亡国の殺戮皇子の悲劇

夕鈴

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本編

殺戮皇子の願い

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太陽神を信仰する帝国の皇帝は色狂いの野心家。

国中の美女を集めて召し抱え、子種を授ける。

全ての文化が遅れる帝国は病にかかれば天に召され子供が大人になれるかは運次第。

そして現皇帝の即位から帝国の後宮は国で一番多く赤子が死に、子供が育たない場所だった。

欲深い皇帝は消えゆく命に金をかけるのをやめ、皇族男児を皇子として認めるのは14歳の神降ろしの儀に耐えた者のみと定めた。

個人の離宮を与えられるのは後ろ盾を持つ豪族出身者と皇族の寵愛を受ける妃のみ。

歴代初めての大量の妃と妾を抱える皇帝は即位してから新たな歴史を作り続ける。皇帝は絶対の存在であり逆らうものは斬首刑、色狂いの極悪非道の皇帝の素顔に帝国民は気づかない。



妾は簡素な部屋を与えられ、夜は皇帝の寝所か夜の宮に呼ばれる。妾とは名ばかりで侍女として働き、優雅とはかけ離れた生活を送る者も多い。子は14歳を迎えるまでは皇族ではなく母の生家に準ずる子供として扱われるため妃や有力な皇子候補に取り入り生き延びるのが賢い生き方だった。

妾の子供は大部屋に、毎日二回の食事と服と寝床が用意され暮らしていた。





エリクは生まれた時から不幸だった。

太陽神を信仰する帝国で最も尊いとされる赤い瞳を持って生まれたエリクが身分の低い妾から生まれたために波紋を呼んだ。

母親の生まれに関係なく帝国では太陽神の加護を持つ男児が皇位を継ぐ。数多の赤子の中で初めて赤い瞳を持ち生まれたのがエリク。

皇帝は神降ろしの儀式を終え有能な加護持ちの皇子にしか興味がないので、育つかわからない赤子の報告はさせない。皇帝にとっては赤子より欲を満たしてくれる妾の情報のほうが大事だった。





「ここで生まれなければ祝福されたのに」



エリクは母親に憐れみの顔を向けられながら、渡されたパンをちぎって口にいれる。食事を終えて部屋を出ると隣の部屋に住む女に冷たい視線を向けられる。



「汚らわしい。消えよ」

「触るな!!」

「お前の所為で妃殿下は!!」



何人生んでも子が育たない、赤い色を持たないなど子供に不満を持つ八つ当たりの矛先は後ろ盾のない赤い瞳を持つエリク。折檻されても抵抗しないエリクはいつも傷だらけ。母親は仕事と皇帝の相手で忙しくエリクと共にいる時間は少ない。



「悪い夢はいつか終わるから」



母親は傷だらけのエリクの腕に赤い組紐を結ぶ。



「これは?」

「お守りだよ」

「ふぅん」

「14歳になれば変わるから、それまでは耐えなさい」





エリクが生き残っていたのは頑丈で運が良かっただけである。自分の身が一番の後宮でエリクを庇う者はいない。いじめられ亡くなっていく弱く運のない未来の皇子に情をかける者も。

唯一幸運だったのは母親が厠番の侍女であり食事は残り物をたくさん与えられたことだけ。

外に出ると録な目に合わないと気づいてからは子供用の大部屋ではなくいつも母の部屋に引きこもって過ごしていた。

どんなに食べ物を与えられても生きる気力のない引きこもりのエリクは食が細く小柄に育った。もうすぐ14歳を迎える頃、いつになってもしぶとく生き残るエリクを憎らしい目で見る妃達の陰謀により浚われても声を出さない。怪しい薬を飲まされ、男に殴られ馬から落とされ森に捨てられた夜にエリクはここで死ぬのかと目を閉じた。無気力な少年は生きたい理由もないので運命に抗うつもりはなかった。



エリクは目を開けると白銀の瞳と目が合う。



「ここは?」

「この薬草よく噛んで食べて。もうしばらく飲み続ければ毒がぬけるわ。貴方に危害を加えないわ。それ以上に必要がある?」



ニコリと笑いかけられ薬草を口に入れられ飲み込もうとすると鋭い目で睨まれ折檻されるかとエリクは身構える。



「よく噛んで。唾液と薬液をしっかり混ぜ込まないと意味はないの。最初だからわからないか」



少女の顔が近づき、重なる唇に驚くとぬるっとしたものが流し込まれる。口内に広がる甘みと初めての感触にエリクの体が熱くなる。



「この甘みが出るまできちんと噛むのよ。わかった?」

「君!?」

「わかった?幼子じゃないならきちんとできる?」



子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す少女の眼力に負けてエリクは頷く。



「あ、うん」

「よろしい。食欲があるなら食べて。体が自由になれば送ってあげる」



白銀の目を細めて微笑む少女に目を奪われ、エリクの世界で一番美しいものに映る。

エリクの肩に美少女が手を伸ばし、肩を抱かれゆっくりと体を起こされる。自分の体に触れる柔らかい感触にエリクはさらに顔を赤くすると、唇に何かを当てられる。



「口を開けて。栄養があるのよ。もう少し太らないと大きくなれないわ。好き嫌いは許さない」

「あ、え、いや」



言葉にならない音を出すと、無理矢理口の中に甘い実をいれられる。真っ赤な顔のまま美少女の手から口に果物を運ばれ、されるがままに食べおえると、手が頭に置かれて優しく撫でられる。



「えらい、えらい。ちゃんと食べたね。もう眠っていいよ。食事の時間に起こしてあげる」



ベッドに優しく体を倒され、お腹を叩く優しい手と歌声にエリクは目を閉じた。









「起きて!!食事よ」



目を開けると映るのは白銀の髪。エリクが体を起こそうとすると色白の腕が伸び、肩を抱かれて優しく抱き起こされ柔らかい肌と肌の触れ合う感覚にエリクの熱が上がる。エリクは体中に薬草が貼られ、上半身は服を着ていない。



「君は」



赤面して口籠るエリクに白銀の髪と瞳を持つヴィオラーナは肩掛けを羽織らせながら口を開く。



「ヴィオよ。痛みはどう?」



エリクにとって恐怖の対象は切れ長の目、肉付きが良い体、甲高い声の女。皇帝好みの褐色の肌と豊満な胸を持つふくよかな侍女達とは正反対の色白の肌に小柄で細やかな胸とくびれのある腰を持つ切れ長の瞳と整った顔立ちの美少女が同じものに思えず、どんどん胸の鼓動が速くなっていくエリクはボソリと呟く。





「だ、大丈夫。ヴィオ様」

「様はいらない。痛みがひどくないなら良かったわ。食事を」



スープをスプーンで掬うヴィオラーナに自分で食べるためにエリクが手を伸ばす。



「腕を動かすと痛いでしょ?病人は甘えなさい」



クスクスと笑うヴィオラーナに負けてエリクは唇に押し当てられたスプーンに口をつけ味のしないスープをゴクンと飲み込む。



「目的は?」

「お互いに深入りはやめよう。元気になったら送ってあげるから安心して。貴方の帰りを待つ人に」

「帰りを待つ人なんていない」



エリクの素っ気ない声に、拗ねた子供を見るような目を向けられる。



「貴方の右腕に巻かれる組紐は成長と幸せの願いがこめられてるわ。親の想いは子には伝わらないかな?帰る場所、待つ人がいるなら帰るべきよ。それは当分先の話ね。きちんと食べてえらいね。薬草も上手に飲んでえらい、えらい。眠るまでお話でもしようか。お休みなさい。良い夢を」



母親に寝かしつけられた記憶もないエリクは、温かく気持ちの良い感覚に身を任せて目を閉じた。

目を開けると、挨拶され名前を呼ばれ笑顔で話しかけられる世界があるのをエリクは知らなかった。



「間違ってもヴィオに惚れるなよ。お前はいずれここを出て行く。エリク、人と話す時は目を見るんだよ。下を向いてると大事なものを見逃す。怖い相手でも目を逸らすな」



「お兄様、来てたの?せっかくだから三人でお茶にしよう。エリクは音を立てずに上手に飲めるようになったのよ」



エリクの傍に一番いるのはヴィオラーナ。時々会いにくるのが赤い髪と夕焼け色の瞳を持つヴィオラーナの兄のオリバンダ―。

そしてさらに、少ないのは長い髭を持つ老人。



「エリクや。運命に負けるでない」



エリクはヴィオラーナ達のことを何も知らない。いつも一人ぼっちだったエリクは温もりや暖かさをくれる人達に騙されるのならいいかと優しい時間を楽しんでいた。

夜になるといつも聴こえる美しい歌声に耳を傾けながら、ずっとこの時間が続けばいいのにのと思いながら目を閉じた。





毎日エリクの体の薬草を丁寧に剥がし、新しいものに貼りかえるヴィオラーナは神々の話をする。ヴィオラーナの話はエリクの知らないのものばかり。



「色んな神がいるんだ。ヴィオは月の女神が好きなの?」

「特別なのよ。今日はいい天気だから太陽神の話にしようか。うーん。中々お肉がつかないね。そろそろお肉を食べさせても平気かな。はい。薬草、よく噛んでね」



エリクは薬草を渡され、顔を赤くさせながら口に含みゆっくりと噛み甘みを堪能する。



「えらい。えらい。上手になったね」



頭を撫でるヴィオラーナの手にはにかんだ笑いを浮かべると口直しにとクッキーを唇にあてられる。エリクが食べると微笑むヴィオラーナを見て体が熱くなる理由はわからなくても、この時間がずっと続けばいいのにと願う。

