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第七十三話 後編 誘拐
しおりを挟む目を開けると目の前に立派な皇宮が見えました。遠くから見たことがありましたが中に入るのは初めてです。
衛兵に紙を見せると、中に通されました。
気配なく青年が現れメイ伯爵夫人が礼をして、私の頭に手を置いて無理矢理頭を下げさせました。貴族のわりに、所作が乱暴すぎませんか!?
「伯母上、謁見前にお話を」
「殿下、礼儀も知らぬものゆえ」
「父上の妾に差し出すには幼いと」
「陛下の好みじゃろう?」
「ここからは私にご案内させてください」
青年に差し出される手に迷っていると背中を押されました。傾く体を青年が手を引いて支え、そのまま腰に手を回されました。エスコートを受けされるためとはいえ、メイ伯爵夫人乱暴ですよ!!うちの王国なら不敬ですわ。この青年はメイ伯爵夫人より高位なら話が通じるかもしれません。
殿下と呼ばれたなら皇族。皇子様に連れ出され、拒むメイ伯爵夫人と引き離され、豪華な部屋に案内されました。
「さて、君はどちらにつく?」
緑の瞳で探られるように見つめられます。なぜか寒気がしますがせっかくなので交渉してみましょうか。
「恐れながら、私はこの国の者でないため、事情がわかりません。知らない場所に軟禁され、訳のわからない話を聞かされ戸惑っております」
「君は?」
「お初にお目にかかります。フラン王国ビアード公爵家レティシア・ビアードと申します」
「レティシア・ビアード!?マールの婚約者?」
驚いた顔をされました。ありえない勘違いされてますけど・・。
「婚約者はおりませんが、レティシア・ビアードは私で間違いありません」
「後継争いに?」
「関わる気はありません。ですがわが国への不法侵入はやめていただきたいです」
「真の後継を知っているか?」
どこまで話が広まってるんでしょうか。
海の皇国での会話は全て皇族の耳に入るならメイ伯爵夫人が知ってたので、皆様ご存知ということですか。
やはりロキのことは話さない方が良い気がしました。
真の後継など皇帝陛下しか知りませんわ。体外的には、私が海の皇族の情報を知ってるはずがないので、いくらでも知らないフリができます。
「存じません。もしわが国にいるなら皇族としての自覚なき者に後継が務まるとは思いませんが」
「嘘はないか?」
「はい」
冷たい瞳に見つめられて背中に冷たい汗が流れてますが、視線をそらしてはいけません。どれだけ時間が経ったかわかりませんが皇子様が目を細め口角を上げて笑いました。
「取引をしようか。攫われた君を保護したのは私」
「今後、わが国への不法侵入はやめていただけますか?」
「そのあたりは国としての話し合いだろう」
確かにここでは契約できません。海の皇国からフラン王国に連絡し帰国すれば、海の皇族に不法侵入者され攫われたことを伝えて、海の皇国に抗議できますわね。逆らったらまずい雰囲気を持つ皇子様に礼をします。
「かしこまりました。助けていただき感謝します」
「できればもう少し傷心してくれないか?」
残念そうな声を掛けられ、きっと後継者争いのためになにか仕掛けるのでしょう。
被害者らしくしろと仰せなら従いましょう。リアナ直伝の泣き真似を披露しましょう。顔に手で覆い隠し、涙の出るツボを強く押して瞳を潤ませ、ポロポロと涙を流します。
「いい感じだ。さすが公爵令嬢だ」
感心されたお顔ですが、公爵令嬢は人前で泣きませんよ。
「あのいつまで続ければいいんでしょうか?」
「人を呼んでくるから、国を出るまで泣き崩れてて」
中々の無茶を…。
「お礼に一度だけ助けてあげるよ。いずれ私が皇帝になってみせる」
不満が顔に出ていました。いけません。笑顔の皇子様が私の手にメダルを握らせました。
「国内でそこに血を落として願えば私に声が届く」
「ありがとうございます」
海の皇国も広大な土地を持っていますよ。恐ろしい仕組みですわね。物騒な物を返したほうがいいでしょうか?いえ、願いを叶えてくれるなら信じましょう。ロキのことは話しません。泣くだけで取引してもらえるなら本気でやりましょう。このメダルは持ち帰って魔封じの箱にでもいれて保管すればいいですかね…。
床に座り力なく失意にくれて、静かに泣き崩れていると、人の気配がして誰かが入室してきました。
「レティシア!?」
聞き覚えのある声に戸惑う心を隠して泣き続けます。どうしてリオがいるんでしょうか。ピリピリとした空気が肌を刺激しますが、何が起こっているのでしょうか。
「間違いないか?」
「どういうことだ!?海の皇国にも捜索依頼は」
「リオ、落ち着け。彼女を保護してくれたんだ。大事な婚約者がようやく見つかったな。先にすることがあるだろう」
声を荒げるリオと聞き覚えのある穏やかなお声はカナト様ですか!?
