偽皇子は誘拐される

ひづき

文字の大きさ
6 / 12

しおりを挟む



「エル…?」

「イーリオの人生を奪ってすまないと思っている」

 エストールの涙は零れることなく、固く閉じられた瞼の内側に引っ込んでしまった。

「俺を誘拐したことか?」

「違うんだ。───つがいになると、他の人間と同じように老いることができなくなる。だから、ある程度の年代になると親しい人間と関わることができなくなるんだ。姿が変わらない人間は化け物呼ばわりされかねないから───」

 恭しく握ったイーリオの手を掲げるように額に押し当てて、エストールの懺悔は続く。

 龍の特性を持つ人間とそのつがいは異端だ。人間は弱いから保身のために異端を畏れる。それが人間の特性であって、責めることはできないけれど、異端となった側には悲しい現実でしかない。

「私は、私の我儘のせいで、ご家族からイーリオを奪った。人として人間社会で生きる権利をイーリオから奪った」

 重たい空気が2人を包む───と見せかけて、イーリオは平然としていた。むしろ何故エストールがそこまで深刻な表情なのか、今ひとつわからない。

「それは、別に気にしなくてもいいけど」

「……………」

 エストールの目は、どうせ慰めに過ぎないのだろうとイーリオの言葉を疑っている。イーリオにしてみれば、何故こんな単純なことが頭から抜けているのかと不思議でならない。

「俺の家族ってお前じゃん」

 そこから奪うって何。そう呟くと、エストールは考え込むように頭を抱えてしまった。

 何かおかしな事を言っただろうかと、イーリオは少し考え、ハッとする。

「もしかして伯父一家のことか?伯父一家は家族というより、親戚だと思ってるよ。近くにいなくても健在なら別に構わないっていうか」

「血の繋がりより、俺を選んでくれるのか?赤の他人だぞ?」

 イーリオにとってのエストールは、単なる弟ではない。もし兄弟なら、成長して別の家庭を持つように離れるのが当然だ。

「俺の意志を無視して城に連れてきたのは褒められたことじゃないけど、また会えて嬉しいよ、エル」

 偽皇子のイーリオは平民で。エストールは正真正銘の皇族だ。身分が違う、住む世界が違う。もう二度と会えないだろうと思っていた。それこそ赤の他人だ、仕方ないと。何度自分に言い聞かせたか。

「待ってくれ。都合よく解釈してしまいそうだ…」

 縋るように抱き締められ、触れたところから伝わる体温に、イーリオは目を閉じる。

「もうお前と離れたくないよ、エル」

 無断で身体を作り替えられているのだと聞かされても怒りが湧かなかったのは、傍にいられるなら何でも良かったからだ。抱き締め返すと、肺の奥底から異物が抜けていくかのように深い吐息が溢れた。同時に、心臓が甘く痺れて、物足りなさに切なくなる。

 ───今更逃げ出したところで、君の身体はエストールの存在を求めて疼く。

 思い出された皇帝の言葉に、イーリオは苦笑した。逃げ出すつもりもないのに疼くのかと。





 入浴が許可されているということは、少なくとも洗ったくらいでは落ちないのたろう。身を清め、真新しいバスローブを羽織ったイーリオは、寝台に転がり寛ぐ。思考を埋めているのは自身に変化をもたらすというエストールの唾液についてだ。身体を作り替える唾液って、毒性強そうだなとか、その程度のことである。

 平たい腹をぺたぺた触るが変わりないように思う。幽閉生活が長引いているため、筋肉は落ちたが、それだけだ。

「こども………、子供ねぇ…」

 エストールの子供時代くらいしか連想できない。龍の姿で産まれてくるのか、人間の姿で産まれてくるのか。思わず、うぅん、と唸る。

 その声に応えるようなタイミングで、ドアの向こうから何かが倒れるような音がした。視線を向ければ声掛けもなくドアが開かれる。エストールですら必ずイーリオに声を掛けてから入ってくるというのに。

 ゴトッと転がる人物の姿には見覚えがある。イーリオ付きの侍従だ。その頭部から赤い液体が流れ、絨毯を黒く染めていく。

 イーリオは寛いだ体勢のまま、招かざる客を見遣る。怯えるメイドに刃を押し付けたまま客もまたイーリオを見た。

「やはり生きておられたのですね、アレス皇子」

 ───アレス第一皇子と、その母親を推していた派閥の人間か。

 いくら人の出入りを制限しても、全くないわけではない。しかもイーリオが滞在しているのは本来皇太子妃が使う部屋なのだ。情報が武器になると理解している貴族なら、まず探るだろう。

 そこに出入りする平民の伯父一家。その周辺を聞き込みすれば、一時彼らに養われていた子供の話も出るはず。今のイーリオが“アレス皇子”だと気づかれても不思議ではない。

 それでもエストールが皇太子妃の部屋にイーリオを置いているのは、恐らく罠でも何でもない。単に一番自室と近い部屋に置いておきたかっただけだと思うが。

「さぁ、我々と共に参りましょう。この国を変えるのはアレス皇子、貴方だ」

 ガタガタと震える人質のメイドの目が必死にイーリオを止めようとしている。

 犯人は黒いローブのフードを深く被り、顔を隠している。

 それらを交互に観察した後、イーリオは大袈裟に嘆息してみせた。

「この俺にバスローブ姿で部屋を出ろと?まず真っ当な服を用意しろ。話はそれからだ」

 寝台の端に腰掛けたまま、脚を組み替えると、侵入犯の目がイーリオの生脚に釘付けとなる。その視線につられて自身の脚を見ると、恐らく眠っている間につけられたのであろうキスマークが脚に散在していた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

食べて欲しいの

夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。 きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。 だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって…… Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。 【大狼獣人】×【小鳥獣人】 他サイトにも掲載しています。

産卵おじさんと大食いおじさんのなんでもない日常

丸井まー(旧:まー)
BL
余剰な魔力を卵として毎朝産むおじさんと大食らいのおじさんの二人のなんでもない日常。 飄々とした魔導具技師✕厳つい警邏学校の教官。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。全15話。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

一人の騎士に群がる飢えた(性的)エルフ達

ミクリ21
BL
エルフ達が一人の騎士に群がってえちえちする話。

処理中です...