恋は意図せず落ちるモノ

ひづき

文字の大きさ
5 / 9

しおりを挟む



 □ □ □ □ □



「殿下!数字が合いません!」

「殿下!書類の提出期限が過ぎています!」

「殿下!こちらの書類の修正をお願いします!」

「殿下!この書類、誤字が多くて読めません!」

 殿下、殿下、殿下───

「あああああ!!!!!うるさーい!!!!!」

 第一王子カレアドは頭を抱え、声を上げて発狂した。自身の執務室。時間差で次々と詰め掛けてくる文官達。側近達に仕事を振っても振っても駄目出しされて返却される速度の方が圧倒的に早いのだ。

「殿下、この文書の意味が分かりません!」

「殿下、この予算の関連書類がどこにあるか分かりません!」

「殿下、」

 側近達は泣き言を連呼するのに忙しく手元の作業は一向に進まない。

「うるさい、うるさい、うるさーい!」

 ヴァンフォーレ公爵家の兄妹がいなくなっただけでこの有様かと、予想以上に酷い仕事ぶりに文官達は呆れを通り越して笑うしかない。あの兄妹二人だけでカレアドの公務は回っていたのだろう。そんな密告やら糾弾、助けを求める現場の声が続々と国王に届けられていく。そんな水面下の動きを知らないカレアドは頭を掻き毟り発狂するばかり。

「誰でもいい!リーセルの奴を連れて来い!」

「無理ですよ、リーセルは王弟殿下の庇護下に入ってますもん!」

「ルーティアでも構わん!!」

「殿下、婚約者でもない令嬢を呼び捨てにしたら駄目ですってば!女性達から反感を買いますよ!」

「ルーティアは俺のだ!!」

 現実の見えない発言を繰り返す暴君ぶり。慣れない仕事に取り組んでいた側近達も、これには唖然とした。

 仕事に関しては今までリーセルに押し付けてきたツケが回ってきたのだと諦められる。ただただカレアドの側で踏ん反り返ってきた自分達に非がある。しかし手がつけられないほど妄言や不満ばかりを口にする暴君の面倒をみるのも、世話をやくのも、最早ウンザリだった。

 しかし、ここで逃げ出したら責任を放棄したと罵倒され、最悪生家にも累を及ぼす。その結果、蜥蜴の尻尾斬り宜しく生家から廃嫡される恐れさえある。側近達は自分達が抜け出せない泥沼にいることに気付き、愕然とする。それもこれもリーセルのせいだ、と責任転嫁して彼らは腹を立てた。

 言葉にしなくても側近達の憎しみが感染したかのように、カレアドもまた、何もかも全てリーセルのせいだと腹を立て始める。奴さえいなければルーティアは自分から離れなかったはず、将来は自分の側室にして仕事をやらせる予定だったのに。リーセルが邪魔をしたせい、あれもこれも全部リーセルが悪いのだと結論付けた。

「ルーティアを連れ戻す」

「公爵令嬢も王弟殿下の庇護下にいるでしょう。一体どうやって連れ戻すおつもりですか?」

 取り立てた手柄を持たない王子カレアドと、我が国の英雄と呼ばれる王弟。圧倒的に前者が不利であり、相手にすらされない。それは今に始まったことではなく、以前から王弟はカレアドを極力無視しており、その不仲は一目瞭然、周知の事実。それがそのまま国内での権力差に反映されているのが実情。

 自身が評価されないのは王弟が自分を認めないのが悪いのだと、カレアドは王弟に腹を立ててきた。それを口にする度に諌めてきたリーセルはもう側にいない。

「母上にご助力願う」

 王の妻である王妃と、王の弟である王弟。権力は拮抗している。カレアドと王妃が手を組めば王弟を上回るに違いない。そう考えたカレアドはニヤリと笑う。自分に恥をかかせたルーティアが悪い。婚約が白紙撤回された以上、妻には迎えず、仕事を行う影の存在として飼い殺せばいい。ルーティアを人質にすれば憎きリーセルを顎で使うことも可能だろう。そんな思考を読み取った側近達は顔を見合わせて勝率を計算し始める。

 考えるだけ無駄だと分かっていても、彼らは考えた。





 数時間後。

 憎しみに燃えていたはずのカレアドはポカンと口を開けて固まっていた。頭が回らず、目の前の光景から視線が離せない。

 王弟の屋敷に正面から向かっても門前払いをされることは分かっていたカレアドは、緊急時にのみ使用することを許可される城の隠し通路を通り、王弟の屋敷に侵入を果たした。広大な庭園の端にある岩場に擬態した出口から抜け出し、木々の中を進んで、屋敷に近づいていく。

「ひゃんっ」

 不意に聞こえた声の質に驚いたカレアドは、近くの低木の生け垣から声の方を覗いた。

 覗いたら、カレアドの叔父である王弟らしき逞しい男が、色白い青年を向かい合わせで膝上に座らせ、その胸に顔を埋めていた。ちゅぱちゅぱという水音がする。舌で嬲っているのだろう。

「あ、かむの、だめ、ゃ、あ」

 腰を抱えられた青年は背中をしならせ、逃れようと身を捩っている。女性のような華奢さはない、しっかりとした筋肉のついている青年。その身体つきから青年は貴族か、あるいは裕福な平民か。

「ひあああ!きもちよすぎて!それだめぇ…!」

 熱に色づく白い肌。振り乱された髪。逃げようとする胴体とは裏腹に、彼の手は王弟の身体にしがみくので必死だ。

 あの青年は、リーセルだ。ただしカレアドの知るリーセルとはまるで別人。涎と涙を零して喘ぐリーセルを凝視し、カレアドの股間は情けないほど膨れ上がる。

 女性が好きだ。女性の豊満な胸が好きだ。そう自分に言い聞かせて目を閉じるが、脳裏に焼き付いたリーセルの表情。あの顔に白濁をぶっかけたいという衝動を覚え、カレアドは混乱するばかり。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

【完結】王弟殿下の欲しいもの

325号室の住人
BL
王弟殿下には、欲しいものがある。 それは…… ☆全3話 完結しました

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

好きだから手放したら捕まった

鳴海
BL
隣に住む幼馴染である子爵子息とは6才の頃から婚約関係にあった伯爵子息エミリオン。お互いがお互いを大好きで、心から思い合っている二人だったが、ある日、エミリオンは自分たちの婚約が正式に成されておらず、口約束にすぎないものでしかないことを父親に知らされる。そして、身分差を理由に、見せかけだけでしかなかった婚約を完全に解消するよう命じられてしまう。 ※異性、同性関わらず婚姻も出産もできる世界観です。 ※毎週日曜日の21:00に投稿予約済   本編5話+おまけ1話 全6話   本編最終話とおまけは同時投稿します。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...