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第3話 イリアナ
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イリアナがシュナイダー王国の本陣に戻ると、馴染みの友人に迎えられた。
友人の落ち着いた様子にイリアナは死者がいないことに安堵し笑みを浮かべる。
イリアナは兵の技量はザビ王国よりシュナイダー王国のほうが高いと思っていたがジオラルドだけは別格だった。
イリアナは1対1ならジオラルドに負けない自信はあったが、自陣の兵を守りながら不得手の槍で安易に勝てる相手ではなかった。
ジオラルドの相手はイリアナがすると決めていたのに、ジオラルドが読みと違う場所に現れ、他の兵を切り殺そうとするのに焦って遅れをとったことを反省していた。
「アル、無事だったか」
「うん。死傷者は?」
「今回もいないよ。奇跡だな」
「そうだね」
「もうはぐれるなよ。お前がいないって報告を受けた隊長が探しに行ったよ」
「僕の役目はセイン様を守ることなのに。セイン様を行かせないで、止めてよ」
「隊長は全員で生き残って、勝つことを望んでいるからな。俺らの隊長の優秀さを陛下に認めてもらおうぜ」
出兵を命じられた第二王子派の貴族達は死地に送られると沈んでいた。
第二王子を失い失意にくれる中、誰よりも殿下と仲の良かったセインが前を向く姿に救われる貴族は多かった。
堂々とした態度で余裕のある笑みを浮かべ「全員が生きて勝利をおさめよう」という言葉に生気が戻った者も多かった。
今ではセインは皆に慕われ、誰もがセインを信じてついていく。
イリアナは笑顔を作って友人の決意に頷く。
「僕、治療班に加わってくるよ」
「アル、休めよ」
「セイン様が働いてるのに休めない」
「本当にセイン様が好きだな」
「ああ。お前も一緒だろ?」
「違いない」
イリアナは医療用天幕に入り、治療を手伝いながら重傷者がいないか確認していく。
天幕の中の兵は軽傷者ばかりである。
セインの命令は絶対であり、皆がセインの命を遵守していることにイリアナは安堵の息をつく。
「生きることを優先だ。敵前逃亡上等。重傷者は怪我が治ったら2週間朝食当番を命じるから、怪我には気をつけるようにか。戦場に相応しくない命令を遵守させるなんて、さすが兄様、絶対に邪魔はさせない」
イリアナの使い魔のランが肩に止まった。
ランはイリアナにしか見えない大事な忘れ形見である。
イリアナとランの出会いは3ヶ月前。
ある晩イリアナの部屋に輝く白い鳥が現れた。
「イリアナ」
話す鳥に驚くも、悪意を感じなかったイリアナはただランを見つめていた。
「貴方の愛しい人の使い魔よ。元主人はこれからは貴方に仕えることを望んだ」
「待って、元主人?」
「あの方は亡くなられたわ」
「亡くなられた…?」
イリアナにとって愛しい人はただ一人。
恐ろしい知らせにイリアナは体中の力が抜けて座り込んだ。
「病に罹り、治療もされずに、そのまま息を引き取った」
「うそ…いや……そんな、でんか」
震えて、ランを縋るように見るイリアナ。
ランの瞳が光った。
「リア、ごめんね。泣かないで。復讐なんて考えないで。僕のことは忘れていいから幸せになってほしい」
「殿下、ひどい、忘れられるわけないのに」
ランから聴こえる第二王子の声にイリアナの瞳が潤んだ。
「なんで呼んでくれなかったんですか。私なら治せたのに。ひどい……。きっとあの人だ。
リアは殿下がいないのに幸せになんてなれないのに」
「愛してるよ。僕は君の知ってる通り気が長いからゆっくり待ってるよ。ちゃんと生きてからきてね。また会えたらリアの話を聞かせて」
イリアナの瞳から涙が溢れた。
「ずるい。愛してる、なんて、はじめて言われた。私の文句を聞いても穏やかに微笑むんだろうな。殿下……」