幸せな時間はあっという間に終わりを告げる。

傷が癒えたエリクは目を醒ますと帝国の宮殿の前だった。衛兵は夜着姿の赤い瞳と皇帝に似た顔立ちに慌てていると第五皇子は見覚えのある面影に足を止める。後宮で14歳になった皇子が行方不明と報告を受けていた。



「エリクか?」

「はい。えっと」

「神降ろしの儀がすでに始まっている」



エリクは第五皇子に肩を抱かれて、儀式の間に連れて行かれる。

訳がわからず魔法陣の中心に立たされ、神官達の聞き取れない言葉が響くと光に包まれる。

ぼんやりと立っていると神官が部屋を出ていく。

しばらくすると今まで遠目からしか見たことのない、ぽっちゃりとした顔から汗を流す皇帝が現れエリクを抱きしめる。



「エリク!!よう戻った。探しておった」

「皇帝陛下」

「何を言う。父上じゃろう。どこにおった?」

「え、起きたら国に」

「よい。無事なら申すまい。エリクや。そなたに皇太子位を授けよう。宮も移すがよい。妃も好きなものを選べ」

「は?か、かしこまりました」



戸惑いつつもエリクに許される答えは一つだけ。碌な教育を受けていなくても皇帝の命令が絶対なのは教え込まれていた。



「殿下、ご案内させていただきます」



自分を見下していた侍女に恭しく頭を下げられ、寒気を感じながらも知識のないエリクは何が起こっているかわからず、流されるまま従う。



「エリク!!」



エリクは母親に抱きしめられる腕に違和感を覚え、大事な何かを忘れた気がした。医師に診察を受け、湯浴みをして、見たことのない豪勢な食事を終えて、フカフカの柔らかくて広いベッドに横になり目を閉じる。



「えらい、えらい。全部食べたね。きちんと食べないと」



白銀の少女に頭を優しく撫でられ、



「背筋を伸ばせ。強く生きろよ」



赤い髪の少年にバシンと肩を叩かれ、



「運命に負けるでない。大事なのは己の心じゃ」



優しい声の老人に笑いかけられる。



目を醒ましたエリクの瞳から涙が溢れていた。覚えのない寂しさに胸が痛くなり初めてエリクが生理的でない涙を流した日だった。

エリクは涙を拭いてベットから起きると控えていた侍女が近づく。



「殿下、」



エリクは侍女に伸ばされる手に折檻されると身構えると服を脱がされ、肌に触れられる。自分の肌にしなだれかかる体に鳥肌が立ち、服に手を伸ばし部屋から飛び出す。

初めて与えられる上質な服を着ながら外に出ると見覚えのない風景。妾の生活区域と皇族の住む区域は離れており、エリクは入ったことはない。

皇太子宮の広大な庭の隅に腰を降ろし、人の気配がないことに、安堵の息をつく。



「エリク、そんなところでどうした?」

「あ、え」

「兄上でいい。食事はこれからか?」

「あ、う、はい」



エリクは第五皇子に誘われ立ち上がりこれからの生活について説明を受け曖昧に頷きながら食事をした。



行方不明になっても捜索されていなかったエリクの生活は一変した。母親は宮を与えられる妃に昇格しエリクは皇太子に。

戦神の加護を持った皇子の処遇についての調査が行われ、皇太子を浚うように仕向けた妃達は裁かれ奴隷に落とされた。

毒を飲まされ、暴力を受けたはずのエリクの傷一つない姿に皇帝が興味を持ち、晩餐に招きながら行方不明の一月の話を尋ねた。エリクは帝国に帰国し、皇太子になり目まぐるしい変化の中で記憶が欠落していた。



「覚えてません」

「そうか。ようわかった。無事ならいい」



皇帝はエリクに問いただすのはやめてエリクを置き去りにした場所の調査を命じた。解毒薬のない毒を解呪した薬師がいるなら手に入れたい。

皇帝は全てにおいて頂点に立つことを夢見ている。小さな帝国が世界征服を目指す夢物語を実現させようとする歴代初めての皇帝だった。



エリクは今まで会うことのなかった兄や貴族達に挨拶され、戸惑いながらも与えられる教育に取り組んだ。



「エリク、大丈夫か?」

「兄上、俺は出来が悪く」

「教えてあげるよ」



分別のある皇族はエリクに優しく接し、面倒を見ていた。優れた才能を何も持たず、武術もろくにできなくても加護持ちであれば話は違う。初めて剣を持ち、ふらつく姿を見ても失笑を隠して笑みを浮かべて指南する。皇帝にとっての名ばかりの皇太子大事な駒の存在意義をわかっているから。



エリクは第四皇子に連れられた夜の宮に入ると大きな寝台と薄布一枚羽織った、年齢も顔立ちも体つきも様々な女性が並んでいた。

その中にはいつも纏めている髪をほどき、化粧をした母親もいた。



「父上が好きな女を召し上げていいと。妾は共有。妃に召し上げても了承さえあれば」

「あ、兄上?」

「好みがあるだろう?一度に数人召し上げてもいい。過激な遊びをしたければ妾にしろよ。妃が死ねばうるさいやつらもいる。顔が固いが女の抱き方を知らないか?まぁ、俺は勝手に楽しむから勉強しろよ」



