不運な王子と勘違い令嬢

夕鈴

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 夫婦は暗い顔の息子の告白に驚く。
 最後の願いに母親は悲しそうに父親は無表情で頷く。
 最後に少年は少女に告白した。
 少女は少年を笑顔で応援した。
 それから少女が少年に声を掛けることはなかった。


 クロードがレティシアの部屋のバルコニーに降りるとエドワードが礼をして迎えた。

「頭をあげて。口上はいらない」
「姉上は療養中です。どうぞお飲みください」
「必要ないよ。レティの様子を教えてくれないか」
「お飲みくださるなら」

 エドワードはクロードの体調に興味はない。ただ姉と父に頼まれれば放置できない。ルーン公爵がクロードのために調合した栄養満点、疲労回復効果のある薬を渡した。
 クロードはエドワードに渡された瓶の蓋を開けて一気に飲んで、瓶を返した。エドワードは飲みきったのを確認して、やつれているクロードに爽やかな笑みを浮かべた。

「しばらく療養が必要ですが命に別状はありません。人前に顔を出せない状態なので面会はお許しください。殿下が気にされなくても姉上が気にされますので。療養が明ければ王家に報告致します。その際は参内にも応じますのでそれまではどうか。お気をつけてお帰りください」

 エドワードは頻繁に姉に付き添っていたのでクロードに気付くとレティシアを祈りの間に送り出し応対した。そして薬を渡して速やかに送り返した。

「姉上、お帰りになられました。久しぶりに殿下からお話をうかがいました」
「ありがとうございます。エドワードが殿下と親交を深めてくだされば安泰ですわ。頼もしい弟に感謝します」

 レティシアはクロードがエドワードと親交をさらに深めていることに安堵の笑みを浮かべた。ルーン公爵邸には結界が仕掛けてあり、魔法を習っていないエドワードの部屋は特に厳重になっている。結界の甘いレティシアの部屋を通路代わりに使っているだろうと思いクロードのことはエドワードに丸投げして思考を放棄した。




 ルーン公爵邸を訪ねたリオはルーン姉弟が頑固なことを良く知っている。
 クロードとレティシアの面会は能天気に笑って迎えるレティシアだけなら説得できるが、エドワードが絡むと無理である。レティシアは無自覚のブラコンのため弟に弱かった。
 そしてエドワードは最強の切り札を持っているのでリオは敵わない。

「調子は?」
「魔力で補強しないと体が重たいです。魔力を纏えば楽ですが、後々不便ですわ」
「そうか。魔力を分けるから回復薬と治癒魔法が付加された魔石をくれないか?」
「わかりました。長い外交ですか?」
「訓練に。たまには鍛えようかと」
「珍しいですね。かしこまりました」
「無理はするなよ」


 レティシアは回復薬の調合が得意である。
 かつてはリオとエイベルとクロードのために作っていた。
 シエルの用意した材料を使いリオに見守られて調合を始めた。
 リオは不器用なのに調合だけは手際よく進める姿を眺めながら、元気になるレティシアと生気が戻らないクロードを比べていた。




 マール公爵邸の庭に忍び込むクロードを見つけたのは偶然だった。
 いつもの穏やかな顔ではなく頬を染めたクロードの視線が注がれる先にいるのは兄の膝を枕に眠るレティシア。マール公爵邸の庭園で無邪気な笑顔で遊ぶレティシアは「マールの天使」と囁かれ惹かれる男も多かった。マール公爵は紹介を求められても拒否したため親交を深められる男は少なかった。クロードのことは両親も兄達も気づいて放置しているのでリオも習っていた。

「シアが婚約者候補?」
「はい。お父様の命令です。いずれ殿下からダンスのお誘いがあれば断ってはいけないそうです。よろしくお願いします」
「社交デビューの令嬢にダンスを申し込むのは決まりだからな。叔母上に怒られないように始めるか。こんなに踊るのか?」
「はい。公爵令嬢は貴族と民の模範です。来週はさらに増えますわ」

 リオはルーン公爵からレティシアのダンスの練習のパートナーを頼まれていた。レティシアに渡された課題の5曲は6歳の少女が覚えるには難しい曲目ばかりだった。社交デビューで踊る難易度の低いワルツは組み込まれていなかった。
 リオは次回は予習をすることを決め、真剣な顔でステップを踏むレティシアに笑いながらアドバイスをする。

