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第百二十三話後編 驚愕
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休養日にマール公爵邸のお茶会に招待されました。
出迎えてくださったのはマール公爵夫人にエレン様、カナト様とレイヤ様。国内にいることが珍しい皆様が揃っています。
「レティシア、髪が」
「セリアに協力しました。公爵令嬢らしくない姿に謝罪致します」
「短い髪も可愛らしいよ」
明るく笑うレイ兄様はいつの世もお優しいです。
「ありがとうございます」
「まだ他のお客様はいらっしゃらないからどうぞ」
流れるような所作でレイヤ様にエスコートされ着席しました。私が早めに呼ばれた理由はなんでしょうか。マール公爵夫人が退室しカナト様達が着席しました。
「リオが申しわけないことをした。度重なるマールのレティシアへの」
カナト様が頭を下げました。続いてレイヤ様とエレン様も。度重なるが何にかかっているかわかりませんが公爵家の方々が頭を下げるのはありえないことです。しかも序列一位のマール公爵家に頭を下げられるなんて背中に冷たい汗が流れてます。不敬を承知ですがこの状況に耐えられません。
「恐れながら言葉を遮ることをお許しください。どうか頭を上げてくださいませ。このたびのリオ様の件は私にも責任があります。治癒魔導士として婚約者としてリオ様の異変に気付かなかったのは私の非です。正しい目を持てず、対処できず申し訳ありませんでした。ビアード公爵令嬢としても治癒魔導士としても謝罪致します」
リオの件は私にも非があるので頭を下げました。私が気づかないといけないことでした…。
「頭をあげて。君に謝罪されたら」
「でしたらこの件はもう終わりにしていただけませんか。私はマール公爵家の皆様から謝罪を受けるべきことは何一つありません。学園でのことは家は不干渉です。子供の過ちでありすでに裁きは終わっています。被害者であるマール公爵家から謝罪を受ける必要もわかりません」
「愚弟のバカで迷惑をかけた謝罪は受け取ってもらえないか。極秘で処理されたことだが、隠し事はやめようか」
「リオはカナト様が厳しく叱ればよろしいです。これ以上は」
謝罪が終わったことに安堵すると分厚い資料を渡されました。
リオに毒を盛った伯爵家の取りつぶしにしては量が多いですわ。書類をめくればめくるほど目を見張りました。渡された資料は私が知らないことばかり。海の皇国の誘拐事件や武術大会での不正の黒幕、お茶会で不正に関与した者達への報復、セント様の怪しい実験と―。ビアードでは持っていない情報ばかりです。マール公爵家が動く必要のないことばかり。そして全て私が関わったことばかり。
「リオが勝手に動いたが知らないと対処に困ることもあるだろう」
「お心遣いに感謝いたします。今後はきちんと情報収集して対処にあたるよう」
「必要ならうちの諜報を使ってもいい。ビアードだと不便もあるだろう。義兄としていつでも力を貸すよ。リオのことも含めて困ったことがあるならいつでも。その資料は持って帰っていい。そろそろお見えか」
言葉を遮られ締め括られました。極秘の資料を頂きましたがお返しできる雰囲気ではありませんので後で処分しましょう。
公爵夫人達が集まり派閥のお茶会が始まりました。ビアード公爵夫人はビアード公爵がお休みなので邸で夫婦の時間を過ごされているので欠席です。派閥のお茶会は慣れていますのでビアード公爵夫人がいなくても問題はありません。短く切った髪のことはセリアの所為にしたので深く追及されませんでした。
「皆様が揃われてますのにリオ様はいらっしゃらないのが残念ですわね」
「リオはビアード公爵邸に」
「え?」
エレン様の言葉に令嬢モードが剥がれかけ慌てて笑みを浮かべました。リオがうちに?まずいですわ。婚約破棄の話が出たならビアード公爵夫妻はリオの行動を知ってます。私は溺愛されてますので、斬られるかもしれませんわ。リオはおバカかもしれません。ビアード公爵邸には一人で顔を出さないように私は伝えましたわ。うちに帰ってませんでしたが一度様子を見に行くべきでしたわ。
「レティシア、顔色が悪いわ。休んでも」
「申し訳ありません。中座する無礼をお許しください」
「構いません。お大事に」
マール公爵夫人とエレン様の言葉に甘えて礼をして退席しました。急いでビアード公爵邸に帰らないといけません。