エリクはニヤリと笑みを浮かべ第四皇子が豊満な女性の胸を掴み、触れ合う姿や母親の聞いたことのない声音に茫然と見ていた。



「兄上はお楽しみを。エリクは俺が。兄上には聞こえないか」



呆れた顔の第五皇子が現れエリクの手を引き夜の宮から連れ出した。



「夜の宮は父上が召し上げられない妾が集められる。俺達はどう抱いてもいい場所。色んな趣味があるから、興味がないなら父上に言ってあげるよ」

「共有?」

「後宮は父上のものだ。たとえ皇子の妃でも。父上は皇族の血と加護持ちなら皇子として相応しいと言うお方だ。もしもお前が父上の手つきでない者が欲しいなら私が紹介するよ。これからは戦利品から選んでもいい。父上は純潔の乙女が好物だからここにはもういないが。もしもお前が唯一を欲するタイプなら力をつけ報酬に願えば叶えてもらえるかもな。知識は必要か」



エリクに理解できない世界であり、女性を見て体の熱が上がるどころか一気に冷めた。

第五皇子は色狂いではなさそうな弟に情事の本を見せると顔を真っ赤に染め、後宮の幼い妾よりも娘らしい反応をする弟に笑う。



「抱いてくれる妾を」

「いいです!!」

「その反応だと口吸いさえもできなそうだな。まぁ、いい。どっちに困っても相談しろよ。兄上ほどではないがな、いいものだ」



エリクは真っ赤な顔で丁重に断り兄を通して妃の選定は断りをいれて、二度と夜の宮に足を運ぶことはなかった。エリクにとって母親以外の女は触れられるのさえ鳥肌が立つ。

触れたいとさえ思わず、嫌悪しかなかった。





エリクは誰よりも劣る自分が、皇太子という立場に戸惑いつつも何も言えない。会議に同席させられても皇帝の横に座って見ているだけ。

兄達に参加することに意義があると言われ、わからないなら無言を貫けという教えに従いながら時が過ぎるのを待つ。







父と宰相から初陣の話を聞いたエリクは恐怖に襲われる。



「私も一緒だ。指揮は私が取るから安心しろ」



真っ青なエリクを任されている第五皇子は肩を叩く。



「初陣の日に贈り物をやるから楽しみにしていろよ」



エリクは兄に励ましの声を掛けられても緊張はほぐれず、青い顔で初陣を迎えた。エリクは第五皇子と共に隊列の先頭にいた。



「この剣を使え。私が鍛えた」



エリクは鍛冶の加護を持つ第五皇子に渡された剣を持つとゾクリと寒気を感じ、体の力は抜ける。第五皇子はぼんやりしているエリクより三歩後ろに下がり敵陣に口上を述べる。



『悪くない』



エリクの頭に声が響き、勝手に体が動き、馬に鞭を入れて目の前の敵を斬り、首を落としている。

神の加護の力を使う時は体に神が乗り移る。エリクの鍵は鍛冶神の鍛えた剣。目の前に立つ全てを斬り殺していく。

エリクの前に誰もいなくなるとようやく剣が手から放れ、体の制御が自分の意識下に戻る。

目の前の血の海に意識を失い馬から落ちたエリクを第五皇子が支える。



「父上の欲した理由はこれか―。引き上げる。この戦は我らの勝利。将軍はわが弟が討ち取った!!」

「英雄!!」

「英雄皇子!!」



世界屈指の名将率いる国境を守る精鋭部隊を一瞬で倒したエリクに兵達は盛り上がっていた。例え意識を失い倒れていても凄まじい剣戟に見惚れていた。



意識を失ったエリクは悪夢に魘されていた。目の前に広がる血の海



「逃げて!!」



白銀の髪が血に染まり、炎のように赤い髪が赤黒くなりエリクにとっての幸せが―。

目を醒ますと皇太子宮のベッドの中。

震える体とじっとりとした嫌な汗、体に人を斬った感覚が蘇り、



「殺したくない」



「目覚めたか。初陣だから動揺するよな」



訪ねてきた第五皇子に明るく肩を叩かれても気分は晴れない。

翌日にも皇族や皇帝陛下夫妻に労わられ、宴で称賛をもらってもエリクの顔は強張ったまま。

初陣を終えたエリクは異母兄の指導のもと体力強化の訓練が始まった。





翌月に二度目の出陣を迎える。

エリクに望まれるのは敵を薙ぎ払うこと。エリクにとって恐ろしい力で広がった血の海に後ろに控える騎士達は称賛の嵐。

血で染まっているのは敵兵とエリクだけ。



「英雄皇子!!」

「我らが帝国最強の皇子!!」



「エリク、後は任される。天幕で休んでろよ」



顔色の悪いエリクに第五皇子は肩を叩き、耳に囁く。

武術も軍略も指揮も得意ではないエリクは戦いが終わると無言でその場を離れ皇族専用の天幕に足を進める。真っ青な顔で夢に出てくる少女達に出会わないことを祈る。どうか見つからないように。国を捨てて逃げてくれと。

