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第二章 華燭
54 切ない報せ
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長い口づけを終え、ゆっくりと唇が離れてゆく。
小蘭は甘い余韻に浸りながら、彼の懐に抱きすくめられたままでいる。
ポツリと、蒼龍が言った。
「俺は……護りきれなかったな」
「ううん、ちゃんと助けてもらったよ」
「怖い思いを、させてしまった」
「蒼龍のせいじゃない、私が油断していただけ。来てくれて、ありがとう」
不思議な気分だ。いつもなら言えない言葉が、今夜はやけにスラスラ言える。
ただ、笑っているはずの蒼龍の声が、どこか乾いているのが気になった。
話が一段落すると、蒼龍は、見舞い品からすぐに食べられそうな物を探した。
「さっき、やっと政務が終わったばかりなんだ」
「そっか、やっぱり忙しいんだ。春明先生が言ってた。火事の後片付けか何か?」
「ううん、ーー別件」
言いながらも、冷えきった蒸し饅頭をひと口で平らげるお行儀の悪さは、とても皇子だなんて思えない。
枕元の水を渡してやると、彼は一気に飲み干した。
「ああ、やっと落ち着いた。三日間も拘束されっぱなしだった」
彼の表情がふと陰り、指先が無意識に膝を掴んだ。
その陰が、昼間の春明を思わせ、小蘭は胸騒ぎを覚えた。
と、
「そうだ」
蒼龍は、急に思い出したように、懐から何か取り出した。
「これ。君に渡すつもりで持って来たんだ」
「わあ……!」
蒼龍が開いた掌を見て、小蘭は思わず声を上げた。
そこに載っていたのは、キラキラと光る金細工の首飾り。中心に、大きな黒曜石が嵌められている。
まじまじとそれを眺める小蘭に、彼は言った。
「昔、皇后が使っていたものだそうだが……俺に持っておけって。つっても、俺に使い途はないしな」
「いいの? そんな大事なもの」
蒼龍は、ふと掌に目を落とした。
「……魔よけ効果もあるそうだ。だから、トラブルに巻き込まれやすい小蘭に、なんてな」
蒼龍の掌から、小蘭は丁寧にそれをつまみ上げると、自分の手に載せ変えた。
「……きれい」
白い月光を映してきらめいている黒曜石は、艶やかに光る蒼龍の黒髪によく似ている。
「大事にする、ありがとう」
「……良かった。さて、これで用事は済んだし。そろそろ帰らなくちゃ」
「もう帰るの?」
「ああ。さすがに深夜だし、明日も早いから。小蘭」
腰を上げるかに見えた彼は、再び小蘭を覆うように抱きしめた。
かなりの力で、今にも押し倒しそうな勢いでもたれかかってくる蒼龍に、小蘭の胸はざわめいた。
「そ、蒼龍――!」
自分を覆う大きな体躯を、必死で押し戻そうとする小蘭を、蒼龍はぎゅうっと抱きしめ、右の耳に口を寄せた。
「ごめん小蘭。やっぱり黙っておけない。これから……しばらく会えなくなる」
「――え」
蒼龍は、小蘭をそっと引き離した。
怖いほど真剣な眼差しでみつめられ、小蘭は、それが良くない報せなのだと理解した。
「何か……あったの?」
小蘭の問いに、彼はすぐには答えない。
さっきまで煌々と光を投げかけていた月は、いまや雲に隠れ、不穏な影を落とし始めた。
やがて彼は、重々しく口をひらいた。
「凛麗を――正妃に迎える。ひと月の後、婚礼の儀を執り行う。今回の事を丸く収めるには……それしかないと」
ぎり。
奥歯を噛む音。
「悔しい――自分が情けない」
しばらく時がとまったように、二人とも動かなかった。
小蘭は、何と答えていいのか分からなかった。
さっきようやく想いが通じ合ったばかりではなかったのか。
月の光が、二人を照らす。けれど、さっきまでの柔らかさはなく、青白く冴え渡っている。
