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しおりを挟む素直な気持ちを口にすると、ますます顔が熱くなった。
「本当に?無理してない?全然気持ちいいって言ってくれなかったのに?」
リーセルは寝返りを打ち、ゼリュート様に背を向けた。声が震える。
「き、気持ち良かった、ですよ。ただ、その、恥ずかしくて、素直に言えないだけで」
何を言わせるのかと八つ当たりしたくなるが、誤解をされたまま二度と手出しされない方がつらい。
「なるほど。羞恥心を覚えるだけの理性がまだ残っていたんだね」
不穏な発言と共に、寝台がぎしりと沈む。覆い被さって来たゼリュート様を仰ぐと容赦なく口を塞がれた。剣だこのある手がリーセルの乳首を探り始める。
「ぁ、まさか、」
「君の理性に勝てるよう、頑張るね」
理性を手放してしまったら、一体自分はどうなってしまうのだろう。そんな恐怖と期待で心臓がおかしくなりそうだ。
「どんなに淫乱な俺を見ても呆れませんか?手放さないと約束して下さいますか?」
「ふふ、君は本当に可愛い」
□ □ □ □ □
ゼリュートがリーセルを欲しいと思った時、リーセルはまだ3歳ほどの幼子だった。
婚約者を選べと言われた時、ゼリュートは迷わずリーセルの名を挙げて周囲の大人を困らせた。リーセルでは駄目なのだと言われたら「じゃあ要らない」と答えたし、それでは王様になれないと言われたから「王様にはならない」と決めた。
兄への忠誠は本当だし、その為に死にかけた過去も本当。だが、その根っこには好きでもない人間と結婚したくない、結婚するならリーセルが良いという血迷った動機がある。
公の場でリーセルの姿を見かける度、その痴態を想像していた。初めての夢精もリーセルだった。
リーセルが甥の側近となり、頻繁に城へ来るようになってからは、密かに護衛をリーセルにつけて動向を報告させていた。専属の絵師を待機させ、姿絵をスケッチさせてもいた。もちろん時間を作ってゼリュートも窓に張り付き、リーセルを見守っていた。
この執着を知られたら、きっと嫌われてしまうだろう。
自身の異常性を理解していたから、影で見守る事に徹していた。
「リーセルを蔑ろにしたお前を僕が許すわけないだろう?」
目の前にいるのは自分の甥だが、特に情などはない。外交において致命的な失態を犯した挙句、その尻拭いをリーセルの愛する両親である公爵夫妻に押し付けた上、リーセルの大切な妹を蔑ろにして浮気した挙句、離れた途端リーセルに欲情を覚えるような、そんな猿未満の馬鹿にかける情けは微塵もない。
ゼリュートの握る剣の先で、カレアドは膝をつき、涙と鼻水を垂れ流してごにょごにょと聞き取れない何かを繰り返している。それが死にたくないという願望なのか、ごめんなさいという謝罪なのかは分からない。聞く価値もないということだけは明白だ。
そもそも、社交でのやらかしがあった時点でカレアドの未来は決まっていたのだ。両国のメンツの為、公式の謝罪と交渉が優先され、そちらが片付くまでカレアドの処分が保留にされたというだけのこと。それくらいカレアドの失態は相手国の宗教上、致命的なやらかしだったのである。
それだけならまだ幽閉や平民落ち程度で済んだものを、リーセルやルーティア嬢に対する礼を欠いた態度は国王の怒りに油を注いだ。ただでさえ公爵夫妻に頭を下げて国の代表としてカレアドの代わりに謝罪をして貰っているのに、その子供達にまで不躾な真似をしているのだ。カレアドの父親だからこそ、国王は恥ずかしさで死にそうな勢いで気が狂いそうになっていた。そこに国王が信頼する王弟ゼリュートからの進言が加われば見限るのも当然。
「───まぁ、僕が君を殺すわけじゃないから安心してね。君はもう我が国の国民じゃない。そんな君を、君が失礼を働いた国に輸送する。そこで君は裁判を受けるんだ。もちろん向こうの法律に基づき裁かれる」
宗教上のタブーを他人に強要という悪質性からして重罪になるだろう。罰則という名の拷問と嫌がらせという苦行、更には肉体労働を強制される見込みだ。本人の罪を本人に償わせるだけ。
カレアドとルーティア嬢の婚姻は、王権の強化を目的に組まれた縁談だった。それが白紙となった以上、どうするのか。
兄である国王からルーティア嬢との婚姻を打診されたゼリュートは笑顔で断った。兄もまた、そうだろうな、と頷いて嘆息する。
「もうお前、リーセル殿と結婚しなさい」
その代わり、これからも国を宜しく頼む。兄のそんな言葉に、ゼリュートは驚いて瞬いた。
「兄上、我が国の法律では同性婚を認めてませんよね?」
「既にリーセル殿を手篭めにしたんだろう?法的に結婚できる国へ移住でもされたら困る。結果、お前だけでなく公爵夫妻まで敵に回ればこの世の終わりだ」
リーセルに手を出したことについて、公爵夫妻から理解が得られるか。ゼリュートはどう説得するかを考えていたが、国王である兄の後押しが得られるのは心強い。
「事実婚で満足してますから別に法的な面までは求めてません。が、一言僕達の関係を大々的に認めて頂ければ幸いです。引き換えに今後も兄上と国に忠誠を誓いましょう。第二王子への支援もお約束します」
リーセルが手元にいてくれれば誰が王になっても構わない。
「お帰りなさい、ゼリュート様」
リーセルが自宅で出迎えてくれる。幸せを噛み締めてゼリュートは可愛い可愛いリーセルを抱き締めた。
「ただいま、リーセル」
公爵夫妻が帰国した為、既にルーティア嬢は公爵家に戻った。リーセルの方から引き続き滞在したいと言われた時、ゼリュートは幸せ過ぎて鼻血を出した程である。
例えどんな手を使ってでも手放すつもりはない。このドス黒い執着を知らないリーセルを憐れにさえ思う。
「ゼリュート様、今日は、その…、一緒に入浴しませんか?」
恥じらいながらも求めてくれる姿に、ゼリュートは歓喜し、リーセルを抱え上げると浴室へと急ぐ。
そんな主達を、使用人達は生温かい視線と何とも言えない気持ちで見送った。あの2人が幸せなうちは、この国も安泰だろうと確信しているので特に文句などはない。
[完]
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