目を閉じても頭の中に響く悲鳴に意識は冴え、兄に渡された酒を浴びるように飲みようやく眠りについた。それでも夢に見るのは血の海―。



****





エリクの見たくないものは戦場以外にも広がっていた。

帝国よりも大きな国の王の首を取った。

城の宝は押収し、兵や兄は生きている女の欲に溺れている。



「やめてください。殺して、いやぁぁぁ」

「触らないで、呪ってやる」



「エリクも遠慮するなよ。気に入ったのは持って帰ればいい。奴隷だ」

「気分が悪いなら休んでなよ。事後処理は任される。父上好みのものは連れて帰るけどあとは」



『欲に溺れればいい。女子の身体は』



「皇太子殿下、部屋を整えてあります。こちらに」



エリクは騎士に促され、豪勢な部屋に案内された。食事や酒を用意されても手をつけず、虚空を見上げて茫然と座り、色を売りに来た女は断り人払いする。

帯刀している剣を持ち、刃を首にあてようとすると手の力が抜け剣が手から落ちる。何度死のうとしても死なない。剣を自分に向けようとするといつも体の制御が奪われる。誰かが早く殺してくれればいいと願いながらただぼんやりと青空を眺める。







エリクは狩猟の加護を持つ兄と小隊を率いて霧で覆われる森に入った。



「ここに凄腕の薬師がいるらしい。音がするな」



狩猟の加護を持つ第四皇子は五感が敏感で獲物を追う能力は皇子で一番優れている。



『ここで去るなら何もせぬ。欲深き者達よ。引かれよ』



エリクは頭に響く聞き覚えのある声に頭を押さえる。



『殺生は好まぬ』



第四皇子は響く声を無視してどんどん足を進めていき、森を抜けると集落を見つける。集落には人の住んでいる気配は一切ない。



「ここだな。どういうことだ?人がいない。逃げたか?」



エリクは嫌な予感と軽い頭痛に襲われながら口を開く。



「兄上、帰りましょう。薬師などいくらでも」



第四皇子は目を閉じて足を進める。しばらく進むと足を止め、何もない空間に弓矢を放つとパチンと弾ける音がして一瞬眩しい光が襲う。しばらくして光が収まり古城が現れる。



「城があるならここは国だ。国なら全て滅ぼすのが父上の命令だ。ほら、行ってこいよ」



エリクは剣を渡され体の自由が奪われる。風のように走り勢いよく扉を開けると椅子に座る老人とヴェールで顔を隠した二人。血走った目のエリクは老人を睨みつける。



「どこだ。月夜は」



「血の穢れを持つそなたの前に現れぬ」



エリクはやめろと心が叫んでも剣を持つ手は止まらない。

頭の中に声が響く。

『負けるでない。どうか殺さんでくれ。ヴィオ達を』と優しい声音と自分を見据える静かな瞳に向かう剣を、やめてくれとエリクの叫びは届かず剣が老人の胸を貫く。老人を囲む二人は祈りを捧げ決して声は出さない。エリクの体は止まらず、二人の胸を剣で貫く。

ようやく体が自分の意思通りに動くようになったエリクは目の前の血の海に耐えきれず目を閉じ部屋を離れる。



第四皇子は弟に追いつき、殺気を纏っていない正気に戻っている弟の肩を掴む。

死にたくなければ神が降りているエリクの前に決して立たないは皇子の常識だった。



「エリク、待て。潜んでいる者を探さ」



シュっと空気の切る音とともに空が眩しく光り輝く。



「宗主一族が姫、ヴィオラーナはここにあり。妾の首を取らねば国は滅びぬ。愚かな侵入者よ。我が国と宝を傷つけた報いを裁きが落ちる。そなたらの望みが叶うときそなたらを襲う業が」



