初恋の結末

夕鈴

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アリストアの初恋

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幼い頃より王太子妃になるべく育てられたアリストア。感情を表に出さないように教育され美しい立ち振舞いを意識していた。常に監視され王妃として相応しいか採点される毎日。周囲が眉を潜めるほど厳しい教育でもアリストアに不満は一つもない。いつも隣には最愛の婚約者のエドウィンがいた。アリストアの婚約者は優しく誠実、二人には特別な絆があるはずだった。


「どんな時も君が信じてくれるなら絶対帰ってくるから」
「エド様を信じております。エド様の帰る場所をお守りして」

エドウィンがアリストアの頬に口づけるとはにかんだ笑みを浮かべる。アリストアが感情を表に出すのはエドウィンの前だけ。出会った時から一度も喧嘩はない。手を取り合って同じ道を歩いていくだろうとアリストアは信じていた。
隣国との戦争が始まり、出陣するエドウィンの背中を見送り三カ月。
勝利と無事を祈りながら公務に励むアリストア。エドウィンが行方不明という報せも動揺を隠して凛とした表情で受け取った。

「どうかご無事で。エド様」

時間ができると神殿に行き、アリストアはずっと祈っていた。アリストアの願いが届き、3か月後に勝利と共にエドウィンは帰国した。
エドウィンの隣には美女がいたがアリストアは無事な姿に泣きたい気持ちを我慢して微笑んだ。

「おかえりなさいませ」
「ただいま」

いつもは視線を合わせで微笑むエドウィンが気まずそうな顔をしていた。
アリストアは無事に帰国しただけで満足だった。
エドウィンが連れ帰った美女は伝承の世界の先見の巫女。襲われていたエドウィンを助け、奇策を提案し勝利に導いた女神。王国に繁栄をもたらすという先見の巫女は兵達の支持を集めていた。賓客としてもてなされる美女は表情豊かで優しく王宮でも人々の心を掴んでいく。厳しく冷たいアリストアは正反対と…。
アリストアは先見の巫女とエドウィンが惹かれ合っているのに気付いても口を挟むことはなかった。美しい笑みを浮かべて自分にできることを、戦後処理に駆け回っていた。
祝賀会の日、アリストアは初めてエドウィンのエスコートなく一人で会場に足を運ぶ。

「アリ―、僕達の道は別れた」
「エド様の望みのままに」


数刻前にアリストアは王家からの先見の巫女を正妃に、自身を側妃として迎えるという命令を微笑んで受け入れた。先見の力がある女軍師は平民の生まれであり公務をする妃が必要だった。ずっと妃教育を受けていたアリストアほど適任はいなかった。アリストアは国のため、エドウィンのための最善を心に刺さった小さい棘には気付かないフリをして受け入れた。
会場で寄り添う二人や自身への好奇な視線を気付かないフリをして美しい笑みを浮かべる。二人を祝福し、戦の立役者達に感謝を告げてダンスを踊る。これからさらに変わっていく自分の環境。それでもアリストアは大丈夫と前を向く。最愛の人の隣にいる未来は変わらない。幼い頃の約束がある。アリストアはエドウィンとの深い絆を信じている。
戦争が終わり一月が経つ頃、アリストアはエドウィンに庭園のお気に入りの場所に招待された。
帰国して初めての私的な逢瀬に心が弾むアリストアは温和な笑みではなく真顔のエドウィンに驚きながらも席に座った。目の前に置かれたお茶に手をつけ言葉を待つ。エドウィンが真顔の時は大事な話がある時と知っていた。