「それが伝言。最後まで貴方のことを想ってたわ。私には僕の代わりに貴方を見届けてほしいって」
ランの言葉を聞いてイリアナが乱暴に袖で涙を拭う。
イリアナにとって第二王子が全てだった。
「それが殿下の願いなら、私と契約してくれる?」
「簡単に決めるのね。私の能力を聞かないの?」
「ええ。殿下が願うなら、どんな結末も本望よ。でも、時々殿下の話を聞かせてほしい」
イリアナとランは契約をした。
ランは鳥の姿をした聖獣である。
聖獣は伝説の中の生き物である。
神に選ばれ聖なる魔力を持ち、長年の時を過ごしたものが聖獣になると謂われている。
イリアナはランの話で聖獣の存在を知っても心は踊らず、むしろ嫌な予感に襲われていた。
第二王子の死をイリアナが王家から知らされたのは契約した三日後。
イリアナはランと契約した翌日に第二王子に面会依頼を出すも受理されなかった。
第二王子の密葬が終わってから国民に発表された。
「密葬?ラン、ごめんね。私は殿下の遺言を守れないみたい」
第二王子は復讐なんて望まないとわかっていても、第一王子が憎くて仕方がない。
「第一王子殿下は殿下を憎んでいたもの。きっと見殺しにしたのよ。亡骸さえも会わせてもらえないなんて、どうすれば許せる?でも、私にはあの男を殺すことはできないんでしょ?」
「ええ。貴族として生まれたイリアナには殺せない。王家の古の魔法は健在よ。王族を殺せるのは、魔法の加護のない民だけ」
イリアナは憎しみに心を支配されているとわかってもどうにもできなかった。
「肉親の葬儀はしないのに、盛大な即位式はするのよね」
イリアナは第二王子の喪に付し、黒い服を着ていたが、祝いの場に相応しい色ではないので、ドレスを選んだ。
憎い男の為に着飾るなど、嫌だったがラーナ侯爵令嬢としては避けられなかった。
即位式に現れた新国王となった第一王子の顔を見ると吐き気が止まらなかった。
イリアナにとって最愛の第二王子を殺した男に頭をさげるなんて屈辱でも、令嬢の仮面を被って頭を下げた。
イリアナは第一王子の即位式で挨拶だけして、すぐに退席した。
侯爵令嬢であり、第二王子の婚約者として励んでいたイリアナには本音を隠して表情を作ることは息をするより簡単だが、憎い男を称える時間に最後まで耐える忍耐はなかった。
イリアナは憎しみが果てないものだと知らなかった。
国王となった男を心底憎んでいたが、帰宅した父から聞いた第二王子派の出兵の命を聞いて、怒りで気を失った。
イリアナの特別は第二王子、でもセインや弟のアベルトもかけがえのない大事な存在だった。
「私から殿下を奪って、アルやセイン兄様も奪うなんて許さない」
目覚めたイリアナの脳裏には第二王子の大切にした存在を殺して、高笑いする第一王子が浮かんでいた。
「絶対に殺してやる。許さない」
日に日にイリアナの中で憎しみは増すばかりだったが、国王になった男への気持ちは知られていけないと理性も働いていた。
「こんな顔を見せられない。アル達に止められるもの」
セインも弟のアベルトも家族も全てを騙すと決めたイリアナは侯爵令嬢の仮面を被って演じる日の始まりだった。
イリアナはランには常にセインの護衛を頼んでいた。
ラーナ侯爵家は武門貴族であり、騎士も精鋭揃いである。
出兵を許された兵は精鋭ばかりでも、兵の数は少なく、同等な戦いができるのは天才魔導士であり、軍略の才もあるセインが兵をまとめ、策を授けているからである。
「セイン兄様を失えば、この戦は終わり。この出陣は見せしめ、全滅が国王陛下の望みだと気付かせないセイン兄様は流石よねぇ。まぁ、あの男が喜ぶようなことは絶対に許さない」
イリアナはセインが帰ってきたので、医療用天幕を後にしてランに囁く。
「ラン、間者が紛れてないか見て来てくれる?」
ランは聖獣なので嘘を見抜く。
ランは風と霧を司り、幻術と催眠術を得意としていた。
