6 / 8
6
しおりを挟む「立ち聞きしているのは気づいていましたが、もう少しタイミングに配慮できなかったのですか?」
妻の呆れがロバートの心に突き刺さる。
「いや、だって───、いやいや、僕だってタイミング読みたかったよ?でもさ、内容が内容なんだから仕方ないだろう?」
夜中だ、そう夜中だ。ロバートは必死に声を抑えようと努める。動揺する視界の隅で小さな女の子が怯えたように身を竦ませる。
「旦那様、この子には特別な記憶があるそうです。それぞれの未来に繋がる選択肢から、その分岐の先も知っているのだとか」
寝台に身を寄せてきた少女を抱き寄せて、アメリアが話す。その距離感は何、とロバートは違和感に眉を顰めた。
「未来、分岐、で、クラッドがアメリアを…」
悍ましい、想像もしたくない、言葉にしたくない悪夢だ。
「あの…、その、私、わたしは、破滅する運命の悪役令嬢なんですううううう!!!!!」
そう宣言して少女は大泣きし始めた。わんわん声を上げての号泣だ。
ロバートもアメリアも、これには呆気にとられた。
アクヤクレイジョウって何。ロバートがそのような疑問を込めてアメリアを見遣ると、アメリアは知らないと答えるように首を左右に振ってみせた。
□ □ □ □ □
タイトルは思い出せない。よくある乙女ゲーの1つで、売れ残り、新品なのに定価の半額以下で売られていたそれを前世の彼女はパッケージのイラストが自分好みだからという理由で購入した。
定番すぎて代わり映えのない攻略対象者達。王子、王子の従者、王子の婚約者の兄、王子の護衛、宰相の息子、年齢不詳の教師、王弟殿下など。
王子の従者として登場するのがクラッドだ。感情を見せない人形のようで、滅多に口を開かない。クラッドに付属して登場するのがクラッドの異母姉ルイーズ。
ルイーズは王子に対して一方的な恋心を抱き、独占欲まで抱いて暴走、最後には断罪される悪役令嬢だ。しかもメインの悪役令嬢は別にいて、どのルートに進んでもメインの悪役令嬢断罪前に前座として破滅する。前座。連座でもなく、前座。予習のような扱いで破滅する。メインの断罪を際立たせ、ストーリーを盛り上げる為の踏み台に過ぎない。
ヒロインが誰を選んでも関係なく、クラッドの体内で抑え込まれていた悪魔が、それまでクラッドの個性を否定して抑圧してきた母親を殺すというイベントが発生する。クラッドを虐めてきた異母姉は、母親の死に方を浮き彫りにする土台として、比較対象として、やはり前座とばかりにアッサリ殺される。そのまま悪魔として狂ったクラッドがラスボスになる。
破滅する運命。しかも前座。そんなルイーズに生まれ変わったのだと気付いた瞬間、ルイーズは全力で逃げ出したくなった。
穏やかな笑顔を見せるロバートに対し、それまで何の疑問も抱かなかったルイーズだが、前世を思い出してから改めて見ると、明らかにロバートの笑顔は堅い。社交用の作り笑顔である。愛する家族に向ける表情ではない。ルイーズの母ヴァネッサは、そんなことに気づかないくらい、恋に溺れていた。
ロバートを手に入れる為に、ロバートと同じ髪色と瞳をした男から子種を貰ったのに、何故お前はあの人に似ていないのかと。ルイーズは母ヴァネッサから罵倒されて育った。ルイーズだって、母ヴァネッサの生き写しのような容姿で生まれたくはなかった。
ロバートがいないところでは母ヴァネッサから罵倒される。前世を思い出してなかったら耐えられなかっただろう。ヴァネッサの口にする罵倒の本質は、ヴァネッサ自身に向けられたものだと気づいてからは傷つかなくて良くなった。容姿が似ていても、ルイーズはルイーズであって、ヴァネッサではないのに。現実が見えない哀れな人。ロバートもヴァネッサを哀れんだから愛人として引き取ったのだろう。そもそもロバートはルイーズが他の男の子供だと知っていたようだし。
母ヴァネッサがロバートに向かい、自分の不幸はお前達のせいだと罵ったのを機に、ロバートは別邸に寄り付かなくなった。次第にヴァネッサはブツブツと独り言ばかりを口にし、ルイーズの存在を認識できなくなり。医者が診察に来てもヴァネッサはそれを拒み。
母ヴァネッサが衰弱死する未来も、その結果残されたルイーズが本邸に引き取られる未来も。知っていたからルイーズは、いよいよか、としか思わなかった。
だから、本当に驚いた。
原作ではヴァネッサがクラッドを殺そうとするなんて描写はなかった。
ヴァネッサの日記を見て驚く。日記に描写されたクラッドはよく笑う活発な子供だった。原作のクラッドは、悪魔を制御する為に、一切の感情を表に出さないよう厳しく躾けられた子供時代を送っており、両親と庭で遊ぶなんて有り得なかった。ロバートもクラッドを気味悪がり近寄らなかったと原作で回想されていたのに。
最早、ルイーズの知る原作とは大きく異なり始めている。アメリアがクラッドに殺される未来を回避できるかもしれない。そんな希望が芽生えた。原作の強制力というものがあるかは分からないけれど、少なくとも未来を知っていれば生存率は上がるかも。
ルイーズはそんな希望を胸に、手薄になった別邸を抜け出した。
夜中に忍び込んできたルイーズを見て、アメリアは驚いていたが、困ったように微笑むだけだった。ルイーズの拙い話を聞いてくれた。そこにロバートまで現れたのは誤算だったが。
115
あなたにおすすめの小説
氷の薔薇は砕け散る
柊
ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。
彼女の人生は順風満帆といえた。
しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。
※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません
タマ マコト
ファンタジー
【高評価につき21話〜43話執筆も完結】
第一王女セレスティアは、
妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、
誰にも気づかれないまま毒殺された。
――はずだった。
目を覚ますと、
すべてを失う直前の過去に戻っていた。
裏切りの順番も、嘘の言葉も、
自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。
もう、譲らない。
「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。
二度目の人生、
セレスティアは王位も恋も
自分の意思で掴み取ることを決める。
だが、物語はそこで終わらない。
セレスは理解している。
本当の統治は、即位してから始まる。
壊れた制度の後始末。
王太子という肩書きの再定義。
影で生きてきた者たちの行き先。
腐敗を一掃した後に残るものを、どう生かすか。
それを選ぶのが、女王セレスティアの次の戦いだった。
婚約破棄?とっくにしてますけど笑
蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。
さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる