召喚したのは『男体 Ω(オメガ)』の幽霊でした

ひづき

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 力尽きたアルクが次に目覚めたのは拠点にしている街の、常宿だった。

「クエストどうなった!?」

 冒険者ギルドが発行するクエストには一定の期限と、達成目標が設けられている。不達成になると違約金の支払いを求められるのだ。牢で気を失って以降の記憶が全くないので、日数経過が心配で仕方ない。

『盗み出した人身売買の取引の書類と人体実験の研究書類をギルドに提出して、3日前無事にクエスト達成!報酬も受け取ってきたよ』

 ぬ、と壁をすり抜けて姿を見せたのは、しばらく存在を忘れていた幽霊みたいな召喚体だ。黒いチョーカーがやけに鮮明に見えた。

「は?どうやって???」

 召喚体による代理報告などギルドは認めていないはずだ。

 そもそも、犯罪組織の研究施設からどうやって街まで戻ってきたのかもわからない。

「まさか、転移魔法が使えるのか?」

『そんな高位魔法なんか使えるわけないじゃん。僕の魔力はゼロどころか項目ナシだよ』

「………え、じゃ、どうやって???」

『そりゃ、僕がアンタの身体を乗っ取って』

 幽体で必要なアイテムをゲットし、起きる様子のないアルクの身体に憑依して。奪った回復薬を煽り、アルクの身体で戦斧バトルアックスを振り回して。

「……………………マジ、幽霊か」

『幽霊でーす』

 イエーイ☆と底抜けに明るい返事に脱力する。

「ギルドの手続き方法とか、よくわかったな」

『ふっふーん。そりゃ、アンタに忘れられてた期間もずーっとアンタの傍にいたからね!』

 アルクは気まずさから頭を抱え、すぐ誤魔化すようにガシガシと頭を掻きながら起き上がる。いつもの寝ている時の格好───タンクトップにハーフパンツだ───をしている自分の姿を見下ろし、自称幽霊の召喚体の言葉が真実なのだと嫌でも実感する。

「ありがとな」

『どういたしましてぇ』

 透けている少年は室内を浮きながら、グルリと旋回する。

「なぁ、お前、名前は?」

『ステータス見ればいいじゃん。シークレット解除してあるよ』

 それはそうなのだが、何となくアルクはそれをしたくなかった。何故かと自問すれば、召喚主と召喚体としてではなく、人間と人間として向き合いたいという気持ちがある。5年も忘れていた非情なアルクを助けてくれた命の恩人だからかもしれない。

「お前と話したい」

『………ふーん、まぁ、いいけど。僕は9610クロト

「変な名前」

『そだねぇ。前世は実験体として番号を振られて管理されていた個体なんだ。こことは全く異なる世界で、文明の方向性も違ってたよ』

 今まで沈黙していた9610クロトが突然手を貸したくれたのは、このままではアルクが合成獣キメラの実験に使われると察したからなのだろう。それは恐らく自身が実験体にされた前世がある故に見ていられなかったのかもしれない。問いかけたところで9610クロトが素直に答えるとも思えなかった。何となくだが、コイツは〝気まぐれ〟や〝何となく〟としか答えないだろうという直感が働く。

「何だっけ…?男体………?」

『男体Ωオメガね。男だけど女みたいに妊娠できるとでも思ってて。本当は発情期とかつがいとか色々あるんだけど、僕は人工的に作られた個体だから、その辺は完全制御できるし、そもそもこの世界では僕以外バース性を持たないから何の意味もない』

 こんなにお喋りなのに、よく5年も沈黙していたな、と。アルクは感心していた。あと、9610クロトの発言は半分以上意味がわからない。両性有具とは違うのだろうか。そう思ったが、9610クロトの身体に興味があると思われるのも嫌で聞きにくい。

「そのオメガとやらはみんな幽体なのか?」

『いや、普通の人間と一緒。ただ、僕が特殊個体の幽霊だっていうだけ』

「幽霊なら子供を産めないだろ?」

『実体化できるよ?幽霊であると同時に召喚体だもん』

 え、何言ってんの???という表情をお互いに向け合う。

 これは5年あっても相互理解までの道は遠そうだと、アルクは判断した。諦めて立ち上がり、いそいそと着替え始める。

『僕、そろそろ消えていい?』

 何が楽しくて野郎の生着替え見なきゃなんねぇの?と本音を呟かれ、9610クロトの恋愛対象が女であることに気づいたアルクは意外だと驚いた。人工的に作られた個体だと言っていたので、妊娠できるのも本人としては不本意なのだろう。性的志向も追従していないらしい。

「実体化すれば飯も食えるのか?」

『やったことないけど…、たぶん』

 うぅん、と唸る9610クロトの顔は酷く幼い。アルクは笑った。

「じゃ、一緒に飯食おうぜ」

 9610クロトは宙で半回転をし、逆立ちして、呆れたようにアルクを見据えた。

『余計な出費は控えたら?』

「いいんだよ、お前は俺の命の恩人なんだ!もてなしくらいさせろ」

『いや、そもそも、アンタの召喚体だからね???』

 助けるのは当たり前でしょ?と9610クロトは呟く。

 アルクにしてみれば当たり前ではない。ステータスを召喚主に対して開示するか否かを操作できる程の高位召喚体なのだ。それはつまり、気に入らなければ召喚体側から縁切りが可能ということ。

「お前さ、5年も俺に忘れられてて、何で縁切りしなかった?」

『変に干渉してくる奴は面倒なんだよ。今までの召喚主はみんな真っ先に俺を孕ませようとしてきたし。その度に即縁切りしたけどな。こちとら3000年も召喚体やってんだ、5年くらい大した時間じゃない。むしろ気楽で悠々としてたしさ』


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