「君は国に不幸をもたらす。命を捧げてくれないか」
「え?失礼しました。理由を教えていただけませんか?」
「巫女姫が予言した。決して外れない」

アリストアは国のために必要なら命を差し出す覚悟はできていた。妃としてエドウィンに相応しくあるためにずっと努力してきた。未来の正妃に選ばれても妃教育を放棄し、使用人のお手伝いをしている巫女の代わりに公務をこなして、これからも励むことも飲み込んだ。アリストアの心の小さな棘が深くのめりこんでいく。ずっと努力してきたものが不確かな予言というもので壊されていく。穏やかな顔で死を命じる婚約者への確固たる信頼も愛情も崩れていく。信じていたエドウィンとの絆はまやかしだったと残酷な事実に気付いた。冷たい瞳で自分を見る最愛の婚約者に切り捨てられた動揺を隠して微笑んでいた。それでもカラカラに乾いた喉から何も音を出せなかった。
アリストアとエドウィンの会瀬を見ていた男が口を挟んだ。

「エド、殺すなら俺が引き受ける。罪もないアリストアを断罪すれば不満が出るだろう。監視してやるよ。うちの領地は王都から遠い。戦勝の証にアリストアを俺が望めばうまく納まる」

エドウィンの異母兄にあたり、敵国の王の首を取ったディアス。乱暴者の問題児であるが戦での功績により辺境伯に任命されたばかりの王子。
アリストアは自分の意思とは関係なく進んでいくやりとりを静かに眺めていた。数刻前に死を命じられ、次は婚約者の変更。王家の命令は絶対である。そして自分が巫女の暗殺を目論んでいると疑われていることに衝撃を受けた。エドウィンに私情で人を殺すような女と思われていたことに。深くのめりこんでいく棘はアリストアの心髄に達した。
アリストアは一言も話していないのにエドウィンにエスコートされ謁見の間に連れて行かれた。国王へのディオンが説明する声を聞き思考する余裕はなかった。ただただ耳から音が流れていく。
国王は愛息子の強い希望でも先見の巫女の予言とはいえ品行方正で国のために駆け回っている幼少から知っている罪のない少女を殺すのは気が引けた。優秀なアリストアはディアスのフォローにも丁度よく、女に興味のない息子が興味を持ったならとアリストアとディアスの婚約を決めた。アリストアの正家は王家に忠実なので何も言わない。娘の命よりも名誉、家の繁栄が優先だった。王の命令を受け、頭は回らなくても体は勝手に動いた。礼をして笑みを浮かべて命令を受ける。
巫女の暗殺を目論んでいると疑われているアリストアは監視役であり婚約者のディアスの邸に連れて行かれた。細身で背筋を伸ばして行儀よく座るエドウィンと違い大柄で足を組んで偉そうに座っているディアス。

「アリストア、怒れ」
「はい?」
「俺は寛大だ。うちでまで猫を被られたら迷惑だ」

穏やかに話しかけるエドウィンと違い偉そうな命令。怒れといわれても怒りなんて感情は幼い頃に捨てたものである。

「怒りもわかないのか?妃の椅子を奪われ、あげく死を命じられ、婚約者を代えられ」
「国のために命を捧げるのが務めですから」
「その笑顔もやめろ。目障りだ。邸では自由にしていいが外には出るな」
「かしこまりました」

苛立ちを隠さず部屋を出て行くディアスをアリストアは礼をして見送った。与えられた部屋は王宮の自室によく似ていた。バルコニーに出ると広がるのは見慣れない庭。アリストアは思考を放棄した。感情を殺すことは得意だった。バルコニーの椅子で眠るアリストアをベッドまで運んでくれた存在には気付かない。
翌日からディアスは監視のためにアリストアを常に隣に置いていた。馬に乗れないアリストアに呆れながら抱き上げてディアスの前に乗せてゆっくりと走らせた。会議も同席させ寝室以外は全て行動を共にしていた。アリストアはできることがあれば手伝いを申し出ると驚いた顔を向けられる。書類を渡され、不備の多さに驚きながら修正すると二カっと笑い頭を撫でるディアスに驚きを隠して微笑んだ。ディアスの嫌そうな顔を見て、笑うなと言われたことを思い出して淑やかな顔を作った。ディアスの言葉は耳を通りすぎず、頭の中に残ることに気付いたのはしばらく経ってからのことだった。

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