傷心令嬢の鬼ごっこ

夕鈴

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第10話 お別れ 

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イリアナはシュナイダー王国に反乱が起き、陛下が死んだという知らせを聞いてセインと共にラーナ侯爵邸に帰ってきた。

無事に帰ったイリアナは母親に抱きしめられた。
母の腕の中、父のことや近況を聞き、仮面が外れないように必死で悲しそうな顔を取り繕う。

『お父様が亡くなった。近衛騎士団長らしく、陛下を守って死んだ。
きっと犠牲を最小限にするために動いたんだろう。あんな男のために死ぬなんて』
死んでもなお、国王への憎しみが消えないイリアナは、気を抜いたら自分の顔が憎しみで染まってしまうとわかっていた。
悲痛な面持ちで悲しむ母を宥めながら、イリアナは必死で悲しむフリを演じる。


イリアナは久しぶりに家族と食事をした後、疲れを理由に自室に戻った。
物言いたげなアベルトの視線も気づかないフリをした。
その晩、イリアナはアベルトになる時に切った髪で作ったカツラを被り、イリアナ・ラーナの姿に戻る。
喪服を身に纏い、王宮に向かう。
反乱は成功したがまだ世間は混乱しているため、貴族達の処遇を決める裁判の日程は決まっていない。
裁判が始まれば、ラーナ侯爵令嬢の動きは制限され、自由に動けないので、その前にやりたいことがあった。
反乱軍が占拠した王宮は機能を失い、衛兵もいなかったので、イリアナは躊躇うことなく足を進めた。


「リア、なにを考えて」

イリアナはジオラルドの声に振り向いた。
戦場で突然姿を消した私服姿のジオラルドが心配そうな顔をしていた。
イリアナは反乱の結末をレオナルドから聞いた時に、反乱の影にザビ王国やジオラルドがいることを悟った。
イリアナにはどうでもいいことだったので、思考を放棄した。

「裁判までは自由の身ですから」

イリアナは処刑されても構わなかったが、どうしてもやりたいことが一つあった。
だから裁判の始まる前に王宮に来た。
イリアナはジオラルドが捕まえようとする様子がないのを確認し、そのまま立ち去ることにした。

「あれは、」

見回りの男の声に気付いたイリアナは隠れる場所を探そうとすると、ジオラルドに腕を引かれた。
イリアナはジオラルドの背中に隠された。

「悪い。俺の連れだ。人見知りだから」
「わかった。ジオも隅におけないな」

イリアナはジオラルドに庇ってもらったことに気づいたが余計なお世話と思ったので、何も言わなかった。
男が立ち去ったのに、イリアナの腕を放さないジオラルドをイリアナは訝し気に見上げた。
ジオラルドはイリアナと目が合い微笑んだ。

「放して」
「こっち」

ジオラルドは強引に手を取ってイリアナを誘導した。
イリアナはジオラルドの手を振り払おうとするが、力は強く振り解けない。
ジオラルドの足が止まったので、イリアナが顔を上げると一番行きたかった場所にたどり着いた。
イリアナはジオラルドの手を振り払い、眠っている第二王子のもとに駆け寄った。

「よかった」

イリアナは記憶を失う前と同じ様子で眠る第二王子にそっと抱きつき、冷たい胸に顔を埋めた。

『殿下。殿下の遺体は綺麗なままで、よかった。
今度は間に合った。
いつまでも殿下の傍にいたい。でもそれは許されない。このままだと私の殿下が……。
あの男が殿下の遺体を隠したのも魔術に利用するため。殿下の遺体が利用されるなんて許さない。
王族の体は貴重だから、祀られるならいい。でも欲に目が眩む人間なんて信用できない。民達が殿下の体を切り刻んで売るかもしれない。ザビ王国に研究のために送られるかもしれない。魔術の材料にされるのも、利用されるのも殿下が許しても私は許せない』


