聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

文字の大きさ
23 / 44

21 ヒロインと悪役令嬢? 前

しおりを挟む
 今から約六十年前――シスイは王立学園を卒業したエングリット第一王子とともにいた。



 この時代になるとドランス帝国とは大きな争いもなく、ひとまずの平和を維持している。イーダン王国のアングレア領は今はもうなく、直轄領となった。王室から派遣された官吏が収め、国の防衛に全力を尽している。



 エングリット王子は平和な時代にあって歴代の王族とは違い、少々奔放な面があった。俗に言う『恋多き男』である。

 ユークリッドの清廉なうつくしさとは異なり、ちょっと危険な匂いのするところが男女を問わず惹きつけていた。肩のところで切りそろえた、動くたびにかがやく金色の髪、人をからかうようにきらめく水色の瞳、少しだけ端を持ちあげて微笑む唇……。



 そうしておいて本人は全く無自覚であり、いつだって真面目に恋をしているのだ。余計にたちが悪い。



 そうした王子に三歳下の婚約者のフィーネリア・ガルバン公爵令嬢は気が気ではない。彼女は巻いた赤い髪を揺らし、榛色の瞳を三角にして、遠目に見つけた同学年のジルを睨みつけた。

 ジルはピンクブロンドの長い髪、薄桃色の瞳、柔らかそうな頬と唇を持つ美少女だ。



(この子、絶対ヒロインだわ! 王妃の座を乗っ取る気ね!)



 そう、彼女は前世では遠野千紗とおのちさという名前の日本人で、乙女ゲームが大好きな少女だった。学園に入学したとき、ジルを見て前世を思いだした。そして自分の立ち位置を鑑みて、自分は悪役令嬢だと思ったのだ。



 実際にエングリット王子は入学してきたジルに夢中になった。忠告すれば生意気にも『自分にはその気がない』と言う。しかしエングリット王子はその後もジルを追いまわしていた。



「まあ、あんなところにいるわ。誘われるのを待っているのかしら」



 取り巻きの令嬢の言葉にフィーネリアは穏やかな表情を取りつくろった。



「そんなことを言うものではないわ」

「フィーネリアはお優しすぎます」



 悪役令嬢になって断罪されないためにはジルをいじめてはならない。業腹ごうはらだが、表だって何かするわけにはいかないのだ。



(それに殿下はもうすぐ卒業。そうしたら平民と会うことはないもの。でも……)



 フィーネリアは少し不安に思った。気に入った平民を貴族の養子にして後宮に入れることもあるからだ。



 徹底的に排除せねば――――



 フィーネリアはもう一度暗い目でジルを一瞥し、取り巻きを連れてその場をあとにした。











 それからまもなくエングリット王子は卒業していった。ジルとは特に進展がなく、フィーネリアは油断していた。





 それはエングリット王子に会いに王宮に参殿したときだった。



「本日は殿下はお会いになれません」



 いつも案内してくれる侍従が来てそう言った。



「なぜ? 今日は約束していましたのよ」

「申し訳ございません。急用ができまして」



 それきり侍従の説明はなく、仕方なくフィーネリアは邸に戻った。不幸のどん底に叩きつけられることになるとも知らず。





「大変なことになったぞ」



 父親のガルバン公爵が泡を食った様子で邸にいつもより早い時間に帰宅してきた。



「聖女が見つかったらしい」



 ガルバン公爵はフィーネリアを座らせて、落ちついて聞くように言った。



「お前と同じ年のジルという少女だ。前から殿下のお気に入りだったらしいじゃないか。まずいことになった。……だが心配するな、私がなんとかする」



 フィーネリアは愕然とした。では……ではこの婚約は……。顔を青ざめてぎゅっと握りしめたフィーネリアの震える手を、父親の公爵がそっと取った。



「大丈夫だから。私に任せておけ」



 フィーネリアは頷いてしばらくじっと動かなかったが、やがて燃えるような目をまっすぐ前に向けた。



(やっぱりあの女! 油断させておいて追いおとしに来たわね! 王妃の座は渡さないわ!)





