27 / 33
27/33
しおりを挟む「体の傷は元に戻っても……心は死んだままなのね」
心臓は動いているのに。体温もあるのに。呼吸もしているのに。
「このまま……何時間も置いておいたら自然と目を覚ましたりしないかしら」
「日にち薬」という言葉がある。辞書にも載っている日本語だ。その言葉を知らない知世も「心の傷を癒やすには時間という薬が必要だ」なんて台詞はドラマやらで聞いた覚えが事があった。
「真田君の親御さん。ごめんなさい。とても心配をおかけするとは思いますが、一晩だけ、真田君をお借りします」
知世は適当に定めた「真田家の在る方角」に向かって頭を深く下げてから、動かない大輔をヨイショ、ヨイショと引きずって、自分の部屋に文字通り引っ張り込んだ。
ベッドの前で立たせてから「えいっ」と押し倒す。
今日のこの時間、長崎家には誰も居らず、知世と二人きりになってしまうと知った大輔は「だったら俺は帰るぞ」と言っていた。
紳士を気取っていた大輔が明くる日の朝、このベッドの中で目を覚ました時、隣で知世が眠っていたら何を思うだろうか。何と言ってくれるだろうか。
「うわぁ!?」と驚くのか。
「……責任を取ろう」なんて思うのか。
もしかしたら、
「これは夢か。夢だったら好きにしよう」
とかなんとか言ってまだ眠っている知世の事を欲望の赴くままに襲ってしまったりするかもしれない。
「うーん。その場合、どの段階で真田君はこれが現実だって気が付くのかしら。気が付いたあとは何を言われるんだろう。土下座して謝るのかしら。それとも逆ギレして同じベッドに入っていた私を叱るのかしら」
詮無い事を考えて、知世は独りで「ふふふ」と笑った。
今はまだ夕方。知世が眠るには早い時間だ。
ベッドには動かない大輔だけを横たわらせて毛布と掛け布団を胸まで掛けておく。何だか人形遊びをしているみたいな気分になる。
「少し……懐かしい感じ」
何故だろう。不思議だった。知世はリカちゃんもバービーも持っていなかったし、シルバニアファミリーなんかで遊んだ記憶も無かった。
「昭和を知らない世代でも昭和文化を『懐かしい』とか言っちゃうあの感覚かしら」
少しの間、動かない大輔の「寝顔」を眺めた後、知世は部屋を出る。
リビングに戻ると白いテーブルの上、手付かずのまま放置されていたチョコレートケーキを冷蔵庫に戻した。
仕事に出ている両親が帰ってくる前にお風呂の掃除を済ます。冷蔵庫の中身を見て夕飯のメニューを決める。買い置きしてある材料で作れそうなものの中から何を食べたいかを決めるのは知世だが実際に料理を作るのは母親だった。
「親が忙しいからと子どもに家事を丸投げはしたくない」という両親の教育方針なのかポリシーなのかを尊重して、知世は夕飯を作りながら両親の帰宅を待つという事はしていなかった。
「休みの日とかは一緒に作ったりもするけど。普段の日にひとりで作って待ってると嬉しいよりも申し訳ないって顔をされちゃうのよね」
その代わりに「夕飯のメニューを考えるのが一番、大変」とよく言っていた母親の為に、知世は「おかえりなさい。今日はナニナニが食べたい」とすぐにリクエストを出来るように予め食べたいものを考えておくという「お手伝い」をしていた。
長崎知世の日常のひとコマだ。昨日と同じ。一昨日と同じ夕方だ。
「……真田君のこと、忘れそうになっちゃうな」
このまま明日も同じ夕方が訪れそうな気がしてくる。
その後、母親が帰宅して、父親も帰ってきた。
三人で夕飯を食べて、順番に風呂に入る。いつも通りに一日が終わる。
自室に戻った知世は大きく膨らんでいるベッドの端に腰掛けて、
「……だいじょうぶ。なにもしないから。ほんとだって。マジで」
ちょいと小芝居を打ってみた。
題して「うぶなカノジョの寝込みを襲うチャラ男カレシ」だ。
「信じて。ほんと。なにもしないって。横で寝るだけ。てかいまチョー眠ぃから何かしようと思ってもできないから。ほんと。横で寝かせて。それだけ」
掛け布団と毛布を軽くめくって、するりと知世は風呂上がりでほかほかの体をその中に滑り込ませる。
「…………」
数秒の沈黙を間に挟んで、
「……真田君。笑いもツッコミもナシですか」
知世は唇を尖らせた。
……分かっていた。掛け布団と毛布をめくるよりも前、部屋に入ってベッドに目を向けた時から知世は大輔が少しも動いていなかった事には気が付いていた。ベッドの膨らみのカタチが数時間前と全く一緒だったのだ。
無理にでも明るく振る舞わないと知世は現実に押し潰されてしまいそうだった。
「あー。狭い狭い。真田君。もうちょっとそっちに行ってくれない? え、無理? 動けない? もー。最初にベッドの真ん中に寝かせちゃったのは失敗だったかなー」
言って知世は大輔に体を寄せる。
ほかほかな知世の体温よりは低いようだがそれでも大輔の体は温かかった。
真田大輔は生きている。それは確かなのだ。
夕方から就寝前までの数時間では起きなかった。夜から朝に掛けての数時間を更に過ごせば起きるだろうか。
「おやすみなさい。真田君」
枕元に置いているリモコンを操作してベッドの中から部屋の照明を消した。
真っ暗闇の中、
「……もし。明日の朝、真田君が私よりも先に目を覚ましたら、そのときに私がまだ寝ていたら、どこかの王子様みたいに私のことを起こしてくれてもいいわよ」
折角、許可してあげたのに。
その数時間後。知世と大輔は同じベッドの中、並んで朝を迎えたが、
「んー……おはよう。真田君」
「…………」
目を覚ましたのは知世だけだった。
「私が先に起きたからって、私は王子様みたいなことはしないわよ?」
大輔は相変わらず「…………」と黙ったまま、怒りも笑いもツッコミもしてくれなかった。
「ふぅ……」と知世は息を吐く。
冗談はさておき――だ。
これからどうすれば良いのか。何が出来るのか。どうしようもないのか。
考えなければいけない。
ただ、真田大輔は生きている。生きているからこそ、このまま此処で寝かせ続けておく事は出来ない。
「ええと。私がリセットして戻ってくる前までは普通に動いていたわけで。真田君は自分の足で歩いてウチに来たのよね。だから今はまだ真田君が動かなくなってから、24時間も経っていないのね」
昨日の夕飯は食べていないが、昼飯は学校で摂っていたはずだ。
「まだ餓死はしないだろうけど。ここに寝かせ続けていたらいずれそうなるわよね。ああ。食事よりも水分の方が問題かしら。んー……コップで口に流し込んだら自然に飲んでくれる? それとも無理に水を入れたら胃の方じゃなくて肺の方に流れて溺れちゃうのかしら。ネットで検索……してみても今の真田君は普通に眠ってる状態とは違うからどういう反応になるかはやってみないとわからないわよね」
「でも」と知世の手が止まる。
万が一の事態になってしまったとしてもリセットで体の状態は戻せるが、あたかも人体実験のような事をして無駄に大輔の体を傷付けたくはなかった。
大輔の意識が今、どのようになっているのか知世には分からないが少しでも苦しい思いをさせるのは不本意だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる