ロストール伯爵家の幸せ家族計画

ひづき

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 帰宅した屋敷の中はどこか寒々しい。出迎えた執事に聞くと、失神したアメリアは未だ目を覚まさないとのこと。少しだけ逡巡し、ロバートは子供部屋へと足を向けた。息子の傍らに控える侍女と乳母に休むように伝えて退室させる。

 ベッドサイドに椅子を寄せて座ると、どこからか呆れた声音が届いた。

『酷い顔だね、父様』

 子供部屋にはロバートとクラッドしかいない。クラッドは寝台で眠っているし、そもそも聞こえてきたのは落ち着きのある青年の声だった。それにも関わらずロバートは不思議と声の主がクラッドだと確信した。

 少し驚いたが、ロバートはすぐに受け入れた。そもそも、悪魔の力でも借りなければ自身に子供など出来るわけがない。経緯はどうあれ、クラッドはロバートにとって大切な息子だ。

「傷は痛むか?」

『痛み止めの薬が聞いてるからかな、そんなに痛くないよ。代わりに瞼が重くて開かないんだ』

「眠気に逆らわず休みなさい」

『寝てる間に俺を森に捨てたりしない?』

「…するわけがない」

 反射的に声を荒げそうになったが、何とか呑み込んで否定する。そんな不安を抱かせてしまったのは日頃の行いの結果だ。

『俺は悪魔なのに?』

「何を今更」

 ロバートは心底呆れた。自称悪魔の話し方は大人のようなのに中身は正真正銘子供なのだと気づいてしまった。

「間違いなく君は僕の家族だ」

「あの子は?あの子は追い出すの?」

 無理に背伸びをしなくても話を聞いて貰えると納得したのか、うっすらと目を開けたクラッドが幼い肉声で問い掛けてきた。

「あの子?」

「金髪の女の子」

「あぁ、ヴァネッサ愛人の連れ子か」

 母親のヴァネッサが貴族への傷害罪もしくは殺人未遂のどちらかで罰せられる以上、その子供を別邸に置いておく理由もない。孤児院にでも預けようと思っていたところだった。もちろん本人の意向を確認してからになるが。

「ぼくのお姉ちゃんなんでしょ?」

 幼い声音が笑いながら問い掛ける。趣味が悪い。

「違うと分かっているくせに」

「一人で遊ぶのつまんないから、お姉ちゃんと遊びたい」

 産まれた時から成長を見てきた少女でもあるし、あの母親の元で不幸にさせる気はない。だからこそ、施設候補を複数挙げて精査しているところだった。とはいえ、家族ごっこに付き合いはしたが名前まで覚えていないというのが実情である。

「…それは彼女本人の希望とアメリアの意見次第だな」





 失神したアメリアが目覚めたと聞き、早速ロバートは夫婦の寝室に向かった。深夜ということもあり人気はない。事件の後だからこそ緊急事態で過分に緊張した使用人達は、いつも以上に疲れているのだろうか、夜勤の使用人達の動きも普段より鈍いようだ。ロバートは夜勤の者達へ軽食を配るよう指示を出し、アメリア専属の侍女には休むよう伝えた。刺されて負傷したのはクラッドでアメリアではない。アメリアの看病なら不慣れなロバートにでも何とかなるだろうと告げる。が、侍女は不安げな視線を返してきた。まぁそうだろうな、とロバート自身思う。しかしどうにも眠れそうにない。眠れないなら代わりに働きたい。そんな気分から来る、貴族家の当主としては有り得ない選択だった。

 食い下がる侍女を説得し、アメリアの分の軽食を手にしたロバートは寝室のドアを、音を立てぬよう、静かに、ゆっくりと開ける。

「───」

 中から零れた小さな声にロバートの手が止まる。内容は聞き取れなかったが、それは子供の声だった。クラッドの声ではない。別の子供の声。

「あなたはそれを信じているの?」

 アメリアの声は平坦で、落ち着いているようだ。必死に耳を澄ます。

「信じているわけじゃありません。知っているんです。でも私は奥様に幸せになって欲しいと思っています。原作・・の奥様はお父様の目を盗んで私達母子を毒殺しようと画策しましたし、生活に必要な予算も取り上げました。でも、奥様は何もせず、私達を見守って下さった。生活費だって配分して下さったし、意地悪な使用人達を諌めて下さった。家庭教師を手配して下さったのも奥様なんでしょう?私、奥様には本当に感謝しています」

 声音の幼さと裏腹に、やけにハキハキと大人びた口調で話す少女を盗み見て、あんな子供だっただろうかとロバートは訝った。

 ゲンサクとやらが何か分からないが、ロバートに愛想を尽かしていて当たり前のアメリアが嫉妬じみた行動なんてとるわけがない、馬鹿らしいと心の中で断じる。断じて置きながらロバートの心は凹んだ。それもこれも自身が招いた結果なのに悲しい。

「…感謝されるようなことではないわ。私は、必死だったの。貴族夫人の理想形でいないと追い出されそうで怖かっただけ。本当は私の役目や立場を脅かす愛人様が憎くて憎くてたまらなかった。貴女達を害する勇気もない意気地なしなのよ。いつだって保身しか考えてないだけ」

 ロバートの初恋はアメリアだ。そんなアメリアを追い出すわけがない。とはいえ、自身の子が望めないと分かって以降、自暴自棄になって女遊びをして、愛人を囲っていたのも事実といえば事実なので何も言えない。アメリアの不安をどうフォローしていいか分からない。

 ロバートは欲しい物を衝動で手中に納めたはいいものの、そこから先、どうしたらいいか分からないお子様だった自分を恥じる。

「それでも、私は感謝しています。だから、だから私は奥様がクラッドに殺される未来なんて受け入れられません!」

「いやいや、どうしてそうなった!?」

 とんでもない未来を聞かされ、思わずロバートはドアを開け放って声を上げていた。

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