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しおりを挟む「エル…?」
「イーリオの人生を奪ってすまないと思っている」
エストールの涙は零れることなく、固く閉じられた瞼の内側に引っ込んでしまった。
「俺を誘拐したことか?」
「違うんだ。───番になると、他の人間と同じように老いることができなくなる。だから、ある程度の年代になると親しい人間と関わることができなくなるんだ。姿が変わらない人間は化け物呼ばわりされかねないから───」
恭しく握ったイーリオの手を掲げるように額に押し当てて、エストールの懺悔は続く。
龍の特性を持つ人間とその番は異端だ。人間は弱いから保身のために異端を畏れる。それが人間の特性であって、責めることはできないけれど、異端となった側には悲しい現実でしかない。
「私は、私の我儘のせいで、ご家族からイーリオを奪った。人として人間社会で生きる権利をイーリオから奪った」
重たい空気が2人を包む───と見せかけて、イーリオは平然としていた。むしろ何故エストールがそこまで深刻な表情なのか、今ひとつわからない。
「それは、別に気にしなくてもいいけど」
「……………」
エストールの目は、どうせ慰めに過ぎないのだろうとイーリオの言葉を疑っている。イーリオにしてみれば、何故こんな単純なことが頭から抜けているのかと不思議でならない。
「俺の家族ってお前じゃん」
そこから奪うって何。そう呟くと、エストールは考え込むように頭を抱えてしまった。
何かおかしな事を言っただろうかと、イーリオは少し考え、ハッとする。
「もしかして伯父一家のことか?伯父一家は家族というより、親戚だと思ってるよ。近くにいなくても健在なら別に構わないっていうか」
「血の繋がりより、俺を選んでくれるのか?赤の他人だぞ?」
イーリオにとってのエストールは、単なる弟ではない。もし兄弟なら、成長して別の家庭を持つように離れるのが当然だ。
「俺の意志を無視して城に連れてきたのは褒められたことじゃないけど、また会えて嬉しいよ、エル」
偽皇子のイーリオは平民で。エストールは正真正銘の皇族だ。身分が違う、住む世界が違う。もう二度と会えないだろうと思っていた。それこそ赤の他人だ、仕方ないと。何度自分に言い聞かせたか。
「待ってくれ。都合よく解釈してしまいそうだ…」
縋るように抱き締められ、触れたところから伝わる体温に、イーリオは目を閉じる。
「もうお前と離れたくないよ、エル」
無断で身体を作り替えられているのだと聞かされても怒りが湧かなかったのは、傍にいられるなら何でも良かったからだ。抱き締め返すと、肺の奥底から異物が抜けていくかのように深い吐息が溢れた。同時に、心臓が甘く痺れて、物足りなさに切なくなる。
───今更逃げ出したところで、君の身体はエストールの存在を求めて疼く。
思い出された皇帝の言葉に、イーリオは苦笑した。逃げ出すつもりもないのに疼くのかと。
入浴が許可されているということは、少なくとも洗ったくらいでは落ちないのたろう。身を清め、真新しいバスローブを羽織ったイーリオは、寝台に転がり寛ぐ。思考を埋めているのは自身に変化をもたらすというエストールの唾液についてだ。身体を作り替える唾液って、毒性強そうだなとか、その程度のことである。
平たい腹をぺたぺた触るが変わりないように思う。幽閉生活が長引いているため、筋肉は落ちたが、それだけだ。
「こども………、子供ねぇ…」
エストールの子供時代くらいしか連想できない。龍の姿で産まれてくるのか、人間の姿で産まれてくるのか。思わず、うぅん、と唸る。
その声に応えるようなタイミングで、ドアの向こうから何かが倒れるような音がした。視線を向ければ声掛けもなくドアが開かれる。エストールですら必ずイーリオに声を掛けてから入ってくるというのに。
ゴトッと転がる人物の姿には見覚えがある。イーリオ付きの侍従だ。その頭部から赤い液体が流れ、絨毯を黒く染めていく。
イーリオは寛いだ体勢のまま、招かざる客を見遣る。怯えるメイドに刃を押し付けたまま客もまたイーリオを見た。
「やはり生きておられたのですね、アレス皇子」
───アレス第一皇子と、その母親を推していた派閥の人間か。
いくら人の出入りを制限しても、全くないわけではない。しかもイーリオが滞在しているのは本来皇太子妃が使う部屋なのだ。情報が武器になると理解している貴族なら、まず探るだろう。
そこに出入りする平民の伯父一家。その周辺を聞き込みすれば、一時彼らに養われていた子供の話も出るはず。今のイーリオが“アレス皇子”だと気づかれても不思議ではない。
それでもエストールが皇太子妃の部屋にイーリオを置いているのは、恐らく罠でも何でもない。単に一番自室と近い部屋に置いておきたかっただけだと思うが。
「さぁ、我々と共に参りましょう。この国を変えるのはアレス皇子、貴方だ」
ガタガタと震える人質のメイドの目が必死にイーリオを止めようとしている。
犯人は黒いローブのフードを深く被り、顔を隠している。
それらを交互に観察した後、イーリオは大袈裟に嘆息してみせた。
「この俺にバスローブ姿で部屋を出ろと?まず真っ当な服を用意しろ。話はそれからだ」
寝台の端に腰掛けたまま、脚を組み替えると、侵入犯の目がイーリオの生脚に釘付けとなる。その視線につられて自身の脚を見ると、恐らく眠っている間につけられたのであろうキスマークが脚に散在していた。
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