4 / 30
第4話 取引1
しおりを挟む
ザビ王国第一騎士団小隊長ジオラルドは混乱した頭の整理をするために散歩をしていた。
なぜか懐かしい気持ちにさせる、歌声に耳を傾ける。
人の気配を感じて視線を向けると、泉で泳いでいる人影を見つけた。
ジオラルドは泉に近付き、泳ぐ人物を見ると靄がかかっている。
木の下に畳んで置いてあるのは、シュナイダー王国の制服。
ジオラルドは自分達の陣の近くで泳いでいる敵兵に呆れながらも、剣に手をかける。
水中から出てきた人物は靄がかかって顔が見えなかった。
「嘘!?」
ジオラルドは聞き覚えのある声に驚き、剣を抜く手が止まった。
「イリアナ!?」
ジオラルドは泉の中に戻り、泳いで離れていくイリアナに叫んだ。
「手を出さない。兵も呼ばない。武器も置く。だから服を着て!!」
ジオラルドはイリアナの服から離れて後を向き、剣を地面に置いた。
イリアナは武器を置いたジオラルドをしばらく見ていた。
ジオラルドが動いても反応できる程度の距離があることを確認し、イリアナは泉から上がり、服に手を伸ばす。
ジオラルドは後から聞こえる音を意識せずにはいられい。
「久しぶり。元気だった」
イリアナは無言でテキパキと着替える。
「リア、事情を話してくれないか?俺はお前のためならなんでもするよ」
イリアナはジオラルドの言葉に呆れた。
顔見知りでも、敵である兵に、なんでもするなんて言葉をかけるのは命を捨てると同義である。
騎士服を捨てて、天幕に帰ればセインのお説教に合うため、ジオラルドの誘いにのり、見逃してもらった自覚はあったイナリアは忠告をすることにした。
「お人好しですね。戦時中に剣を置き、敵に背中を向けるなんて愚か、自殺行為ですよ」
「俺はお前に危害は加えられない」
「甘さで人はたやすく死にますよ。ジオ、生きてください、では」
イリアナは甘いジオラルドが無駄死にしないように最後に一言だけ言葉を残して去る。
イリアナはジオラルドが死んでセインに迷惑をかけるのは避けたかった。
イリアナの気配がなくなり、ジオラルドは後ろを振り向いた。
ジオラルドはいくら探しても見つからないシュナイダー王国の本陣を探すために、後を追うべきだとわかっていても、できなかった。
ジオラルドの尾行に気付いたイリアナと戦いたくなかった。
「俺のことを覚えていてくれた。良かった」
イリアナとの逢瀬を思い出し、ジオラルドの口元が緩んだ。
「俺の幸せな思い出がリアにとっても特別であればいいのに」
泉を見つめ、泳いでたイリアナのことを思い出したジオラルドの顔が赤く染まった。
ジオラルドは自分の熱が下がるまで、しばらく泉を見つめて物思いに耽ることにした。
ジオラルドが砦に帰ると、いるはずのない人物がいた。
凝視されたザビ王国王太子レオナルドは笑顔で見つめ返すので、ジオラルドは跪いた。
「ジオ、楽にして」
「どうしてわざわざおこしに」
「確かめたいことがあってね。あっちの陣営の総大将と話がしたいんだけど」
穏やかな顔で話すレオナルドの言葉にジオラルドは苦笑を我慢する。
「危険です」
「戦場は危険なものだ。でも本当に危険かな?私はセインと知り合いなんだけど、セインらしくないんだよ。セインならこの砦を半日もせず落とせるし、すでに王都に攻め込んでるはずだ」
「兵力の差は歴然ですが」
「魔導士がいる戦場での数の優位は些細なことだ。でも、この戦は不可思議なことだらけだ。定期的に広範囲で治癒魔法がかけられている」
「治癒魔法?」
「さっきの歌は魔法だよ。うちの国に、こんなに強力な治癒魔導士はいない」
ジオラルドは歌が止みしばらくして、イリアナに会ったことを思い出した。
昔、怪我をしたジオラルドにイリアナは「内緒ね」と笑い治癒魔法をかけてくれた。
