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しおりを挟む「君は私の伴侶だ」
うっとりとしながら宣言されても、アジェルは表情を曇らせるだけ。
「贄の数だけ旦那様には伴侶がいらっしゃるのですか?」
積極的に生贄を捧げる国もあると小耳に挟んだことがある。それを考えると彼が目の前にいるのは目新しさから来る好奇心だけなのだろう。危うく自分だけが特別だと勘違いするところだったとアジェルは恥じ入る。生前、妻との関係性を蔑ろにしてきた罰が下ったような気分で居心地が悪い。因果応報とはこのことかとも思う。
「───基本、生贄は死から意識を逸らすために薬物で理性を失くした獣のような状態になっている。そうなるともう魂が壊れてしまい、何も残らない。薬物を盛られていなくても私を目の前にすれば恐怖で発狂して結局何も残らない。私が喰らっても魂が残るなど今のところ君しかいない」
長い長い歴史の中で初めてだと、彼は言う。それでもアジェルの気持ちは晴れない。新しい生贄が捧げられたら、彼はまた喰らう為に交合うのだろう。彼にとっては単なる食事なのだから気にする必要はないのかもしれない。それなのに、胸の当たりがモヤモヤして、黒い煙がぐるぐる肺を埋めるかのように苦しい。
妻が下男と浮気しているのを見ても何も思わなかったのに。
「単なる死者ではなく、私の伴侶なのだから君が生者に干渉しても問題ない。復讐するも、救いの手を差し出すのも、全て君の自由だ。君だからこそ許される行いだよ」
神様でもアジェルの気持ちは分からないらしい。地上に未練があるのだと神様は思っているようだが、実際は欠片も興味が湧かない。あんなにも国を大切に思っていたのに、死んで柵から解放された今となっては、なるようになれば良いとしか思えない。国を大切に思う心や義務感もろもろ全て、恐らく神様が食べてしまったのだ。神様でも食べた気持ちの詳細まではわからないのかとアジェルは少しだけ安堵した。きっと綺麗なものだけではなかったはずだから、醜い感情を知られなくて済んだのは僥倖である。
「私の好きにして良いのでしたら、やはり放っておくことにします」
「………そうか、意思が固くて残念だ」
「!」
神様が呟くと同時に、アジェルが身に纏う宝飾品が一気に重みを増す。あまりの重さに立っていられず、アジェルはその場に崩れ落ちた。
「私は君の手で連中を滅ぼして未練を断つところが見たい。後戻り出来ないように、想いを残せないように、君が奴らを殺す所が見たい。どう?私の君への気持ちは重い?」
見えない蔓のような何かが全身に纏わりつく。さわさわと滑る感触に、アジェルは身を震わせることしかできない。
「んぁっ」
性的な興奮からアジェルが思わず声を漏らすと、ピタリと見えない何かが動きを止める。
「………」
「………だんなさま?」
交合うのかな、と思ってドキドキしていたアジェルは止まった刺激に訝る。
「………ぁ、すまない。まさか君が気持ち良くなってしまうなど予想外で」
「?」
顔を両手で覆い隠し空を仰ぐ旦那様に、アジェルは首を傾げるばかり。意図して性的な愛撫をしてきたのではないのかと訝る。
「その…、いま、君に触れているのは全て私の感情だ。重いのも、君に纏わりついているのも。君が私の執着を厭うなら、それは痛みや不快感になる」
その解説を噛み砕き、理解して、アジェルは顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。旦那様から向けられる感情に性的な興奮を覚えた自分が恥ずかしくて堪らない。穴があったら入りたい。
「そうか、君は私に執着される事が愛撫のように気持ち良いのか」
「改めて言葉にしないで下さい!!」
□□□□□□□□
王を僭称した元王弟と、王を神に捧げたと宣う元王妃を処刑した男は、天に願う。どうか、どうかアジェル王を返して欲しいと。
その男はアジェル王の温情の元、食料を得ることができ、国民を生き長らえさせることができたと自覚する隣国の王だ。彼は立場故に想いを告げられなかったが、アジェル王に恋心を抱いていた。
アジェル王を失い、神の怒りを買って、実りを失った地で、隣国の王は慟哭する。戦争で失った命も、食糧難によりこれから失う命も、何より温かな日差しのような清廉なアジェル王を想う心も、何もかもが愛しくて悲しくて切ない。ただただ神に祈る。せめて、アジェル王だけでも返して欲しいと。
聞き届けた神は男の嘆きを鼻で笑い、代わりに豊穣の守護を再び地上に与えた。
何も知らないアジェルは今日も神の重たい執着に身悶えている。
[完]
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