「何故? どうして?」
蒼龍は、黙っている。
「私の……せい?」
「それは違う――!」
小蘭は甘い余韻に浸りながら、彼の懐に抱きすくめられたままでいる。
ポツリと、蒼龍が言った。
「俺は……護りきれなかったな」
「ううん、ちゃんと助けてもらったよ」
「怖い思いを、させてしまった」
「蒼龍のせいじゃない、私が油断していただけ。来てくれて、ありがとう」
不思議な気分だ。いつもなら言えない言葉が、今夜はやけにスラスラ言える。
ただ、笑っているはずの蒼龍の声が、どこか乾いているのが気になった。
話が一段落すると、蒼龍は、見舞い品からすぐに食べられそうな物を探した。
「さっき、やっと政務が終わったばかりなんだ」
「そっか、やっぱり忙しいんだ。春明先生が言ってた。火事の後片付けか何か?」
「ううん、ーー別件」
言いながらも、冷えきった蒸し饅頭をひと口で平らげるお行儀の悪さは、とても皇子だなんて思えない。
枕元の水を渡してやると、彼は一気に飲み干した。
「ああ、やっと落ち着いた。三日間も拘束されっぱなしだった」
彼の表情がふと陰り、指先が無意識に膝を掴んだ。
その陰が、昼間の春明を思わせ、小蘭は胸騒ぎを覚えた。
と、
「そうだ」
蒼龍は、急に思い出したように、懐から何か取り出した。
「これ。君に渡すつもりで持って来たんだ」
「わあ……!」
蒼龍が開いた掌を見て、小蘭は思わず声を上げた。
そこに載っていたのは、キラキラと光る金細工の首飾り。中心に、大きな黒曜石が嵌められている。
まじまじとそれを眺める小蘭に、彼は言った。
「昔、皇后が使っていたものだそうだが……俺に持っておけって。つっても、俺に使い途はないしな」
「いいの? そんな大事なもの」
蒼龍は、ふと掌に目を落とした。
「……魔よけ効果もあるそうだ。だから、トラブルに巻き込まれやすい小蘭に、なんてな」
蒼龍の掌から、小蘭は丁寧にそれをつまみ上げると、自分の手に載せ変えた。
「……きれい」
白い月光を映してきらめいている黒曜石は、艶やかに光る蒼龍の黒髪によく似ている。
「大事にする、ありがとう」
「……良かった。さて、これで用事は済んだし。そろそろ帰らなくちゃ」
「もう帰るの?」
「ああ。さすがに深夜だし、明日も早いから。小蘭」
腰を上げるかに見えた彼は、再び小蘭を覆うように抱きしめた。
かなりの力で、今にも押し倒しそうな勢いでもたれかかってくる蒼龍に、小蘭の胸はざわめいた。
「そ、蒼龍――!」
自分を覆う大きな体躯を、必死で押し戻そうとする小蘭を、蒼龍はぎゅうっと抱きしめ、右の耳に口を寄せた。
「ごめん小蘭。やっぱり黙っておけない。これから……しばらく会えなくなる」
「――え」
蒼龍は、小蘭をそっと引き離した。
怖いほど真剣な眼差しでみつめられ、小蘭は、それが良くない報せなのだと理解した。
「何か……あったの?」
小蘭の問いに、彼はすぐには答えない。
さっきまで煌々と光を投げかけていた月は、いまや雲に隠れ、不穏な影を落とし始めた。
やがて彼は、重々しく口をひらいた。
「凛麗を――正妃に迎える。ひと月の後、婚礼の儀を執り行う。今回の事を丸く収めるには……それしかないと」
ぎり。
奥歯を噛む音。
「悔しい――自分が情けない」
しばらく時がとまったように、二人とも動かなかった。
小蘭は、何と答えていいのか分からなかった。
さっきようやく想いが通じ合ったばかりではなかったのか。
月の光が、二人を照らす。けれど、さっきまでの柔らかさはなく、青白く冴え渡っている。
「何故? どうして?」
蒼龍は、黙っている。
「私の……せい?」
「それは違う――!」
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