もしかして、マール公爵家が動いたんですか!?
「ごめん。怖かったよな」
いたわるように抱きしめられても、困るんですが。でもピリピリした空気はなくなりません。
これどうすればいいんですか!?演技なんですけど…。でも取引なので泣き真似を続けないといけません。
「先に帰国させてもいいでしょうか?彼女もここだと安心できません。ビアード公爵も必死に探しているので」
お父様!?
エイベル、私は大丈夫って言いましたよ!!何してるんですか!?皇子様と目が合いうっかり顔を上げて止まった涙を慌てて流しました。顔を手で覆いましょう。動揺で顔が崩れてしまいそうになりますわ。
「彼女には申し訳ないことをしました。国としての話し合いは」
「義兄として、私が引き受けましょう。リオ、先に帰国していい。報告書は忘れるなよ」
全く状況が飲み込めません。義兄?
「先に帰国させていただきます。失礼します」
リオの腕が膝の裏に、え?ふわりと抱き上げられますがここで降ろしてと暴れるのもおかしいですよね…。皇子様から視線を送られてます。きちんと約束を果たしますよ。私には大人しく泣き崩れるしか道はありませんのね。全く状況がわからず、無理に泣いた所為か息が苦しくなってきました。労るように背中を叩かれ、段々意識が遠く…。
気づくと、水の気配にこの揺れは船の上?懐かしい香りに目を開けると、
「レティシア、遅くなってごめん。無理矢理でも連れて帰れば良かった」
リオに抱きしめられている状況はわかりませんが、出航したので涙を拭き胸を押してリオの腕の中から逃げました。連れて帰られても困りましたし謝られる理由もわかりません。部屋に入ってきたお盆を持っているマオと目が合いました。そうゆうことですか。マオ、教えてくれてありがとうございます。号泣する公爵令嬢を見たら混乱しますわよね。
「マール様、演技です。全く怖い思いはしてません。皇子様に頼まれただけです」
「え?それなら良かった?報告書をまとめるから事情を説明してほしい」
状況はわかりませんがリオが悲しそうな顔ではなくなったのでいいでしょう。
マオが用意してくれたお茶を口に淹れると素朴な味のお茶に顔が緩みます。ビアードのお茶に懐かしさを感じるなんて人生何があるかわかりませんわ。マオはリオの護衛で来たんでしょうか。
海の皇国とのやりとりはマール公爵家も関与するので攫われた状況から説明するとリオが固まりました。
「不審者が、現れた時点でなぜ声をあげなかった!?無詠唱で魔法で対抗できただろうが!?」
無茶を言われてます…。寮で魔法合戦なんて恐ろしいことできませんよ。それに、ナギがいるなら尚更。
声を荒げるなんて、貴族としていけません。家格の高いリオには言えませんね。
「幼子が人質に捕らえられたらできませんよ。一歩間違えればナギの首が無くなってましたわ」
「大人しく攫われるかよ」
「逃げる自信はありました」
「海の皇宮は魔法が使えないんだよ」
初耳です。皇族の安全のためですかね。さすがマール公爵家は情報の宝庫ですわ。
別に問題ありません。マール公爵家は血や魔法の流出の心配をしてるんですよね。常識に疎い武門貴族でもわかってますわ。
「逃げられなければ、自害すればいいだけです。読み違いで死ぬなら、仕方ありません。自己責任ですわ」
「自害って」
呆れた声を出さなくても私はちゃんとわかってますよ。
「ビアードの血を父の許可なく、他国に渡すわけにはいきませんもの。貴族の令嬢はいつでも命を捨てる覚悟ができてますわ」
「生きる覚悟をしたって言ってなかった?」
「ビアード公爵令嬢として。でもフラン王国の公爵令嬢としての役目が優先です。」
腕を強く掴まれ、ぐっと引き寄せられリオに強く抱きしめられました。どうして?抱き合う流れなんて一切ありませんわ。このリオは抱きつき癖があるんでしょうか?
