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 ソファに腰掛けた夫───ソイル・ホークリッド公爵の膝上に、年若いメイド───ミーナが乗っている。向かい合っている2人は共に衣服をやや乱しており。ソイルの腕はミーナの腰に、ミーナの腕はソイルの首に回されていた。

「何をなさっているのかしら」

 もっと地を這うような声が出るかと思ったが、自身でも驚くほど優しい声が出た。それが返って恐ろしかったのか、抱き合ったまま固まった2人がビクッと身体を跳ねさせる。



 カリアーナ・ホークリッド公爵夫人は鋼の女。社交界ではそのように揶揄されている。表情ひとつ変えない。社交の場でさえニコリともしない。夫の多情にも表情を変えず。結婚後3年経っても身ごもらない、腹まで鋼の、哀れな女だと。人々は嘲笑っている。

 身ごもらないのは当然だ。白い結婚なのだから。初夜の日、お前のような鋼の女を抱く気など起きないと怒鳴りつけたソイルは、そのまま娼館に行って帰って来なかった。

 ───だったらコイツは何のために婿入りしたのか。

 執務は一切手伝わない。子孫を残す手伝いもしない。単なる飾りならまだ良かった。女好きで次から次へと手を出す猿以下の下半身野郎である。何故この国は男しか爵位を継げないのか。そんなルールがなければ、公爵家の一人娘であるカリアーナが女公爵として立てただろう。

 ソイルの食事には毎食欠かさず男性用の避妊薬を混ぜさせているので、今のところ婚外子の心配はない。むしろ、どんなに女を抱いても孕ませられないことから、ソイルは種無しだと世間では言われている。



 カリアーナは現実逃避もそこそこに、改めて目の前の2人に視線を向ける。再び彼らは身体を跳ねさせた。

 メイドのミーナは可愛らしい人形のような娘だ。ミーナは訳ありのようで、ある日庭の片隅で丸まって眠っているのを警備の者が発見したのだ。着の身着のまま、ボロボロの衣服、ボロボロの鞄。何より手足が擦り傷だらけで放ってはおけなかった。通報しないで欲しい、働かせて欲しいと懇願され、カリアーナは受け入れる決断をしたのだ。

 ミーナを受け入れた以上、彼女絡みで面倒事が起こっても、それはカリアーナ自身の責任の範疇であり、尽力すると決めていた。

「ミーナ、」

「ははははい!」

「貴女が欲しいのは何?この男?公爵夫人の座?温もり?愛人の地位?」

「………愛、です」

 逡巡した後、ミーナは小さな声で応えた。縋るように、ソイルの首に回した腕に力を込めるのが見て取れる。

「……………愛、については答えられない。この男ならあげてもいいわ。だけど、この男と結婚しても公爵夫人にはなれない、とだけ教えておくわね」

「え、なれないんですか?」

 する、と腕を外し、ドンッとソイルを突き放すと、ミーナは猫のようにカーペットの上を這い、カリアーナの前にペタンと座った。───猫に逃げられた男が何かを呻いているが無視する。

「なれないの。公爵家の血は私が継いでいるから。私の夫が公爵になれるの。私の夫でなくなった、ただの万年発情野郎で良ければミーナに差し上げるわ」

「あ、そんな単なる浮気野郎なら要らないですぅ」

「そんな!私はお前を愛している!」

 立ち上がったソイルが愛を叫ぶ。カリアーナはそれをいつも通り冷たい目で一瞥し、ミーナは侮蔑に満ちた目で一瞥した。

「愛は欲しいですけど、愛だけじゃお腹は膨れないので遠慮します」

「いいこね、ミーナ。そこの馬鹿より賢いわ」

 ミーナは某貴族の庶子であり、若い娘が大好きな嗜虐趣味のある変態老人に売られそうになって逃げ出した娘だ。いくらそこまで変態ではないとはいえ、どんな性病を持っているかわからない夫の愛人になどさせる気は無い。

「貴方、離縁しましょう」

 相変わらずの無表情で、カリアーナが淡々と告げる。

「何を馬鹿な!公爵は私だぞ!」

 政略結婚だった。ソイルの生家で発見された品種改良技術を提供するのと引き換えに引き取ったのがソイルだ。

 しかし、既にその技術は公爵領の学者達が掌握済であり、最早離縁しても損害は全くない。むしろ、ソイルの手をつけた女たちへの慰謝料を考えなくてよくなる分、離縁した方がお得である。

「白い結婚である証拠、同時に、複数の女性と関係を持った証拠は揃っております。貴方の有責で離縁となりますので、慰謝料の支払いをお願いします。こちらは既に弁護士も雇用済みですし、内容証明を含めた関係書類一式は明日にもご生家に届けますね」

「私を捨てる気か、カリアーナ!」

 更に声を荒らげたソイルの怒気にミーナが小さく悲鳴を上げて床を転がった。

「はい、捨てます。少しは情もあるので現状維持でもいいかと思っていました。でも、ミーナに手を出したらそれを機に捨てると決めていたのです」

 貴族の離縁は王の承認が必要だ。そもそもが家同士の契約であり、離縁は契約破棄に当たる。書類にサインをして、おしまい、とはならない。必ず裁判、あるいはそれに準じた調査が国によって行われる。

 ソイルも馬鹿ではなく、カリアーナの目の届く範囲にいる女には手出ししなかった。その点、ミーナという餌は効果絶大だったようで何より。未遂とはいえ屋敷内でメイドに手を出そうとした点は、雇い主として失格であり、貴族として公爵として不適切と見なされる一因になるだろう。


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