「風で送るよ」
マール公爵邸を出てマオを呼ぼうとするとカナト様に肩を掴まれました。確かにマオを待つよりも早いですわ。カナト様にお願いしてビアード公爵邸まで飛んでもらいました。さすがマール公爵嫡男。空も自由自在で快適な散歩でしたわ。
ビアード公爵邸に入ると緊迫した空気が流れています。駆け寄ってきた執事長を静かに見つめます。
「カナト様の接待をお願いします。無礼は許しません。この空気はどういうことでしょうか?戦でも始まるのでしょうか?どんな方にもビアードらしいおもてなしをお願いします。お父様はどちらに」
執事長に案内はいらないと伝えて急ぎます。扉に手を掛けると中から聞こえる声に固まりました。
「このたびは申しわけありませんでした」
「謝罪はいらない。斬りたくなるから足を踏み入れないでほしい」
「斬ってご満足いただけるなら、構いません。腕でも、足でも。命以外なら差し出します」
「書類にサインをして婚約解消するだけでいいわ。責任はうちが、全てはビアードで請け負うわ」
「どうか婚約解消はお許しください。彼女と共に歩むためならどんなことでもします」
「なんでもねぇ」
恐ろしい会話に扉を開けると目の前の光景に絶句しました。緊迫した空気でリオを出迎えただろう公私混同している使用人達への呆れもですが、序列の高いマール公爵家子息のリオに土下座させているビアード公爵夫妻にも。そして頭を上げないリオ。矜持の高い公爵子息のリオが土下座しているのに椅子を勧めず殺気を向けているビアード公爵夫妻。きちんと謝罪をしている相手への態度ではありませんわ。リオの事件は極秘で処理されても記憶さらしが行われるほどの件を国防の最高責任者であるビアード公爵が知らないはずがありません。もしもビアード公爵が罪のないリオに剣を向けるなら止めないといけません。公爵が私情に流されるなどあってはいけないことですわ。
「お父様、お母様、おやめください!!この件は私に非があります。リオに剣を向けるのが私情であるなら私はお父様に反抗致します」
「レティ、どうして、髪はどうしたの!?」
驚いているビアード公爵夫人。私の髪よりも冷静に状況判断をしてほしいですわ。
「髪はセリアの所為です。伸びますので気にしないでください。ビアード公爵家のために婚約解消、破棄するなら受け入れます。もしも私の身を案じてでしたらお考え直しをお願い致します」
「酷い事をされたら言えと言っただろう?」
ビアード公爵ではなく親として心配そうな顔をしているビアード公爵。確実に私情ですわ。でしたら理よりも感情に訴えるべきですわ。膝をついているリオの横に膝を尽き頭を下げます。それにリオよりも私が謝罪すべき件なのは事実です。
「されてません。酷いのは私です。婚約者が毒に侵されたのに気付きませんでした。私は自分の保身のためにリオと向き合わず逃げました。ビアード公爵令嬢としてあるまじき失態です。婚約者が苦しんでいるのに私は逃避ばかりしてました。リオが咎を受けるなら私も受けます。リオを斬るなら私も斬ってください」
「シア、これは俺の責任だよ。こんなことしないで」
気遣うリオに頭を上げるように促されていますが首を横に振って拒絶します。リオは被害者です。私のために動いてくださったリオと違い私のした行為は裏切りです。
「違います。カナ兄様に聞きました。今までリオがビアードのために動き私の身を案じて内密に処理してくださったことも。それなのに私がリオにしたことは…。お父様、お母様、どうか冷静になってください。私のためを想ってくださるならどうかお考え直しを。親子の情ではなくビアード公爵夫妻としてのご判断を。リオは私の婚約者としてずっと動いてくださっていました。私はリオの婚約者なのに」
忠義のビアードとしてありえない行為です。ビアード公爵令嬢の婚約者として動いてくれたリオへの私の非礼も、被害者であるリオを責めるビアード公爵夫妻の行動もビアードとして相応しくない行いです。マールの皆様も悪いものでも食べたのでしょうか。
「ビアード公爵夫妻、二度と裏切るようなことはしません。次は斬ってください。どうかレティシアの婚約者でいることを許してください」
隣で頭を下げる気配とリオの言葉にため息を飲み込みました。まずはビアード公爵夫妻の説得です。
しばらくして息を吐く音が聞こえたのでもう大丈夫でしょう。
「二人共頭を上げなさい。レティが望むなら反対するつもりはないわ」
「レティはお父様よりリオか」
