偽皇子は誘拐される

ひづき

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 我が国、ストイル皇国には2人の皇妃がおり、皇后の座は空白だった。皇帝は、皇太子を産んだ方を皇后にすると宣言しており、2人の皇妃の熾烈な争いは有名だった。

 間もなくして、片方の皇妃が皇帝の第一子となる男児を出産した。しかし、結果は死産。2ヶ月後にはライバルが皇帝の第二子を出産予定だ。それが男児であれ、女児であれ、皇后争いにて不利になると分かっていた皇妃は、事前に誘拐してきた生後間もない赤子と、遺児をすり替えたのである。



 偽物の第一皇子。それが僕だ。



 よその母子を見ていると、子を見る母親の眼差しには共通する温かみがあった。単に僕が出来損ないだから愛されていないのかとも思ったが、それにしては違和感が拭えない。

 何度か大人たちの会話を盗み聞きして真実を知った。

 偽物の僕が皇太子になるわけにはいかない。だが、数ヶ月とはいえ長子ということもあり、僕を尊重する動きもある。生母のフリをする皇妃の実家には権力もある。第二皇子の学力は知らないが、それ以外の要素を見ると偽物の僕が皇太子に選ばれてしまう恐れがあった。

 だから、僕は、定期的に行われる皇帝と2人きりになる面談の場で、皇帝の前に土下座した。床に這いつくばった。驚く皇帝を相手に、僕は知ってしまった事実を全てぶちまけた。



 僕は偽物なのです、と。







「あー、だる…」

 いつ眠ったのか覚えのないまま、イーリオは寝台でぼやく。身体が重くて、まだ起き上がりたくない。

 イーリオは夢を見ていた。幼い頃の夢だ。我が子と信じて疑わない皇帝に対し、残酷な真実を───貴方の実の息子は最初から死んでいたのだと告げた夢。この夢を見た時は大概寝た気がせず、朝から憂鬱な気分になる。

 皇帝へ洗いざらい話し、イーリオは幽閉され、翌年解放された。両親の殺害と赤子の誘拐を手下に指示した皇妃は、イーリオが開放された翌日絞首刑に処されたらしい。

 そして、イーリオは実の母親の兄夫婦に引き取られ、大切に育てて貰った。伯父はイーリオの実母を溺愛していたらしい。イーリオを見ては妹の面影があると言って涙ぐんでいた。年の離れた従兄もイーリオを可愛がってくれた。



 成人したイーリオは、空き家になっていた生家にて一人暮らしを始めた。両親が殺害された忌まわしい場所でもある。記憶にない両親のことを、縁のある生家で噛み締める時間が欲しかった。

 イーリオは家の傍らにある小さな畑を手入れしつつ、森の蔓や木片で民芸品を作ってはマーケットで売り捌き、生計を立てた。



「起きたの?兄さん」

 腕を掲げて目元に入り込もうとする光を遮っていたイーリオは、そのまま、自身の腕で目隠しをしたまま硬直した。

 繰り返しになるが、イーリオは一人暮らしである。伯父夫婦や従兄だって、余程のことがなければ寝室まで無断で立ち入ったりしない。そもそも、イーリオを兄と呼ぶような人物に心当たりがない。

「兄さん?」

 柔らかな、男の声に、イーリオの肌は粟立つ。このまま寝たフリをしていたいと思う一方、それでは何の解決にもならないと訴える思考がイーリオに目を開けることを促した。視界を覆う自分の腕越しに天井を見遣る。

 ところどころ傷みのある木板が連なる天井───ではない。太陽と月を模した刺繍の輝く濃い紫色の布地が天井を塞いでいる。

「!」

 自室ではない。そう認識するなり、イーリオは跳ね起きた。

「嗚呼、良かった。その様子だと後遺症はなさそうだね」

 声の主に身構える。長い黒髪を肩口で束ねた、美しい容貌の男が寝台の端に腰を下ろしている。

「まさか、エストール皇子?」

 男が皇帝に似ていると認識するのと同時に、驚きがイーリオの口から零れた。

「昔みたいにエルって呼んでよ、兄さん」

 彼は間違いなくエストール第二皇子のようだ。死産だった第一皇子の2か月後に生まれた、現在の皇太子である。

「───失礼ですが、人違いでは?」

 城で過ごした日々の名前は、本来その名を名乗るべきだった遺児に返し、皇家の墓に刻まれている。今ここにいるのは平民の、不幸にも両親を誘拐犯に殺された哀れな青年イーリオだ。

「私にとっての兄さんは、貴方しかいないよ」

 触れようと伸ばされた輝をイーリオは反射的に振り払った。

「人違いです!」

「─────…」

 エストール第二皇子は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐにその眼差しを眇めた。イーリオはその眼差しを受け止めつつも、後ろめたさに唇を引き結ぶ。

 何も知らなかった頃。

 兄さま!と呼んで無邪気に慕い、人目を盗んでは甘えてきた頃のエストール第二皇子が走馬灯のように駆けていく。

 エストール第二皇子の無骨な手が、躊躇いなくイーリオの首を鷲掴みにする。その指が的確に首の主要な血管を圧迫し、抵抗する間もなくイーリオは気を失いかけた。タイミングよく手を離されて、イーリオの身体は寝台に倒れ込む。

「平民が皇族に逆らうのは万死に値するのはわかるよね?当然嘘をつくのも」

 エストール第二皇子が、イーリオの掛布を投げるように剥ぎ取る。空気に曝されてイーリオは初めて自身が衣服を身にまとっていないことに気づいた。




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