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しおりを挟む「───やっぱり帰りますね」
呆然と立ち尽くすマコトを置き去りに、ミツルは居間に置き去りにしていたトートバッグを手にして玄関から出て行ってしまった。
呆然と、言葉もないまま見送る。
我に返って真っ先に思ったのは、逃げられた!ということである。
「………ちゃんと覚えてるのに」
酔った勢いでないと迫れなかっただけで、全く忘れていない。というか、何故ミツルはマコトが酔っている時しか好きと言ってくれないのか!素面だって確認したんだから今こそ言えよ!と荒ぶる気持ちのまま頭を掻き毟る。
ふー、と一息ついて。よし、と決意への気合いを口にした。
□□□□□□□□
───いいぞ、キスしても。
蠱惑的に誘惑しておきながら、一晩経ったらあまりにも平然としているマコトさんに腹が立って。勢い余ってキスをしてしまった。
ミツルを苛むのは自己嫌悪である。誰もいない暖房すらついていない実家の玄関で、靴も脱がず冷えた廊下を前に帰宅した格好のまま頭を抱えて座り込んでいた。
ミツル自身も酔いが残っていたとしか思えない。今までトウマを接点にした知人でしか無かったのに、もしこれを機に避けられたら、きっともう二度とマコトさんに会えない。今の関係で満足だと自身に言い聞かせていたのにタカが外れてしまった。己の愚かさに泣きそうなのに、一方でマコトさんの舌の小ささを思い出して沸騰しそうだ。可愛い。くっそ可愛い。
ピンポーンと無粋な玄関チャイムが鳴る。マコトさんの匂いを思い出すのが忙しいミツルは無視を決め込んだ。再度玄関チャイムが鳴っても反応せず蹲ったまま。
「玄関の鍵も締めないで何してんの?」
聞こえてきた都合の良い声に振り向くと、マコトさんが玄関ドアを開けたまま立っている。
「ま、マコトさん、どうして」
勢い良く立ち上がり、背筋を伸ばす。どうして彼はここに来たのか。殴りに来たのだろうか。
「チャイム押しても反応無いし、ダメ元でドアノブ回したら開いたから」
どうしてドアを開けたのかは聞いていない。己の言葉の足りなさを自覚して。かと言って何と言えば良いかもわからず、「あー…」と意味の無い声を発した。自分で自分が情けない。
「ミツル、大丈夫か?二日酔い?」
「───マコトさん、どうしてうちに来たんですか」
泣きそうだ。
「ミツル?」
「僕は貴方に行動で気持ちを示しました。貴方から見たら僕なんて弟みたいなものでしょうけど、少なくとも子供じゃありません。酔っ払いの戯言でも、ない」
本気なのだと、どうしたら伝わるのだろうか。
がちゃん、と音がして、顔を上げる。マコトさんがうちの玄関ドアの鍵を締めた音だった。
マコトさんは一度ドアノブを掴み、確実に鍵が締まったかを確認する。ガチャガチャとドアノブを動かしてもドアは開かない。よし、と小さく呟き、マコトさんはこちらへ向き直る。伸びてきた片手に肩を捕まれ、もう片手で殴られるのかな?と目を閉じ身構える。
ふに、と。柔らかな感触が唇に当たる。
「ま、」
差し入れられた舌に言葉を奪われた。
ああもうダメだ───衝動に任せてマコトさんの身体を抱き寄せ、背中を、腰を、形を確かめるように撫で回す。絡まろうとする舌先を吸い、マコトさんの歯列を舌で確かめて、唾液を舐め取り、貪る。時折びくびくと腕の中の身体が跳ねる。
「ん、も、くるし…」
力の入らない手で突き放されつつ、はぁはぁと息も絶え絶えにストップを告げられ、何とか止まった。とはいえ、これは一時停止に過ぎない。暴れる熱が出口を求めているのを分からせようと、盛り上がりつつある凶器を擦り付ける。
「マコトさん」
「わかってるよ、ちゃんと。風呂入って準備してきたから、俺を抱いてくれ」
───もう我慢出来ないんだ。
切羽詰まった声で囁かれる。
「……………」
鉄壁の継ぎ接ぎで出来た壁、その隙間から覗き見た夢の続きだろうか。あの壁によく似た錆びた鉄の匂いがする。
「───おい、ミツル、鼻血出てるぞ」
「へ?」
「───すみません」
キスで逆上せて鼻血を出した上に、目眩まで起こしてフラフラになるという情けなさ。マコトさんはテキパキと暖房をつけたり、ミツルを休ませたり、シャツの血抜きをしたりと、動き回っている。
「いや、俺も性急過ぎたよ、うん。悪かった」
一段落ついたらしいマコトさんが隣に腰を下ろす。2人がけのソファとはいえ余裕はあるはずなのに、触れ合うほどマコトさんが近い。彼の体温を感じてまた逆上せそうだ。
「…好きです」
「知ってる。小学生の時は俺に会うために登校時間を早くして、中学生の時は俺のバイトしてたコンビニに毎日顔だして、高校生の時は俺を忘れようと女の子を取っかえ引っ変えしてたのも知ってる」
気づいてないだろうと思っていただけに血の気が引く。いっそ気絶したい。
「………初恋なので」
言い訳にもならない。
「なぁ、ミツル。俺もお前のこと好きなんだ。試しに他の人と付き合ってみたりもしたけど、お前ほど一途に俺だけを見てくれる奴はいなくて、物足りなくて。───俺はお前に愛されたい」
好きでいていい、愛してもいい。与えられた許可に、心の中の小さな子供が歓喜の涙を流す。泣きながらマコトさんを抱き締めた。
「ぜったい、たいせつにします」
「…うん、宜しくな」
───手始めに2人で年越ししよう。
[完]
「え!?何で誰もいねぇの!?」
帰省しているはずの兄も、遊びに来ているはずの親友もいない。
バイトから帰ったトウマは冷えきった実家で悲痛な声を上げた。連絡を取ろうにもメッセージアプリは未読のままだし、電話も繋がらない。
トウマは不貞腐れながら、ひとりぼっちで年を越した。
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