黒の慟哭

ひづき

文字の大きさ
8 / 18

【7】女の戦い

しおりを挟む





 婚約者に内定しているご令嬢とお茶会。それはシューゼルにとって義務だ。それは相手にとっても同じらしく、適度に間を置いて行われる。しかし、今回は前回からたった数日しか経っていない。珍しく早いお誘いだ。公務の日程を頭の中でズラしつつ、シューゼルは即了承した。

 シューゼルの婚約者、ソフィア・ソレイユ公爵令嬢は来年で12歳。この国では社交界にデビューする年齢だ。そのデビュタントと、婚約発表を兼ねた舞踏会にて、正式にシューゼルの立太子が宣言される予定になっている。もちろん、グレナーテ妃もそれらを知っているが、彼女は今こちらに横槍を入れるだけの精神的な余裕がない。



 理由はグレナーテ妃の息子であるカイエルだ。年に一度開催される主要幹部が揃う晩餐会の席で昨年、父に誕生日プレゼントは何が良いか問われたカイエルは席を立ち、堂々と己の願いを口にしたのだ。



 将来的に臣籍降下させて欲しい。

 それを社交界デビューの際に大々的に発表して欲しい。



 出席者たちは驚き、食事の手も止め、お喋りも忘れ、当時10歳だったカイエルに釘付けとなった。

『僕は、シューゼル殿下に臣下として忠誠を誓います』

 カイエルは実に堂々と不敵な笑みを浮べ、父に向かって頭を下げたのである。これには父も、口を開けたまま固まった。

 後継者争いが始まる前に、当事者が大々的に『争いません』と宣言することで、大胆に先手を打ったということだ。どちらにつくか、腹の探り合いをしていた貴族たちをも抑え込むことになる。

 慌てたのはグレナーテ妃だ。自分がお腹を痛めて産んだ子供を王位につけて、側室という劣等感から這い上がり高笑いするのが彼女の望みだったために、カイエルの嘆願は裏切りでしかない。

 ───母を捨てるのですか!

 ───母の愛を裏切るのですか!

『グレナーテ妃殿下の愛は、妃殿下自身にしか向いておりません。僕は愛された覚えはありません』

 カイエルは天使のような、無垢で無邪気な笑顔を作って、実母に毒を吐き、発狂したグレナーテ妃がカイエルに掴みかかったりと、晩餐会は大騒ぎになった。

 さすがにこれには事前に相談が欲しかったと父が苦言を呈したが、カイエルは『重責を担う方々が一同に会する場で、尚且つ僕が参加できるのはココだけでした。これでもう僕の意志を揉み消すことはできませんね』といい笑顔で開き直ってみせたのである。



 グレナーテ妃は錯乱したと理由をつけられ、強制的に離宮に軟禁されている。もちろん監視付きだ。侍女も総入れ替えをされ、以前仕えていた者たちからは事情聴取が行われている。グレナーテ妃が日頃から侍女たちに狼藉を働いていたのは噂になっていたため、その実情を調査し始めたのだ。

 これらは全て、亡き叔父の部下たちを引き継いだカイエルが主導で行っている。



 そんなカイエルの動きもあり、シューゼルの立太子が予定より数年早まった。シューゼルを立太子させるためにはグレナーテ妃を沈黙させる必要があったのだ。沈黙している今がチャンスだと、慌ただしく準備が進む。

 ソフィアの王妃教育が駆け足になったのも、その影響である。とはいえ、未だ婚約者に内定しているだけの令嬢に、そこまでの政治的内情は明かせない。ただ、苦労をかけて申し訳ないという想いから、シューゼルは極力ソフィアの要望は受け入れることにしていた。

 今までセイシェル王妃とグレナーテ妃で分担していた公務のうち、グレナーテ妃が請け負っていた分がいくつかシューゼルの元に来たのも負担になっている。

 徹夜すればいけるかな…。

 シューゼルは遠い目をして頭を働かせつつ、それでも手元だけはガリガリと動かし書類を片付けて行った。





「私が直接カイエル殿下とやり取りをすれば、要らぬ勘繰りをする者も現れるでしょう。ですから、シューゼル殿下には是非橋渡しをお願いしたいのです」

 普段はお互いに無口で、お茶会と行っても無言のまま黙々とお茶を飲んで終わる。それがシューゼルとソフィアのお茶会だった。

 今日のソフィアは相変わらず無表情だが、人払いをするなり、饒舌だ。しかも前のめりで。これはお願いというより強要に近いのではないだろうか。

「待って下さい、ソフィア嬢。カイエルは私の大切な弟です。いくら貴女でも意図がわからなければ近づけるわけにいきません」

 そうでなくても、まだカイエルを蝕む呪いの件をソフィアには話していない。軽々しく話す訳にはいかない、カイエル本人にも話していない、王家の秘密なのだ。その秘密そのものであるカイエルに接触させるわけにはいかない。もっとも、どうやらカイエルは既に自身を蝕む呪いのことを知っているようだが。

