恋は意図せず落ちるモノ

ひづき

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 両親不在の隙にリーセルまで投獄されれば、妹は頼れる者が身近におらず、無防備になる。幼い弟は領地にいるし、そもそもタウンハウスにいたところで戦力にはならない。

 妹が王家に嫁げなくなるようにする、穏便ではない方法。ゾッとする。どんな方法であれ実行されれば妹は令嬢としてどころか一人の女性としても生涯癒えない傷を負うに違いない。

「今ならサービスで、君の妹に僕個人の配下と王家の影を護衛として派遣しよう」

 カレアド第一王子の耳に届かないよう、そっと囁かれた。まるで悪魔の囁きだ。甘言と呼ぶに相応しい優しい声音。思わず生唾を呑み込んだ。王弟殿下の思惑は分からないが、今は妹を守るのが優先。リーセルは意を決して顔を王弟へと向ける。いい加減床に降ろして欲しいのに、王弟殿下はニコニコ微笑むだけ。仕方なく王弟殿下に抱えられているまま、王弟殿下を見つめる。

「王弟殿下、お願いします、どうか妹を守る為にお力添えください」

「そうだね、リーセルが僕のものになってくれるなら全力で力になろう」

 カレアド第一王子達が何やら喚いている。気づいても、リーセルには聞き取れない雑音だ。同じ種族が目の前の男しかいないかのように、視野が狭まってクラクラする。

「───それは、従者として、ですか?」

「んー、ふふ…、どうかな?どう思う?」

 揶揄う声音。

 リーセルは自身の無力さを噛み締めて見つめ返した。





 ドサッと寝台に降ろされ、体勢を整えようと足掻くリーセルの上に、王弟殿下がのしかかって来た。押し退けようと伸ばした手に舌を這わされ、手を引っ込めようとするが容赦なく掴まれて距離を詰められた。

「あ、あの、王弟殿下…」

「震えてる。可愛い。僕が怖い?」

「っ」

 リーセルの脇腹の輪郭を確かめるように王弟殿下の手が撫でる。妹のために耐えなければ。そう思ってもリーセルの身体は震えが止まらない。近づく吐息に、次に来るであろう接触を予測してギュッと目を閉じた。唇に柔らかな熱が触れる。自分以外の体温、知らない匂い、初めての柔らかさに戸惑っているリーセルの心は置き去りで。とん、とん、と。何度か軽く唇に熱を置くように触れては離れを繰り返した後、吐息が離れていく。

 離れて、少し待ってみたが、動きがない。それはそれで怖くなったリーセルは、恐る恐る目を開けた。

「リーセルは童貞?閨教育は?」

 目が合うなり問いかけられ。一瞬何を言われたのか理解が追いつかず、言葉にならなかった。分かった途端、カッと顔が熱くなる。貴族として必要なポーカーフェイスを装えないほど動揺してしまい、己の未熟さにますます恥ずかしくなる。

「ね、閨教育は書物でのみ、です」

 リーセルの母は性に対して潔癖で、しかも頭が硬かった。結果、息子も娘も等しく婚姻後に伴侶とのみ性生活を営むべきという方針を徹底して子供たちに教育したのである。他家ではどうであれ、これだけは譲らなかった。結果、父はそんな母の剣幕に負けたのである。

「そうかぁ…、君は外見だけじゃなくて中身も綺麗なんだね」

 うっとりと、まるで夢を見るかのような面持ちで王弟殿下が呟く。

「はぁ?おれ?きれい?───ですか?」

 始めて聞く賛辞に、リーセルは一瞬相手も敬語も忘れて素っ頓狂な声を上げていた。我に返って慌てて取り繕うが既に手遅れだ。口から出た言葉を取り返すことはできない。

「リーセルは綺麗。綺麗で、素敵で。ずっと欲しかった。あんなバカには勿体無い」

 バカというのは言わずもがな、第一王子カレアドのことだろう。笑っているはずなのに、彼のことを口にする王弟殿下の目はほの暗い。

 リーセルは兄弟の中で自身が一番地味だと自覚している。第一王子カレアドの側近内でも一際地味だった。引き立て役だと、仲間であるはずの側近内でも陰口をたたかれていたことは知っているし、リーセルも否定する要素がないなと納得したから何も言わなかった。

「…有り難いお言葉ですが、自分には過分なご評価かと存じます」

「砕けた話し方でいいのに。───君は綺麗だよ。あの泥船にあって、泥を被ることも厭わず、泥に染まることもせず、バカ連中に道理を説き、苦言を呈し、煙たがられても尚、彼らを正しい道に戻そうとした。その諦めない眼差しはどこまでも綺麗だった」

 過剰だ、と。リーセルは内心で叫ぶ。国王や両親から第一王子カレアドの側近として励むよう命じられた以上、その泥船から降りることなど自力では不可能。共倒れは御免だと思ったから、必死に泥船が沈まないように底板を補強したり、周囲に根回ししたり、自身に出来る事をやっただけ。決して彼らの為ではないし、聞く耳を持たずに見下してくる連中なんて置き去りにできるなら置き去りにしたかった。

 結果、何故か逆にリーセルが切り捨てられたけれども。

 自身以外、全く書類仕事が出来ない側近連中を思い出す。ただ連中に捨てられただけだったら、濡れ衣でも着せられ、贖罪の為とか理由をつけられ、見えない場所で奴隷のようにタダ働きをさせられたかもしれない。

 しかし、実際は王弟殿下に拾われてしまった。

「───あの、これから自分はどうなるのでしょう?」

 痛いのは嫌だ。性奴隷や男娼のように王弟殿下に身体で奉仕することを求められるのだろうか。良くて情夫かもしれない。衣服の着用は認められるのか。食事は出るのか。家には帰れるのか。考えても王弟殿下の考えなど推し量れるはずもない。

「そうだね、まずはキスの仕方を覚えようか」

 美丈夫の顔が再び近づいてくる。咄嗟に目を閉じて迎える体勢をとった。いつの間にか震えは止まっている。

「おや、受け入れてくれるんだね」

「その代わり、妹を───」

 願いは最後まで声にならなかった。唇と唇を触れ合わせる戯れが始まってしまったからだ。

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