エリクは聞き覚えのある声に絶句し、薄れた記憶がどんどんよみがえるとともに体の自由が再び奪われる。



「あやつは月夜を隠した。殺せ!!」



エリクの体は声の主、ヴィオラーナの所に向かい剣を振り上げる。



「貴様!!」

「戦神よ。妾を殺せば創主の怒りの鉄槌が落ちよう。殺せばいい」



冷たい声音にエリクの手から剣が落ち、激しい頭痛に襲われ、割れるような痛みに蹲る。



「あぁぁぁああ」

「お久しぶりです。もう二度と会うことはないと思っておりましたわ。恩を仇で返すとは無粋な方は」

「麗しき姫君、この国は帝国の手に落ちた。君に残された道は2つ。我らの慰めものになるか、ここで命を断つか」



エリクの前に立ち、初めて生きている美声の持ち主に第四皇子は手を伸ばす。色狂いの兄の声に我に返ったエリクは必死に声を出す。



「あ、兄上、姫君は私にください」

「エリクが欲しいか。毛色の変わった者が好みか」

「ええ。明朝追いかけますゆえ、お任せしても?」

「我慢できんか。まぁ良かろう。楽しみたまえ。引くぞ、宝や食べ物は全て押収せよ」



第四皇子は珍しく女に興味を持った弟に初めては譲り、残党探しに兵を連れて部屋を出て行く。

嫌らしい笑みを浮かべる兄が去り、ようやく頭痛が収まり忘れていた記憶が完全に蘇る。自分にとっての一番幸せだった記憶。エリクは優しさをくれた人にできるのは二つだけ。



「鎮魂の儀を」

「仇とともになどお断りです」



ヴィオラーナの冷たい声にエリクは静かに侵略した国の末路を伝える。全てを押収すれば帝国は敵兵を弔わず火の海で全てを片付ける。



「明朝にはここに火を放つ」

「私は仇のために利用されるなら」

「ヴィオには託された願いがあるだろう?何が最善かは君が一番分かっているはずだ。一の姫」



ヴィオラーナは宗主と両親の遺髪を短剣で切り、指を振ると血が消え部屋と体が綺麗になる。



「忘れじの一族が姫ヴィオラーナが祈る。安らかな眠りを。篝火よ」



ヴィオラーナが両手を組みしばらくするとぼわっと炎が舞い亡骸が形を失っていく。

祈りを捧げていたヴィオラーナは顔を上げてヴェールを外し、震える手で夜着に手をかける。

エリクは戦利品の末路を思い浮かべる。色狂いの皇帝に抱きつぶされ、人権のない奴隷に落とされ―。

すでに狩りの天才の兄に興味を持たれたヴィオラーナは帝国から逃げられない。兄に乱暴に抱かれる姿を想像して、エリクが手に入れるのが一番な気がした。

エリクは冷たい瞳のヴィオラーナに口づけ、緊張して冷たく震える体に優しく触れる。兄から贈られた本を思い出し、無表情のヴィオラーナをそっと押し倒し、エリクの意思で初めて血で染め、初恋の少女の体を手に入れたと同時に大事なものを奪った日だった。



「ヴィオ、ごめん。俺は君だけは傷つけたくなかった」



エリクは眠るヴィオラーナをマントで優しく包みヴェールを被せ抱きあげ兄と合流した。



「エリク、どうだった?」

「妃にします」

「味見させろよ。押収は全て終わった。何もない。人も」

「地図にも存在しない国。もういいでしょう」

「早く帰って楽しみたいか」



第四皇子が顔を隠すヴェールに手を伸ばすのでエリクは距離をとる。



「執心か。まぁいい」



いやらしい兄の笑みを流して眠るヴィオラーナを馬に同乗させエリクは鞭をいれた。自分以外に任せれば、美しい少女は抱きつぶされる。兄のように馬上で情事を繰り広げない姿に落胆の視線に馬の速度をあげた。

皇太子宮のベッドにヴィオラーナを寝かせると謁見の命令にエリクは人払いしてから宮殿に向かう。



「よう戻った」

「ただいま帰りました。父上、薬師は存在しませんでした」

「生き残りを連れ帰ったと聞いたが」

「今までの報奨として彼女を妃に。俺以外が触れない誓約を」

「気に入ったか?全てを自分好みに育てあげるのも一興か。まぁいい。勝利を捧げるなら女の一人は好きにせよ」

「ありがとうございます。では失礼します」



エリクに求められているのは戦場にでて勝利すること。

殺戮を止められないため戦場に出たくないという願いは何度願っても聞き届けられなかった。妃に迎え入れたヴィオラーナの接触を誰とも許さないことを書面にもらい初めての報奨として受け取った。

皇太子宮のベッドではヴィオラーナが起きていた。



「ヴィオ、必要なものがあれば」

「何もいらない。侍女もいらない」

「ここの中なら自由にしていいから。食事を運ばせようか」



ヴィオラーナは首を横に振る。ベッドから出てヴェールを被り魔法を使って一人で生活を始める。エリクは生活に必要な物は皇太子宮に全て用意させ、連絡用の水晶を渡した。

皇太子宮にヴィオラーナを一人だけ残して出かけるのは不安でも出陣を断ることはできなかった。



「これ、もしも俺に用があるなら使って。魔力を通せば聞こえるから。俺の見ているものが浮かび上がる。出かけるよ」





生きていてくれればいい。全てが終わった時は解放するから。と心の中で呟き出陣した。

二つの国を滅ぼし、帰国するとヴェールを被ったヴィオラーナが皇太子宮の庭に出ていた。近づく姿に驚くとエリクの胸に跳びこんだ。



「エリク、おかえりなさい」

「ヴィオ?」

「怪我はしてない?」

「うん。でも」

「神降ろしなんてバカなことするからよ。私は何があってもエリクを怖がらない。エリク、休もう」



エリクはヴィオラーナの膝に頭を乗せられ子守歌を聞くと眠気に襲われ、人を斬ってから初めて悪夢から解放された。

素っ気なかったヴィオラーナの態度の豹変し、皇太子宮の中ではヴェールを脱ぎ冷たい瞳ではなく暖かい色を持つ瞳に見つめられる。エリクの世界で一番美しい顔に魅入っていると目の前に出された本に息を飲む。