イリアナは眠る第二王子の胸から顔を上げて、冷たい頬に手をあてた。
眠る第二王子をしっかり記憶に焼き付けるために、じっくりと見つめた。

「これで最後……。
リアは誰であろうと殿下を利用するなんて許さない」

「やっぱり来たか」

イリアナは聞き慣れたレオナルドの声に体を起こし、礼をした。

「ごきげんよう。王太子殿下」
「その姿のほうがしっくりくるね」
「私の願いは叶えて頂けるんでしょうか?」
「もちろん。友好国として国が安定するまで我がザビ王国が力を貸そう。」

シュナイダー王国はザビ王国の属国になると聞いてもイリアナの心は何も思わない。
イリアナは侯爵令嬢として、最愛の殿下が悲しまない道を民が選べるように、笑顔で礼をした。

「ありがとうございます。私はどうすれば?」
「セインには猶予を与えるけど、君にはすぐに来てもらいたい。国の友好の証として、いずれうちの臣下に嫁いでもらう」
「かしこまりました。私は邸で沙汰を待ちます」
「察しがいい君にサービスしてあげるよ」

レオナルドは、イリアナが取り乱すと思っていたが、第二王子の婚約者に相応しい冷静な姿に笑みを浮かべた。
レオナルドが第二王子の髪を短剣で切る。
イリアナが唯一やりたいことをレオナルドが始めた。

「君に敬意を示して彼だけは見逃してあげる。リン、送り火だ」

第二王子の体が炎に覆われる。
イリアナは泣きたいのを堪えて、純粋な炎に包まれる第二王子を見つめた。


「親愛なる友よ、君が安らかに眠れることを祈ろう。また来世での再会を願おう」

レオナルドの言葉はイリアナの耳には入らず、ただ燃えゆく第二王子を見つめていた。

『殿下、リアもいずれ追いかけます。
お側にいくので待っててください。
リアも殿下だけを愛しています』

炎と共に第二王子の体がなくなった。
イリアナは侯爵令嬢の仮面を被りながら、ランに命じた。

「ラン、灰を集めてこの瓶に入れて。欠けらも残さず」


ランが風で灰を瓶の中に導く。
ベッドの上に残った灰が第二王子のものかはイリアナにはわからないが構わなかった。

「貴方の関わるものをこの国には置いていかない」

瓶の蓋をしっかりと締めたイリアナはレオナルドに向き直った。

「王太子殿下、ありがとうございます。それでは失礼致します」

レオナルドから受け取った第二王子の遺髪を大事に抱いて、イリアナは礼をして立ち去った。

「ラン、目くらましをお願い」

イリアナは第二王子の部屋を目指した。
イリアナは大事な第二王子の遺灰を抱いていたので、誰にも見つかりたくなかった。
奪われるなら、相手を殺しても奪い返す覚悟と自信があったが、できれば争いは避けたかった。

「無事だった」
第二王子の部屋は埃が積もっていた。部屋が荒らされた様子がないことに安堵の息を吐いた。
かつて、第二王子の香りや気配で溢れていた部屋は埃臭く、イリアナが探していた気配はなかった。
イリアナは呆然としたが、置かれている家具一つ一つに思い出が詰まっていることを思い出した。第二王子と並んで座ったソファに手を伸ばし、触れた。

「ここに来ても、もう迎えてもらえない。リア、話してごらん?ってもう聞けない。伸ばされる腕ももうないんだ」

イリアナは奥の寝室に入ったが、やはり第二王子の気配はない。


「ランに見送られ、ここで、亡くなったのかな」

イリアナは胸に抱いている遺灰と遺髪を抱きしめた。
イリアナはアベルトやセインやラーナ領民も大好きだが、第二王子だけは特別だった。
体の弱いアベルトに母親は付きっきり、父の厳しい教育、イリアナは辛くても、誰にも言えなかった。
そんなイリアナに気づいてくれたのは、第二王子だけだった。
イリアナは治癒魔法が使えることを知り、アベルトのために必死に練習した。でもアベルトにはイリアナの魔法が効かなかった。
隠れて落ち込むイリアナを見つけてくれたのは第二王子だけだった。
アベルトを治せないと泣くイリアナを静かに抱きしめて、泣き止むまでそばにいてくれた。
第二王子はイリアナの心の支えで、いつの間にかイリアナにとって、第二王子が全てになった。


