亡国の殺戮皇子の悲劇

夕鈴

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本編

悲しい運命

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世界を作った創主神と昼を支配する太陽神、夜を加護する月の女神は人を見守り惹かれ合う恋と深まる愛を知る。

創主は気まぐれでお気に入りの二神の依代を作り人として産み落とす。



炎のような赤い髪と夕焼け色の瞳を持つ太陽神にそっくりな陽。

白銀の髪と瞳を持つ月の女神にそっくりな月夜。

二人は一目で恋に落ち結ばれた。

陽に寄り添う美しい月夜に一人の神が恋をした。



「勝利を捧げよう。欲しいものは全て」

「お許しください」



月が輝く夜に戦神は月夜を手に入れるために月夜を抱く陽に剣を振り下ろすと白い靄に包まれる。



「人に干渉するのは控えよ。神の力を」

「邪魔するな」

「殺生は好まぬ。人から手を引くなら」

「そなたよりも」



月の女神は言葉の通じない戦神を靄の中に閉じ込めた。



「そなたたちに安寧の場を授けよう」



震える月夜を抱きしめる陽の前に現れ小さい家と森を贈る。

いつになっても恐ろしい顔で月夜を求め探す戦神を見て、月の女神は月夜に宿る小さい命に加護を与える。



月夜と陽は恐ろしい戦神から救ってくれた月の女神に感謝し、二人が生んだ双子が忘れじの国を建国する。



太陽の末裔と月の末裔は惹かれ合う。

戦神は月の娘を見つけるも太陽の末裔と結ばれ、追いかけても白い靄に覆われ逃げられる。何度も追いかけ逃げられ、とうとう戦神は太陽の一族に憑りついた。惹かれ合う太陽と月の末裔を決して結ばれないように。戦乱の世を起こして邪魔な太陽の末裔を滅ぼすために低俗な神々の遊びに参加した。





忘れじの国の建国の真実を知るのは宗主一族だけ。

戦神から隠すために力を使った月の女神が目覚めると戦乱の世が訪れ世界は荒れ、悲しみの涙を流す月の女神を見て太陽神は忘れじの国の宗主に加護と託宣を授けた。



「太陽と月の末裔が揃う時、終焉の炎を授ける」



託宣は代々宗主に語り継がれ、忘れじの民は太陽神か月の女神の加護を持って生まれる。

生まれた頃より祈りを捧げる習慣を持つ一族第一の忘れじの民達は外から救いを求める者も受け入れる。血族以外の血が入っても信心深い民が授かる加護は変わらない。





宗主一族に月と太陽の加護を持つ子が揃ったのは一度だけ。

太陽の加護を持つオリバンダー、五年後に月の女神の加護を持つヴィオラーナが生まれ宗主とオリバンダーの頭に『太陽の末裔と月の末裔が揃う時、終焉の炎を授ける』と託宣が響く。





「そなたには悲しき業がある。そしてヴィオラーナにも」

「一族を守るために必要ならば甘んじて受け入れます」



オリバンダーは5歳の時に次代の宗主に指名され厳しい修行が始まり、ヴィオラーナが戦神の加護を持つ太陽の末裔の少年を保護した時に運命が動き出す。



「ヴィオ、深入りするなよ」

「元気になったら出ていくからでしょ?いつも通りよ」

「わかってるならいいけど」

「戦神の加護があってもあの体なら手に入らない。只人と一緒よ。ここはうつつの夢の国でしょ?」



オリバンダーはため息をつく妹の頭を乱暴に撫でて眠っているエリクを眺めた。神の力さえ使わなければ、何も問題はない。

もしも戦神が―。



「オリバンダーだ。オリバーでいい」

「うん。オリバー、これはなに?」

「ヴィオは説明しないか。傷薬だ。煎じるよりも貼るほうが早く。そこに、刻んであるのは―」





オリバンダーにとってエリクは何も知らない素直な少年。無表情だったのに時間が経つにつれて表情豊かになっていく。



「エリク、バカなことはするなよ」

「バカなこと?」

「なんでもない。強く生きろよ」



オリバンダーが肩を強く叩くとエリクの歪んだ顔に明るく笑いかける。



「エリク、ヴィオに惚れるなよ。傷が治れば帰るんだ」

「惚れる?」

「好きになりすぎて、ずっと一緒にいたいと思うことだ。別れが辛くなる」



エリクは無自覚でもヴィオラーナに惹かれていた。一族第一のヴィオラーナは今のところ特別な情はない。オリバンダーはこれ以上情が移る前に送り返すか、ここで見張るほうが安全かと思案した翌日にエリクが消えた。