イリアナは定期的に国王から送られる間者をランに頼んで見つけ、催眠術をかけセインの邪魔をしないように仕込んでいた。
「ラーナ、おいで」
イリアナは帰ってきたセインに微笑み、肩を抱かれて総大将用の天幕に入る。
イリアナがアベルトを演じていると見つからないように、常にセインと一緒にいるように命じられていた。
アベルトの正体を知っているのはセインだけ。
常に一緒にいる二人は深い関係と思われてるのを利用していた。
セインはイリアナを見張れ、イリアナはセインを守りやすいからお互いに都合がよかった。
兵達は敬愛する上司と見目麗しい恋人の邪魔はしない。
「ご無事でよかったです」
「遅れは取らないよ。二人だから楽にしていい」
「すみません。しくじりました」
「ジオを見て驚いた?」
「やっぱり本人だったんですね。大きくなりましたね」
「気付いてはいたんだな。俺に報告しなかったのは?」
イリアナはジオラルドのことは気付いていたが、セインにはあえて隠していた。
戦場に友人がいることを知ったセインが思い悩まないか心配していた。
なにより、これ以上セインの背負うものを増やしたくなかった。
「兵の一人が知り合いでも、わざわざ報告する必要はないかと。セイン兄様、ジオは私のこと言いふらすかな?それなら会いに行かないと」
「いや、大丈夫だろう。いつの間にか催眠術を覚えていたなんて知らなかったよ」
「内緒です。令嬢の嗜みですもの」
使えるのはランだが、イリアナは余計なことは言わず、笑顔で誤魔化す。
人の気配を感じてイリアナはベッドに座ったセインの膝の上に乗り、うっとりとした顔を作り胸に顔を埋める。
セインもイリアナの思惑に気づいて、瞳を甘くしてイリアナを見つめる。
はたからみれば恋人に見えるように。
入ってきた兵が二人の様子を見て固まった。
馴染みの兵はイリアナとセインの様子を見ても驚かない。
火急の用でも入出許可を求める声をかけ、決して勝手に天幕に入らない。
二人は天幕に護衛を置かず、そうして油断した間者を誘い込む。
イリアナは帰ってきたランを見つけた。
セインはイリアナに視線を向けたまま不機嫌な声を出す。
「何?」
「いえ、あの」
イリアナは動揺している兵の声を聞き、妖艶に笑う。
自分達を見て、慌てる兵の正体を確信した。
増員ならしっかり次期当主の子息達から、セインとイリアナの関係を説明されるので、戸惑いを顔に出すことはない。
イリアナはセインに逆らいそうな者は片っ端から調教した。
ランの幻術を使い、絶対に逆らえないように性格も矯正した。
イリアナは拗ねた顔を作り、セインの頬に指を滑らせ唇を撫でる。
「セイン様、僕以外にもお召しに?」
「まさか。俺にはお前だけだよ。用件は?」
セインはイリアナの手を取りそっと口づけ、イリアナに向ける甘い声とは正反対の冷たい声を兵に向ける。
目の前の色香を漂わせるやり取りに赤面し動揺している兵にイリアナは一瞬視線を向ける。
「へ、陛下より戦況を見てこいと」
「セイン様、僕にお任せください」
「すぐ戻って来いよ」
「もちろん。僕についてきて」
イリアナは真っ赤な顔で戸惑う兵を連れて軍議をするスペースに移動する。
真赤な顔の兵に向き直り、優雅な微笑みを纏って兵を見つめる。
「陛下の命は?正直に答えてね。隠し事をしたら殺しちゃうよ。セイン様は僕のお願いは全部叶えてくれるから」
動揺して怯えて震える兵は、短剣を片手で弄んでいるイリアナに促されるまま口を開く。
「陛下は戦況がいっこうに変わらないことを怪しんでいます」
「敵が強く、兵達も満身創痍。でも陛下に忠誠をみせるため必死で交戦中。忠誠を示したいので、この兵達のみで勝利を捧げたいので援軍は望まない。みんな、傷だらけ。満身創痍。わかった?」
イリアナは動揺し隙だらけで暗示をかけやすい状況に笑みを浮かべながら、ランの力で暗示をかける。
