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初恋の結末
しおりを挟むディアスはエドウィンが訪問した日に弟がいずれ望むことが読めた。それでも気付いていない鈍感な弟に答えは教えなかった。アリストアを見つめる瞳が変わっていることも。
これ以上全てを手に入れていた男に振り回されるのはごめんだった。そして自分の隣にいる少女が巻き込まれるのも。淑やかさはなくとも、天真爛漫な少女をディアスも家臣も気に入っていた。
腕の中で眠る少女を眺め、長い髪を弄ぶ。少しずつ色んな感情を覚えていく少女に愛しさを覚えても口に出さない。目を開ければ信頼の籠った瞳を向けられるのもくすぐったい。知識は豊富なのに生活力皆無で世間知らずなアリストアの育成をディアスは楽しんでいた。異母弟が動き出した時には全て後の祭りと嘲笑いながら。
常に共にいる戦上手の元王子ディアスと美しく華奢なアリストアの姿は有名である。共に何度も戦場を駆け回ったディアスの部下達は怪しい巫女よりも主君の寵姫の味方である。
ディアスは王都の情報をアリストアの耳に入れないように手を回した。
先見の巫女が国を出て行き、エドウィンの妃の椅子が空座になったことも。
ディアスの予想より時間がかかったのは、嬉しい誤算。戦場と違い平穏な日々に刺激を求める巫女が満足できないこと、頼りない恋人の周りは優秀な男に囲まれ、自分の存在意義を見出だせないことも。戦場ゆえに結ばれた二人の相性が合わないのは明らかで戦場での恋をよく知るディアスは結末も読めていた。燃えるような兵の恋の結末を。
「楽しいお手紙ですか?」
「父上からの呼び出し」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「戦はしばらくない。お前を残していけばうるさいからな」
「戦場ではお役に立てませんわ」
「留守番だ」
ディアスが渡さない物をアリストアは目にしない。求められたことしかやらないが、ディアスには充分だった。くしゃりと髪を撫でると笑うアリストアに家臣達から物足りない視線を受けて頬に口づけを落とす。はにかんだ笑みを浮かべるアリストアの可愛らしさに骨抜きになっている家臣に任せて出立する。
ディアスは自分とアリストアへの召喚状を持ち一人で王宮を訪問した。国王夫妻とエドウィンの顔を見て、呼び出しの理由がわかった。
「アリストアはどうした?」
「申し訳ありません。アリストアは体調が優れず休ませております。しばらくは安静に」
ディアスの言葉にエドウィンは常に体調管理も完璧だったアリストアに心配そうな顔をする。
「それこそ王宮に」
「長い移動に酔ってしまいますので。母子ともに健やかとはいえ無理をさせたくありません」
「母子!?婚姻前に」
「エドには言われたくない。お前も手を出しただろう。もうよろしいですか?」
心配そうな顔を一変させ怒りを露にするエドウィンにディアスは笑う。国王夫妻は一つの策を手放した。
エドウィンの希望でアリストアを婚約者に戻そうとしたが妊婦であればできなかった。
巫女のアリストアが国に不幸をもたらすという予言は当たっていた。
幼い頃から寄り添った婚約者に不幸にするという予言だけで命を捧げるように命じたことが噂になっていた。感情を顔に出さない冷たい印象のアリストアだが優しい少女と知る者も多かった。美しく凛と振舞う姿に憧れる者も多く、なんの非もないアリストアへの仕打ちは何一つ認められるものではなかった。
社交界から姿を消したアリストアは問題のある王子に引き取られた。社交上手のアリストアが上手く取り入り新たな婚約者の庇護下に入り、大事にされているのは運が良かっただけである。
エドウィンは強引に迎えた新たな婚約者と半年で婚約破棄。エドウィンは王族として信用がなくなり婚約者になりたいと望むものは誰一人いなかった。
エドウィンは臣下の信頼を失い、王太子の地位は取り上げられ、王族達による王位争いが始まった。
国でも特に力を持つ公爵家出身のアリストアを妻にしたディアスだけは辞退を表明した。国王は有力候補の辞退に驚く。
