恋は意図せず落ちるモノ

ひづき

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 ───この人が欲しい。

 自身より10歳も年上の男性を求めるなんて異常かもしれない。親は嘆くかもしれない。一時の衝動に身を任せるなんて愚かかもしれない。リーセルの並べる予測はどれも内側に宿った欲望を制するには弱い。王弟殿下の戯れでも気まぐれでも、この幸運を手放すつもりはない。

 彼のバスローブにしがみつき、絡まる舌と唾液に溺れる。息継ぎのタイミングが分からず、酸欠で頭が痺れた。それなのに放されると寂しくて、つい舌を出して誘ってしまう。優しい彼はリーセルの行動に応えて与えてくれるから、ますますリーセルは甘えたくなってしまう。

 思えば誰かに甘えるのも、何かを欲しがるのも、長らく忘れていたように思う。常に守る側、耐える側、甘えられる側だった。だからこそ、王弟殿下に手を差し伸べられた時、本当に欲しかったものを得られた気がして嬉しかった。与えられる戯れも、甘やかすものばかりで擽ったくて。もっと欲しいと心の中に取り残された幼い頃の心が喚いている。

「全部、王弟殿下のせい、ですからね」

 王弟殿下にとっては身に覚えのない言いがかりだったに違いない。しかし、彼は瞬いた後、何故か嬉しそうに微笑み、リーセルの腰を抱き寄せる。

「名前で呼んでくれ」

「…いえ、身の程は弁えなくては」

 思い上がって、調子に乗って、愛想を尽かされたら。そんな想像が掛け巡って身が震えた。下りれない高みまで登ってしまったら、終わりが来た時、その衝撃に耐えられないだろう。

「敬語も要らない」

「しかし───」

 拒絶の言葉は王弟殿下の口で塞がれた。彼の唾液の匂いに酔いそうだ。





 目が覚めた時、リーセルは自身がしっかり寝間着を纏っていることに驚いた。王弟殿下の寝台に押し倒され、一晩中ひたすらキスばかりしていたように思う。その後の記憶がないので寝落ちしたのだろう。全身がさっぱり、スッキリしているのも、腰が怠いのも、今は考えたくない。

 周囲を見渡すと、与えられた客室ではないようだった。明らかに王弟殿下の寝室で、寝台である。血の気が引き、寒気がした。

「おや、顔色が悪いね?」

「で、でんか、おれ?わたし?そそうを?」

「また殿下呼びに戻ってる」

 混乱するリーセルの頭を彼の手が撫でる。その優しい手つきに記憶が蘇ってきた。キスで勃起した自身のモノを、殿下の逸物と一緒に扱いたことまで思い出して真っ赤になる。しかも名前を呼ぶまで射精を許されず泣きべそをかいたことまで思い出してしまい、奇声を挙げて走り回りたい衝動に駆られた。もちろんそんなことは出来ないので、諦めて彼を見上げ、腫れぼったい口を開く。

「───ゼリュート様」

「うん。おいで、僕のリーセル」





 王弟であるゼリュート様は王族としての公務と軍人としての軍務を掛け持ちしつつ、王家に返還された領地の運営を総括したりと多忙を極める人だ。それらを並行できる優秀さ故に王家に残留することを、現国王から熱望されたというのは有名な話である。

 ゼリュート様を国王に、という声もなかったわけではないらしい。ゼリュート様自身が幼い頃から現国王である兄を支持すると明言し、兄が亡くなったら自分も後追いするといって毒物を肌見離さずにいる姿を見て、どうせ口先だけだろうと周囲は彼の気持ちを甘く見た。その結果、ゼリュート様を王にしようとしていた者が現国王を暗殺しようと害した際、生死の境を彷徨う兄の前で本当にゼリュート様は服毒自殺を図った、というのも有名な話である。

 以来、国王はゼリュート様を全面的に信頼し、重用しているし、命懸けで国王の王座を守った弟に兄として罪悪感を抱いているのだとか。そんなのは単なる噂だろうと思っていたのだが───

「陛下から、カレアドとヴァンフォーレ公爵令嬢との婚約を白紙撤回するって返事来たよ」

 そういえばねぇ、と。軽い世間話のような調子で話し始めたかと思えば、続く話題がとんでもなかった。朝食を摂る手が思わず止まってしまう。リーセルは妹のルーティアを、ルーティアは兄であるリーセルを見て、二人で瞬いた。双子の片割れが驚いた表情を曝しているのだ、聞き間違いではないらしい。

「はくし、ですか?」

 ルーティアの声に、リーセルも「はくし」と繰り返す。

 婚約解消でも、婚約破棄でもない。白紙撤回だ。つまり、婚約していたという事実すらなかったことにする、ということだ。妹に令嬢として落ち度になるような事実も瑕疵もないと王家が宣言したようなものである。逆に国王陛下にそこまで言わせるということは王家側に不手際があったと暗に認めることになり、第一王子カレアドの素行へと疑いが向くだろう。

「言っただろう、陛下は僕を可愛がっていると。滅多にない僕からのお願いだからね、張り切って動いたようだよ」

 昨日の今日で。しかも朝食より先に事態が動くなど予想外の速さである。

「殿下、ありがとうございます!」

 感極まった妹が声を弾ませる。リーセルもお礼を言わなくてはと思ったが、ゼリュート様が困ったように眉根を寄せていることに気づいて止まる。

「ただ、異例の白紙撤回だからね…。カレアドが逆上する恐れがある。今はまだ動きはないが、カレアドの母親である側妃が怪しい動きを見せている。かえって君達を危険に曝すことになり申し訳ない。安全の為にも今しばらくここに滞在して欲しい。陛下も悪気はないんだ、悪気は。良かれと思って張り切ると空回りするだけで…」

 遠い目で、吹けば飛びそうなほどの儚さで、ゼリュート様は独り言のように言い募る。過去にも何かあったのだなと察して双子は口を閉ざした。

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