「わかりました」
暗示にかかり虚ろな瞳で帰っていく兵をイリアナが見送っていると、聞き耳を立てていたセインが近づく。
「見事だな」
「連れて来てよかったでしょ?」
「ああ。俺は寝るから見つからないように行って来いよ」
「うん。先に寝ててください」
「この前みたいに俺を踏むなよ」
「気をつけます」
兵達は二人っきりで寝台にいるときは決して寄ってこないので、イリアナの不在は見つからない。
イリアナはランに幻影魔法をかけてもらい、敵陣に近づいていく。
イリアナは周りに兵の気配がないのを確認して木に登り、歌う。
イリアナの秘密は治癒魔法を使えること。
治癒魔法は歌に載せると広範囲に効果が出るので、体力と精神力の回復を祈って歌う。
精神力の回復は正常な判断ができるように。
そのほうが攻撃を読みやすく、相手も引き際の判断を間違えない。
体力の回復は死なないように。いざという時に、きちんと逃げられるように。
心身共に疲弊した兵を相手にすると、読み誤って殺してしまうから。
セインは敵も味方も誰も殺さないと決めている。
イリアナはそれが叶うように両陣営に魔法を使う。
イリアナにはセインの考える先はわからない。
イリアナにできることは嫌がらせをしながら、第二王子の大切にしたセインを守るだけである。
「国王陛下を誰かが殺してくれないかなぁ」
イリアナは古の呪いのせいで王族を殺せない。
王宮は古の魔力で守られ、侵入できても殺せない。
「あんな男のために無駄死になんてしたくないし、死ぬのは構わないけどあの憎い男を喜ばすのは嫌。古の魔法が効かない民衆達が怒り狂って、王宮を血の海にしてくれないかなぁ」
イリアナにとって第二王子のいない国に価値はない。
人を癒す魔法の使い手とは思えないほど、冷たい顔で囁くイリアナ。
「こんな顔じゃセイン兄様に気付かれる。泉で頭を冷やそうかな」
歌い終え、しばらくぼんやりしていたイリアナは近くの泉を目指すことにした。
セイン達の求めるイリアナ・ラーナを演じるために。
友人の落ち着いた様子にイリアナは死者がいないことに安堵し笑みを浮かべる。
イリアナは兵の技量はザビ王国よりシュナイダー王国のほうが高いと思っていたがジオラルドだけは別格だった。
イリアナは1対1ならジオラルドに負けない自信はあったが、自陣の兵を守りながら不得手の槍で安易に勝てる相手ではなかった。
ジオラルドの相手はイリアナがすると決めていたのに、ジオラルドが読みと違う場所に現れ、他の兵を切り殺そうとするのに焦って遅れをとったことを反省していた。
「アル、無事だったか」
「うん。死傷者は?」
「今回もいないよ。奇跡だな」
「そうだね」
「もうはぐれるなよ。お前がいないって報告を受けた隊長が探しに行ったよ」
「僕の役目はセイン様を守ることなのに。セイン様を行かせないで、止めてよ」
「隊長は全員で生き残って、勝つことを望んでいるからな。俺らの隊長の優秀さを陛下に認めてもらおうぜ」
出兵を命じられた第二王子派の貴族達は死地に送られると沈んでいた。
第二王子を失い失意にくれる中、誰よりも殿下と仲の良かったセインが前を向く姿に救われる貴族は多かった。
堂々とした態度で余裕のある笑みを浮かべ「全員が生きて勝利をおさめよう」という言葉に生気が戻った者も多かった。
今ではセインは皆に慕われ、誰もがセインを信じてついていく。
イリアナは笑顔を作って友人の決意に頷く。
「僕、治療班に加わってくるよ」
「アル、休めよ」
「セイン様が働いてるのに休めない」
「本当にセイン様が好きだな」
「ああ。お前も一緒だろ?」
「違いない」
イリアナは医療用天幕に入り、治療を手伝いながら重傷者がいないか確認していく。
天幕の中の兵は軽傷者ばかりである。
セインの命令は絶対であり、皆がセインの命を遵守していることにイリアナは安堵の息をつく。
