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しおりを挟む知世は濡れた赤い目をきっと彼女に向けた。
「押したよね!? いま。真田君の背中……え? わざと? 川村さん!」
「長崎さんは私のミューズだから」
意味が分からない。話が噛み合わない。
「真田君は悪魔でした。長崎さんを脅していました。私は知っていました。長崎さんの骨を折るだとか性的暴行を加えるだとかと言っていました。私は聞きました」
「骨を折る? 性的暴行?」
それは確かに聞き覚えのある言葉だった。
以前、大輔とトラウマがうんぬんという話をした際に出てきた言葉だ。だがあれはただの例え話だったはずだ。目立ち過ぎて敵を作ればそういう危険もあるのだから少しは自重しろといった話だったはずだ。
「そうよ。そんなことよりも」
はっと我に返った知世は慌てて――リセットをした。
駅の中。線路に電車が入ってくる直前。知世は勢い良く振り返って、
「川村さん!」
いつの間にか背後に忍び寄っていた川村久美子の腕を掴んだ。
「え? あ、え……?」と川村久美子が驚き慌てる。
場所が駅だけに痴漢の現行犯でも捕まえたみたいだった。
同時刻。知世の視界の端で大輔がその場に崩れ落ちていた。
知世は、
「真田君? え? なに。どうしたの? 真田君?」
掴んでいた川村久美子の腕などさっさと離して大輔を抱き起こす。
「……死ぬかと思った」
「間違ってるわよ。『かと思った』じゃなくて。真田君は実際に死んでるから」
「ああ。そうか」
「そうよ。もう」
そんなふうに掛け合って笑い合う未来を期待していた知世だったが、
「……真田君? 真田君。起きて。起きなさい」
現実の真田大輔は糸が切れた人形のようにぐったりと脱力したまま、知世の言葉にも何の反応も示してくれないでいた。
真田大輔の半開きのまぶたに隠れて見える瞳には何も映っていなかった。
「生きては……いるのね?」
知世は大輔の胸に耳を押し当てたり、おでこや首筋を触ってみたり、口と鼻の前にてのひらをかざしてみたりとして真田大輔が確かに生きている事を何度も確認した。
しかし。大輔はぴくりとも動かない。
「川村さん!」
知世は改めて川村久美子を睨み付ける。
川村久美子は知世に掴まれていた腕を離されてからもその場から逃げたりはせず、ただぼんやりと立ち尽くしていた。
「あなた、真田君に何をしたの?」
「え? あの。私はまだ何も……」
「『まだ』? 何をするつもりだったの? 言いなさい!」
知世に凄まれた川村久美子は、
「はい」
と驚くほど素直に頷いた。
「長崎さんを脅かす悪魔を排除しようと思いました」
「あくま? 真田君が? 排除ってどうやって」
「こう……」と川村久美子は両手を前に突き出す。
やはり彼女が大輔の背中を押したのだ。彼女が大輔を殺した――。
しかしリセットをした事でその事実は無くなったはずだ。
なのに大輔が動かない。
死んだ人間であろうとリセットすれば生き返る事は宮下ワタルの一件で何度も証明済みだった。
なのに大輔は動かない。
「それだけじゃないでしょう。真田君に何をするつもりだったの? 何をしたの?」
知世は川村久美子を問い詰める。
リセットする前に起こした事象の影響をリセットした先の世界にも残すカラクリが何かあるはずなのだ。それこそ何かの「能力」や「チカラ」を行使したのか。という事は目の前に居る川村久美子は知世と同じく「特殊能力者」なのか。
もしくは川村久美子は通常の人間だが何か「特殊能力」を備えた道具を使ったか。
そのどちらにしろ川村久美子が何かをしたのだ。そうに決まっている。知世はそう考えたが、
「いえ。それだけです。たったそれだけの事で女神を悪魔から救い出せるのです」
川村久美子はきっぱりと否定した。気色の悪い言葉ではあったが、嘘を吐いているようには見えなかった。
「でも」と川村久美子は続けた。
「私なんかが手を出すまでもなかった。考えてみれば当然の事でした。女神を脅かす悪魔にはバチが当たりました。神様の御意志です。真田大輔は崩れて落ちました」
知世の事を煽る為や大輔を馬鹿にする為にわざとそんな事を言っているようには、感じられなかった。川村久美子は本気でその戯言を口にしていた。
……頭がオカシイとしか言い様がない。
知世はふと大輔が口にしていた「悪の組織」という言葉を思い出す。目の前の川村久美子にはまるでその「悪の組織」に洗脳でもされてしまっているかのような独特の気持ち悪さがあった。
でも違う――と知世は首を横に振る。「悪の組織」なんてものは無いのだ。
もしもそんなものがあったとすれば、現在の口調から察するにリセットされる前の事を覚えてもいない一般人の川村久美子の所業に見せ掛けて、あの時、彼女と同時に別の誰か――「悪の組織」からの刺客が大輔に何か特別な事をしたとも考えられたが違うのだ。そんな組織など存在しない。
存在していたとしたらとっくの昔に知世は殺されている。殺されないまでも何かしらの接触はあったはずだ。長崎知世は生まれて此の方、一度だって自重した事がないのだから。個人の大輔でも気が付いた知世の「能力」に「悪の組織」が――もしあったのなら――何年も何年も気付いていなかったという方がオカシイ。だから。逆説的に「悪の組織」は存在していないのだ。
……ではなんで? どうして真田大輔は動かないのか。
「リセットが浅かったのかしら」と知世はもう一度、改めて――リセットしてみた。
放課後の校庭。野球の試合が行われている。大盛り上がりだ。声援がうるさい。
どうやら「今」は大輔が二度目のホームランを打った少し後のようだった。
「真田君は……」と知世は目を凝らす。大輔はベンチの端に座って項垂れていた。
「でも」
知世からでは遠過ぎて、大輔がただ疲れて下を向いているのかそれとも例の「動かない」状態にあるのか判断がつかなかった。
「……遠すぎるなら近付けばいいのよね」
そんな当たり前の事に気が付くまで知世は数秒も掛かってしまった。
早速、見学者たちの一団から抜け出そうとした知世だったが、
「え」
その腕をぎゅっと掴む者が居た。
川村久美子だ。
「……なにかしら?」
この時の川村久美子はまだ真田大輔の背中を押していない。知世は自分にそう言い聞かせて笑顔を作る。
「長崎さんは真田くんと付き合ってるの?」
「いいえ」と知世は答える。
「付き合ってないわ。けど。彼は私のモノだから。川村さんは手を出さないでね」
釘を刺す。今更だとか頭がオカシイこの女に言ったところで意味があるのかとか、知世は考えないようにしていた。
「長崎さん……脅されてなかった?」
ほら。ヒトの話を聞いていない。
「どこで何を聞いたのか知らないけど。ただの冗談の言い合いよ」
「でも」
「私の言葉が信用できないのかしら?」と知世は川村久美子の目を見据えた。
すると、
「……わかりました」
川村久美子のまぶたが半分ほど降りた。とろんと熱を帯びた目で知世の瞳を見詰め返してくる。
その反応は、ただの知世のファンだった。
知世は確信する。川村久美子は「悪の組織」の一員なんかじゃない。
ただの厄介な「長崎知世信者」だ。
思い込みが激しいこの手の人種に知世の対応は間違っていたかもしれないが、今はそれどころではなかった。
早く大輔の無事を確認したい。知世は彼の元へと急いだ。
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