イリアナは第二王子の枕を抱きしめると、本を見つけた。
見たことない魔導書を開くと絶句した。
魔導書には治癒魔法の禁呪が綴られていた。
人の気配にイリアナは慌てて本と第二王子の遺髪と遺灰をかばんに隠した。

近づく気配にイリアナは警戒し、隠してある短剣に手をかけた。

「イリアナ!!」

聞き覚えのある声にイリアナは警戒を解き、抱きつく体を受け止めた。

「エレイン様」

セインの元婚約者であり新国王の側妃のエレイン公爵令嬢。
エレインとイリアナはセインを通して知り合い、妹のように可愛がられていた。

「無事でよかったわ。辛かったわね。憎いわよね。よく我慢してたわ」

笑顔で話すエレインの言葉にイリアナは息を呑む。

「エレイン様?」
「ちゃんとわかってるわ。殿下を失ってから貴方が憎しみに駆られてること」

確信に満ちたエレインの瞳を見て、イリアナは気づかれていることを悟った。
イリアナは社交能力ではエレインに敵わなかった。それでも念の為確認することにした。

「どうして?」
「ばかな子ね。セインは騙せても私にはわかるわよ。ずっと貴女を見ていたんだから。殿下のいない世界なんて、なんにも興味を持てないのもお見通しよ。これからどうするの?」

イリアナは洞察力の高いエレインに観念した。

「エレイン様には敵いませんね。隣国の王太子殿下に家族と領民の安寧と陛下の死を望みました。その条件に王太子殿下の駒になると約束しました。いずれ隣国の者と婚姻して、王太子殿下にお仕えすることになります。王太子殿下はセイン兄様のことも手駒にと望んでます。セイン兄様は諦めてもらえるようにお願いするつもりです」
「イリアは逃げる気はなく、従うのね。セインのことは気にしないで。あの人は勝手にやるわ」

エレインはイリアナには優しいのになぜかセインには冷たかった。
二人は優秀なので、言葉は交わさなくても繋がっているのだと思うことにしていた。

「でも、今ならもう一度お二人はやり直せます」
「私とセインの婚約は利害の一致よ。イリア達みたいに愛はないから気にしないで」

イリアナにはエレインの言ってる言葉の意味がわからなかった。

「エレイン様」
「イリアが行くなら私も行くわ」
「え?」
「私はイリアと一緒にいたいから。侍女としてついていくわ」
「公爵家のエレイン様を侍女なんてありえません。セイン兄様が許しません」
「私は私のやりたいようにするだけよ。またね、イリア」

優雅な笑みを浮かべてエレインが去っていった。
エレインはイリアナにとっていつも突然現れて、気づくといなくなる人だった。


「エレイン様、セイン兄様と幸せになってください。……私には叶わないことだから……」

エレインの言葉の意味はわからないが、姉のようなエレインの幸せを消えていく背中に願った。
イリアナは執務室に移動し、第二王子の椅子に座った。
残念ながら求める気配はなかった。

「殿下、ごめんなさい。リアは殿下との思い出の詰まった国を離れます。
イリアナの心は殿下と共に亡くなりました。
殿下が望まないことはわかってます。でもどうにもならないから許してください」

第二王子の気配のない部屋をあとにしてイリアナは邸に帰った。
イリアナが一番欲しかったものは手に入り、この国でやり残したことは終わった。
イリアナは誰にも見つからないように外出したのに、玄関で待っていたアベルトの顔を見て真っ青になった。
イリアナはアベルトに問い詰められるのを恐れて慌てて自室に逃げ込んだ。
体の弱いアベルトに夜更かしは駄目と言える状況でもなかった。
イリアナは昔からアベルトには、かなわなかった。
この弟を騙し通せる自信はないイリアナには距離をおくしか選択肢はなかった。
アベルトは自分に気づかないフリをして自室に駆け込んだ姉を静かに見つめていた。
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