「生きることを優先だ。敵前逃亡上等。重傷者は怪我が治ったら2週間朝食当番を命じるから、怪我には気をつけるようにか。戦場に相応しくない命令を遵守させるなんて、さすが兄様、絶対に邪魔はさせない」
イリアナの使い魔のランが肩に止まった。
ランはイリアナにしか見えない大事な忘れ形見である。
イリアナとランの出会いは3ヶ月前。
ある晩イリアナの部屋に輝く白い鳥が現れた。
「イリアナ」
話す鳥に驚くも、悪意を感じなかったイリアナはただランを見つめていた。
「貴方の愛しい人の使い魔よ。元主人はこれからは貴方に仕えることを望んだ」
「待って、元主人?」
「あの方は亡くなられたわ」
「亡くなられた…?」
イリアナにとって愛しい人はただ一人。
恐ろしい知らせにイリアナは体中の力が抜けて座り込んだ。
「病に罹り、治療もされずに、そのまま息を引き取った」
「うそ…いや……そんな、でんか」
震えて、ランを縋るように見るイリアナ。
ランの瞳が光った。
「リア、ごめんね。泣かないで。復讐なんて考えないで。僕のことは忘れていいから幸せになってほしい」
「殿下、ひどい、忘れられるわけないのに」
ランから聴こえる第二王子の声にイリアナの瞳が潤んだ。
「なんで呼んでくれなかったんですか。私なら治せたのに。ひどい……。きっとあの人だ。
リアは殿下がいないのに幸せになんてなれないのに」
「愛してるよ。僕は君の知ってる通り気が長いからゆっくり待ってるよ。ちゃんと生きてからきてね。また会えたらリアの話を聞かせて」
イリアナの瞳から涙が溢れた。
「ずるい。愛してる、なんて、はじめて言われた。私の文句を聞いても穏やかに微笑むんだろうな。殿下……」
「それが伝言。最後まで貴方のことを想ってたわ。私には僕の代わりに貴方を見届けてほしいって」
ランの言葉を聞いてイリアナが乱暴に袖で涙を拭う。
イリアナにとって第二王子が全てだった。
「それが殿下の願いなら、私と契約してくれる?」
「簡単に決めるのね。私の能力を聞かないの?」
「ええ。殿下が願うなら、どんな結末も本望よ。でも、時々殿下の話を聞かせてほしい」
イリアナとランは契約をした。
ランは鳥の姿をした聖獣である。
聖獣は伝説の中の生き物である。
神に選ばれ聖なる魔力を持ち、長年の時を過ごしたものが聖獣になると謂われている。
イリアナはランの話で聖獣の存在を知っても心は踊らず、むしろ嫌な予感に襲われていた。
第二王子の死をイリアナが王家から知らされたのは契約した三日後。
イリアナはランと契約した翌日に第二王子に面会依頼を出すも受理されなかった。
第二王子の密葬が終わってから国民に発表された。
「密葬?ラン、ごめんね。私は殿下の遺言を守れないみたい」
第二王子は復讐なんて望まないとわかっていても、第一王子が憎くて仕方がない。
「第一王子殿下は殿下を憎んでいたもの。きっと見殺しにしたのよ。亡骸さえも会わせてもらえないなんて、どうすれば許せる?でも、私にはあの男を殺すことはできないんでしょ?」
「ええ。貴族として生まれたイリアナには殺せない。王家の古の魔法は健在よ。王族を殺せるのは、魔法の加護のない民だけ」
イリアナは憎しみに心を支配されているとわかってもどうにもできなかった。
「肉親の葬儀はしないのに、盛大な即位式はするのよね」
イリアナは第二王子の喪に付し、黒い服を着ていたが、祝いの場に相応しい色ではないので、ドレスを選んだ。
憎い男の為に着飾るなど、嫌だったがラーナ侯爵令嬢としては避けられなかった。
即位式に現れた新国王となった第一王子の顔を見ると吐き気が止まらなかった。
イリアナにとって最愛の第二王子を殺した男に頭をさげるなんて屈辱でも、令嬢の仮面を被って頭を下げた。
イリアナは第一王子の即位式で挨拶だけして、すぐに退席した。
