黒の慟哭

ひづき

文字の大きさ
11 / 18

【10】暗躍していた者

しおりを挟む






 コルセットは苦しい。ドレスは重い。

 今まで身軽な服装でダンスレッスンをしていたユイアだが、残り半年という段階で正装によるダンスレッスンが始まった。コルセットが必要となるような生活などして来なかったユイアには苦行でしかない。というか、ユイアがコルセットをつけたところで、どうせ髪色にばかり注目されるのだ。必要ないのでは!と心底思う。

「良いですか、ユイア。リデュールだからこそ、その仕草も、動きも、全てが注目されます。周囲は貴女を値踏みして、ここぞとばかりにこき下ろす。決して隙を見せてはいけません。ハイエナ共に付け入る隙を与えてはいけないのです」

「そうですよ、ユイア。我々が黒髪だというだけで嘲笑うような小者たちに、わざわざ話題を提供する必要などありません」

 母が怖い。公爵家で家庭教師をしている母にユイアが何かを教わるのはこれが初めてである。なにせ、母は公爵家に住み込みで働いており、ユイアがソフィアのところに遊びに行っても公私混同をしない母はユイアに話しかけてなど来ない。ユイアが滅多に会えない人、それが母だ。

 叔母も怖い。公爵家でメイド長を務めるだけあり、気迫が凄い。視線だけで他人を殺せそうな圧がある。叔母も公爵家に住み込みで働いており、家族として接した覚えがあまりない。2人が揃うところなんて初めて目にしたが、宿る闘志からくる威圧が凄い。思わず呼吸が浅くなる。

 毎日正装で庭を全力疾走させられるし、その間も笑顔を崩すと周回が追加させられるし、ようやくダンスに至ってもパートナーを務める兄や従兄弟が失敗しても連帯責任という名目の元ひたすらやり直しだ。

「踊れるようになったら、護身術もやらなくては」

「時間が足りませんね」

 恐ろしい会話が聞こえてきて、休憩中という名の姿勢維持訓練中だったユイアは思わずそちらに視線を向けた。目が合うと、母と叔母はニッコリと微笑んでくれる。ユイアも微笑まざるを得ない。

 リデュール一族の者として、護衛術ならユイアも幼少期から習ってきた。護衛と護身では、守る対象が異なる。合わせて動きも異なる。

 元々侍女になる予定だったので、お仕着せ姿で護衛術を訓練したことは多々ある。しかし、今度は淑女の正装というドレス一式、明らかにお仕着せとは重量が異なる。

 改めてユイアは領地に思いを馳せた。あちらは自由だった。乙女の武装なんて無縁だった。デビュタントとは家の威信をかけた戦いなのだと聞いてはいたが、ここまで激しいものだとは想像もつかなかった。

「ロベルト様とダンスの手合わせを出来ないのも不安ね」

 娘の引き攣る笑顔に興味を失ったらしく、母は別の問題を口にした。

「せめて背格好がわかれば似た人で代役を立てて練習させるのだけど、最後にお会いしたのは数年前だから背も伸びているかもしれないわ」

「ロベルト様のダンスの腕前もわからないものね。まぁ、公爵家として不安のある方を推薦したりはなさらないでしょうけれど…」

 耳に馴染まない名前に、ふと違和感を覚えたのも一瞬で、すぐに先程とは別の不安が伸し掛る。ソレイユ公爵家の養子に入ったロベルトという人物と初対面なのに、体を密着させて社交ダンスを行わなくてはいけないのだ。考えたくなくて、記憶から追い出していた。

 ちなみに、そのロベルトは隣国に留学中で、舞踏会にギリギリ間に合う日程でしか帰国できないとのこと。当日、リデュール伯爵家にユイアを迎えに来れるかも不確かだという。舞踏会に間に合わなければ間に合わないで、リデュールが恥をかくので、その時は代役でも何でも用意するとソレイユ公爵が断言しているそうだ。

「当日は一曲踊ったらすぐに退場するのですよ、ユイア」

「そうよ、おかしな相手にダンスを申し込まれたら大変ですからね」

 下手な断り方をすれば相手に恥をかかせかねない。むしろ、それを狙って来るタチの悪い者もいると思われた。何せ嫌われ者のリデュール一族である。理由もない、理不尽な嫌がらせをしてくる者は多いと考えるべきだろう。

「予備のドレスも同等の物を用意してあるから安心しなさい」

 他の人からワインをかけられる嫌がらせを想定するのが当たり前だと、母達は言う。

 ユイアも、家族も、そんなに嫌われるほどのことはしていないはずだ。しかしそんなことは関係ない。異端を悪に仕立てなければ心の平穏を保てない人というのは、どこにでも一定数いるようだ。

『だったら、なんでわが国の貴族をなのっているんだ?』

 思い出すのは、幼い“カエル王子”が口にした疑問だ。本当に何故ここまで邪険にされてこの国で貴族を名乗っているのだろうか。あの時、父は何と答えたのか。どうして、リデュール一族は、大元になった黒髪の女性の故郷に移住しなかったのだろう。そもそも、その故郷はどこなのだろうか。異国なのは間違いないだろうけれど。

