後宮恋歌――人質妃ですが、守られるだけでは終わりません

佳乃こはる

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第三章 帰還

93 やっと、再会

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 小蘭と玄武が、王都に帰り着いたのは、日鳳の計算通り、二日後の正午だった。

 その頃にはもう、蒼龍と曹丞相との決着がついていて、小蘭は、すんなり延禧宮門から後宮に入ることが出来た。

 だがーー。
 蒼龍と約束していた「飲めや歌えの大団円」は、とうとう実現しなかった。

 政変で、宮廷中がひっくり返っていたからだ。
 妃や宮女、宦官たちは、息を潜めて本殿の成り行きを見守りーー後宮内は、まるで住人が消えたようにひっそりとしていた。

 小蘭もまた、春明の診療所に入り浸り、臨月間近の黎妃様と一緒に、静かに待つ時間を過ごしていたのだが……。
 
 十日もすると落ちついて、先帝の死と、蒼龍の皇位継承の触れ書きが出された。

 あの日の鬨の声が、遅れて胸に鳴り返した。

 *

 小蘭が、ようやく蒼龍と再会できたのは、その、ひと月後のことだった。
 
 ぬるんだ風が揺蕩たゆたう夜。
 小蘭は、急遽、春明先生に呼び出された。

「全く、少しは成長したのかと思えば。あのお方ときたら……以前とちっとも変わらない」

「どうしたの先生」
 首を傾げた小蘭に、春明は声を尖らせた。

「どうもこうもない。貴女の夫が、私に掟破りをしろと」
 
 手渡されたそれは、男の子用の変装道具だった。

 春明は小さく舌打ちした。
 
「蒼龍様が……貴女にどうしても会いたいから『連れて来い』と。全く、太后様に叱られるのは私ですのに……」

 言ったそばから小蘭は、もう帯を解き始めている。
 
「ちょっと! 一応私だって、男性ですよ」
「分かった、気をつける!」
 
 返事だけで、全く手を止める気配のない小蘭に、春明は慌てて後ろを向いた。

(もう、知りませんから)

 *

 政庁側の敷地に入るのは、小蘭にとって初めてのことだった。

 春明の後ろを、あちこちを見回しながら進んでゆくと、ひときわ大きな紫檀の扉の前で歩みを止めた。

 トン、トン。
 静かに2回、扉を叩く。
 
「失礼します、睡眠薬の処方に参りました」
「どうぞ、お入りください」

 ようやく一人が通れるくらいの隙間が開き、そこに春明が滑り入る。

 小蘭がそれに続くと、すぐに扉が閉められた。

「ここは……」

 黒を基調とした重厚な造り。

 しかし、小蘭が一番驚いたのは、天井まで書で埋め尽くされた高棚だった。
 さらには、執務机の上に積み上げられた、膨大な数の竹簡。それだけで、蒼龍の今が知れた。

 目の前で、春明と背丈の低い男が、申し合わせたようにうなずいた。

「日鳳……!」
 
(お静かに)

 喜びに声を上げると、日鳳はそっと自分の唇に指をあてた。

「春明殿、本当に申し訳ありません、我が主が、ご迷惑をおかけして」

「いえいえ、ウチの姫もたいがいですから。貴方もあまり無理をされませんよう」

(どういう意味よ!)
(……別に。さあ、こちらへ)
 
 察した小蘭が、大人しく二人の後に付き従うと、奥にもう一つの扉が見えた。
 
 唇に人差し指を当てながら、日鳳が扉の継ぎ手に手をかける。

 その瞬間――

「来たか!」
「ごあっ」
 
 内側から扉が開き、日鳳はその勢いで頭を打った。
 
 ふたりの小声を台無しにするその大声は、間違いなく、小蘭が一番逢いたかった人のもの。

「蒼龍!」

 小蘭は、春明の横をさっとすり抜けると、彼の首に飛びついた。

「やっと……会えた」
「ああ、やっとだ」
 
 人目も忘れて抱き合う二人。

 苦笑いの春明が、尻もちをついたまま、ぼんやりしている日鳳を助け起こすと、小さな声で語りかけた。

「大丈夫ですか?」
「うう……すみません、春明殿」

 春明はクスリと笑った。

「何だかんだ言って、鬼の軍師殿も蒼龍様には甘いのですね」

「……まあ、仕方ありません。あんな表情をされては。太后様のお叱りくらい、受けようって気にもなります」

 春明は、クスッと微笑んだ。

「……そうだ、よければこれを」
 春明は、懐から薬包を取り出し、日鳳に手渡した。

「これは……?」
「頭痛薬です。昨日、眉間を押さえておいででしたので」

「それはありがたい」

「なくなったら、いつでもお申し付けください。蒼龍様の即位も間近。あなたはーー国の要になるのですから」

「……正直、不安です。でも……そうですね、私がしっかりしないと、蒼龍はあんな調子ですし」

 そう言ってはにかむと、仲睦まじく寄り添う主に目を遣った。 

「――いいですか、蒼龍様。くれぐれもご無理はなさらず」
「分かってる」

「特に……あまりに激しい行為はお控えくださいね。何せ貴方は」
「分かってるって! いいから、早く行けっ」

「では、明け方お迎えに上がります」
 
 押し出されるようにして、春明と日鳳は、部屋を出て行った。


 扉が、そっと閉まる音。

 ようやく、世界から切り離された。

 小蘭は、蒼龍の胸に額を押しつけたまま、息を整える。
 
 ――やっと、会えた。
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