傷心令嬢の鬼ごっこ

夕鈴

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第11話 旅立ち

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反乱後のシュナイダー王国に隣国の王太子レオナルド・ザビが訪問した。
シュナイダー王国兵がザビ王国の砦を落とそうとしたことなどなかったように穏やかな顔で、その話題には触れず、疲弊したシュナイダー王国の支援を申し出た。

「国力を落とし、属国のような扱いを受け入れるのか。まぁ、自由な国なんて夢物語を描く革命家達だから仕方ないか」

ラーナ侯爵のアベルト・ラーナはありえないことだらけの報告書を呼んでいた。

革命後も友好国の王子として、シュナイダー王国の民の望む施策の後押しの申し出を反乱軍は受け入れた。

「反乱軍の幹部にザビ王国民が紛れ、操っているのに、気楽な者だ。裁判を控える貴族達は情報を掴んでも、黙ってるから仕方ないか。国とともに殉死できない事情があるから、沙汰を待っている状況だ」

裁判も終わり、ラーナ侯爵家は爵位を失い、個人資産以外の家財や資産を放棄することが決まった。
ラーナ侯爵邸は領主邸として差し押さえられたが、アベルトがラーナ領主に選ばれたため引っ越す必要はなかった。
アベルトは報告書を静かに読んでいた。

「第二王子殿下がリアに近付かせたくなかったザビの腹黒王太子の指示で反乱軍が組織され、陛下の殺害。反乱軍の幹部にザビ兵を紛れ込ませたのに、気付かせない手腕は見事」
「反乱軍はザビ王国人の特徴を知らない貧しく末端の民で組織されましたから」
「裁判で斬首になった者もいたが、多くは貴族の爵位を取り上げられただけ。貴族制度はなくなり、領主制度のみ残した。領主の世襲制は廃止され、領民の過半数の支持を得られた者が領主に選定される任命制か。世論の操作で腹黒王子の望む者を合法的に領主に据えるという長期戦を仕掛けたか」
「そこまでうまくいくでしょうか?アベルト様のように領民に慕われ、領主を引き継いだ方々も多くいらっしゃいますよ」
「引き継いだ領主の家は従軍し、ザビの砦を落とそうとした家族を持つ。いずれ戦犯にするカードを常に腹黒王家が持っている。半数は領主が代わり、国政を担う者は革命軍が任命した者。要職についたのは、僕達が知らない者達だから、ザビと繋がりのある者ってことだろう?数年後にはザビ王国の属国に仲間入りしているだろう」

アベルトは注がれた薬茶を優雅な仕草で飲む。
苦い薬茶を頻繁に飲むアベルトに時々悲しい視線を送る片割れを思い浮かべ、アベルトは薬茶を一気に飲み干した。

「気に入らないのは、ザビの腹黒王子に操られていると知らず、感謝の印に生贄を差し出すことを申し出た。しかも、王国民のためにずっと尽くしていた二人を」
「お気持ちはわかります。でも、お二人は受け入れられた」
「王国屈指の魔導士である第二王子の忠臣のセイン・シカクとイリアナ・ラーナを求めた。王家と宰相閣下が亡くなり、新たな時代の先導者として相応しい二人を奪い、この国の力を落とし、自国を強国にする力を手に入れた」

咳き込むアベルトの背中を家臣が優しく撫でる。
咳が収まり、呼吸を整えたアベルトは顔を上げた。

「侯爵位はなくとも、私達の心はラーナ家のものです。ラーナ一族の王よ。どうかご命令を」

アベルトは跪いて、忠誠を示す家臣に首を横に振った。
両親の前では隠しているが、体が弱く短命だろうと覚悟しているアベルトは騎士の忠誠を受けるのを嫌っていた。
外見は華奢で、すぐに倒れるアベルトは視野の広さと心の強さはかつてのラーナ侯爵を上回っていた。
顔色が悪くても、背筋を伸ばし、意思の強い瞳に惹かれる騎士も多く、本人の希望に反して心の中で忠誠を誓う者や、アベルトが断れない状況ラーナ一族の前で忠誠を誓う者が多かった。


「そういうのいらないんだけど。セインはシカク領主に選ばれたけど、辞退し分家の従兄弟を任命した。ラーナ領を新たな時代に馴染めるように、調整したら僕は領主を降りる。リア達の無茶を止められるのは僕だけだから、追いかけるよ。各々身の振り方を考え、準備を整えておくように。いずれ僕がラーナ領を捨てるのは、イリアナには秘密だよ。リアへの秘密だけは命令だから、厳守して。跪いてないて、動いて」

落ち着いているアベルトに反して、母親であるラーナ夫人は泣き崩れていた。

「あの人も、爵位も……、イリアナまで」

アベルトは気丈に振舞っていた母の心の糸が、戦から帰ってきた最愛の夫に気質のよく似た愛娘の出立で切れてしまったのがわかった。
これから危険な場所に飛び込むイリアナに母を任せることができないので、母娘の時間を存分にとれるように調整し、見守ることにした。
母親を必死に慰めたイリアナがアベルトを避けて、ゆっくり話すことはできなかったが、第二王子に会えなくなってから、変化ばかりを強いられる姉にこれ以上重荷を背負わせたくなかったので、拒絶を受け入れた。



ザビ王国に旅立つ日、イリアナはアベルトの目を見ずに、抱き着いた。
アベルトを自分を避け続けていた手のかかる姉に、仕方がないと笑いイリアナの背に手を回した。

「アル、ごめん」
「リア、いずれ追いかけるから無茶しないで」
「アル、私は大丈夫だから」

アベルトは力を入れて抱きついてくるイリアナに身を任せた。
イリアナはこっそりと手首を切って、呪文を唱えた。

「我、命を代償に禁呪を望む。我の願いを聞き届けよ」

アベルトにはイリアナの囁き声は聞き取れなかったが、二人の足元が光り、結界が浮かび上がった。
アベルトは抱きつかれている体を離すと、手首から血を流すイリアナに気付き睨んだ。


「リア、何してんの!?」

アベルトはイリアナの腕を掴んでハンカチで止血する。
イリアナは怒っている弟に微笑み返した。

「内緒。お姉様からの最後の餞別。アベルト、私のことは気にしないで。追いかけてこなくていいわ。うまくやるから」

イリアナはアベルトの腕を振り払い、止める声を聴こえないフリをして、ラーナ侯爵家を出ていった。

「リアのバカ。待って、ってもういないか。不器用なのによく言うよ」

ドレスを着ているとは思えない速さで、走り出ていくイリアナの背中に伸ばしたアベルトの手は届かない。
イリアナが旅立ちしばらくして、アベルトは自分の体の変化に嫌な予感に襲われた。
治癒魔法の効果がない、不治の病と言われ、長年付き合っていた胸の痛みがなくなった。
病は自然に治らないとアベルトが一番知り、受け入れていた。
アベルトの不治の病に治癒魔法が効果がないと知った時に、イリアナは悲しみに襲われて、姿を消した。
当時寝台から動けなかったアベルトは、イリアナを追いかけることはできなかった。

「何をしたんだよ。リア、次に会う時は問い詰めるから覚悟して。リアのおかげで時間ができたなら、遠慮はいらないよねいらないよね」


イリアナが旅立ってから、アベルトは体の調子が良くなった。
逝くための準備を怠らなかったアベルトが初めて生きるために動き出した。
生きる意思のなかったアベルトの変化にラーナ夫人の気持ちも変化していく。
イリアナが旅立ち、しばらくして奪われてばかりのラーナ家に新しい風が吹いた。

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