「エリク、いかがわしい本は隠しておくものよ」

「は?まさか」

「残念ながら正しい知識ではないわ。こんな抱き方に喜ぶのは色狂いだけよ」

「読んだのか」

「うん。これは参考にしたら駄目。柔らかいベッドの上で二人っきりでするのが常識よ。真っ赤」



兄から渡された情事の教本が見つかり羞恥に染まるエリクにヴィオラーナはクスクスと笑いながら手を伸ばす。

エリクはヴィオラーナに見つめられ、色白の指で唇を撫でられ、体の熱が上がっていく。触れるだけの口づけを何度もかわし、笑いかけられさらに熱があがる。手を導かれるままに柔らかい肌に触れ、口づけが深くなるにつれ思考を奪われ、美しい少女と再び一つになった時に色狂いの兄達の気持ちを理解した。



「ね?間違ってたでしょう?」

「ごめん。俺はヴィオを」

「エリクは何も知らないからね。これから覚えていけばいいわ。血を残すために必要でも、絆を深める行為でもあるのよ。何人も一緒に抱くなんてありえないわ。おいおい教えるよ。今は休まないとね。一緒に寝てあげるよ。お休み」

「ヴィオ、この状況で」



欲を知ったエリクは色気を漂わせるヴィオラーナの隣で眠れるほど、体の熱は覚めていなかった。



「眠くないならご飯にしようか。宴には顔を出すの?」

「最初だけ」

「あんまりお酒を飲みすぎないでね。出た方がいい?」

「ヴィオはここにいればいい。宮殿は危険だから」

「突然押し倒されても困るものね。寝かせてあげるからお酒は飲まなくて大丈夫よ」

「え?」

「エリクからお酒の味がするの。過度なお酒は成長の妨げよ。お付き合いと楽しむ以外のお酒は駄目。ご飯はどっちで食べる?」

「ヴィオがいいなら」

「用意して待ってるから早く帰ってきてね。湯浴みに行こう。髪も整えないと」





エリクにとって初めて帰りたい場所ができ、皇太子宮だけは優しい時間が流れていた。腕の中で笑っているヴィオラーナに自然に笑い返しているのに気付いていない。

エリクはヴィオラーナに手を引かれてベッドから抜け出した。

長く伸びた前髪を切られ、花の浮いている湯につかりながら、体をゆっくりともみほぐされる。ヴィオラーナは真っ赤なエリクの顔は気にせずテキパキと準備を整えていく。



「エリク、背筋をきちんと伸ばして。人の上に立つなら姿勢は大事よ。その赤い顔大丈夫?」

「あ、え、」



優しい時間はあっという間に過ぎていく。



「エリク、これをきちんと体に貼るのよ。足りなくなったら届ける」

「抜け出すのはやめて。ここを出たら何をされるか」

「お使いしてくれる子がいるのよ。食事も届けたら食べる?」

「俺はヴィアさえ無事なら」

「バカ。きちんと帰ってくるのよ。貴方には責任があるの」

「行ってくるよ」

「いってらっしゃい。気をつけて」



エリクはヴィオラーナから薬草の詰まった袋を受け取り出陣する。豆の潰れた手に丁寧に包帯を巻きながら、エリクの身を案じるのはヴィオラーナだけ。絶望しかあたえられない自分には―。





「悪魔の皇子だ!!」

「やめろ」

「助けてくれ!!!あああああぁぁぁ」



エリクは剣から手が放れれば天幕に行き一人になる。

制御のきかない体は子供を殺した。耳に響く悲鳴に血で染まった包帯を巻く手は震え、首を落とした感覚が蘇る。ふわりと風が吹き、顔を上げると白鷲がエリクの膝の上に袋を落として消えていく。袋の中に入っているのは花の匂いのする包帯と薬草とクッキー。

クッキーを口にいれると広がる覚えのある甘さに幸せだった時間を思い出す。優しく抱きしめてくれる腕を求めて帰りたいのに、エリクが生きれば命を奪う。

風が吹き、黒鷲がぐるぐると悩むエリクの膝に手紙を落とす。エリクは手紙を開き、懐かしい香りに笑う。



「祝いだ。好きに使え。名前はエン」



文字を教えてくれた赤い髪の生きていた友人の明るい笑顔を思い出し、エリクは筆を持つ。皇子としては許されなくても、殺戮しないですむ方法があるなら選びたかった。内通者として処刑されても。