頭を上げると笑っているビアード公爵夫人と悔しそうな顔のビアード公爵。冷たい空気も消えましたしリオを斬らないならこれ以上の反抗はやめましょう。ビアード公爵の弱いニッコリ笑顔を作ります。
「お父様が大好きです。でもお父様はお母様のものですわ。何があろうとお父様への気持ちは変わりません」
いつものようにデレデレと緩いお顔のビアード公爵の機嫌は戻りました。大事に想っていただけることは嬉しいです。公私混同さえなければ。
「婚姻の条件にもう一つ加える。エイベルの同意だ。他の女に現を抜かせば斬る」
「ありがとうございます」
婚姻については口を出すつもりはありません。もし斬ることがあるならその時は止めましょう。法を犯していないリオを斬れば批難されるのはうちですから。全てを物理で解決しようとするビアード公爵家。事後処理の杜撰さに呆れて処理し直すことがどれだけあったか。私の処理しきれなかったものを補ってくれていたのがリオでしたわ。
「お茶にしましょうか。ゆっくり話を聞かせてほしいわ。レティが反抗するなんて初めて」
ビアード公爵夫人の楽しそうな声に背中に冷たい汗が流れました。また訳の分からない恋の話を求められるのでしょう。頭を撫でる手の持ち主が無事なことに力が抜けました。
「中立じゃないのか?」
色々言いたいことはありますがビアード公爵夫人の楽しそうな視線が怖いですわ。一応確認しますか。
「余計なお世話でしたか?」
「助かったけど見られたくなかった」
私としてはバカなことをしないでほしかったのですがお説教は頼りになるカナ兄様に任せましょう。ただし一つだけ譲れないことは伝えます。
「お気になさらず。ですが次、リオを傷つけるようなことを言ったら怒りますから覚えておいてください」
「ごめん」
しょんぼりとしているリオを見てまだ病み上がりということを思い出しました。今回だけ見逃しましょう。下を向いたリオの頬に手を当てて顔を銀の瞳を覗き込みます。
「仕方ないから許してあげます。もう痛いことも苦しいこともないですか?」
「シアさえ傍にいてくれればな」
手を重ねて嬉しそうに笑うリオは大丈夫そうですわね。
「婚姻前に手を出したらわかっているか」
「立ちなさい。今回は見逃しますがビアード公爵家が膝を折るのは王家にだけよ」
ビアード公爵夫人の声にリオに手を繋がれて立ち上がりました。ビアード公爵令嬢としてはあるまじき行為なので静かに頷きます。私情でビアード公爵夫妻としてあるまじき態度であったお二人に突っ込むことはしません。
「リオも迂闊なことは気をつけなさい。毒の耐性ないんだから」
「望むなら手配するが」
ビアード公爵の言葉に首を横に振ります。わざわざ苦しみながら耐性をつける必要はありません。
「いりません。リオに毒の耐性なんて必要ありませんわ」
「せっかくだから」
「危ないことはやめてください」
バカなことを言うリオを睨みます。どこまで辛いかわからないから言えるんでしょう。本当はこのまま退席してカナト様の接待をするべきですが楽しそうなビアード公爵夫人からは逃げられません。令嬢モードで流しながらお茶会にお付き合いしましょう。色恋に興味はないですがお母様にお付き合いするのも大事なことです。休養日なのに疲れましたわ。
今日の良かったことはうちのいらない魔導具をマール公爵家が引き取ってくれたことです。リオ・マールは頭の良い人間だったはずですが今世は違うかもしれません。
ビアード公爵夫妻とリオとのやり取りにため息をつきました。部屋を出ると使用人達の態度が元に戻り緊迫した空気が霧散していたことには安堵しました。ビアードは全てがポンコツだったりしませんよね?これは知らないほうがいいことですわ。考えるのはやめましょう。リオ達を見送り部屋に帰りディーネを抱きしめます。いつの世もディーネは可愛く癒されますわ。ディーネはポンコツではありませんよ。ビアードの未来が不安でなりませんわ。
***
リオは休養日のビアードの視察に付いてきます。家臣達には言い聞かせてありますが、無礼を働いたら怖いのでビアード領ではできるだけ一緒に行動しています。
そしてありえない言葉に首を傾げます。
「卒業したらビアード公爵邸に部屋をもらい仕事を覚える」
マール公爵邸からビアード公爵邸まで馬で一時間、風で飛べばすぐですわ。
「マール公爵邸から通われたほうが」
「両家からも許可をもらった」
リオは自分の立ち位置をわかっていないんでしょうか?リオが第二夫人を迎えようとしていたことをなぜかうちの騎士達は知っていました。そしてリオに向ける視線は冷たいです。両家の中で決まったなら私は口出しできないので領民や騎士達に無礼を働かないように命令していますが。
