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それぞれの初恋
しおりを挟むエドウィンはアリストアがいなくなったため公務に追われていた。
いつも隣で作業を共にするアリストアがいない。妃に迎える予定の巫女は教養がないため任せられなかった。燃えるような恋心が冷めはじめると心地よい存在が恋しくてたまらなくなる。アリストアの顔が見たくなりディアスの邸を訪問すると留守だった。邸を出ると兄の馬を見つける。
馬で競争しているディアスの隣にいる少女に目を見張る。
「負けました」
「上出来だ。寛大な俺は勝利は譲らないが賭けは譲ってやろう」
「魚釣りをしてもよろしいですか?」
「明日は雨だ。明後日だな」
「ありがとうございます。塩焼きというものを」
「動く魚に触れるのか」
「イメージトレーニングはばっちりです」
アリストアが楽しそうに話す相手をエドウィン以外は知らなかった。アリストアは侍女にさえも一線を置いていた。馬から降りて転ぶアリストアの腰をディアスが支える姿に胸が痛んだ。
「馬を頼む。先に戻ってろ」
「かしこまりました」
エドウィンに気付いたディアスはアリストアに馬を預けて遠ざけた。表情豊かになった婚約者に近づけたくなかった。
「先触れなしとは急用か?」
「いえ、お元気かと」
「元気だ。それだけか?」
「アリストアがどうしているかと」
「お前の婚約者に失礼だからやめろ。元婚約者に会いにくるなんて不誠実だろう。監視しておくから心配すんな。俺達は社交も免除されているから王都に近づかない。巫女に手を出すこともない。じゃあな」
ディアスは言いたいことがありそうなエドウィンに気付かないフリをして足を進めた。
アリストアは自然豊かな和やかな場所で優しい使用人達と言葉は悪くても行動は優しいディアスとの時間に砕けた心の代わりに小さな光を見つけた。人を信じることが怖く、空っぽになった冷えた心は小さい光のおかげで少しずつ温かくなっていた。そして初恋は終わりを遂げ、アリストアの中から最愛の人は消えた。
「お嬢様、嫌なことは教えてください。坊ちゃんが迷惑なら追い出して差し上げます」
「ディアス様にご迷惑はかけられません。私の監視というお役目のお邪魔にならないように」
「とんでもありません。坊ちゃんはお嬢様が来てから楽しそうです。お嬢様のおかげで仕事も楽になったと」
「お役に立てればありがたいことです」
アリストアは亡き祖母を思い出す皺のある手で世話をしてくれる侍女に微笑む。心は砕けても自分の立場をわかっていた。ディアスが優しさで保護してくれたことも。自分よりもエドウィンの不誠実に怒っていることも。
バタンと乱暴に扉を開け入ってきたディアスは人払いをした。
二人っきりになるとアリストアの正面に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「アリストア、自分で選べ。俺の妻になるかエドウィンのもとに戻るか?」
「ディアス様?」
真顔のディアスにアリストアが首を傾げる。
「自分がどうしたいか教えろ」
「私は愛人をお迎えしても構いませんよ。形ばかりの妻」
「違う。お前の気持ちを聞いている。俺はお前を気に入っているから妻になるなら迎え入れる。今ならエドのもとに戻すこともできる」
アリストアは消したエドウィンのことを考えるのを放棄していた。ディアスが与えてくれた世界は刺激的で優しく王宮で過ごすのと比べられないほど楽しかった。エドウィンにとって自分は必要がないのに傍に戻ることはできない。なにより必要性を感じなかった。アリストアにとって優しいディアスの提案は考えるまでもなく答えは決まっていた。
「私とエド様の道は別れました。私にとっては砕けたものですが、エド様にとっては存在しないもの。恋に溺れた愚かな私は勘違いしておりました。ディアス様のご迷惑でないならお傍に置いていただければありがたいと存じます」
迷いのない瞳にディアスは笑った。弟の欲しい物を自分が持てるとは思わなかった。アリストアを求めるエドウィンに手を出されない方法が一つだけあった。
「ずっと側にはいられない。それでも必ずお前のところに帰ってきてやる」
アリストアはエドウィンとは正反対のディアスの強い瞳を見返した。ディアスはエドウィンとは正反対。守られることはなく戦いしか求められない王子。王族なのに、何も持たない王子がいつも国を守ってくれていた。これからも戦になれば駆り出される戦好きと誤解されているディアスの問いにアリストアは頷いた。規模が小さくてもディアスの帰りを待ち、優しい場所を守る方法を知っていた。
ディアスは強さを持つ瞳で見返すアリストアに唇を重ねた。驚いて目を大きく見開いた顔に笑いながら押し倒す。
「ディアス様!?順番が」
「問題ない。社交を免除されてる俺達はな。嫌なら拒め」
アリストアは笑うディアスの言葉に抵抗をやめた。自分の意思を聞いた上でいらない自分を求めてくれる存在に救われていた。ディアスがアリストアに意思を聞かなかったのは婚約者になった時だけ。あとは大事なことは全て聞いてくれた。社交を免除されているが社交界に戻りたいか。王都に行きたいか。うちに帰りたいか―。どんな言葉も認識でき、冷たい心があたたかくなり始めた日から些細な問いかけがアリストアは嬉しかった。父親にも王家にも初恋の人にとっても価値のない自分がディアスの望むものを捧げられることも。乱暴な言葉と違いゆっくりと動く手は優しく、怖いことも嫌なことも何もなかった。
二人の関係が大きく変わった日。
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