恋は意図せず落ちるモノ

ひづき

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「お前のような偽善者は虫唾が走る!目障りだ!お前など要らない!俺の前から消えろ!」

 数人の男達によって床に這いつくばるような体勢を強いられ、抑えつけられているリーセルは、目が覚める思いで相手を見上げた。そこにいるのは第一王子のカレアドだ。リーセルが幼少期から忠誠を誓って付き従ってきた相手である。

 第一王子カレアドは翌年18歳となり、婚約者と結婚する。その婚約者のことはリーセルもよく知っていた。なにせリーセルの実妹である。単なる妹ではない、双子の妹だ。リーセルの大切な片割れである。それもあり、リーセルは幼少期から二人の婚約関係をすぐ近くで見てきた。

 最近、婚約者がいる身でありながら他の女───ラーナという男爵令嬢を侍らせ、ついには公式な場ですら婚約者をエスコートしないという暴挙に、リーセルが苦言を呈したのは当たり前のこと。忠誠を誓っているからこそ、同時に、婚約者の兄としても言わずにはいられなかった。

 その結果がこの状況である。

 第一王子カレアドによる、側近令息リーセルの断罪。

 もう何もかも嫌だ、投げ出したい。逃げ出したい。こんなバカ野郎、失墜しようが自業自得だ、手を引きたい。泥舟になんて乗ってられない。

「上等だ!もうお前なんか知らねぇ!!側近なんて辞めてやる!」

 例え家を勘当されたって構わない。リーセルが痛快だとでも言いたげに声を張り上げて宣言すると、怒りのまま第一王子カレアドは足を振り上げた。顔を蹴り飛ばされる!と反射的に目を閉じるが、いつまでたっても不思議と痛みや衝撃は訪れない。それどころか身体が軽くなったような気がする。おそるおそる目を開けると、美丈夫がキラキラとした目でリーセルを覗き込んでいた。

 第一王子カレアドと似ているのは目の色くらいだろうか。軍人として指揮をとることもある美丈夫は、しなやかな筋肉を隠しもしない。顔どころか全身が美しい人なのである。もちろんリーセルは美丈夫のことを知っていた。個人的な会話をしたことはないが。

「───リーセル・ヴァンフォーレ公爵令息」

「は、はひっ?」

 間違いなく貴い存在なのだと本能が悟り、萎縮する。そんなオーラに当てられ、しかもフルネームを呼ばれたリーセルの返事は情けなくも声が裏返ってしまった。そんなリーセルを見つめて美丈夫が微笑むのだから質が悪い。

 思わず呆けている間に、両脇に差し入れられた王弟殿下の手で軽々と持ち上げられてしまった。まるで転んだ幼子を抱き起こすかのよう。一応リーセルは成人しているのに、だ。情けないやら恥ずかしいやらで顔が熱くなるのを感じてリーセルは叫びたくなるのを必死で堪えた。

 片腕に乗せるように抱えられ、咄嗟に落ちないようにと王弟殿下の首に抱きついてしまった。反射的な行動とはいえ、あまりに不敬すぎる。リーセルは血の気が引く思いだった。同時に柔らかな良い香りに包まれて腰が砕けそう。

「???」

 混乱のあまり目を白黒させるリーセルを、王弟殿下の手が力強く抱え込んで離さない。

「ふふ、拾っちゃった。これでもうリーセルは僕のモノだよ」

 どういう意味のモノ発言なのか、何よりその発言の意図は?───驚きに言葉も出ない。それはリーセルを含め、場にいた全員が同様だった。なんとか一番に声を取り戻したのは第一王子カレアド。とはいえ残念ながら、その声は動揺を隠せず、情けないほど震えた。

「お、叔父上…!そいつは、俺の…」

「たった今、カレアドはリーセルを捨てたじゃないか。僕が拾ったんだから、当然僕のモノ」

 二人の王族が何か言い合っているが、リーセルの理解は追いつかない。側近を大切にしない甥を、叔父が甥と同じ目線でやり返して痛い目に遭わせるという教育をしているのかな?と考え、邪魔をしないように黙って石像と化していた。

「そんな、俺は、」

「何?嘘だったとでも言うつもりかな?こんな場所で宣言しておいて?」

 こんな場所、というのは王城の敷地内にある礼拝堂である。職人達から修繕完了の報告が入った為、公務の一環で確認に来た。そんな神のお膝元で第一王子カレアドは婚約者以外と挙式したいと宣言してリーセルを怒らせた。自分が怒った経緯は思い出せても、何故王弟殿下に抱えられているのかは分からない。

「ああ違うか、君がリーセルに見捨てられたんだ」

「叔父上!」

 第一王子カレアドの張り上げた声には、自分は悪くない、そう抗議する響きが篭っている。

「可愛いリーセルが望むなら、僕はカレアドとヴァンフォーレ公爵令嬢の婚約解消を陛下に進言してあげよう。陛下が僕を可愛がっていることは知っているだろう?僕なら陛下を説得するのは簡単だ」

 ───ねぇ、どうしようか?、そのように囁く声音は実に楽しそうでリーセルは眉根を寄せた。リーセルとて婚約者を蔑ろにして経緯も払わない男に妹を委ねたくはない。

「それは本当ですか、叔父上!───おい、リーセル!お前から叔父上に頼め!俺はあんな女よりラーナと結婚したいんだ!ラーナを王妃にしてやりたい!穏便に・・・婚約解消できるなら、お前もその方がいいよな!?」

 まるで物騒な計画を立てていたことを匂わせるような物言いにゾッとする。妹側から婚約破棄せざるを得ない状況に追い込む為、妹の味方を剥ぎ取ろうとしていたことに今更気づいてしまった。

 現在両親の公爵夫妻は、先日カレアドが失言し怒りを買った遠国へと謝罪に行かされている。陛下からの頼みであり、国の為となれば両親も逆らいようがない。カレアド本人を行かせれば更なる怒りを買うような失態をするかもしれないという懸念から、国王は自身の従姉妹である公爵夫人とその夫である公爵に頼むしかなかった。それを何故かカレアドは自身が陛下から溺愛されているから国外に出されないのだと吹聴していたのを思い出す。

 ちなみに王弟殿下は軍の指揮官でもある為、下手に向こうの国に行くと戦争の意志があるのでは、と勘繰られる恐れがあるからと却下された。
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