初恋の結末

夕鈴

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ディアスとアリストア

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「アリー、泣かないで。お母様はお空の上から見てるわ」

アリストアの母親は5歳の時に亡くなった。愛する妻を亡くした夫は仕事にのめり込んでいく。母親を亡くし悲しみにくれる娘の存在に気付かずに。邸で忘れられているアリストアに気付いたのは婚約者の顔を見に来たエドウィン。庭で膝を抱えてうずくまるアリストアを抱きかかえて、王宮に連れ帰りずっと傍にいた。

「僕が傍にいるよ。大丈夫だよ」

エドウィンが抱きしめるとアリストアの瞳から涙が流れた。母親が亡くなり、父と使用人達もおかしくなった。アリストアの大好きだった温かい笑顔が溢れていたうちは、張り詰めた空気に支配され怖い顔ばかりになった。公爵夫人が自然死ではない疑いで緊迫した空気に支配されていたことは幼いアリストアは知らなかった。妻の死を受け入れない公爵は妻によく似たアリストアを遠ざけていた。
エドウィンの願いでアリストアが妃教育という名目のもと王宮で暮らし始めた日だった。時が流れて、アリストアの傷が癒えてもエドウィンと寄り添いながら過ごす姿は王宮では見慣れた光景でありディアスの目にも映っていた。
正妃の一人息子のエドウィンは溺愛されていた。エドウィンの代替品として育てられている妾の子供の一人のディアス。
自分と違い全てを持っている弟。一心に慕ってくれる婚約者に信頼できる臣下。武よりも文を学ぶことを優先され願えば全てが叶えられる唯一の王子。
隣国との戦争が始まり指揮を任されたのはディアスだった。正義感に駆られた異母弟が過保護な妃の反対を押し切り出陣してきた時は呆れていた。初陣もしていない甘い弟が敵兵に情けをかけたため、戦況を乱していた。ディアスはエドウィンを無事に帰国させることが最優先と命令を受けていた。危険な最前線から外して配置しても甘さを見抜かれおびき出され行方不明になった弟に苛立ちを隠して貴重な兵を捜索に回した。エドウィンさえ余計なことをしなければ戦の終わりが見えていた。

「ディアス様、殿下が見つかりました!!」

左腕に包帯を巻いたエドウィンが女剣士に腕を抱かれて発見された時は斬りたくなった。そして軍議に女剣士を参加させ王太子の権限で無茶な策を命じる。ディアスは奇策を使わなくても勝利は見えていた。エドウィンの捜索ゆえに総攻撃を仕掛けられず睨み合いを続けていただけだった。
先見の巫女なんて不確かなものをディアスは信じていない。諜報部隊の情報だけで十分であり、不確かな情報を信じて預けられた命を無駄にすることはできなかった。出陣する時に常に見送りに現れる少女と無事な帰還と命を無駄にしないことを約束した。全ての命を慈しむように育てられた少女から向けられる言葉は本物だった。代替品を王族として扱うたった一人の未来の国母に。
命令に従わないエドウィンの奇策は本人と精鋭の護衛に任せて、別の策を展開した。
先見の巫女の情報通りに敵が動き出し、教えられた部屋に隠れた王を見つけても、ディアスにも予想できたことだった。戦場を知らない武から遠ざけられたエドウィンと違いディアスは何度も戦や小競り合いに駆り出され鍛え上げられていた。王の首を落として、剣を掲げて勝利を宣言する。エドウィン達は奇策が成功したと思い込んでいる。勘違いであるが口にしない。甘い異母弟に振り回された兵達を労い、帰還の準備を進めた。
王太子に気に入られたい若い兵達がエドウィンと先見の巫女を褒めたたえている姿を冷めた視線で眺めながら。


帰国すると美しい笑みを浮かべるアリストアが出迎えた。
ディアスや兵達を労い、エドウィンを見つけ口元が緩むのを慌てて引き締め美しい笑顔で挨拶に行く。エドウィンはアリストアへの後ろめたさから素っ気なく言葉を伝えて国王のもとに隣にいる先見の巫女を連れて立ち去る。アリストアは追いかけることはせずに、兵達のもてなしに回った。