「俺はレティシアと生きると決めてる。何があっても助けるからそんなに簡単に命を投げ出そうとしないで」
リオは情緒不安定なんでしょうか?何を言ってるんでしょうか。勝手に決められても困りますし、私は関わりたくありませんのに。むしろ助けもいりませんわ。命は簡単に投げ出しませんよ。きちんと価値を高めて取引を。まぁ細かいことは伝える必要はありませんね。大事なことだけ言いましょう。
「私はマール様と生きる気はありません」
「婚約したけど」
ありえない言葉が聞こえました。
「はい?」
「君を助けるために婚約者の立場が必要だった」
聞き間違いではないリオの言葉に息を飲みました。
私を助けるため?
自分の行動の意味をわかってるんでしょうか・・・。ありえませんわ。百歩譲って、助けるため?別に婚約必要ありませんわよ。子供だからって許されませんわ。
リオの胸を強く押して、顔をあげ睨みつけます。
「助けてなんて頼んでません。そんな理由で婚約なんてバカなんですか!?」
「好きな女が、献上されるのを黙って見てられるわけないだろう。君が望まないなら今は破棄してもらってもいい。醜聞は俺が引き受けるよ」
真顔でバカなことを言ってます。家としてどれだけ不利なことをしたのか自覚がないんでしょうか。
「何を考えてますの!?なんで、そんな勝手なことを」
「俺はレティシアを妻にしたい。一度でいいから真剣に考えてくれないか」
マール公爵家と自分のことをもっと考えるべきです。醜聞を引き受けるって・・。
冗談であってほしいのに、顔は真剣です。救出のために婚約が必要な理由もやはりわかりません。でもどんな理由を述べられても答えは変わりません。
「お父様の判断に従います」
「お父様はレティシアが望むかを一番大事にしてる」
婚約についてはビアード公爵には条件は聞いていますが他には何も言われていないので本当かはわかりません。ビアード公爵夫人は私の希望も考慮すると言ってくださいましたがお断りしました。
もし本当でも生涯一緒にいたい人はこの世界にはいません。
「望む相手などいませんわ」
頬にそっと手を添えられ逸らした視線を無理矢理合わせられました。
「ビアードにとっての俺の価値は?俺は領主としての教育も受けてるし、内務も社交も交渉も得意だ。殿下との交渉もできる。君の兄の苦手を補える。騎士を支えるレティシアの補助をうまくこなす自信もある。君の成人までにはビアード公爵よりも強くなってみせるよ」
ゆっくりと優しい顔で語る言葉に戸惑います。ビアードの利を考えてはいるんですね・・・。
「マール様?」
「レティシアの考えるビアード公爵家の未来に俺が、邪魔になるかどうか考えて見てくれないか?」
惑わされてはいけません。私のリオとそっくりだからって違います。リオの雰囲気に似ていたからって流されてはいけません。
「愛人、隠し子」
「作らないから。君との子供も臣下として育てるよ。決して当主の邪魔にはさせない」
嘘をついている様子はありません。もともと嫡男を支えるように育てられている三男のリオは野心はなさそうです。恐ろしいことにリオの優しい声は人の警戒心を解いていくんです。
瞳を逸らしたいのに、大好きな瞳とそっくりな色はずっと見ていたくなります。惑わされてはいけません。冷静に。
マール公爵家がビアードに婿入りなんて許せない方がいます。
「アリア様は」
「口出ししないよ。ただ一度考えてみてくれないか。俺は君の兄とは違った方法でビアードを繁栄させる。三男の俺は当主に憧れたことは一度もない。レティシアの隣にいる権利をくれるならどんな願いも叶えるよ」