「リードに合わせて踊ればいい。足を踏ませないから委ねてみろよ。緊張して強張っている」
「あ、はい」

 クロードの婚約者候補は熾烈な争いをしており、レティシアは性格的に無理だと思っていた。
 単純で人を利用することもできない課題に夢中で水や自然が好きな子供。
 ドレスで着飾るより水遊びが好き。お菓子が食べられるお茶会よりも魚と話すのが好き。趣味は困っている人を拾ってくること。常に人形のように張りつけた笑顔で過ごすルーン公爵邸では大人びて見えるがマール公爵邸で遊ぶ姿は年齢よりも幼い子供だった。
 レティシアが王妃教育を早々に終え、公務も上手くこなせるようになったのはクロードの細やかなフォローのおかげである。

「殿下は世界一の王子様ですよ。そんな殿下が統治する御世に生まれた私達は幸せですわ」

 クロードの演説を聞くレティシアはリオの隣で微笑みながら本気で言っていた。
 レティシアはクロードを尊敬している。
 教師の厳しい勉強についていけないレティシアをクロードとリオが教えた。クロードはレティシアが素直に教えてと言わないので恐ろしいほどの観察力を披露していた。

「殿下はいつも笑ってますが、本当は違いますね。王族ゆえ仕方がないことですが」
「殿下に言ってみろよ。きちんと笑ってほしいって」
「不敬でありませんか?」
「殿下は俺達を不敬で咎めないよ」
「お優しい方ですから。さすがフラン王国自慢の王太子殿下ですわ」

 令嬢達に囲まれて穏やかな笑みを浮かべつつも不機嫌なクロードをリオの隣に座って眺めながらしみじみと呟いたレティシア。令嬢達の争いに混ざらない少女はクロードの心を刺激するものを与えるのが上手かった。






「殿下の様子がおかしいですわ。手伝ってくださいませ。レオ殿下が放棄しましたわ。まだ皆様は気付いてません」
「兄上に伝えるよ。待て、シア、お前」
「薬を飲みましたわ。ここではお父様さえ魔法を使えません。私は最後まで殿下のお側に控えてます」

 王子は12歳になるとパーティーが設けられ、決意表明と婚約者の発表を王子が直々にした。レオの婚約者は決まっていないため決意表明とお見合いの席として認知されていた。
 他国から来賓も多く、安全を踏まえて魔封じの魔法陣が描かれた会場が準備されていた。

「レティ」
「あら?主役のレオ殿下がいらっしゃらない。気分が優れないのなら仕方ありませんわ。誠心誠意おもてなししましょう。私達には精霊様の加護がありますもの」
「休まないと」
「最後までお側にいさせてくださいませ。大丈夫ですわ。殿下は誰もが認める王太子。おもてなしを」
「辛くなったら合図するんだよ」
「はい。頑張りますわ」


 クロードはレオの尻拭いのため、自分達の役割が増えて、微熱のあるレティシアを休ませられないので不機嫌だった。主役のレオさえいれば最初の挨拶とダンスを終えれば脇役のクロード達の役目はなかった。

 レティシアはレオの無責任さにクロードが怒っていると勘違いしていた。クロードは不機嫌な瞳で穏やかな笑みを浮かべているので、心が沈まる方法を必死に考えながら来賓のおもてなしを始めた。


 リオは知っていた。
 成長したレティシアはクロードがおかしいことに気づけば放っておけない。
 ボロボロのクロードを見れば飛び出し、側にいなかったことを後悔するかもしれない。

「治癒魔法だけでは駄目ですわ。殿下に守っていただくなんていけません。お父様のように結界を覚えますわ。こないだは魔物に驚いて動けませんでしたが、次は」
「騎士がいるだろうが。シアは殿下と一緒に守られるのが役目だ。何を読んでるんだよ」
「猛獣とのお付き合いの仕方ですわ。お魚さんみたいにうまくお話できれば穏便に帰っていただけますわ」
「魚と話せるって誰にも言うなよ。海に飛び込む時は大人か俺か殿下の許可を取ってからにしろよ。ビアードは駄目だ。結界の本なら貸すよ」