先見の巫女は王国に繁栄をもたらすという言い伝えをエドウィンは信じていた。それ以上に華奢で頼りない妹のようなアリストアとは正反対の鍛え抜かれた豊満な体を持ち、表情豊かで頼りがいのある年上の美女に夢中になっていた。
窮地を救われ、優しく介抱され、戦地に戻る自分を頼りないから守ってあげると美しく微笑む美女はエドウィンの側にいないタイプだった。そして戦地に戻る前夜にふっくらとした唇を重ねられ、知った世界は別世界だった。
国王は先見の巫女の存在に半信半疑でも妃に迎えたいという息子の二度目の必死な願いを無視できなかった。アリストアを側妃として迎えればお飾りの王妃でもいいかと受け入れた。
先見の巫女の力が本物だと知り見る目が変わるまで時間はかからなかった。妾に生まれた子の性別も、嵐がくることも。王家が先見の巫女の力に欲を覚えた時に、アリストアが嫌がらせをしていると噂が回った。
アリストアは巫女の接待に夢中なエドウィンの代わりに戦後処理に駆け回っていた。アリストアは巫女の存在を受け入れられない貴族に声を掛けられても美しく微笑みながら返す言葉は同じ。冷血女が捨てられたと陰口を言われても。

「陛下の命です。私に不満はありません」

エドウィンと先見の巫女が抱き合う姿を見ても、唇を結んで微笑みを浮かべて方向転換するアリストアをディアスは眺めていた。ディアスはエドウィンとアリストアに深い絆があるように見えていた。恋人に夢中になりアリストアの死を望むエドウィンを見て、笑みを浮かべて動かないアリストアを放っておけなかった。現実主義のディアスには女剣士でもある先見の巫女を武術の心得のない華奢なアリストアを殺すのは無理だった。ずっと国のために駆け回る少女が不幸をもたらすようにも見えない。国のために剣を握るディアスの出陣も帰陣も必ず出迎えに立つ美しい少女。美しい少女の言葉を聞き、戦の終わりを実感す。薄汚れた姿を見ても、怯えず微笑む少女の瞳の揺れに気付かず、恋に溺れて勘違いする異母弟の言葉を遮り口を挟んだ。


戦争が始まる前は多くの令嬢達に羨望の眼差しを受けていた少女がバルコニーの椅子に丸くなって眠る顔はあどけない。遊びもしないで常に勉強ばかりしていた年下の少女。母親を失い、父親に避けられ、正妃の椅子を奪われ、婚約者に死を命じられ、大事していたものに置いて行かれるのに常に笑みを浮かべる少女。ディアスがそっと抱き上げると羽のような軽さの少女の閉じられた瞳から一筋の涙が零れた。
多くの物を持っているようで何も持たない少女が必死に積み上げ、掴んだものがこぼれ落ちた。それに怒ることも悲しむこともできない少女。ディアスよりも不幸な少女がこれ以上不幸に襲われなければいいと思いながら頬の涙を拭って寝顔を眺めていた。





翌朝、食事を終えたディアスはアリストアに命じる。王宮からアリストアの荷物は全て運ばれていた。

「アリストア、出かける。乗馬服に」
「乗馬服ですか?持ってませんが」

ディアスはエドウィンが乗馬が苦手だったことを思い出す。アリストアを抱き上げて馬に乗せると目を丸くする。相乗りしてゆっくりと馬をすすめると自然にこぼれた笑みに目が奪われた。
妃教育は完璧でも辺境領で生きていくために必要なすべを教えることにした。ディアスはいつでも王家に放逐されてもいいように侍女の母に教育を受けていた。
ディアスは小柄なアリストアのために子馬を用意した。アリストアは初めて見る小さな馬に一瞬だけ目を丸くして、すぐに淑やかな顔に戻った。

「小さい馬ですが、私が乗っても潰れませんか?」
「俺が乗っても潰れない」
「お可哀想、いえ、よろしくお願いします」

大柄なディアスに潰される馬を想像したアリストアは首を横に振り、馬を助けるために恐る恐る背に乗った。びくともしない馬に驚きながらディアスの指導を受ける。
ディアスは度胸の据わっているアリストアに感心しながら指導をする。異母弟よりも運動神経が良いアリストアは筋も良く、すぐに馬をのりこなした。夕方には楽しそうに馬と駆け回る姿は見慣れている美しい笑みよりも魅力的だった。
翌日、内務を共にすると一瞬眉を顰めてから淑やかな顔をする。

「ディアス様、こちらは不備が」
「やるか?」
「お任せください」

ディアスにとってアリストアの素の表情探しが楽しくなり、家臣達も一緒だった。突然主が連れ帰った王太子の婚約者に驚きながらも、事情を話すと快く迎え入れた。

「ディアス様!!なんて命令を出したんですか!!」

しばらくしてディアスはシワシワの顔で目を吊り上げている侍女に詰め寄られた。

「お嬢様に目障りだから笑うなと命じるとは。微笑まれてからいけないと反省されているのでお聞きすると―――」

ディアスは年老いた侍女の長い説教を受けながら猫被りをやめろと言った命令を勘違いされているのに気付いたが無意識に笑っているならいいかと放置を決めた。庭園で侍女とともに花を摘み無邪気に笑う少女の猫は少なくなっているのは明らかだった。
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