「ヴィオ、エリクは?」

「傷が治ったから帰したよ。話したかった?」

「いや、いいよ。もう会うことはないだろう」

「そうね。ここに来るようなことはごめんね。受け入れるのは世を捨てたものだけ」

「ヴィオ、もしも悲しい宿命を背負ったらどうする?」

「私は忘れじの国の姫だもの。役目なら喜んで引き受ける。次代に引き継がずに私の代で終わらせる。大丈夫だよ。きっと」



月の女神の宿敵の戦神。

オリバンダーはエリクがいなくなっても寂しそうな様子が一切ない妹に安心して、久々に二人で狩りに出かけた。

その晩、オリバンダーは宗主に呼ばれ水晶の中を覗いて絶句する。



成長したエリクの首が落ち、弓を持つオリバンダー。



「オリバー」

「あの体で戦神の依代に?」

「戦神が蘇るなら」

「俺の役目です。ヴィオには見せないでください」



忘れじの国を去る者がもう戻ってくることがないように祈る優しい妹。戦神を討つのは次期宗主であり太陽の加護を持つオリバンダー。

オリバンダーは修行をしながら宗主の先見が外れればいいと思っていた。

時々迷い人が現れる以外に変わることのない緩やかな時間が流れていく。それでも現実は優しくなかった。

真剣な顔の両親と宗主に呼び出されたオリバンダーは水晶を覗いて血の海に沈む両親と宗主に息を飲む。



「オリバー、強く生きなさい。民達を任せるわ」

「母上!?今からなら間に合います。皆で逃げて身を隠せば」

「いいえ。必要なことなの。ヴィアは強い子だからきっとやり遂げるわ」

「新たな地は見つけてある。血を民を」

「我らの命が尽きる時に全ての力はそなたに託す」

「お役目を果たすと信じてるわ。全てが終わればこれをヴィオに渡して。お願いね」

「助けを求める声を見捨ててはいかん。もしも、望むなら―」



オリバンダーは両親と祖父と今生の別れをして妹への手紙を託された。ヴィオラーナに知らせないのが宗主の最期の命令。そして内密に代替わりの儀をおえ、オリバンダーが宗主になった。



「若、準備が整っています」

「若様、姫様は?」

「あとからだ」

「姫様の好物を植えて迎えましょう」

「そうだな。喜んで舞うだろう」



オリバンダーは森を覆う深い霧の中、民達を先導して足を進める。宗主が霧を薄くして戦神をおびき寄せ始める前に。

外れないとわかっていても先見の力が外れるようにと心の中で願いながら。







オリバンダーは新たな地に着くと荷ほどきは家臣に任せて宗主の間にこもり水晶を置く。

宗主から受け継いだ水晶に力を通すと炎に焼かれた故郷とエリクに抱き上げられ眠る妹が映る。



「ヴィオ、深入りするなよ」



ヴィオラーナの無事にほっとしながらも悲劇の始まりに複雑な想いを抱えて民に指示を出すために宗主の間を後にする。



***



オリバンダーは水晶を通してエリクを眺め、戦神にのまれた友人への手紙を託す。



「エン、使いを。エリクに仕えろ。終わったら戻ってこい」



空に飛び立つ鷲を見て、もしもの時の逃げ足の速い戦神を掴まえる方法を思案する。



「ありがとう。俺の前に現れないで。どうか生きて」



オリバンダーはエンが持ち帰った手紙を握り潰した。

たった一言望んでくれればこれからの悲劇は変えられた。亡き祖父との約束と忘れじの国の掟さえなければ―。掟を破れば加護を失う。そうすれば全てが無駄になる。それは宗主としても忘れじの一族としても許されない行為。心のままに動きたいというオリバンダーの願いは叶わない。





水晶にはエリクが映る。

戦神に操られるエリクは目の前のものを全て血に染める。最初は敵兵だけだった。

最近は傍にいる皇族達がわざと民間人を殺させる。神に操られエリクが自分の体を制御できないと知るものは一部の皇族だけ。

英雄皇子が殺戮皇子と呼ばれはじめる。

全ての質が悪い帝国は国を落とすためには恐怖の象徴、殺戮皇太子の存在が必要だった。





「エリク、おかしいよ。皇帝陛下に私が話に行く」

「やめて。父上は絶対。お願いだからここにいて。目をつけられたら」

「魔法で一瞬よ」

「お願いだからやめて。俺はヴィオさえ無事ならいいから」

「剣を折りたい。あの剣さえなければあんな奴」

「ヴィオ、お願いだからここにいて。血を残すんだろう?ここで大人しくしてくれれば安全だから。本当に一人で大丈夫なの?」

「帝国人は信用できない。人の水に毒を混ぜるのも、うちの土壌を汚そうとするのも。仕返ししたけど。ばれてないよ。学のない言葉のわからない妃が魔法を使えるなんて思いつかないでしょう?こんなに便利な水晶があるのに連絡用しか使わないなんてバカよね」