「ジオはシュナイダー王国にいたよね。あの国に治癒魔導士はいた?」
「誰かは定かではありませんが、いたような気がします」
「そう。セインはやっぱり時間稼ぎを望んでいるのかな。セインに何か思惑がありそうだけど、わからないんだよなぁ。優秀な彼が我が陣営に入るなら歓迎するし」
「彼は兵達を傷つけすぎたので、亡命はできないと」
「ジオは話せたんだ。なら私にもチャンスはあるよね?」
「いえ、あの、」
「ジオの立場は理解しているから、内緒にしてあげるよ。なんとか会いたいなぁ。危険はなさそうだし、しばらくここに留まるから」
国境沿いで戦うばかりで、砦を攻められたことは一度もないので、レオナルドが留まっても危険は少ない。
レオナルドの頑固さを良く知るジオラルドは諫め方を知らなかった。
「努力はしますが、期待しないでください」
翌日の戦いにイリアナもセインも姿を現さなかった。
「どこかで見ているのか。総攻撃しようか」
王太子がいるので、兵の指揮権は王太子のものである。
第一騎士団団長は穏やかな顔で、レオナルドの命令に従い、帰還の進言はしなかった。
レオナルドが総攻撃を命じ、シュナイダー王国が劣勢になるとようやくセインとイリアナが姿を現した。
セインがジオラルド達の放った大量の矢を風で吹き飛ばした。
戦場を濃い霧が覆い、シュナイダー王国兵達が逃走を始める。
ジオラルドは息を吸って、大声を張り上げた。
「セイン、ばらされたくなければ残れ」
イリアナとセインは味方の逃走を助けるために、ザビ王国兵を薙ぎ払っていた。
響いたジオラルドの声にイリアナが冷たい声を出した。
「セイン様、僕に任せてください。やっぱり仕留めます」
「ラーナ、兵の逃走を頼む。俺は大丈夫だから」
「嫌です。こんな敵陣の真ん中に貴方を残すわけないでしょ!?」
「俺一人ならいくらでも対処できる。むしろ邪魔だ」
風使いのセインの言葉にイリアナは折れるしかなかった。
イリアナは強い瞳でセインを睨み、セインが嫌がる言葉を口にすることにした。
「生きて帰ってこなければ皆で命を絶ちます。私達の命は貴方と共にあります。貴方を殺した人間の息の根も止めます」
イリアナの言葉に動揺したのはセインではなく、ジオラルドだった。
ジオラルドの知る、戦場で殺気も纏えない、優しいイリアナに人を殺せるなんて思えず、絶句した。
「セイン様に手を出すなら、誰であろうと許しません。死を覚悟してください」
イリアナに向けられる殺気にジオラルドの思考が止まった。
セインはイリアナの頭を軽く叩いた。
「アル、ちゃんと戻るから、頼むよ。お前が適任だ」
「わかりました。兵達はお任せください。無事で帰らないと許しません」
「わかったから、行け」
イリアナは余裕のある笑みを浮かべるセインの命に頷き、霧に包まれ姿を消した。
濃い霧の中の戦いにザビ王国兵達は混乱している。
ジオラルドはセインに剣を向けようとすると、耳元でセインの声が聞こえた。
「今夜こないだの場所で待つ。お前以外の護衛なしなら話に付き合おう」
霧がさらに濃くなり、ジオラルドが目を閉じ感覚を研ぎ澄ますと突風が吹いた。
霧が晴れ、残されたのは混乱しているザビ王国兵のみ。
セインもシュナイダー王国兵も見当たらなかった。
ジオラルドはレオナルドの命令通りに、追撃はせず、怪我人を連れて砦に帰るように指示を飛ばした。
砦に帰るとレオナルドは笑顔でジオラルドを迎えた。
「お疲れ様。セイン、なんだって?」
「今夜、俺以外の護衛を連れてこないなら話に付き合うと」
「よくやった」
「本当に行かれるんですか?」
「うん。セインは私を殺したりしないよ。ジオは何を落ち込んでるの?」
「気の所為です」
「困ったら相談するんだよ。一人で悩んでも、どうにもならないこともある」