 人払いをしているとはいえ、未だ未婚の男女だ。少し離れた位置に給仕役が控えている。それを意識したのか、ソフィアはシューゼルに触れそうなほど近づき、囁く。

「カイエル殿下は未だにあの子を好きなのでしょう?」

 カイエルが想い続けている少女。何より、ソフィアが「あの子」と呼ぶ、それなりに親しい人物。

 カイエルの呪いの元凶であるリデュール一族の娘、ユイア・リデュール。

「………何を企んでいるのですか?」

「ソレイユ公爵家の役割も、リデュール伯爵家が厭われる理由も、私にはあまり興味が無いのです。ただ大好きなお友達に、素敵なデビュタントを迎えて欲しいのですわ」

 ソレイユ公爵家の役割、初めて聞くキーワードに、シューゼルは目を細め、ソフィアの肩を抱き寄せる。

「何を知っている?」

 仲睦まじい婚約者同士にしか見えないだろう。

「あら、敬語はおやめになったの?」

 あくまでソフィアは無表情だ。しかし、その瞳は揶揄うように笑っている。



 また、徹夜が増えるかもしれない。

 シューゼルは嫌な予感をひしひしと感じつつも、後戻りしたいとは思わなかった。








「ユイア、余程疲れたようだな」

 珍しく言い淀む父に、ユイアは言葉もなく視線を向ける。家族の前でもリデュール伯爵としての表情を繕う父にしては珍しく困惑に苦笑いを混ぜた複雑な表情だ。

 王都に着くなり、ドレスの採寸という苦行を強いられ、3時間は立ちっぱなしだったユイアは、ソファに身を沈めていた。全身で、ぐったり、である。実家なのだから、もう今日は脱力してもいいはずだと、ユイアはいつになく自身を甘やかすことにした。思えば、王都のリデュール家では伯爵令嬢として相応しい振る舞いを常に心掛けていたし、何より主になる予定だったソフィアに恥をかかせないようにと気を張っていた。実家とはいえ、自室でもないのに、こんなにだらしない姿を晒すのは初めてかもしれない。

 領では誰もが自然体でいるのが当たり前だった。そう考えると王都の窮屈さが実感出来る。

「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません、お父様。ものすごく、つかれました」

 採寸とは言っても、単にサイズを図るだけではない。ありとあらゆる色、材質の生地を身体に当てながら、デザインを考えつつ、メイクも実際に試行錯誤して、話し合うのだ。母、兄嫁、姉、従姉妹、伯母、叔母…、一族の女性陣総出で激論を交わす。女による女のための戦争だ。その間、ユイアは微動だに出来ず、ただされるがままだった。

 デビュタントのドレスといえば白が定番なのだから、白でいいだろうと思うのだが…。恐らくそれを口にしたら視線だけで殺されるに違いない。女の戦いとやらは既に始まっているのだ!怖い!

「デビュタントは伯爵家の威厳と財力、底力を見せつける場だからな、致し方ないだろう。エスコートはロベルト様がして下さるそうだ」

「………すみません、どなたですか?」

「ユイアは会ったことがないはずだ。隣国に留学しているソレイユ公爵家の次男だ。ソフィア様の従兄弟だが、ご両親が事故で亡くなり、公爵家の養子となっている」

 言われて、あぁ、そんな人いたな、くらいの認識だ。さすがにソフィア様の実兄である次期公爵にエスコートされたら、未来の公爵夫人になる気かと要らぬ憶測を産む。リデュールが先頭に立つ公爵家なんて、周囲は許容できず反発するだろう。かといって、身内のエスコートを受ければ、リデュール伯爵家の孤立を嘲笑されるだろう。そういったことを考えていくと、ソレイユ公爵家の養子というのは順当だ。

 ただでさえ緊張する初めての舞踏会に、初対面の男性にエスコートされる。考えただけで気が重い。

「ダンスレッスンは明日からだ。今日集まって下さったご婦人たちが日替わりで来て下さるそうだ。相手役は兄達が連行されてくる」

 連行されてくる、その最後の声は若干震えていた。す、と目線を逸らしたまま、父は頭を抱えていた。戦闘モードの女性陣には、さすがの当主も勝てないらしい。

 舞踏会までの1年間が、果てしなく長く思えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

処理中です...