***



長い遠征から帰り、ヴィオラーナの膝でエリクが眠りから醒めると頭を優しく撫でられていた。



「悲しい知らせとおめでたい知らせどっちが聞きたい?」

「任せる」

「子供ができたの」

「それはどっち?」



ヴィオラーナは拗ねた顔をしてパチンとエリクの額を叩いた。



「おめでたいほうよ。バカ」

「俺の子か」

「喜びなさいよ。この子は怖い加護など持って生まれないわ」



拗ねているヴィオラーナの顔をエリクは見上げる。



「悲しいのは?」

「お母様が亡くられたわ」

「そうか」

「泣きたいなら泣いて。私は優しい貴方を頼まれたの」

「優しくなんてない」

「私がどう思おうが私の勝手よ」

「生まれてこなければ、痛っ!!」

「戦乱を呼んだのはエリクじゃない。間違えないで。私は貴方だからここにいるの。私達の命が生まれたの。私の夫なら幸せそうにしなさいよ」

「そんな権利は」

「誰にでもあるものよ」



ほとんどの者はエリクを恐れ、屈託ない笑みを向けるのはヴィオラーナだけ。病に犯された母は死を望んでいたから治療したいというヴィオラーナの申し出は断り、手紙だけの接触を許した。母がエリクを恐れているから会いにいくのもやめた。それに早く死にたい気持ちは痛いほどよくわかった。



遠慮なく抓られ赤くなった頬を優しく撫でる手に愛しさがこみ上げるエリクはいずれヴィオラーナを遺して逝く。



「ヴィオ、俺を愛さないで」

「私の心は私のものよ。誰の指図も受けない。明日の朝にお墓参りに行こう。うるさい人達が起きない時間に」

「ごめ」

「謝罪したら頬を引きちぎるわよ。今度水晶に子守歌でも歌おうか?」

「話せない設定」

「忘れてたわ。おめでたい人ばっかり」



魔法も医学も全てにおいて帝国よりも優れているヴィオラーナを隠すために傷心で話せない設定にした。皇帝はヴィオラーナに興味を持っており、利用価値を見つければ何をされるかわからない。愛しい人が生きるためと理由をつけ、結局は顔が見たくてつい生き残ってしまう。

エリクは頬を撫でる優しい手とヴィオラーナの聞き取れない歌声に耳を傾け目を閉じる。



『殺せ。殺せ!!その女を』



エリクは頭に響く声に目を開けると手が勝手にヴィオラーナの首を掴んでいる。



「うるさい!!エリクの邪魔しない」



不機嫌そうな声で歌を奏でるとエリクの体を支配しようとする戦神の力が消えエリクの手がパタリと床に落ちるる。



「月の女神の一族は戦神ごときに負けないわ。うん。やっぱり今度は水晶に向けて歌うわ。エリク、逃げようよ」

「人に聞かれたら困るからやめて。逃げるならヴィオ達だけで」

「バカ」



エリクは呆れた顔のヴィオラーナの歌声を聞き眠気に負けて目を閉じる。

いつか自分が殺してしまうかもしれない。

どうか愛しい人だけは。『殺せば全ておのれのものだ』という頭の中に響く声に負けたくなくても、一度も勝てないエリクにできるのは―。









エリクは最後の大きな戦に出陣する前に皇帝と宰相に呼び出された。



「エリク。そなたは―」

「父上、罪は私だけのものに。私の妃と子の命と安全の保障をしてくだされば全てを受け入れます」

「約束しよう。しくじらなければな」



そして最後の戦いに向かった。

もう会えない愛しい人に別れの言葉は残せない。何も知らないエリクに色んなことを教えてくれた。ポケットの中の小さい水晶からは泣きたいほど愛しい歌声が聴こえる。

最期の夜にはずっと歌声が響いていた。エリクは自分にとっての幸せの塊に言葉を返さない。殺戮皇子の大事なものは恨みの連鎖に巻き込まれる。

皇太子宮に閉じ込められ母国を滅ぼした殺戮皇子の慰め者とされた美しい姫なら生き残れる。



エリクは処刑台に上がると真っ黒な服に身を包んだ愛しい人を見つけた。

ヴェールをしているのになぜかはっきりと映る潤んだ瞳と目が合う。唇をギュっと噛み初めて見る泣きそうな顔。抱きしめたくても許されない。



ヴィオ、ごめん。

君と一緒に逃げられないよ。俺はどこに行っても恨まれる。

助けてもらった恩を返したかったけどもらってばかりだった。

どうか幸せになって。自由に。動いたら駄目だよ。助けないで。

泣かないで。

君を殺そうとする神様は俺が連れて行くよ。弱くて何も持たない俺が賭けられるのは命だけ。





「これで終わりだ―――。幸せに」



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