上機嫌なレオナルドは落ち込んでいるジオラルドの肩をポンと叩き、兵達の労いの言葉をかけ戦況の確認に回る。
レオナルドに声を掛けられ、兵の士気は上がったがジオラルドだけは別だった。
イリアナに殺気を向けられたジオラルドは傷つき、落ち込んでいた。
その晩、レオナルドとジオラルドが待ち合わせ場所に着くとセインが姿を現した。
「セイン、久しぶりだね。礼はいらないよ」
「お久しぶりです。王太子殿下」
「さて友人よ、君の悪だくみを教えてくれる?」
「なんのことだか」
「時間稼ぎをしていることはわかっているよ。私は友人に優しいんだよ。ある程度の調べはついてる。ここは私の手をとったほうが賢明だろ?」
レオナルドとセインが無言で見つめ合う。
ジオラルドだけは寒気に襲われた。
しばらくするとセインが苦笑した。
「殿下には敵いませんね。時を待っているんです」
「悪政に耐えられなくなった民衆の反乱を?」
「はい。俺達は古の呪いで陛下に危害は加えられません。陛下には王国を治める資質はないので、民衆達の怒りで国が滅びるのを待っているんです」
「受け入れたのか。滅んだ後はどうするの?」
「俺が戦犯になり、首を差し出せばザビ王国の援助も願えるでしょう。残りの貴族は民意に従います。殿下のお考え通り、俺達第二王子派はザビ王国を手に入れることを命じられました。ただこの戦に大義はありません。命令といえども、大義のない戦はできません」
「亡命するなら受け入れるよ」
「できません。俺達が亡命すれば王国の家族や領民が殺されます」
ジオラルドはセインの言葉に目を見張る。
「そんな簡単に殺すのか!?」
「ジオ、護衛は口を出すのは控えるものだ。陛下に意見して何人も死罪になった。まともな人間は第二王子殿下の派閥だから、陛下が耳を貸す臣にまともな奴はいない」
「悪政に苦しめられている友好国の民のために、うちが滅ぼそうか?」
「それをお望みなら俺達を殺してください。シュナイダー王国への侵略を望むなら、本気で相手になります。もし兵の侵入を許し、俺達が生き残れば家族と領民が殺されます」
「民を煽るリーダーが必要か。私が裏で手を回して、シュナイダー王国を手に入れれば、君達は私に膝を折る?君と治癒魔導師が欲しいんだ」
「家族や民の保護を約束していただけるなら従いますが、治癒魔導師はご勘弁ください」
「セインならとぼけるかと思ったんだけど、認めるんだ」
「もう調べはついてるんでしょう?俺の風魔法と治癒魔導師がいれば戦力が格段に上がりますから」
「有事の時しか頼らないよ。私に野心はないからね」
「僕は構いませんよ。民や家族が救われるなら喜んで働きましょう。ただセイン様を捨て駒にすることは許しませんが」
気配なく、突然現れたイリアナをセインが睨んだ。
「なんで来たんだ。本陣は」
「問題ありません。治癒は終えて、守備も整えて参りました。セイン様を一人で行かせるわけないでしょ?一人で抜け出すのは、おやめてください」
セインはイリアナに見つからないように本陣を抜けてきた。
イリアナが離れないように仕事を押し付けたのに、全て終え、追いかけた優秀な従妹にすぐに言葉が出なかった。
セインはイリアナを連れていきたくないとわかっていて、追いかけてきたイリアナに咎める視線を送る。
「お前は……」
「お望みでしたら、やりますよ」
「やめろ。必要ない」
剣に手を置くイリアナをセインは制する。
セイン達の会話とジオラルドのイリアナへの視線を見て、レオナルドの頭に一つの考えが浮かんだ。
「久しぶりだね」
イリアナ・ラーナはレオナルドと面識があったがアベルトとは初対面である。
イリアナはセインとの会話をやめて礼をする。
「お初にお目にかかります。アベルト・ラーナと申します」
「セイン、彼と二人で話をしてもいいかな?ジオ、余計な口出し無用だ」
「アベルトは礼儀知らずで」