 レティシアが治癒魔法以外の魔法も真剣に覚えているのはクロードのため。
 いずれレティシアはクロードの無茶に気付く。
 リオはレティシアと夫婦になり、孤独なクロードを悲しそうに眺める顔を見たくない。
 レティシアはクロードの幸せを願うことをやめられない。
 クロードの幸せの先にレティシアの幸せがある。
 正直、面倒な義父も恐ろしい義母も生意気な義弟も欲しくない。だから父に命じられてもレティシアだけは婚約者にするつもりはなかった。
   


 全ての作業を終えたレティシアの頭を撫でると気持ちよさそうに笑う従妹にはずっと笑っていてほしい。
 レティシアとクロードの向ける好意の形は違っても想い合っている。
 誤解が解ければうまくまとまるのをわかっていて、従弟に必要な少女を取り上げたくなかった。

「足りますか?」
「ありがとう。また頼むよ。土産」
「まぁ!?ありがとうございます」
「エドワードと食べろ。じゃあな」

 蜂蜜菓子を渡され満面の笑顔のレティシアに見送られリオは帰路についた。
 リオは学園に戻り、大量の書類を捌いているクロードの部屋を訪ねた。自由に出入りを許されているリオは今日も同じ言葉を掛ける。


「殿下、休んでください」
「リオか。レティに会えた?」
「まだ筋力と体力が戻ってないので外には出られません。魔力で補強しないと歩けませんから」
「レティに渡してほしい。私からとは言わずに。きっと受け取ってくれないから…」
「わかりました。かわりにこれを」

 クロードはリオから渡された魔石に驚き、体に吸収させると冷たい魔力が広がり次第に体が軽くなった。目元を緩ませ、しばらくすると咎める視線を向けるクロードにリオが笑う。

「無理はさせてません。治癒魔法を付与させた魔石と回復薬は置いておきます。俺に合わせてあるので殿下には弱いですが飲まないよりマシです」
「レティは…」

 常に穏やかな顔でも暗い瞳のクロードにリオは賢いほうの従弟のように笑顔で諦めろとは言えない。クロードの変化には侍従とリオしか気付いていない。レティシアに冷たくされてクロードが落ち込むとは思わなかった。
 リオはクロードやエドワードよりもレティシアを理解していると自負していた。

「殿下の願いを叶える道は険しいでしょう。目覚めたシアが俺を呼んだのは殿下を任せるためです。シアは許せない相手は徹底的に潰します。殿下のために薬を作るように頼めば用意してくれますよ。俺が殿下のことを伝えると叔母上に面会させてもらえなくなるので、我慢してください」
「レティは私のために作ってくれるだろうか」
「作りますよ。今は悪癖が出ていますが。勘違い暴走癖はいつになったら治るのか」

 クロードは呆れた口調のリオから渡された回復薬を口にする。
 レティシアの魔力がこめられており、懐かしそうに笑みを溢し引き出しの中から一枚の絵を取り出した。

「その肖像画は……」
「買った。ウンディーネを描いていたから、」

 リオはレティシアに似た肖像画を眺めはじめたクロードがレティシア以上に心配になった。体ではなく頭が。

 クロード宛に大量に届く熱烈な恋文は読むずに侍従が丁重に代筆していた。
 疲労の色が濃いクロードに近づき、お茶や食事、夜会に誘う令嬢達が集まるアリア主催の婚約者選びの夜会も失敗するのが目に見えていた。
 リオの従妹は鈍感で勘違いが激しく意図を読み間違えるが人を気遣うことと表に出さないクロードの感情を読むことだけは長けていた。
 クロードが多忙に襲われると顔を出し手伝い、クロードに求めるのは護衛をつけることだけだった。求めないレティシアにクロードが寂しがるほど献身的な婚約者だった。クロードを追いかける令嬢とは正反対だった。








 クロードはルーン公爵邸に転移した。
 リオに指示された木の上に登ってしばらく待つとリオにエスコートされバルコニーの椅子に座るレティシアが見えた。
 蜂蜜菓子を幸せそうに食べている顔に笑う。
 クロードの前では常に令嬢モードの上品で美しい笑みばかり。
 王族は常に本音を隠すように教え込まれ、婚約者のレティシアも同じ。
 成長するほど無邪気な笑顔は見れなくなった。それでも二人だけのお茶の席で蜂蜜菓子を渡すと目を輝かせて幸せそうに食べていた。

「昔からリオが羨ましかった。私は……」

 リオが席を外すと空を見上げるレティシアの顔から笑顔が消えた。レティシアが体を抱き締め、腕をきつく掴む指先は震えていた。クロードは思わず、近づこうとすると見たことがないほど暗い瞳に驚き足を止めた。

