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しおりを挟むトウマはマコトさんとミツルの接点として良い仕事をしてくれる。そもそもトウマと親友でなければマコトさんに会う口実なんて無いのだ。大変得難い友人である。今度何か奢ってやろうとミツルは心に決めた。
ぐだぐだと脈絡のない会話をしながら、チビチビと酒を飲む。いつの間にか日付が変わり大晦日を迎えていた。つけたままのテレビの内容は一切頭に入ってこない。
ひたすらマコトさんが話す様を眺めていた。手にビール缶を持っていても、スルメを持っていても、どんなマコトさんでも好きだなぁと思える自分は幸せな人間だとミツルは思う。
「そういやさぁ…」
話を切り出そうとしたマコトさんは、身を乗り出し、トウマが爆睡しているのを覗き込んだ。確認すると満足したのか安堵したのか、改めて座り直す。
「トウマがどうかしました?」
「起きないよなと思って」
「酒が入ると蹴飛ばそうが叩こうが起きませんよ」
トウマは酒が好き。しかし、弱い。アルコールが入らなくても一度寝たらなかなか起きない。酔って寝ると更に起きない。本人も自覚しているので次の日に用事がある時は絶対にアルコールを口にしないようにしている。そのくらい起きない。
「ミツル、お前さ、昔、俺がキスしているのを見たことあるだろ」
今ビールを口に入れていたら、確実に噴き出して大惨事になっていただろう。飲み込んだ後で良かったとミツルは安堵する。それはそれとして、だ。どう答えるべきかとミツルは視線をさ迷わせる。最適解がその辺に書いてあればいいのに、などと無駄なことを考えて。
「………小学校低学年の時でしたかね。まぁ、あまり覚えてませんけど」
本当は鮮明に覚えている。口と口の合間で絡まる舌も、苦しげに寄せられた眉根も、こぼされた吐息も。
「嘘つき」
耳元で囁かれ、逃げるように距離を取りつつ振り返れば、驚くほど至近距離にマコトさんの顔がある。マコトさんは笑っていた。
「マコトさ───」
「いいぞ、キスしても」
漂うアルコールの匂い。流されてはダメだと、ミツルは己に言い聞かせて踏み止まる。
「ダメです」
「なんで?───俺の事、好きだろう?」
首にマコトさんの腕が絡みついてくる。甘い、甘い誘惑。これは毒だ。ミツルの心臓に染み込んでくる。それでも長年抱えてきた想いが、鉄壁の理性が、ミツルの身体を動かし、近づいてきた唇を掌の盾で拒む。
「僕はマコトさんのことが本気で好きなんです」
例え酒の勢いで進展させても、トウマ同様お酒に弱いマコトさんは覚えていないだろう。それは本意ではない。
□□□□□□□□
恋愛として付き合うというのは異性間で成り立つと、信じて疑わなかった。そんな当時中学生のマコトに生まれて初めて告白してきたのは同性の級友だった。驚いたけれど嫌ではなかった。だから受け入れて、恋人になった。
キスもした。それ以上のことも。
一年後、別れを切り出したのも相手からだった。
───やっぱり女の子の方が柔らかくて具合が良いから、そっちと付き合う
浮気した挙げ句に比較して、笑いながら突き放して。好きだって言うだけでホイホイ釣られてくる頭が軽いヤツだとマコトのことを友人達に吹聴しているのも知っていた。同調した奴らがマコトを尻軽か淫売のように考えてヤラせろと言ってくることもあった。
取り敢えず片っ端から殴ったら、学校に毎回保護者が呼ばれて大騒ぎになって。だからといって、同性と付き合うなんて発想のない教師や親に、誰も本当のことなんて言えやしない。馬鹿にされて頭に来たから殴ったという、嘘でも本当でもない言い訳をして。
泣きたくても家や学校じゃ泣けなくて。
工場跡地で膝を抱えて泣いていた。継ぎ接ぎだらけで、ところどころ穴の空いた鉄板の壁。その隙間から高頻度で覗いてくる誰かの視線。いつも同じ子供。それに気づいたところで気にかける余裕なんて当時のマコトにはなかった。
ある日、またいつものように膝を抱えて泣いていたら、壁同様に穴の空いたトタン屋根から雨が降り注いできて。ますます惨めな気分になって、もう消えてやろうかと、半ば本気で思った時だ。
不意にマコトを、影が覆って、雨が途切れた。顔をあげれば、年の離れた弟と同じくらいの子供が、いつも覗くだけで近づかない子供が傘を差し出していた。
目が合うと、雨に濡れながら、その子供は困ったように笑う。
───ぼくがいるよ
困ったことに、この時、マコトの心臓はかつてないほど最高潮に締め付けられてしまった。腕を伸ばして、目の前の小さな子供を抱き締めて、声を上げて泣く。傘を手にした子供は、小さな手で抱き締め返してくれる。その優しさが胸に染みて、ますますマコトの涙は止まらない。
マコトはこの日、恋をした。弟の友達であるミツルに。
恋をしたところで年齢差は埋まらない。相手は8歳も年下である。きっと、この想いを告げる日は来ない。ミツルが特別温かな視線を向けてくる、それだけで良かった。
それだけで良かったのに、成長するにつれて、ミツルに抱かれる夢を見るようになった。思い出が汚れるのが怖くて、離れた大学を選び、就職した。
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