 あと、半年。

 その時は着飾ったソフィアに会えるはず。カイエルにも、会えるだろう。

 会いたくないような、会いたいような。複雑な気持ちで、ユイアは小さく溜め息を吐いた。








 病に倒れ、疲弊していく国を救うため、当時のソレイユ公爵家当主は召喚術を行使した。

 求める能力を持つ者を、世界も、時空も、認識も超えた空間から引きずり出す禁術。

 そして連れてこられたのが、見たことも無いタイトな黒い上下セットらしい服を身にまとった黒髪の女性だ。その女性の奇異な見た目に別の悪魔を招いてしまったのかもしれないと、居合わせた術者たちは小さく悲鳴を上げて腰を抜かした。

 彼女を“救世主”に仕立て上げ、片っ端から病を治癒させた。彼女の治癒術は魔法と異なる原理で発生しているらしく、魔法使い達は誰一人解析出来なかった。故に畏れる。未知の、彼女しか扱えない、特殊な力。悪魔の仲間なのではと、疑いを抱き、虐げるようになった。

 これが、ソレイユ公爵家の罪。

 リデュール伯爵家を守るのが贖罪だ。

「守る?贖罪?───救世主の故郷の知識を独占して自領を発展させている公爵家が何を言っているのかしら。リデュール一族を守るという名目で誰よりも利用しているのがソレイユ公爵家だわ」

 無表情で淡々としているソフィアだが、リデュール一族とソレイユ公爵家について話す時だけは饒舌になる。シューゼルもカイエルも、そんな彼女の変貌にすっかり慣れてしまった。

 3人でお茶会をして以降は、公務の打ち合わせや偶然居合わせたと称し、3人でシューゼルの執務室に集まっている。

 ───とはいえシューゼルは多忙なので机に齧り付いてひたすら公務を行っており会話には参加していない。最早あくまで2人が不貞など働いていないという証人でしかない。

「では、やはり、黒髪の女性を処刑云々の下りは王家とソレイユ公爵家による茶番だったのですね」

「私もそのように考えております。王家は威信を取り戻すため、民の不満や不信感をリデュールに擦り付けたかった。ソレイユ公爵家は、リデュールの持つ異世界の知識が欲しかった。互いに利害が一致したのでしょう。本当にリデュールが悪なのか、囲いこんで公爵家で見張ると宣言し、偽善で言いくるめたとしか思えません」

 ソフィアはソレイユ公爵家を憎んでいるのだろうかとカイエルは訝る。表情が変わらなくても、彼女の声音が忌々しいとでも言いたげな棘を含んでいることに気づいてしまった。

 その瞬間、ふと、今までソフィアに明かして来なかった、兄にも直接話したことのなかった自身の秘密を打ち明けてもいいだろうと、カイエルは思った。単なる勘でしかないが、恐らくソフィアの目的とカイエルの目的は同じなのではないかと思ったのだ。もちろん確証はないのだが。

「ソフィア嬢、実は王家はリデュール一族によって呪われているのです」

「カイエル!!」

 激しく机の天板を叩きつけてシューゼルが悲鳴じみた声を上げる。その、激しい音に驚いたのは、他でもないシューゼル自身だった。カイエルはシューゼルの反応を予想していたため特に驚かない。ソフィアは、眉一つ動かさず、淡々としている。

「「「……………………」」」

 沈黙の中、シューゼルだけが気まずさを覚え、何事も無かったかのように着席した。

「───しかし、一体いつどのように呪われたのか、経緯は不明です」

「そのことですが、公爵家の執務室に隠されている記録が答えかもしれません。リデュール一族の女性はおおよそ10歳~16歳までの期間に、皆同じ内容の悪夢にうなされます」

 10歳~16歳の、リデュールの女性。そのキーワードでカイエルの心に思い浮かぶのはたった一人だけだ。

「悪夢が答え、ですか?」

「決まって、同じ夢なのだそうです」





 断頭台で、全てを憎み、恨み、呪う夢。





 いつもの悪夢の中で、ユイアは嘆く。



 疫病を自分たちの問題と捉え、自分たちで対処する努力をしていてくれたら、私は今も家族と共にいられたのに。

 そもそも悪魔や魔法に頼らず、自分たちの力で生きていれば、疫病だって起こらなかったのに。

 どうしてこの世界の、この国の人達はいつも他力本願なのか!

 悪魔との約束を違えたのは私じゃないのに、どうして私がそのツケを払わなくてはいけないのだろう?

 誰かを癒す度に、悪魔が国中に蒔いた呪いが私の中に蓄積していった。治癒能力と他人が呼ぶ浄化の力で何とか抑え込んできたが、もうその必要性も見い出せない。

 この溜まりに溜まったツケを払うべきは私じゃない。私を処刑しようとした連中だ。私の怒りで制御が緩み、抑えきれなくなった呪いで見物人がたくさん死んだけれど、呪いが元々の持ち主たちに返っただけと考えれば、罪悪感も薄れる。



 ───そうだ、全て正当な持ち主に返そう。



『呪いを放つなら王族に全て背負わせてやって欲しい』

『王族は国民の代表だ。彼らも自分たちの犠牲と引き換えに国民が守れるなら本望だろう』

 そう囁いたのは誰だったのか。 

『我が家が貴女を守る。何も心配は要らない』

 それは紫のローブを纏った男。誰かはわからないが「誘拐犯」と呼ぶのに相応しい男だと、漠然と知っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

処理中です...