「溶けたい…」

 肩掛けを持ったリオが戻るとレティシアは背筋を伸ばして笑顔で迎えていた。
 クロードは再び木の上に戻った。

「溶けたい?リオにも見せられないって…嘘だろう」

レティシアがリオに見せられない顔なら誰にも見せないことをクロードは知っていた。楽しそうな笑顔は先程の様子が嘘のようだった。療養経過は良好とリオから聞いていた。
 そしてレティシアのクロードにとって一番の悪癖を思い出す。

「レティ?リオさえ騙しているなんて」

 クロードは面会を終えたリオと合流して自身の考えに確信を持った。

 ****

 クロードはビアード公爵から私的な面会依頼を受けた。
 ビアード公爵からの遅すぎる謝罪を穏やかな顔で心の中では冷たく聞いていた。

「愚息が申し訳ありませんでした」
「頭をあげて」

 クロードはレティシアに監禁について詳しく聞けない、聞きたくない。
 でもレティシア以外なら別だった。ルーン公爵家は詳しい調査を希望しない。周囲が終わったことと片付けていても、クロードだけは認めたくない。

「私も真実を明らかにしたい。目覚めてもレティシアに尋問はしたくない」
「殿下の心のままに。うちに遠慮も気遣いもいりません」
「わかったよ。なら―――――――」

 申し訳なさそうに話すクロードの言葉にビアード公爵は頷く。
 クロードは数日後にビアード公爵と両親に謁見した。

「レティシアが目覚めました。約束通り調査の再開を」
「ルーン公爵家から訴状はなく、目覚めた報せもない」
「恐れながら陛下、私からもお願い申し上げます。愚息が罪を犯したのは明らかです。真実を捻じ曲げ、忠誠を守るなどビアードとして認められません。私の教育不足で申し訳ありませんがビアード公爵としても調査をお願いします。ご了承戴けないならビアードの強制捜査権を」
「クロード、わかっているだろう?」

 ビアード公爵の言葉を受け入れられない理由を国王は息子に問いかける。
 クロードは国益よりも大事なもののために、今度こそ父親を出し抜くために穏やかに笑う。レティシアが監禁されたのに気付いても見て見ぬフリをしていた父親の大事にしている外面こそが攻略の鍵だった。クロードは穏やかで聡明な王太子という外面をすでに捨てた。

「きちんと調査しレティシアとレオに不貞行為があれば母上達の選んだ令嬢を婚約者に迎えます。婚約破棄の理由はレティシアの不貞行為と言われ強引に進められました。早く選べと言われますが、真実を明らかにし、この婚約破棄が正当なものとわかるまでは決して妃を迎えません。強引に婚儀を迎えても清らかさを貫きます。廃嫡にするならどうぞ」
「陛下、よろしいのでは?クロードの希望ですよ。クロード、二言は認めません。明らかになった時はレティシアにも相応の罰を与えます」
「ありがとうございます。では指揮権は私に。失礼します」

 クロードはアリアの言葉に微笑み国王が口を開く前に立ち去った。
 思い描いた未来を掴むための方法は一つしか思いつかなかった。
 なによりも、どうしても知りたいことがあった。
 レティシアが望まないとわかっていても。


 

 王宮ではルーン公爵が不在のため一部の貴族達はレティシアとレオの醜聞をおもしろおかしく語る。
 今までは否定していたクロードが否定も肯定もせず穏やかな顔で聞き流すので助長した。
 レティシアとレオの不貞行為の噂を楽しそうに語る夫人達がアリアを囲み、娘をアピールしていた。
 ルーン公爵がいない王宮で、クロードは準備を進めていく。


 クロードは王宮魔導士とビアード公爵を呼び、打ち合わせを始めた。

「未成年への施行は初めてです。副作用として……」
「殿下のお考え通りに。どうなろうとも自己責任。愚息にはビアードの資格はありません」
「ビアード公爵に免じて連座にはしない。真実を明らかにしたいだけだから」

 忠義の塊のビアード公爵はクロードの残酷な提案に頷き書類にサインをした。



 一週間ほど王宮を留守にしていたルーン公爵は机に置かれた書類を読み、クロードを探した。クロードの無茶を考え直すように進言した。

「準備は全て整え、王家は許している」
「殿下、公開は控えていただけませんか。これは娘の」
「責任は全て私が取るよ。何があっても守るから心配いらない」
「殿下の守護はいりません。公開する必要がありません」