ちゃんとビアードのことを考え立ち位置もわかっています。
私の隣にいることにそこまで価値があるとは思えません。でも切ないほどにそっくりで頬に添えられている手を・・。昔から当然のように伸ばしてくれたそっくりな手を取りたくなります。
「もし、いえ、なんでもないです」
「もし?」
無意識にこぼそうとした言葉を慌てて止めました。優しい顔で続きを促す姿もそっくりです。話すまで解放してくれないでしょう。
「私が記憶を失い別人になってもビアードを支えてくださいますか?」
「それがレティシアの願いなら叶えるよ」
優しい人。違うのに全てを受け止めてくれる愛しい人にそっくりで思わず小さく笑ってしまいました。
「マール様は変わってますわ」
「否定はしない。今回さらわれたのは二度目なのか?」
「メイ伯爵夫人に攫われたことはありましたが、学生時代は初めてです。海の皇宮は初めて訪問しましたわ」
「フラン王国は遠い。昔話を聞かせてくれないか?」
ぼんやりしてましたがリオの言葉に我に返りました。目の前のリオは意地悪です。
「嫌ですよ。マール様はすぐリオの真似しますもの」
「それで寂しさがまぎれるなら、利用すればいいのに」
「しません。代わりはいません。同じものなど何一つもありません。お互いに苦しいだけですわ」
「俺は君が笑うなら苦しくないし、嬉しいけど」
何もわかってないから言えるんです。一度縋ればきっと戻れません。
子供のリオにはわかりませんわ。
「最初だけで段々苦しくなりますわ。似ていても別人です。でも優しいところだけはいつの世も一緒です。帰国したらマール公爵家に謝罪に伺わないといけませんね」
「中々大きい問題になってるから覚悟して」
マール公爵家が動けば大きな問題になりますよね・・。
気が重いです。
「ビアード公爵令嬢が遅れを取ったのは醜態ですね。そこまで考えが及びませんでした」
「王国の結界を抜けて自由に出入りできるのは大問題だ。国防の見直しにビアード公爵も、忙しそうだよ」
「お父様…。クロード殿下の機嫌が怖いですわ。帰国するのが気が重いですわ」
「レティシアが無事で良かったよ」
頼んでいませんが、こんなに早く穏便に帰国できるのはマール公爵家のおかげです。
「助けていただきありがとうございました。驚きましたわ」
「ビアードが動かないとは思わなかった。初めてマールに産まれたことを感謝した」
ビアードは動けません。ビアードが動き侵略行為とみなされ戦争になれば困ります。世界でも屈指の魔法を誇るフラン王国は国防に力を入れ、他国を侵略しないことを示して平和な時代を築いてきました。一度戦争が起これば、世界が荒れます。
マールに生まれたことを初めて感謝・・・・。
「贅沢ですこと。幼い頃は優しい両親に珍しい物に囲まれたリオが羨ましくてたまりませんでしたわ。そろそろ離していただけませんか?」
「もう少しだけ。俺と婚姻すれば念願のマールの一員だよ」
宥めるように優しく頭を撫でる手にぼんやりしてきたので、そのまま身を委ねました。
リオとの婚約についてはお父様の意向を確認しないといけません。
もしも、目の前のリオと一緒になって、私のリオを求めず生きられるんでしょうか…。
温もりも香りも懐かしいものにそっくりで力が抜けます。
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