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しおりを挟む「なんか、その妹、将来苦労しそうだな」
「え?」
徹時にしてみれば当たり前の結論なのに、先輩は意外だという表情をする。徹時は首を傾げた。
「だって、実際にはない実力を〝ある〟ってことにしたんだ。周りはそのレベルを求めるけど、実際にはないんだから期待した分落胆するだろ?周囲から賞賛されて満たされるような奴が逆に落胆されるのって、かなりキツいと思うけど、耐えられるのか?」
「そっか…。妹のためにも私が意地で止めなきゃダメだったんだね」
落ち込む様子で乾いた笑いを零す先輩に、徹時は慌てる。別に先輩を責めたいわけではない。
「先輩がそこまで背負う必要はねぇだろ。先輩だって子供だったんだ、本人と大人が悪い。先輩はちっとも悪くない」
傷ついて欲しくないのだと心の底で祈るように、言葉を重ねる。
「ふふ、優しいね。雨でも降るの?」
笑う先輩に、胸を撫で下ろす。
「お子様には優しい男なんで」
「誰がお子様か!」
秋が終わり、冬が来て。
先輩は相変わらずだ。
相変わらず長袖のセーラー服姿で変化がない。皆、制服の上にジャージの上を羽織ったり、自前のセーターを着たり、思い思いに防寒をしているのに、先輩だけは変わらない。
「先輩、寒くないの?子供体温?」
「一言余計!素直に心配してくれてもいいのに!けちっ」
「元気じゃん」
キャンパスに描かれ始めた絵は、どこかの室内らしい。今のところ白い壁しか見えてこない、よくわからない絵だ。
「それって油絵ってヤツ?」
「これはアクリル絵の具。前の絵は水彩絵の具。油絵もやらないことは無いけど、気分じゃないのよねぇ…」
「ふーん…」
一体、何がどう違うのか。徹時にはよくわからない。
「クレパスとかはやんないの?」
「クレパスかー…。うーん、私は筆の方が好きだなぁ。描いてるゼ!って気がして」
「わからん」
どのみち描くことに変わりはないだろうに、気合いにでも違いが出るのだろうか。先輩は変な人だ。
「こう、筆を滑らせるのが好きなのよ。毛先の流れとか、色の滲みとか、そういうの」
「まったく、わからん」
「そっかー…。そのうち君も何か表現してみせてよ。絵でも工芸でも。なんなら写真でもいいし、小説とかでもいいからさ」
「えー…」
表現できるほどの世界を持っていたら、退屈なんてする暇はないだろうし、先輩と出会うこともなかっただろう。
表現者の視界は常に光に溢れているのではないだろうか。そうでなければ、徹時にとっての退屈な日常を切り取って、特別な物に作り替えるなんて出来ないだろう。同じ空間にいるようで、実は軸のズレている世界にいるのだと思う。
「一番簡単そうなのは写真かな」
「うちの学校、写真部ないから残念だね。いっそ作っちゃえば」
「やだよ、そんな熱意持ってない」
「そっかー。面白そうなのになぁ」
それは褒められているのだろうか。何とも言えない表情で徹時は唇を引き結ぶ。先輩は声を上げて笑った。
ひとしきり笑った先輩は、疲れたように筆を置き、全身で徹時へと向き直った。
「あのね、徹時くん。私、この絵が完成したら、たぶんもうここに居られなくなるの」
完成した絵は、白い病室だった。
冬が終わるより先に、先輩は姿を消した。美術室は鍵が掛かっていて立ち入れない。
「美術室の鍵?いつも閉まってるわよ。石膏像に悪戯とかされると困るからね」
赴任して間もない美術担当の教師は何でもないことのように言う。今まで徹時が行けば先輩がいて、当たり前のように美術室は開いていた。
「お借りできませんか?」
「授業以外で使う時には使用申請ノートに代表者のクラス、名前、借りた時間、返した時間、あと使用目的を書く必要があるわ。で?君は何に使うの?」
先輩を探したくて、とは言えない。
「美術部員なんです。ずっと幽霊部員でしたけど、何かやってみたくて」
「あら、そうだったの!美術部なんて、文化祭の前くらいしか集まらないのに真面目ねぇ。過去にどういう活動をしていたかを知りたかったら、美術準備室のガラス戸棚を見ても構わないわ。過去の活動日報があるはずだから」
「ありがとうございます」
指を刺された場所にある鍵使用者記録〝美術室〟と書かれたノートを開く。最新の記録は4月の日付で、生徒会が撮影のために使用したようだ。
先輩の名前も、クラスも知らない。それでも、そこに先輩の名前が無いことは明らかだ。一体先輩はどうやって放課後の美術室の鍵を開けていたのだろう。
初めて立ち入る美術準備室は暗くて寒い。蛍光灯をつけても、部屋全体が薄暗い。単なる資料室かと思いきや、使っていないイーゼルや、石膏像、分厚い画集などでゴチャゴチャしており、どちらかといえば倉庫のようで。ガラス戸棚まで辿り着くのが困難なほど、物に溢れている。
美術部の活動日報に辿り着いたところで、そこに先輩に繋がる手がかりがあるとも限らない。元・美術部員だったという証言に、小豆色のタイくらいしかヒントはないのだ。
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