侯爵令嬢であり、第二王子の婚約者として励んでいたイリアナには本音を隠して表情を作ることは息をするより簡単だが、憎い男を称える時間に最後まで耐える忍耐はなかった。
イリアナは憎しみが果てないものだと知らなかった。
国王となった男を心底憎んでいたが、帰宅した父から聞いた第二王子派の出兵の命を聞いて、怒りで気を失った。
イリアナの特別は第二王子、でもセインや弟のアベルトもかけがえのない大事な存在だった。
「私から殿下を奪って、アルやセイン兄様も奪うなんて許さない」
目覚めたイリアナの脳裏には第二王子の大切にした存在を殺して、高笑いする第一王子が浮かんでいた。
「絶対に殺してやる。許さない」
日に日にイリアナの中で憎しみは増すばかりだったが、国王になった男への気持ちは知られていけないと理性も働いていた。
「こんな顔を見せられない。アル達に止められるもの」
セインも弟のアベルトも家族も全てを騙すと決めたイリアナは侯爵令嬢の仮面を被って演じる日の始まりだった。
イリアナはランには常にセインの護衛を頼んでいた。
ラーナ侯爵家は武門貴族であり、騎士も精鋭揃いである。
出兵を許された兵は精鋭ばかりでも、兵の数は少なく、同等な戦いができるのは天才魔導士であり、軍略の才もあるセインが兵をまとめ、策を授けているからである。
「セイン兄様を失えば、この戦は終わり。この出陣は見せしめ、全滅が国王陛下の望みだと気付かせないセイン兄様は流石よねぇ。まぁ、あの男が喜ぶようなことは絶対に許さない」
イリアナはセインが帰ってきたので、医療用天幕を後にしてランに囁く。
「ラン、間者が紛れてないか見て来てくれる?」
ランは聖獣なので嘘を見抜く。
ランは風と霧を司り、幻術と催眠術を得意としていた。
イリアナは定期的に国王から送られる間者をランに頼んで見つけ、催眠術をかけセインの邪魔をしないように仕込んでいた。
「ラーナ、おいで」
イリアナは帰ってきたセインに微笑み、肩を抱かれて総大将用の天幕に入る。
イリアナがアベルトを演じていると見つからないように、常にセインと一緒にいるように命じられていた。
アベルトの正体を知っているのはセインだけ。
常に一緒にいる二人は深い関係と思われてるのを利用していた。
セインはイリアナを見張れ、イリアナはセインを守りやすいからお互いに都合がよかった。
兵達は敬愛する上司と見目麗しい恋人の邪魔はしない。
「ご無事でよかったです」
「遅れは取らないよ。二人だから楽にしていい」
「すみません。しくじりました」
「ジオを見て驚いた?」
「やっぱり本人だったんですね。大きくなりましたね」
「気付いてはいたんだな。俺に報告しなかったのは?」
イリアナはジオラルドのことは気付いていたが、セインにはあえて隠していた。
戦場に友人がいることを知ったセインが思い悩まないか心配していた。
なにより、これ以上セインの背負うものを増やしたくなかった。
「兵の一人が知り合いでも、わざわざ報告する必要はないかと。セイン兄様、ジオは私のこと言いふらすかな?それなら会いに行かないと」
「いや、大丈夫だろう。いつの間にか催眠術を覚えていたなんて知らなかったよ」
「内緒です。令嬢の嗜みですもの」
使えるのはランだが、イリアナは余計なことは言わず、笑顔で誤魔化す。
人の気配を感じてイリアナはベッドに座ったセインの膝の上に乗り、うっとりとした顔を作り胸に顔を埋める。
セインもイリアナの思惑に気づいて、瞳を甘くしてイリアナを見つめる。
はたからみれば恋人に見えるように。
入ってきた兵が二人の様子を見て固まった。
馴染みの兵はイリアナとセインの様子を見ても驚かない。
火急の用でも入出許可を求める声をかけ、決して勝手に天幕に入らない。
二人は天幕に護衛を置かず、そうして油断した間者を誘い込む。
イリアナは帰ってきたランを見つけた。
セインはイリアナに視線を向けたまま不機嫌な声を出す。