「俺は連絡用しか使えないよ。変なところは覗くなよ、やめて」





オリバンダーはエリクに抱きしめられ乗り込むのを止められている能天気な妹に笑う。

子を宿したのに人払いして、一人で全てを終えようとする妹に産婆と物資を送る手配を整える。妹の帝国嫌いに苦笑しながら二人の絆が深まるほど襲うであろう悲劇に拳を握る。





「若様、用意ができました」



国が焼かれ数多の命が消えていく中でオリバンダーはようやく神殺しの業火を習得した。そして終焉の音が鳴りはじめる。





水晶に映るのは声を殺して泣く妹。



「エリクのバカ。一言言ってくれれば…。私なら」





「深入りするなって言ったのに。俺も言えないか」



エリクへの想いと忘れじの国の掟に心が押し潰されそうは妹。涙なんて見せない明るい妹がずっと泣いている声を聞きながらオリバンダーは乱暴に髪を掻き上げる。

愛さないでと妹に言う人の感情に鈍いエリクはきっとわかっていない。

妹夫婦の苦しみに気づきながらもオリバンダーは宗主としての務めを選ぶ。

最期の時のために準備を進めてきた。

禊をして民と一丸となって鍛えた弓矢を持ち幻覚使いの従者を連れて旅立つ。

幻覚でオリバンダーは姿を隠し、忘れじの民の神力を貯め、己の髪を結んだ矢を持ち弓を構える。

エリクの首が落ちた瞬間に弓矢を放つ。

凄まじい速さの弓矢が放たれ、浮かび上がった戦神の胸を貫くと同時に従者が観衆達に幻覚をかける。



『なぜだ!!』



オリバンダーは血走った眼で睨む戦神を鋭い目で睨み返し、手をかざす。



「ようやく捕まえた。我ら一族の宝を傷つけた。神をも焼き殺す業火よ散れ。お前の所為で妹は苦しみ義弟は死んだ」



弓矢に結ばれた赤い髪が燃え深紅の炎が広がる。



「月の女神は慈悲深い。ただし道理を守らぬものには裁きをくだす。そして太陽神は月の女神の涙が一番嫌いだ」

『お前は太陽の』



炎に焼かれ消えゆく戦神の断末魔が響く。太陽神や月の女神は力が強すぎて戦神を消そうとすると世界も巻き込むので人に託した。



戦神の姿が消滅し炎が消えた。オリバンダーは落ちたエリクの首に手を伸ばし、赤い瞳に瞼を下ろす。処刑台からエリクの体を降ろし首を繋げるように置き、汚れた体を魔法で洗う。罪人の服を脱がせ、白くて清潔な絹の衣を着替えさせ、包帯の巻かれた手を組ませる。髪を剣でザックリと切り懐に仕舞い、細い体と静かな寝顔をしばらく眺め、ゆっくりと跪き祈りを捧げる。



「宗主の名において安らかな眠りを。再び出会えることを祈り篝火よ」



夕焼け色の篝火がエリクの亡骸を燃やし全てが消えると、エリクの首と体を幻覚で作りオリバンダーは姿を消した。



忘れじの国では神降ろしの儀は禁忌である。

修練を積み、神の声を聞き、神に認められて初めて加護の力を使うことができる。

体に無理矢理神を下ろすのは神に肉体を捧げる行為。気まぐれの神がときどき宿主に主導権を返して遊んでいるだけ。修行を積んでいない体は神に耐えられず死ぬことも多く、低俗な神しか存在しないため得るものなどなにもない儀。神の力をつかうことへの体の負担は大きく短命となる。



神は一度乗り移れば体が死ぬまで放れられない。

エリクが自我を保ち生きていたのは戦神にずっと力が弱まるように月の女神の加護を持つヴィオラーナが呪いをかけ、亡き祖父は戦神に印を刻んだ。

オリバンダーは印を目印に弓矢を放ち、神殺しの業火で戦神を葬り去った。



「エリク、それでも俺達はお前に生きる方法を探して欲しかったよ。ヴィオ、ごめんな。お前の先見を封じたのは俺だ。こんなの見たくないだろう?男のプライドなんてバカらしいと恨むだろうがエリクは終わりを選んだ。恩返しってバカ」