 ようやくエングリット王子に会えたとき、すでに横にはうつくしいドレスを着た花のようなジルが立っていた。二人の足元には聖獣と呼ばれる獣を侍らせ、一幅の絵のようだ。



「やあ、久しぶりだね。既知の間柄であろうが、こちらが聖女のジル殿だ」

「ええ、存じあげております。よろこばしいことですわ。ジル様、おめでとうございます」



 フィーネリアは邪気のない瞳でジルを見たが、ジルは騙されなかった。



「ありがとうございます。身に余ることでございまして、いまだ戸惑うことばかりですわ」



 顔には出さないがジルは腹を立てていた。うっかりけが人を治してしまったばかりに噂が広がり、ついに強引に連れてこられてしまったのだ。



「それで、ジル殿の身柄は私預かりとなってな。歴代の聖女は王室に嫁いで守っておる。いずれそうなろう」



 エングリット王子はフィーネリアの顔色に気づき、朗らかに付け加えた。



「フィーネリア、心配はいらぬ。お前もきちんと娶るつもりだ。この国では第三王妃まで持てるからの」

「では、ではわたくしに第二王妃になれと?」

「そうなるであろうの。しかし聖女には王妃の実務はさせぬ。聖女の仕事をやってもらうことになる。実質、第一王妃の役割を務めるのはお前だ」



 それでフィーネリアがよろこぶと思ったのだろう。エングリット王子はフィーネリアが能面のような表情をしていることに気づかなかった。



「かしこまりましたわ。殿下のお心のままに」



 帰り際、キッとフィーネリアに睨まれたジルはどうにかして逃げだそうと固く決心をした。これ以上被害を被りたくない。



「殿下、わたくし一度実家に戻ってきたいと思いますの。誰にも挨拶しておりませんし、荷物も……」

「心配せずとも良い。家族は呼んでやるし、荷物は取りにいかせる。不自由はさせぬから安心してここで暮らすと良い」



 親切にもエングリット王子はそう申し出た。確かに好待遇だがそうじゃないのだ。ジルはがっかりした。このままでは王妃になってしまう。





 逃げ出すことのできないまま、お披露目と婚約の儀の日取りが近づいてきた。

 そんなある日、フィーネリアはガルバン公爵から書斎に来るように言われた。



「聖女は偽物だった」



 ガルバン公爵はにやりと笑った。フィーネリアは驚いて父親に尋ねた。その榛色の目は期待と不安に満ちている。



「まあ、どういうことですの?」

「癒やしの力を使われたけが人どもが証言したのだ。聖女は偽物だと。本当はポーションと魔術師を使った手妻であった」



 フィーネリアは疑わしそうにガルバン公爵を見つめた。しかし口では白々しい言葉を発した。



「なんて人でしょう。殿下がおいたわしい」

「そうだな。だが、婚約前にわかって良かったのだ」



 公爵も口先だけでそう答えた。お互いに目で会話をしている。



「ではわたくしは殿下をお慰めしに行って参ります」

「それが良い」



 王宮では大騒ぎになっていた。エングリット王子は信じられない思いだった。だが証人がいるのだ。

 面会に来たフィーネリアも追いかえしてしまった。ジルを問い詰めにいかねばなるまい。



「聖女というのは偽りであったのか?」

「偽りかどうかはわかりません。決めたのはわたくしじゃありませんから」



 王宮から逃げたいジルだったが罪人になってまで逃げたかったわけではない。口を割るまでと牢に閉じこめられ、ときおり憔悴したエングリット王子が面会にくる日々を送った。



 ある日、憔悴しきった暗い顔をしたエングリット王子が聖獣を伴って来た。



「刑が決まった。北の森への追放だ」



 エングリット王子が悲痛な表情でぽつりと告げた。北の森への追放とは実質的に死刑と同じだ。ジルはさすがにサッと顔色をなくした。



「すまない。なんとか刑を軽くしたかったのだが……今からでも本当のことを話してくれないか。本当に私を騙していたのか、それとも……」

「いいえ、言うことはありません」



 ジルはやつれて髪は艶を失い、その姿は実にあわれだった。なのに矜持を失わず、凛として答える。何かを言ってもムダだとわかったいたのだ。

 エングリット王子はじっとジルを見つめたあと、踵をかえして二度と振りかえらずに去っていった。しかしその肩は震えていたのにジルは気がついた。





 ――――そして数日後、秘密裏に刑は執行された。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

キモおじさんの正体は…

クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。 彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。 その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。 だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...