「何?」
「いえ、あの」
イリアナは動揺している兵の声を聞き、妖艶に笑う。
自分達を見て、慌てる兵の正体を確信した。
増員ならしっかり次期当主の子息達から、セインとイリアナの関係を説明されるので、戸惑いを顔に出すことはない。
イリアナはセインに逆らいそうな者は片っ端から調教した。
ランの幻術を使い、絶対に逆らえないように性格も矯正した。
イリアナは拗ねた顔を作り、セインの頬に指を滑らせ唇を撫でる。
「セイン様、僕以外にもお召しに?」
「まさか。俺にはお前だけだよ。用件は?」
セインはイリアナの手を取りそっと口づけ、イリアナに向ける甘い声とは正反対の冷たい声を兵に向ける。
目の前の色香を漂わせるやり取りに赤面し動揺している兵にイリアナは一瞬視線を向ける。
「へ、陛下より戦況を見てこいと」
「セイン様、僕にお任せください」
「すぐ戻って来いよ」
「もちろん。僕についてきて」
イリアナは真っ赤な顔で戸惑う兵を連れて軍議をするスペースに移動する。
真赤な顔の兵に向き直り、優雅な微笑みを纏って兵を見つめる。
「陛下の命は?正直に答えてね。隠し事をしたら殺しちゃうよ。セイン様は僕のお願いは全部叶えてくれるから」
動揺して怯えて震える兵は、短剣を片手で弄んでいるイリアナに促されるまま口を開く。
「陛下は戦況がいっこうに変わらないことを怪しんでいます」
「敵が強く、兵達も満身創痍。でも陛下に忠誠をみせるため必死で交戦中。忠誠を示したいので、この兵達のみで勝利を捧げたいので援軍は望まない。みんな、傷だらけ。満身創痍。わかった?」
イリアナは動揺し隙だらけで暗示をかけやすい状況に笑みを浮かべながら、ランの力で暗示をかける。
「わかりました」
暗示にかかり虚ろな瞳で帰っていく兵をイリアナが見送っていると、聞き耳を立てていたセインが近づく。
「見事だな」
「連れて来てよかったでしょ?」
「ああ。俺は寝るから見つからないように行って来いよ」
「うん。先に寝ててください」
「この前みたいに俺を踏むなよ」
「気をつけます」
兵達は二人っきりで寝台にいるときは決して寄ってこないので、イリアナの不在は見つからない。
イリアナはランに幻影魔法をかけてもらい、敵陣に近づいていく。
イリアナは周りに兵の気配がないのを確認して木に登り、歌う。
イリアナの秘密は治癒魔法を使えること。
治癒魔法は歌に載せると広範囲に効果が出るので、体力と精神力の回復を祈って歌う。
精神力の回復は正常な判断ができるように。
そのほうが攻撃を読みやすく、相手も引き際の判断を間違えない。
体力の回復は死なないように。いざという時に、きちんと逃げられるように。
心身共に疲弊した兵を相手にすると、読み誤って殺してしまうから。
セインは敵も味方も誰も殺さないと決めている。
イリアナはそれが叶うように両陣営に魔法を使う。
イリアナにはセインの考える先はわからない。
イリアナにできることは嫌がらせをしながら、第二王子の大切にしたセインを守るだけである。
「国王陛下を誰かが殺してくれないかなぁ」
イリアナは古の呪いのせいで王族を殺せない。
王宮は古の魔力で守られ、侵入できても殺せない。
「あんな男のために無駄死になんてしたくないし、死ぬのは構わないけどあの憎い男を喜ばすのは嫌。古の魔法が効かない民衆達が怒り狂って、王宮を血の海にしてくれないかなぁ」
イリアナにとって第二王子のいない国に価値はない。
人を癒す魔法の使い手とは思えないほど、冷たい顔で囁くイリアナ。
「こんな顔じゃセイン兄様に気付かれる。泉で頭を冷やそうかな」
歌い終え、しばらくぼんやりしていたイリアナは近くの泉を目指すことにした。
セイン達の求めるイリアナ・ラーナを演じるために。
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