太陽神と月の女神は望んだものにしか加護を与えない。

神の力が生んだ悲劇を繰り返さないために。

加護するのは同胞の遊びに苦しむ者が現れた時に願われたら。

神の力がなくても強く生きる命が自身の力で運命を切り開くように邪魔はしない。



オリバンダーは全てが終わったので妹を待っていた。



「ヴィオ」

「お兄様」

「みんな無事だよ。お前を待ってる。これ預かった」



オリバンダーは母親から預かった手紙を渡すと手紙を読んだヴィオラーナは顔を歪めた。



「嘘でしょ?今更?そっか。私は生きて欲しかった。でも選んでもらえなかった。エリクは愛さないでって。ずっと逝なくなる準備ばかりしていたの。愛してたのに傷だらけのあの人を苦しめたくなかったから言えなかった。助けたかったのに動くなって。私達の命の保障なんて叶わない願いを皇帝に託して逝った。ねぇ、お兄様、あとは任せていい?」



泣きそうな声を出すヴィオラーナに気付かないフリをしてオリバンダーは明るく問いかける。



「遊びに行くのか?」

「うん。リックを預かって。私は真実を伝える。いずれ帝国は滅びるわ。それでもエリクを殺戮皇子なんて言わせない。二度と神降ろしなんてさせない。もう悲劇はたくさんよ」



前を向いている妹に懐からエリクの遺髪を出して渡す。



「これは餞別だ。帰ってこいよ」



ヴィオラーナは渡された髪を震える手で握りしめる。



「うん。ありがとう。弔ってくれて。リックをお願いね」



オリバンダーは眠っている甥を受け取り、喧噪の中に駆けていく妹の背中を見送る。

そして響く歌声に耳を傾ける。



白銀の髪と瞳を持つ少女は歌う。

殺戮皇子の悲劇を。

殺戮皇子が救った命を。

切ない声で歌い続ける。たとえ帝国兵に指名手配され魔女と呼ばれて追いかけられても。

泣きながら切ない声で奏でる詩に人々は聞き入り賞金目当てに帝国兵に差し出す者はいない。



「お姉ちゃん、どうして泣くの?」

「なんでかな。止まらないの。愛してたの。でもね言えなかった。バカは私かも」

「悲しい皇子様を?」

「ええ。人の幸せばかりを願うあの人の願いに私は弱かったのよ。自分のための願いなんて一つも、嘘、一度だけ口にした。叶えてあげればよかった。子供ねって聞き流さないで」

「ヴィー、こっちに来い。帝国兵がうろついている。うちの酒場で飲みながら歌えばいい」

「お姉ちゃん、行こう。うそつきに捕まったら駄目だよ」



「エリクのバカ」



オリバンダーは甥と水晶を覗きながらため息をつく。



「母上、元気だね」

「酒を飲みながら酔って八つ当たりしなければ」

「大丈夫だよ。八つ当たりするのは帝国兵でしょ?すぐやっつけるよ」

「女神の加護はもうないからって躊躇いもなく物理を選ぶようになったよな。真似するなよ」

「神の加護なんていらないから母上の方針を推奨するよ」

「顔はエリクにそっくりなのに」

「言いたいことはきちんと言わないと。母上みたいに後悔したくないから」



エリクにそっくりな外見のリックは中身は母親の手紙を見て吹っ切れたヴィオラーナにそっくりだった。国や人ではなく自分の願いのために貪欲に手段を選ばずに、神力よりも魔力を磨いている。いつも母親の様子を水晶で眺めるため寂しさはなく、オリバンダーの頭を悩ませながら成長していく。





ヴィオラーナは帝国が滅びて5年後に双子とともにオリバンダーのもとに帰る。



「ここに僕とそっくりな兄上がいるの?」

「そのはずよ」

「ヴィオ、おかえり。リックはいないよ」

「え?」

「建国するって。丁度良い更地もあるから」

「は?」

「隠れるより堂々と光の国を作るんだと。エンと一緒に出て行ったよ」

「まだ子供なのに」

「神の力に頼らない国。悲劇の皇子の後継らしいな」



オリバンダーはリックの後押しをしながらも忘れじの国を守った。荒れた世界にあぶれる民を受け入れ、妹の拾ってきた悪女と虐げられていた元聖女を妻にむかえる。



「ヴィオは次を選ばないのか?」

「オリバー様、ヴィオは幸せですよ。欲にまみれたこの世界で出会い愛し合えるのは奇跡。どんなに他の方に求婚されても、あの子の深い愛はエリク様だけのもの。血族は私達ががんばりましょう。ヴィオはきちんと役目を果たしたんでしょう?」