エイベルとリオを一緒にすると喧嘩するので騎士達を余計に刺激しますわ。エイベルが殿下のお傍に控える日にビアードに帰りましょう。公爵子息に無礼、危害を加えたりしないでくださいませ。緩いビアードは心配でなりません。
リオの危機感の無さに驚きしかありませんわ。平穏が恋しいですわ。
出迎えてくださったのはマール公爵夫人にエレン様、カナト様とレイヤ様。国内にいることが珍しい皆様が揃っています。
「レティシア、髪が」
「セリアに協力しました。公爵令嬢らしくない姿に謝罪致します」
「短い髪も可愛らしいよ」
明るく笑うレイ兄様はいつの世もお優しいです。
「ありがとうございます」
「まだ他のお客様はいらっしゃらないからどうぞ」
流れるような所作でレイヤ様にエスコートされ着席しました。私が早めに呼ばれた理由はなんでしょうか。マール公爵夫人が退室しカナト様達が着席しました。
「リオが申しわけないことをした。度重なるマールのレティシアへの」
カナト様が頭を下げました。続いてレイヤ様とエレン様も。度重なるが何にかかっているかわかりませんが公爵家の方々が頭を下げるのはありえないことです。しかも序列一位のマール公爵家に頭を下げられるなんて背中に冷たい汗が流れてます。不敬を承知ですがこの状況に耐えられません。
「恐れながら言葉を遮ることをお許しください。どうか頭を上げてくださいませ。このたびのリオ様の件は私にも責任があります。治癒魔導士として婚約者としてリオ様の異変に気付かなかったのは私の非です。正しい目を持てず、対処できず申し訳ありませんでした。ビアード公爵令嬢としても治癒魔導士としても謝罪致します」
リオの件は私にも非があるので頭を下げました。私が気づかないといけないことでした…。
「頭をあげて。君に謝罪されたら」
「でしたらこの件はもう終わりにしていただけませんか。私はマール公爵家の皆様から謝罪を受けるべきことは何一つありません。学園でのことは家は不干渉です。子供の過ちでありすでに裁きは終わっています。被害者であるマール公爵家から謝罪を受ける必要もわかりません」
「愚弟のバカで迷惑をかけた謝罪は受け取ってもらえないか。極秘で処理されたことだが、隠し事はやめようか」
「リオはカナト様が厳しく叱ればよろしいです。これ以上は」
謝罪が終わったことに安堵すると分厚い資料を渡されました。
リオに毒を盛った伯爵家の取りつぶしにしては量が多いですわ。書類をめくればめくるほど目を見張りました。渡された資料は私が知らないことばかり。海の皇国の誘拐事件や武術大会での不正の黒幕、お茶会で不正に関与した者達への報復、セント様の怪しい実験と―。ビアードでは持っていない情報ばかりです。マール公爵家が動く必要のないことばかり。そして全て私が関わったことばかり。
「リオが勝手に動いたが知らないと対処に困ることもあるだろう」
「お心遣いに感謝いたします。今後はきちんと情報収集して対処にあたるよう」
「必要ならうちの諜報を使ってもいい。ビアードだと不便もあるだろう。義兄としていつでも力を貸すよ。リオのことも含めて困ったことがあるならいつでも。その資料は持って帰っていい。そろそろお見えか」
言葉を遮られ締め括られました。極秘の資料を頂きましたがお返しできる雰囲気ではありませんので後で処分しましょう。
公爵夫人達が集まり派閥のお茶会が始まりました。ビアード公爵夫人はビアード公爵がお休みなので邸で夫婦の時間を過ごされているので欠席です。派閥のお茶会は慣れていますのでビアード公爵夫人がいなくても問題はありません。短く切った髪のことはセリアの所為にしたので深く追及されませんでした。
「皆様が揃われてますのにリオ様はいらっしゃらないのが残念ですわね」
「リオはビアード公爵邸に」
「え?」
エレン様の言葉に令嬢モードが剥がれかけ慌てて笑みを浮かべました。リオがうちに?まずいですわ。婚約破棄の話が出たならビアード公爵夫妻はリオの行動を知ってます。私は溺愛されてますので、斬られるかもしれませんわ。リオはおバカかもしれません。ビアード公爵邸には一人で顔を出さないように私は伝えましたわ。うちに帰ってませんでしたが一度様子を見に行くべきでしたわ。
「レティシア、顔色が悪いわ。休んでも」
「申し訳ありません。中座する無礼をお許しください」
「構いません。お大事に」