「アリストアの意見は」
「王家に命を捧げた時に妃を目指したアリストアは死んだそうです。若気の至りなのでもう無かったことに。王位争いには中立。俺達は不干渉の立ち位置を望みます」
「え?」
ディアスはエドウィンの傘下に入らないことも表明した。アリストアはディアスに全てを委ねていた。ディアスの妻のついでに王妃ならと笑い、ディアスの方針に従う準備を整え、エドウィンからの誘いの手紙もディアスに渡していた。
エドウィンはアリストアとの絆を信じていた。アリストアは自分に味方をしてくれると思っていたのでディアスの言葉を受け入れられず、面会させてほしいと頼んだ。
「ディアス様、お帰りなさいませ。あら?殿下。ごきげんよう」
「アリー?」
「恐れながら誤解されますので愛称はおやめください。殿下に振舞える料理はありませんが―」
アリストアは連絡もなく王子を連れ帰った夫に抗議の視線を送る。エドウィンは自分に向けられた視線が全てディアスに注がれていることに気付いた。ディアスが宥めるようにアリストアの頭をくしゃりと撫でると微笑む頬に口づけをおくる。
王家にとっていらないもの扱いを受けた二人。その分お互いを大事にすることにした。ディアスは呆然としているエドウィンを心の中で嘲笑う。冷たい現実を知らない甘い世界の住民は初めて手に入らない存在を知る。王宮で飼い殺される予定のディアスが領地を与えられ美しい妻をもらうきっかけをくれた異母弟に感謝する。常に冷静に判断するという大事な教えを習得できていなかったエドウィン。ようやく大事なものに気付いた時はすでに手遅れ。妹のように慈しんだ少女が美しく成長し、子供を抱いている。かつて恋した人より美しく見えた。エドウィンに芽生えた心は許されないもの。アリストアからエドウィンに向けられる視線に親しみは一切なく、一人の男の新たな恋の結末は見えていた。
「僕達に絆はなかったのか。僕だけは」
「エド、間違えるな。先に壊したのはお前だ。お前は加害者でアリストアが被害者」
ディアスは都合のいい思考の持ち主に冷たく伝えた。恋に狂って年下の少女に死を望んだことを忘れている異母弟に。
エドウィンは異母兄の言葉に自分が先に手を放したことにようやく気付いた。巫女への恋心はアリストアへの想いに上書きされ、エドウィンの世界から巫女は消えた。
恋人と最愛の人との別れを通して成長しても、新たな恋を見つけることは出来なかった。
王太子に返り咲き、国王に即位してもエドウィンの心は満たされない。
反してアリストアは初恋の人とは正反対の夫のもとで満たされた生活を送る。
鈍感な夫はとうの昔に初恋の少女に囚われていたことに気付いてない。広い王宮でアリストアを見かけるのは意識しないとできないこと。無自覚なディアスだけが初恋を叶えたと気付くものはいなかった。
恋多き巫女の予言は的中していた。
数多の男を落とした策略家の巫女との恋に夢中になりエドウィンの世界の花を失った。巫女を消すのはアリストアの存在。
巫女は新たな恋を求めて旅立った。そして旅立った一番の理由が豪華だが自由に食べられず、腹持ちしない王宮料理が気に入らなかったからと知る者はいなかった。
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感想ありがとうございます。おっしゃる通り逃した魚の大きさは逃した後にじわじわとわかるものですよね。公爵のお話は連載のほうに綴っているので、よければ覗いていただけると嬉しいです。
もう一度最初からゆっくり読み直します。
繰り返して読みたくなる物語は久しぶりでした。言葉の使い方も好みです。情景も浮かんできました。
素敵なお話、ありがとうございました。
感想ありがとうございます。
(これでも)サクっとまとめたつもりの短編なので楽しんでいただけたら嬉しいです(笑)
凄く凄く惹きこまれます。
アリストアとディアスが幸せになることを願ってやみません。
更新を楽しみにしています。(ご無理ない範囲で)
ありがとうございます!!
楽しみにしていただけて嬉しいです。結末までもう少しだけお付き合いくださいませ。