花、拓く人

ひづき

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「結婚式を挙げよう」

 夜中に夢現で体感したものは何だったのだろうと混乱するカザリスに、更なる混乱を齎したのはもちろんヨージスである。

「…それは、おめでとうございます?」

「俺とお前の結婚式だ。2人でお揃いの衣装を着て祝賀会を開こう」

「……………」

 目の前の偉丈夫は頭でも打ったのだろうか。

「カザリス、お前は俺のものだ。そうだろう?」

 顎を掴む彼は権力者で、敗戦国から来た人質に過ぎないカザリスに拒否権などない。

「───仰る通りです」

 陛下、とは声に出さずに付け加えた。名前で呼ぶ気にはならなかったし、陛下と声に出して呼べば機嫌を損ねるのだろう。

「お前の御家族も招かなくてはな」

 深くなる皇帝の笑みに背筋が凍る。

「か、家族はご容赦下さい」

 要求と異なる人質を提出した罪を家族に問うつもりなのだろうか。あるいは大勢の前でカザリスを貫いたように、今度は家族の前で犯すつもりなのだろうか。昨夜のことが夢ではなく、しかも初めてでないのなら、今度こそ自分は男としての矜恃を失い、貫かれて淫らに悦んでしまう。そんな浅ましい身体を見られたくはない。

「花嫁の実家を呼ばないわけには行かぬだろう。公王夫妻は公国内の混乱を収めるために離れられぬとしても、せめて公子くらいは招かなくては」

 公子。それはカザリスの兄であり、最初にヨージスが指名した第一王子。もし、カザリスと兄を交換するとヨージスが言い出したら、その時はどうしたらいいのだろう。カザリスの脳裏に過ぎった不安は、おかしな形をしていた。

 ───ヨージスに捨てられたらどうしよう。

 祖国の為に必要な兄を手篭めにされることよりも、我が身が心配だなんて、自分は一体どうしてしまったのだろう。



 カザリスが深刻な不安に見舞われている一方、ヨージスは結婚式と祝賀会をしたら自然な流れで初夜に持って行けるはず!と、幸せな妄想をしていた。

 名案だと浮かれるばかりで、肝心のカザリスの表情の変化に気づかず、愛しい温もりを抱き締めるばかり。





「お初にお目にかかります、皇妃様。陛下の側近、グレリルと申します」

 鬱々としているカザリスの元に、やたらヒョロっとした印象の男が訪ねてきた。もちろんいつもの侍女と護衛も同席している。

「ご用件は?」

 と冷たく返したのはカザリスではなく侍女だ。今のカザリスにそんな気力はない。

「陛下の希望する皇妃様との結婚祝賀会につきまして、議会で承認がおりました。ただし、皇妃様が指揮を取って下さるならば、との条件付きでございます」

 外から見た帝国は皇帝という暴君の絶対的な権力で動いているように見えた。しかし、実際は議会が機能しており、基本的には議会の決定を通さずに皇帝が無茶をすることは滅多にないらしい。それを聞いた時、滅多にないということは少しはあるんだな、と解釈したカザリスは顔を引き攣らせたが。

「性奴隷でも愛妾でもなく、突如皇妃に指名された私の力量を見定めたいと。そういうことですね?」

「会の主催などは本来内政の仕事。男性であられる皇妃様には苦痛かと存じます。力量なら別のとこで示す機会も訪れましょう」

 確かに、内政は女性の仕事とされるのが一般的だ。もっと言えば、妻の仕事である。例えカザリスが男でも、皇妃は皇帝の妻なのだからと言われれば拒否できない案件でもある。

「城の皆様のご協力が得られるなら喜んで尽力致します」

 カザリスはニッコリ微笑むと、基本方針を練るから1時間後にまた来るように告げた。

 怒りも戸惑いもせずに引き受けたのが意外だったグレリルと侍女、護衛は3人で顔を見合わせる。



「いやいや、手慣れすぎてません?」

 1時間後にカザリスから数枚の用紙を渡されたグレリルは素に戻って問いかける。準備すべき大まかなポイントがまとめられた用紙、確認すべき事項が重要度別にツリー形式でわかりやすく書き出された用紙など、これ以上ないくらい細分化されて要点が数枚に渡って書き出されている。

「我が家は母が病弱でしたので、少年の頃からこういった内政は私の仕事だったのですよ。兄の婚姻後は義姉に譲りましたが、やはり子育てと同時にというのは大変ですので私が補佐をしておりました」

 グレリルはポカンと口を開けている。何がそんなに予想外だったのだろうとカザリスは首を傾げる。口を開いたのは侍女だ。

「失礼ですが、貴方様はご実家でお父上の執務の補佐をしておられたのでは?」

「そちらも当然しておりました。両親が少しでも同じ時間を過ごせるようにしてあげたくて」

「国の財政をまとめていたのも確か貴方様ですよね?」

 どうやらカザリスについて調べ尽くし、その結果を目の前の3人は共有しているらしい。隠すことでもないため、気分を害することなく頷いた。

「はい」

「司法も基本的にはお父上だったようですが、細かい判例の取り纏め等は貴方様だったんですよね?」

「そこまで大掛かりなことはしておりませんが取り組ませて頂いてました」

「え、なら、皇妃様の兄上とやらはその間何をしていたんですか?」

 無礼にも程がある質問を、大声で叫んだグレリルの後頭部を護衛がすかさず殴った。


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