マール公爵夫人とエレン様の言葉に甘えて礼をして退席しました。急いでビアード公爵邸に帰らないといけません。
「風で送るよ」
マール公爵邸を出てマオを呼ぼうとするとカナト様に肩を掴まれました。確かにマオを待つよりも早いですわ。カナト様にお願いしてビアード公爵邸まで飛んでもらいました。さすがマール公爵嫡男。空も自由自在で快適な散歩でしたわ。
ビアード公爵邸に入ると緊迫した空気が流れています。駆け寄ってきた執事長を静かに見つめます。
「カナト様の接待をお願いします。無礼は許しません。この空気はどういうことでしょうか?戦でも始まるのでしょうか?どんな方にもビアードらしいおもてなしをお願いします。お父様はどちらに」
執事長に案内はいらないと伝えて急ぎます。扉に手を掛けると中から聞こえる声に固まりました。
「このたびは申しわけありませんでした」
「謝罪はいらない。斬りたくなるから足を踏み入れないでほしい」
「斬ってご満足いただけるなら、構いません。腕でも、足でも。命以外なら差し出します」
「書類にサインをして婚約解消するだけでいいわ。責任はうちが、全てはビアードで請け負うわ」
「どうか婚約解消はお許しください。彼女と共に歩むためならどんなことでもします」
「なんでもねぇ」
恐ろしい会話に扉を開けると目の前の光景に絶句しました。緊迫した空気でリオを出迎えただろう公私混同している使用人達への呆れもですが、序列の高いマール公爵家子息のリオに土下座させているビアード公爵夫妻にも。そして頭を上げないリオ。矜持の高い公爵子息のリオが土下座しているのに椅子を勧めず殺気を向けているビアード公爵夫妻。きちんと謝罪をしている相手への態度ではありませんわ。リオの事件は極秘で処理されても記憶さらしが行われるほどの件を国防の最高責任者であるビアード公爵が知らないはずがありません。もしもビアード公爵が罪のないリオに剣を向けるなら止めないといけません。公爵が私情に流されるなどあってはいけないことですわ。
「お父様、お母様、おやめください!!この件は私に非があります。リオに剣を向けるのが私情であるなら私はお父様に反抗致します」
「レティ、どうして、髪はどうしたの!?」
驚いているビアード公爵夫人。私の髪よりも冷静に状況判断をしてほしいですわ。
「髪はセリアの所為です。伸びますので気にしないでください。ビアード公爵家のために婚約解消、破棄するなら受け入れます。もしも私の身を案じてでしたらお考え直しをお願い致します」
「酷い事をされたら言えと言っただろう?」
ビアード公爵ではなく親として心配そうな顔をしているビアード公爵。確実に私情ですわ。でしたら理よりも感情に訴えるべきですわ。膝をついているリオの横に膝を尽き頭を下げます。それにリオよりも私が謝罪すべき件なのは事実です。
「されてません。酷いのは私です。婚約者が毒に侵されたのに気付きませんでした。私は自分の保身のためにリオと向き合わず逃げました。ビアード公爵令嬢としてあるまじき失態です。婚約者が苦しんでいるのに私は逃避ばかりしてました。リオが咎を受けるなら私も受けます。リオを斬るなら私も斬ってください」
「シア、これは俺の責任だよ。こんなことしないで」
気遣うリオに頭を上げるように促されていますが首を横に振って拒絶します。リオは被害者です。私のために動いてくださったリオと違い私のした行為は裏切りです。
「違います。カナ兄様に聞きました。今までリオがビアードのために動き私の身を案じて内密に処理してくださったことも。それなのに私がリオにしたことは…。お父様、お母様、どうか冷静になってください。私のためを想ってくださるならどうかお考え直しを。親子の情ではなくビアード公爵夫妻としてのご判断を。リオは私の婚約者としてずっと動いてくださっていました。私はリオの婚約者なのに」
忠義のビアードとしてありえない行為です。ビアード公爵令嬢の婚約者として動いてくれたリオへの私の非礼も、被害者であるリオを責めるビアード公爵夫妻の行動もビアードとして相応しくない行いです。マールの皆様も悪いものでも食べたのでしょうか。
「ビアード公爵夫妻、二度と裏切るようなことはしません。次は斬ってください。どうかレティシアの婚約者でいることを許してください」
隣で頭を下げる気配とリオの言葉にため息を飲み込みました。まずはビアード公爵夫妻の説得です。
しばらくして息を吐く音が聞こえたのでもう大丈夫でしょう。