 クロードは無表情のルーン公爵のレティシアと同じ色の静かな瞳を見返す。
 レティシアは外見はルーン公爵夫人譲りでも内面はルーン公爵譲りで常に穏便な方法を選んでいた。

「必要なことだ。わかったよ。当主夫妻と嫡男のみ。貴族としてあるまじき行いをするなら裁く。これ以上は譲れない」
「レティシアに証言させます。ですから」
「糾弾の場に招くのは許さない。真実を歪めてまで栄えなくていい。それにレティは全ての真実を話さないよ。国やルーンにとって都合のいい事実しか口にしない」
「私が命じます。娘の名誉のためなら公開はおやめください」
「これはレティのためじゃなく私のためだよ。父上やルーン公爵が命じても、言葉で惑わせるよ。レティは我慢強いから絶対に教えてくれない。私はレティが……。王族の命令だ」

 クロードはルーン公爵の止める声にも耳を傾けずに足を進める。
 ルーン公爵はようやく自然に笑うようになった愛娘と正反対に冷たい空気を纏うも傷ついた顔をしたクロードに言葉を飲んだ。クロードの心の傷に塩水を塗ることはできず、レティシアも望まない。クロードが心から望むならどんな結末も娘が受け入れるのもわかっていた。
 ルーン公爵は止めることを諦め、沈黙を貫く。
 幼いクロードをよく知るルーン公爵は遠くなる背中を無言で見つめ、物思いにふける。



「ルーン公爵、お願いします。レティシア嬢を婚約者に指名させてください。相応しくなるために頑張ります。苦労をさせないように努力します。どうか」
「陛下と相談してください。うちの娘はまだ幼く、王妃には向いていませんが」
「必ず説得してみせます。だから他の子息と婚約を結ばないでください。絶対に守ります。お願いします。ルーンも優遇します」
「殿下、王族は頭を下げてはいけませんよ。軽々しく口に出しては」
「本気です。お願いします。今は頭を下げるしか思いつきません。彼女が」

 クロードが私に一人称を変え、走り回る活発な王子が落ち着きを覚えたのはレティシアに一目惚れした日からだった。

 貴族子女の集まるお茶会や交流会でもクロードは婚約者候補に決まるまではレティシアを特別扱いをしなかった。
時々ルーン領にお忍びでレティシアを見に来ても声を掛けることはない。行事で会ってもクロードに挨拶以外で近づかないレティシアをこっそりと視線で追うだけ。欲求よりもレティシアの立場を気遣い、決して不満を言わない求められるまま完璧を目指す王子に成長していた。

「レティ、送らせてくれないか?」
「お忍びですか?」
「うん。レティも行かない?」
「お勉強があります。気を付けていってらっしゃいませ」
「今日はルーンに行きたいんだけど。エドワードに会ってもいいかな?」
「歓迎しますわ。無礼はお許しくださいませ」
「もちろん。抱っこさせてくれるかな」
「エディは抱っこが好きですから喜びますわ」

 ルーン公爵は王妃教育の帰りはクロードが王宮を抜け出してレティシアを送り届けるのを黙認していた。
 ルーン領を手を繋いで歩く姿を眺めながら、頑張りすぎるレティシアをクロードがフォローしながらうまく統治していくと信じていた。
 国王夫妻と正反対の無欲で善良すぎる二人が国王の遊戯に巻き込まれるまでは。

「臣籍降下すれば穏便でも陛下は選ばれない。天才シオンの血に囚われている陛下は―――――。望まれない王子の道は険しい。王家の異端児が狂王に成長か」

 王は優秀なシオン伯爵家の血を持つレオに王位を譲りたい。
 ただし継承権は正妃の子が優先される。非の打ち所がないクロードから継承権を奪う理由は存在しなかった。
 穏やかな顔をして狡猾で愉快犯な王の本性を知るルーン公爵はため息をつく。
 他国の王位争いを楽しそうに眺め、兄弟がいないため体験できないのを悲しんでいた学生時代。
 初めてのクロードにとっての悲劇を楽しそうに眺めている王の本性を知れば妻が暗殺に行きかねないので口には出さない。
 王家の事情を口には出していけない。そのため王の本性を知るのは少数の人間だった。
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