熟れた果実は夢を見る

ひづき

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 執務机越しに国王はアレンを見つめてくる。そこには困惑が見て取れる。感情が読み取れるということは、やはり今の彼は国王モードではなく、ロージーという素なのだ。アレンが注意したところで仕事へと頭を切り替えるつもりはないらしい。

「…何で収まるどころか悪化してんだろうな」

「何の話だ、ロージー。独り言なら俺は立ち去るぞ」

「お前は鬼か。お前がいなきゃ本音も言えねぇのに長年耐えてきた俺を褒めろ、癒やせ、甘やかせ!」

 道を違えてから、ずっと接触を避けてきた。それがたった一度寝ただけで一気にコレである。アレンの中では良き思い出になって墓場まで持っていくはずだったのに、目の前の男は本当に手放す気がないらしい。

「で?何が悪化したって?」

「欲」

「よく?」

 何が言いたいのか全く分からない。そんなアレンを置き去りにしてロージーは噛み締めるように、しみじみと続けた。

「一度味わえば飢えや渇きが満たされて穏やかな気持ちでいられると思ってたんだが、むしろ余計にお前が欲しくて堪らん。あとお前と部下が距離が近くて楽しそうで見てるとイライラしてくる」

 性欲と独占欲。

 ソウデスカ、タイヘンデスネ、と。いっそ流してしまいたい。

「マジでお前後宮に住まねぇ?」

「騎士団長のオッサンが後宮に住むなんて笑えねぇ冗談だな」

「俺がお前の家に住んでもいい」

「うちの使用人が卒倒するからやめろ」

 年甲斐もなく盛り付くのはやめろと言いたい。一度覚えた肉欲に飢えているのはアレンも同じだが、仕事でも体力を使う為、そう頻繁に消耗するわけにはいかないのである。騎士団長を辞めてからなら毎日でも相手願いたいところだが、生憎今の所辞職の目処は立たない。後継者の育成が不十分だ。

「とうに枯れたかと思ったのに…、俺もまだまだ若いな」

 ロージーの嘆きに、アレンは笑う。

「息子のオーディス殿下と張り合うくらいだしな。じゅうぶん若い。精神年齢が」

「オーディスか。アイツは無事だろうか」

「恐らくまだ船の上だろうな」

 オーディス殿下は良くも悪くも素直過ぎる子だ。

 窃盗団、盗賊。その肩書を疑わず、生活苦からその道に走る者もいるという教えを思い出したのか、彼らを哀れんでいた。

 素直に相手が犯罪者だと信じていたのはオーディス殿下くらいのものであり、実際に相対した騎士団員達はすぐに違和感に気づいていた。

 連中は目的を果たすため、タイムラグなく国境を行き来するため、その目的を隠すため。あらゆる理由から窃盗団に扮しているのは明白だった。事実、窃盗団にしては剣筋も教科書通りの綺麗なもの。本物の窃盗団なら搦手上等だし、独学で武器を扱う者も多い為、稽古どおりの攻撃などまずしてこない。

 オーディス殿下には何も告げず、アレンは窃盗団になるべく怪我をさせないよう、内密に部下への命じていた。連中もこちらをなるべく怪我させないよう配慮していたように思う。連中が捕縛されたのもわざとだ。恐らく一番の目的を果たした為、帰国する手段を探していたのだろう。その手段として我が国を利用することにした。そんなところか。

「あの窃盗団のリーダーはプランル国の王族だろ?」

「さすがアレン。やはり気づいていたか。彼はプランル国の第四王子、リアム殿下だ」

「いや、気づいてないのはオーディス殿下くらいだと思うぞ…」

 真っ当な道を歩んでくれることを願うとか捕縛した窃盗団に向かって苦々しく発言していたほどである。とことん素直過ぎて、疑う、裏を取るということが出来ないオーディス殿下は社交にも政治にも向かない。

 何故罪人を引き渡すのに、プランル国に対して迎えに来いというわけでもなく、わざわざこちらから送り届けるのか。何故罪人の輸送に王族が同行するのか。何一つおかしいと思わない、疑わない。それがオーディス殿下だ。

 会議で表向きの理由を聞いた参加者達とて各々察して動いた。当事者のオーディス殿下だけが疑わない。

「わざわざ同行させたのにはまだ理由があるんだろ?」

「リアム殿下がオーディスをに欲しいと言ってきてな。本人の同意を得られればうちは構わない、道中で口説き落とせって伝えてある」

「…確かあの国は同性婚も許されているし、一夫多妻制だったか」

 腹の探り合いばかりしている人間にとって、オーディス殿下のような素直で純粋な人間が眩しく見えるものだ。ご兄弟でトランプに興じても、オーディス殿下は、尊敬する兄王子や姉王女がイカサマをするなど微塵も疑わず、いつも負ける。その落ち込み様を見ると王子王女殿下達は疲れた心が癒される、らしい。

「まさか娘より先に息子が先に嫁に行くとは…」

 ロージーの中ではオーディス殿下が口説き落とされると確定している。アレンも同感だ。真正面からストレートに口説けば容易に陥落するだろう。

 かの国の王族は伴侶を人目から隠してしまうと聞くし、表に出ない方がオーディス殿下は幸せになれるかもしれない。

「うちも法改正して同性婚オッケーにするか」

「私利私欲の為に権力を私物化していると批判が殺到して暴動が起きると思うぞ」

「愛の逃避行をやるしかねぇな」

 天井を仰ぐようにして両目を閉じ、ロージーが乾いた笑いを零す。つられてアレンも笑い声を零した。

 愛。なんて笑えない冗談だろう。そんなものがなくてもロージーから離れる気などないというのに。何のために騎士団長まで上り詰めたと思っているのか。ロージーは何も分かってない。

「来世に期待してろ、ばか」


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