している第四騎士団長のモートン騎士団長が入ることになった。
 出てくる魔獣のほとんどは小さなもので、それは学生に任された。前衛の騎士が倒してしまうので魔術科の三人は暇そうだ。レヴィンはだんだんと最初の過度の緊張がほぐれ、周りが見えるようになってきた。

 二時間歩いて持参した昼食を順番で取ることになった。リーンハルトと魔術科の三人に先に取ってもらうことになり、レヴィンとルーク、先輩騎士は見張りをしていた。

「わあああ!」

 そこに大きな悲鳴が上がり、バタバタと走りまわる音や怒号が聞こえてくる。

「落ちつけ! 攻撃をするなっ!」

 レヴィンも剣を構え、音が近づいてくるのを待った。


 タッタッタッタ…………


 それは現れたと思ったらシスイのほうに一目散に走ってきた。

「シスイ!」
「シスイ殿!」

 大きな銀色の毛、赤く光る瞳、獰猛に開く口――――
 これは勝てない……とレヴィンは覚悟した。

「キャーン!」

 そしてシスイの足下にゴロンと……ゴロンと!? レヴィンは目を剥いた。

 そこへ追ってきた先輩騎士と、その場でリーンハルトを守っていたモートン騎士団長が警戒しながら近寄ってきた。

「これは銀毛という上位種で、討伐禁止に指定されている魔獣だ。人間に危害は加えない」

 その説明に学生たちはどっと座りこんだ。その横で、銀毛はシスイと楽しく遊んでいる。シスイの匂いがしたため、出向いてきたものらしかった。

「しかし……こんなに近くで見るのは初めてだ。本当に危害を加える気はないのだな」

 と、団長は続ける。走ってきて座りこんでいた学生はエッと漏らしてずりずりと後ろに下がった。

「この魔獣はシスイ殿の眷属でしょう。心配することはない」

 そこにリーンハルトが割って入った。守っていたもうひとりの騎士が慌てて引きとめている。

「そうでしょう? シスイ殿」

 シスイはコクコク首を縦に振った。

「へえ、シスイはすごいね。こんな立派な眷属がいるの?」

 銀毛に絡まれているシスイの頭を、レヴィンは褒めながらなでなでした。
 先輩騎士たちは「なんだこれ……」と手の出しようもなく見守っていた。


「この銀毛は北の森の魔女殿を守っている。あの方は民に魔女と呼ばれているが、王国にとっては要人に当たる。銀毛にも魔女殿にも手出し無用、丁重に扱うようにみなに申しつける」

 リーンハルトの言葉を聞いたモートン騎士団長以下、騎士たちは襟を正し、騎士の礼をもって拝承した。


――銀毛、悪いけど今日は帰ってくれるかな? お前がいると魔獣がみんな逃げちゃうでしょ? 近いうちに行くから。

 銀毛がいては演習にならない。シスイは銀毛を諭した。そして激しい頭突きをもらった。

 帰っていく銀毛に騎士も学生も一様にほっとした。ざんざんな休憩だった。しかしリーンハルトはわずかに目元を赤くしている。眷属の銀毛に会えたことで気分が高揚しているようだ。それに気づいたのはルークだけだった。

 
 休憩が終わり、演習が再開された。大物を初めて見たレヴィンたちはさすかに恐怖を感じたが、騎士団の先輩が一撃で屠ってくれた。学生たちはキラキラした目で先輩騎士を見つめた。

「魔術師が結界を張ってくれるから我々も安全に動けるんだ」

 先輩騎士の言葉を聞いた魔術科の三人は顔をほころばせた。それからは積極的に結界を張ったり、攻撃魔法で援護したりして活躍していた。シスイは一番後ろからてくてくついて歩いている。

「よし、終わりだ。帰るぞ」

 モートン騎士団長の宣言で一同は引きかえすことになった。
 帰りも魔獣が出たが、誰も大きな怪我なく終えることができた。前衛も後衛も活躍でき、魔術科の三人とも前よりは仲良くなれてレヴィンはうれしかった。


 ――――帰りももちろん馬だった。






 約束どおり翌日シスイは北の森に転移した。銀毛が大喜びで迎えてくれる。

「いらっしゃい、シスイ様」

 ちょくちょく遊びに来ているため、ジルは気軽に挨拶をした。

(うう、まぶしい! 何度見てもやっぱりきれいだ)

 シスイは目をパチパチした。

「ん? どうしたのシスイ様。ゴミでも入ったかな」

 とジルはシスイの目をのぞき込んだ。シスイは女神のアップに耐えられず、思わずのけぞった。

(ちかいちかい!!)
「なんでよけるの? 臭いのかしら?」

 くんくん自分の臭いをかぐジル。自分が成人男性なことを長い間黙っているシスイは罪悪感にかられた。しかし、いまさら話すと引かれそうな気がする。しばらく家に厄介になっていたこともあるのだ。変態扱いされないだろうか…………。

(最初はこのまま消えるつもりだったけど。今は……。でもいまさら)

 うじうじと葛藤するシスイの耳の後ろをそっと掻いてから、ジルは部屋の奥に行き、荷物を抱えて戻ってきた。

「今日は薬の納品に行くのよ。いっしょに行く?」

 シスイは尾をふりふりと振って返事をした。銀毛がガーンとなっている。
 すぐに帰ると銀毛に約束をして、二人で転移で東門の近くに出た。それからいつも卸している薬屋まで歩いていく。何度かこうやってついてきているので、街の人たちも見慣れたようで少しの注目ですんでいる。

 薬屋につくとシスイは表におすわりして待ち、ジルは中に入っていく。とたんに近所の人たちがやってきて撫でてくれたりオヤツをくれたりして退屈はしない。

「かわいいねえ。これも食べる?」
「わう!」

 などと調子よく交流をはかっていたが、ふと気づくとなんだかいつもよりずいぶん遅い気がする。シスイは急に顔をあげて耳をピクピクさせた。するとガラガラと音がして、店の前に馬車が止まる。そして後ろから来た数人の騎士のうちのひとりが馬から降りて店に入っていった。

(嫌な感じだ……)

 シスイは騎士のあとにするりと続いた。奥の方ではいい争う声がしている。

「宰相様があなたをお連れするようにと仰せです。どうか我々と……」
「今日は行けないって言ってるでしょ! 日を改めてから……あっ! 来ちゃだめ!」

 ジルがこちらを見て悲鳴のような声をあげた。どうやらシスイを気にしていくことも帰ることもできなかったらしい。

「なんだこの犬は! あっちへ行け!」
「何するのよ! やめて! 行かないとは言ってないわ!」

 シスイに気がついて追いはらおうとした騎士にジルはいきり立った。シスイも騎士に向かって唸り声をあげる。

「さあ、聖女様。宰相様がお待ちですよ」
「もう、さっさと済ませて来るわね。何度も来そうだもの。シスイ様ごめんなさい、またね」

 根負けしたようにジルは肩をすくめた。いざとなればすぐに逃げられるから大丈夫だろうが……。

 ジルが馬車に乗りこんで、王宮のほうに消えていくのを、見物人の間からシスイはじっと見送った。

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