「全てが終わったときに渡せと言われた手紙に心のままに生きなさいと書いてあるとは」

「一族の願いが叶ったからでしょうか?世を乱す神が現れないように、神に頼らぬ国をリックが作るでしょう」

「加護を捨てれば心のままに生きられる」

「私はオリバー様にお付き合いします。戒律だらけですが、一族の誇りは私達が繋ぎましょう。私はここで救われましたもの。ご兄妹で正反対ですが求めるものは同じ。おバカなエリク様にお会いできなかったのは残念ですが、もし会えたら叱ってさしあげます。愛についてお勉強も」



オリバンダーは妻の肩を抱いて、妹の声に耳を傾ける。

帝国が滅びても生涯歌いつづけるだろう妹にオリバンダーは最期まで真実を教えなかった。

エリクは国のためではなく、妻と我が子のために死を望んだ。愛する二人を傷つけないように。怨恨に巻き込まないように。

自分の力で何も守れないと思い込む、大事なことは口に出さない愚弟。オリバンダーは生涯エリクの命日に祈りを捧げた。





エリクとヴィオラーナの長子リックは光の国の建国神話に父の悲劇を綴り、神降ろしを禁忌にする。神を信仰しない王を持つ変わった国、宗教の自由を掲げる初めての国の王となる。





吟遊詩人 ヴィオラーナは世に数々の切ない詩を残した。

美しい吟遊詩人にそっくりな娘は両親の愛に溢れた明るい詩を口づさむ。

最後の締めの言葉は同じ。神の力を望んではいけない。

時が経ちオリバンダーの妻の手記が見つかり人々は美しき白銀の吟遊詩人の正体を知る。

ただしオリバンダーの妻は義妹の名誉のために一つだけ綴らなかった登場人物がいた。









































「貴方が生きていてくれれば。

その願いは変わらない。どうか来世は皇子様が自分の幸せを掴めますように。

人の不幸を願った私には月の女神の加護も言霊の力もない。神の力はいらない。

皇子様、私は幸せだったよ。貴方と出会って。

貴方と過ごした日々は―」



白銀の美女の涙が落ち、舞台の幕が下り観衆達が涙を流す静寂の中、大きな溜め息の後に呆れた声が響いた。



「二人共バカね。お兄様に情緒の勉強に可哀想な皇子と妃の悲劇を見ろって言われたけど、お勉強にならない」

「声を小さくしてよ」

「一緒にいてって言えば良かったのよ」

「皇子は妃を殺すかもしれないんだよ」

「それもきちんと言えば良かったのよ。妃が怖がるなら別れて、それでもいいよって言うなら一緒にいればいいの。私は守って死んじゃうより、苦しくても隣にいてほしい。愛する人の手で殺されるなら本望よ」

「それは」

「愛してるから一緒に生きて。貴方がいるなら何もいらないの」

「誤解されるよ」

「若い妻は嬉しいでしょ?美女を妻にできることを喜んでよ」

「大きくなれば」



少年の腕に抱き上げられている幼女は強引に唇を重ねた。



「ちょっ、ま」



真っ赤な顔の少年は抗議しようと口を開けると、口づけはさらに深くなる。幼女は隣の客の邪魔になってることに気付き、真っ赤な唇で蝕むのをやめて、潤んでいる瞳を見つめニコっと笑う。



「ここは駄目だね。人の邪魔になる。責任とってね?」

「バカ」

「ちゃんと落とすから安心して。お隣のお客さんの邪魔になるから歩いてよ」



少年は周囲の視線が集まっているのに気づいて幼女を抱き上げたまま慌てて外に駆け出した。



「私が幸せにしてあげるから任せて」

「自分の足で歩いてよ」

「嫌!!」



触れるだけの口づけに、さらに顔を真っ赤にする鈍感な少年に幼女はニコリと笑う。

いつも幼女に会いにくるのは赤い瞳の少年。「やりすぎるな。嗜みを持て」「気の迷いだ」とうるさい兄達がいないので二人っきりを堪能しながら、ポケットに入れた飴を少年の口の中にいれる。

幼女の自分のための幸せな計画は始まったばかり。

大人気の悲劇のバカな二人をお手本に。

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