「二人共頭を上げなさい。レティが望むなら反対するつもりはないわ」
「レティはお父様よりリオか」
頭を上げると笑っているビアード公爵夫人と悔しそうな顔のビアード公爵。冷たい空気も消えましたしリオを斬らないならこれ以上の反抗はやめましょう。ビアード公爵の弱いニッコリ笑顔を作ります。
「お父様が大好きです。でもお父様はお母様のものですわ。何があろうとお父様への気持ちは変わりません」
いつものようにデレデレと緩いお顔のビアード公爵の機嫌は戻りました。大事に想っていただけることは嬉しいです。公私混同さえなければ。
「婚姻の条件にもう一つ加える。エイベルの同意だ。他の女に現を抜かせば斬る」
「ありがとうございます」
婚姻については口を出すつもりはありません。もし斬ることがあるならその時は止めましょう。法を犯していないリオを斬れば批難されるのはうちですから。全てを物理で解決しようとするビアード公爵家。事後処理の杜撰さに呆れて処理し直すことがどれだけあったか。私の処理しきれなかったものを補ってくれていたのがリオでしたわ。
「お茶にしましょうか。ゆっくり話を聞かせてほしいわ。レティが反抗するなんて初めて」
ビアード公爵夫人の楽しそうな声に背中に冷たい汗が流れました。また訳の分からない恋の話を求められるのでしょう。頭を撫でる手の持ち主が無事なことに力が抜けました。
「中立じゃないのか?」
色々言いたいことはありますがビアード公爵夫人の楽しそうな視線が怖いですわ。一応確認しますか。
「余計なお世話でしたか?」
「助かったけど見られたくなかった」
私としてはバカなことをしないでほしかったのですがお説教は頼りになるカナ兄様に任せましょう。ただし一つだけ譲れないことは伝えます。
「お気になさらず。ですが次、リオを傷つけるようなことを言ったら怒りますから覚えておいてください」
「ごめん」
しょんぼりとしているリオを見てまだ病み上がりということを思い出しました。今回だけ見逃しましょう。下を向いたリオの頬に手を当てて顔を銀の瞳を覗き込みます。
「仕方ないから許してあげます。もう痛いことも苦しいこともないですか?」
「シアさえ傍にいてくれればな」
手を重ねて嬉しそうに笑うリオは大丈夫そうですわね。
「婚姻前に手を出したらわかっているか」
「立ちなさい。今回は見逃しますがビアード公爵家が膝を折るのは王家にだけよ」
ビアード公爵夫人の声にリオに手を繋がれて立ち上がりました。ビアード公爵令嬢としてはあるまじき行為なので静かに頷きます。私情でビアード公爵夫妻としてあるまじき態度であったお二人に突っ込むことはしません。
「リオも迂闊なことは気をつけなさい。毒の耐性ないんだから」
「望むなら手配するが」
ビアード公爵の言葉に首を横に振ります。わざわざ苦しみながら耐性をつける必要はありません。
「いりません。リオに毒の耐性なんて必要ありませんわ」
「せっかくだから」
「危ないことはやめてください」
バカなことを言うリオを睨みます。どこまで辛いかわからないから言えるんでしょう。本当はこのまま退席してカナト様の接待をするべきですが楽しそうなビアード公爵夫人からは逃げられません。令嬢モードで流しながらお茶会にお付き合いしましょう。色恋に興味はないですがお母様にお付き合いするのも大事なことです。休養日なのに疲れましたわ。
今日の良かったことはうちのいらない魔導具をマール公爵家が引き取ってくれたことです。リオ・マールは頭の良い人間だったはずですが今世は違うかもしれません。
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エイベルとリオを一緒にすると喧嘩するので騎士達を余計に刺激しますわ。エイベルが殿下のお傍に控える日にビアードに帰りましょう。公爵子息に無礼、危害を加えたりしないでくださいませ。緩いビアードは心配でなりません。
リオの危機感の無さに驚きしかありませんわ。平穏が恋しいですわ。
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若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。
けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。
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