「構わないよ。いい?」
「かしこまりました」
レオナルドの言葉にセインが止める前にイリアナは頷く。
レオナルドはイリアナを連れて森の奥に歩いて行く。
残されたジオラルドはセインにどうしても聞きたいことがあった。
「セイン、イリアナがここにいる理由を教えてくれないか?」
セインは敵の総大将に直球で聞いてくる友人が心配になった。
「変わらないな。お前は知らないほうがいいと思うけど」
「大丈夫だから、教えて」
セインはレオナルドが事態を全部把握していると読んでいた。
それならジオラルドに伝わるのも時間の問題であり、ごまかすより説明する方が早いと判断した。
「まぁ、調べればわかるけど、裏を取れないなら他言無用だ。陛下は第二王子派の貴族の直系子息に隣国の討伐を命じた。ラーナ侯爵家にはイリアナとアベルトしかいない。アベルトは体が弱い。アベルトを出陣させないなら、代わりにイリアナを後宮にと命じられた」
「武術ができるリアがアベルトとして?」
「その通り」
「戦場に出るより後宮に入ったほうが安全だし、生活も保障されるのに」
「リアにも色々あるんだよ。お前の好きなリアじゃなくて呆れるか?」
「まさか。俺はどんなイリアナでもいい」
「まぁがんばれよ」
ジオラルドはこの後のレオナルドの命に息を飲むことになるとは予想もしていなかった。
ジオラルドには戦場でのイリアナとの再会は予想外だった。
そしてイリアナがジオラルドを全く気にしていないことに悲しむ暇は与えられなかった。
ジオラルドの思い描いた未来とのあまりの違いに心が追いつかないのに、現実は無情だった。
なぜか懐かしい気持ちにさせる、歌声に耳を傾ける。
人の気配を感じて視線を向けると、泉で泳いでいる人影を見つけた。
ジオラルドは泉に近付き、泳ぐ人物を見ると靄がかかっている。
木の下に畳んで置いてあるのは、シュナイダー王国の制服。
ジオラルドは自分達の陣の近くで泳いでいる敵兵に呆れながらも、剣に手をかける。
水中から出てきた人物は靄がかかって顔が見えなかった。
「嘘!?」
ジオラルドは聞き覚えのある声に驚き、剣を抜く手が止まった。
「イリアナ!?」
ジオラルドは泉の中に戻り、泳いで離れていくイリアナに叫んだ。
「手を出さない。兵も呼ばない。武器も置く。だから服を着て!!」
ジオラルドはイリアナの服から離れて後を向き、剣を地面に置いた。
イリアナは武器を置いたジオラルドをしばらく見ていた。
ジオラルドが動いても反応できる程度の距離があることを確認し、イリアナは泉から上がり、服に手を伸ばす。
ジオラルドは後から聞こえる音を意識せずにはいられい。
「久しぶり。元気だった」
イリアナは無言でテキパキと着替える。
「リア、事情を話してくれないか?俺はお前のためならなんでもするよ」
イリアナはジオラルドの言葉に呆れた。
顔見知りでも、敵である兵に、なんでもするなんて言葉をかけるのは命を捨てると同義である。
騎士服を捨てて、天幕に帰ればセインのお説教に合うため、ジオラルドの誘いにのり、見逃してもらった自覚はあったイナリアは忠告をすることにした。
「お人好しですね。戦時中に剣を置き、敵に背中を向けるなんて愚か、自殺行為ですよ」
「俺はお前に危害は加えられない」
「甘さで人はたやすく死にますよ。ジオ、生きてください、では」
イリアナは甘いジオラルドが無駄死にしないように最後に一言だけ言葉を残して去る。
イリアナはジオラルドが死んでセインに迷惑をかけるのは避けたかった。
イリアナの気配がなくなり、ジオラルドは後ろを振り向いた。
ジオラルドはいくら探しても見つからないシュナイダー王国の本陣を探すために、後を追うべきだとわかっていても、できなかった。
ジオラルドの尾行に気付いたイリアナと戦いたくなかった。
「俺のことを覚えていてくれた。良かった」
イリアナとの逢瀬を思い出し、ジオラルドの口元が緩んだ。
「俺の幸せな思い出がリアにとっても特別であればいいのに」
泉を見つめ、泳いでたイリアナのことを思い出したジオラルドの顔が赤く染まった。
ジオラルドは自分の熱が下がるまで、しばらく泉を見つめて物思いに耽ることにした。
ジオラルドが砦に帰ると、いるはずのない人物がいた。
凝視されたザビ王国王太子レオナルドは笑顔で見つめ返すので、ジオラルドは跪いた。
「ジオ、楽にして」
「どうしてわざわざおこしに」
「確かめたいことがあってね。あっちの陣営の総大将と話がしたいんだけど」
穏やかな顔で話すレオナルドの言葉にジオラルドは苦笑を我慢する。
「危険です」
「戦場は危険なものだ。でも本当に危険かな?私はセインと知り合いなんだけど、セインらしくないんだよ。セインならこの砦を半日もせず落とせるし、すでに王都に攻め込んでるはずだ」
「兵力の差は歴然ですが」
「魔導士がいる戦場での数の優位は些細なことだ。でも、この戦は不可思議なことだらけだ。定期的に広範囲で治癒魔法がかけられている」
「治癒魔法?」
「さっきの歌は魔法だよ。うちの国に、こんなに強力な治癒魔導士はいない」
ジオラルドは歌が止みしばらくして、イリアナに会ったことを思い出した。
昔、怪我をしたジオラルドにイリアナは「内緒ね」と笑い治癒魔法をかけてくれた。
「ジオはシュナイダー王国にいたよね。あの国に治癒魔導士はいた?」
「誰かは定かではありませんが、いたような気がします」
「そう。セインはやっぱり時間稼ぎを望んでいるのかな。セインに何か思惑がありそうだけど、わからないんだよなぁ。優秀な彼が我が陣営に入るなら歓迎するし」
「彼は兵達を傷つけすぎたので、亡命はできないと」
「ジオは話せたんだ。なら私にもチャンスはあるよね?」
「いえ、あの、」
「ジオの立場は理解しているから、内緒にしてあげるよ。なんとか会いたいなぁ。危険はなさそうだし、しばらくここに留まるから」
国境沿いで戦うばかりで、砦を攻められたことは一度もないので、レオナルドが留まっても危険は少ない。
レオナルドの頑固さを良く知るジオラルドは諫め方を知らなかった。
「努力はしますが、期待しないでください」
翌日の戦いにイリアナもセインも姿を現さなかった。
「どこかで見ているのか。総攻撃しようか」
王太子がいるので、兵の指揮権は王太子のものである。
第一騎士団団長は穏やかな顔で、レオナルドの命令に従い、帰還の進言はしなかった。
レオナルドが総攻撃を命じ、シュナイダー王国が劣勢になるとようやくセインとイリアナが姿を現した。
セインがジオラルド達の放った大量の矢を風で吹き飛ばした。
戦場を濃い霧が覆い、シュナイダー王国兵達が逃走を始める。
ジオラルドは息を吸って、大声を張り上げた。
「セイン、ばらされたくなければ残れ」
イリアナとセインは味方の逃走を助けるために、ザビ王国兵を薙ぎ払っていた。
響いたジオラルドの声にイリアナが冷たい声を出した。
「セイン様、僕に任せてください。やっぱり仕留めます」
「ラーナ、兵の逃走を頼む。俺は大丈夫だから」
「嫌です。こんな敵陣の真ん中に貴方を残すわけないでしょ!?」
「俺一人ならいくらでも対処できる。むしろ邪魔だ」
風使いのセインの言葉にイリアナは折れるしかなかった。
イリアナは強い瞳でセインを睨み、セインが嫌がる言葉を口にすることにした。
「生きて帰ってこなければ皆で命を絶ちます。私達の命は貴方と共にあります。貴方を殺した人間の息の根も止めます」
イリアナの言葉に動揺したのはセインではなく、ジオラルドだった。
ジオラルドの知る、戦場で殺気も纏えない、優しいイリアナに人を殺せるなんて思えず、絶句した。
「セイン様に手を出すなら、誰であろうと許しません。死を覚悟してください」
イリアナに向けられる殺気にジオラルドの思考が止まった。
セインはイリアナの頭を軽く叩いた。
「アル、ちゃんと戻るから、頼むよ。お前が適任だ」
「わかりました。兵達はお任せください。無事で帰らないと許しません」
「わかったから、行け」
イリアナは余裕のある笑みを浮かべるセインの命に頷き、霧に包まれ姿を消した。
濃い霧の中の戦いにザビ王国兵達は混乱している。
ジオラルドはセインに剣を向けようとすると、耳元でセインの声が聞こえた。
「今夜こないだの場所で待つ。お前以外の護衛なしなら話に付き合おう」
霧がさらに濃くなり、ジオラルドが目を閉じ感覚を研ぎ澄ますと突風が吹いた。
霧が晴れ、残されたのは混乱しているザビ王国兵のみ。
セインもシュナイダー王国兵も見当たらなかった。
ジオラルドはレオナルドの命令通りに、追撃はせず、怪我人を連れて砦に帰るように指示を飛ばした。
砦に帰るとレオナルドは笑顔でジオラルドを迎えた。
「お疲れ様。セイン、なんだって?」
「今夜、俺以外の護衛を連れてこないなら話に付き合うと」
「よくやった」
「本当に行かれるんですか?」
「うん。セインは私を殺したりしないよ。ジオは何を落ち込んでるの?」
「気の所為です」
「困ったら相談するんだよ。一人で悩んでも、どうにもならないこともある」
上機嫌なレオナルドは落ち込んでいるジオラルドの肩をポンと叩き、兵達の労いの言葉をかけ戦況の確認に回る。
レオナルドに声を掛けられ、兵の士気は上がったがジオラルドだけは別だった。
イリアナに殺気を向けられたジオラルドは傷つき、落ち込んでいた。
その晩、レオナルドとジオラルドが待ち合わせ場所に着くとセインが姿を現した。
「セイン、久しぶりだね。礼はいらないよ」
「お久しぶりです。王太子殿下」
「さて友人よ、君の悪だくみを教えてくれる?」
「なんのことだか」
「時間稼ぎをしていることはわかっているよ。私は友人に優しいんだよ。ある程度の調べはついてる。ここは私の手をとったほうが賢明だろ?」
レオナルドとセインが無言で見つめ合う。
ジオラルドだけは寒気に襲われた。
しばらくするとセインが苦笑した。
「殿下には敵いませんね。時を待っているんです」
「悪政に耐えられなくなった民衆の反乱を?」
「はい。俺達は古の呪いで陛下に危害は加えられません。陛下には王国を治める資質はないので、民衆達の怒りで国が滅びるのを待っているんです」
「受け入れたのか。滅んだ後はどうするの?」
「俺が戦犯になり、首を差し出せばザビ王国の援助も願えるでしょう。残りの貴族は民意に従います。殿下のお考え通り、俺達第二王子派はザビ王国を手に入れることを命じられました。ただこの戦に大義はありません。命令といえども、大義のない戦はできません」
「亡命するなら受け入れるよ」
「できません。俺達が亡命すれば王国の家族や領民が殺されます」
ジオラルドはセインの言葉に目を見張る。
「そんな簡単に殺すのか!?」
「ジオ、護衛は口を出すのは控えるものだ。陛下に意見して何人も死罪になった。まともな人間は第二王子殿下の派閥だから、陛下が耳を貸す臣にまともな奴はいない」
「悪政に苦しめられている友好国の民のために、うちが滅ぼそうか?」
「それをお望みなら俺達を殺してください。シュナイダー王国への侵略を望むなら、本気で相手になります。もし兵の侵入を許し、俺達が生き残れば家族と領民が殺されます」
「民を煽るリーダーが必要か。私が裏で手を回して、シュナイダー王国を手に入れれば、君達は私に膝を折る?君と治癒魔導師が欲しいんだ」
「家族や民の保護を約束していただけるなら従いますが、治癒魔導師はご勘弁ください」
「セインならとぼけるかと思ったんだけど、認めるんだ」
「もう調べはついてるんでしょう?俺の風魔法と治癒魔導師がいれば戦力が格段に上がりますから」
「有事の時しか頼らないよ。私に野心はないからね」
「僕は構いませんよ。民や家族が救われるなら喜んで働きましょう。ただセイン様を捨て駒にすることは許しませんが」
気配なく、突然現れたイリアナをセインが睨んだ。
「なんで来たんだ。本陣は」
「問題ありません。治癒は終えて、守備も整えて参りました。セイン様を一人で行かせるわけないでしょ?一人で抜け出すのは、おやめてください」
セインはイリアナに見つからないように本陣を抜けてきた。
イリアナが離れないように仕事を押し付けたのに、全て終え、追いかけた優秀な従妹にすぐに言葉が出なかった。
セインはイリアナを連れていきたくないとわかっていて、追いかけてきたイリアナに咎める視線を送る。
「お前は……」
「お望みでしたら、やりますよ」
「やめろ。必要ない」
剣に手を置くイリアナをセインは制する。
セイン達の会話とジオラルドのイリアナへの視線を見て、レオナルドの頭に一つの考えが浮かんだ。
「久しぶりだね」
イリアナ・ラーナはレオナルドと面識があったがアベルトとは初対面である。
イリアナはセインとの会話をやめて礼をする。
「お初にお目にかかります。アベルト・ラーナと申します」
「セイン、彼と二人で話をしてもいいかな?ジオ、余計な口出し無用だ」
「アベルトは礼儀知らずで」
「構わないよ。いい?」
「かしこまりました」
レオナルドの言葉にセインが止める前にイリアナは頷く。
レオナルドはイリアナを連れて森の奥に歩いて行く。
残されたジオラルドはセインにどうしても聞きたいことがあった。
「セイン、イリアナがここにいる理由を教えてくれないか?」
セインは敵の総大将に直球で聞いてくる友人が心配になった。
「変わらないな。お前は知らないほうがいいと思うけど」
「大丈夫だから、教えて」
セインはレオナルドが事態を全部把握していると読んでいた。
それならジオラルドに伝わるのも時間の問題であり、ごまかすより説明する方が早いと判断した。
「まぁ、調べればわかるけど、裏を取れないなら他言無用だ。陛下は第二王子派の貴族の直系子息に隣国の討伐を命じた。ラーナ侯爵家にはイリアナとアベルトしかいない。アベルトは体が弱い。アベルトを出陣させないなら、代わりにイリアナを後宮にと命じられた」
「武術ができるリアがアベルトとして?」
「その通り」
「戦場に出るより後宮に入ったほうが安全だし、生活も保障されるのに」
「リアにも色々あるんだよ。お前の好きなリアじゃなくて呆れるか?」
「まさか。俺はどんなイリアナでもいい」
「まぁがんばれよ」
ジオラルドはこの後のレオナルドの命に息を飲むことになるとは予想もしていなかった。
ジオラルドには戦場でのイリアナとの再会は予想外だった。
そしてイリアナがジオラルドを全く気にしていないことに悲しむ暇は与えられなかった。
ジオラルドの思い描いた未来とのあまりの違いに心が追いつかないのに、現実は無情だった。
5
あなたにおすすめの小説
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
リフェルトの花に誓う
おきょう
恋愛
次期女王であるロザリアには、何をどうやったって好きになれない幼馴染がいる。
その犬猿の仲である意地悪な男の子セインは、隣国の王子様だ。
会うたびに喧嘩ばかりなのに、外堀を埋められ、気付いた時には彼との婚約が決まっていた。
強引すぎる婚約に納得できないロザリアは……?
※他サイトで掲載したものの改稿版です
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる